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ソラの在り処-暁天-

【第四話 成就】 2.応えよ、我が呼び声に

 とりあえず南下。日が暮れたら星を見てまた南下。ノクティルーカは毎日毎日星を読む。
 ミルザムならばたった一度見ただけで読み解いてしまうのかもしれないが、ここで弱音を吐けるわけがない。
 彼の実力に対抗できる、切り札を自分は持っている。
 青玉の『奇跡』。世界に十二あるといわれるうちの一つ。
 ソール教会が秘密裏に……しかし必死に探し続けているもの。
 どこに行けばいいのかを毎夜占うのもいい加減飽きてきた。
 飽きたからといってやめることはないのだけど。
 それに、続けていればやはり分かることも多いもので。
「ヘオスの北部……か」
 今日も今日とて白々と輝く星々を眺めていたノクティルーカはポツリと呟いた。
 『奇跡』はどこにあるか、ではなくポーリーを救うためにはどうすれば良いかの一点に絞り、占い続けた結果。
 とりあえず行ってやろうじゃないかと腹をくくる。
 己の星読みに自信があるわけじゃない。
 ミルザムの占いで事が運ぶのならば、ポーリーはとっくに助かっていただろう。
 だからこそ、自分自身が動くしかない。どれだけ低い可能性でも。

 ヘオス最北のヴァン村にたどり着いたのは昼前だった。
 最も日が高い時間だろう。けれど、砂漠を越えてきたせいか、その光はそれでもまだ優しいものに感じられた。
 木々が作りだす影も日の高さゆえに濃く短いものだが、もう少し時間がたてば優しい木陰に変わるだろう。
 近くに川があるのだろうか。かすかなせせらぎの音が涼を呼ぶ。
 村に一つしかないという宿を取って、ひとまず軽く昼食を取った。
「今日はここに泊まるんですか?」
「ああ。手がかりがないか探さないとな」
 パンをちぎって口に運びつつ、ノクティルーカは弟の問いに答える。
「僕は何を手伝えばいいですか?」
「ティアと一緒に保存食なんかの調達してくれ」
 わくわくと聞かれた言葉に返せば、あからさまに面白くないといった顔をされた。
「そんな普通のこと面白くないですよー」
「面白いか面白くないかじゃなく、分からないだろお前」
 きっぱりと言われて、ぷぅと顔を膨らませるソレイユ。
 お前いくつだと問いたい反応だ。
「わたくしもお手伝いできますわよー」
 こっちも不満そうにじっと見上げてくる。
「直接探そうにも分からないだろ。ついでに教会の様子でも聞いてきてくれ」
「「ええー」」
 嫌そうに唱和するな。
 最後の一口を飲み込んで、ノクティルーカはさっさと立ち上がる。
「どこに行かれるんですか兄上」
「散歩がてら聞き込みだ。いいな、お前らは二人で行動すること」
「はーい」
 念押しに、今度はソレイユも一応返事をする。
 グラーティアを一人で放ることはできない。
 あれだけ正面きって教会に喧嘩を売ったのだ、警戒はしておくに限る。
 そして――
「リゲルはここで待機だ」
「何故ですか」
 これには納得しかねたのだろうか、リゲルの視線が険しくなる。
「そう『出た』からだ。
 お前がここに残っていることが手がかりに繋がるってな」
 続けた言葉は、前から考えていたことではない。
 とっさに閃いた考えだが、多分正しい。
 星を読むことで鍛えられた直感と、多分そのほうがリゲルにとっても都合がいいと思ったから。
 昔、ミルザムが旅に同行していたとき、彼は時折ふらっと姿を隠すときがあった。きっと彼の上司への連絡とか、そういったことをしていたんだと思う。
 だからこそリゲルも同じだろうとノクティルーカは判断し、そして間違ってはいなかったのだろう。
 リゲルは沈黙してしまい、彼についていくことはなかったから。

 アルテに比べればマシとはいえ、やはり暑い。あてもなく歩きつつ、滲んだ汗を拭う。
 違和感は感じていた。
 常よりも熱を持つ左手。やはりここに『奇跡』があったのだろう。
 一足遅かったか。
 この辺は流石にソール教を長年煙に撒いてきたといえる。
 追っても追っても蜉蝣のように『奇跡』は行方を悟らせぬ。
 同じように持っている自分ですら、見つけることは難しい。
 まあそれでも、多少なりとも行方を知ることができればいいか。
 焦りを押し込めて彼は左手に意識を集中させた。
 少しでも変化があれば察することが出来るように。
 ちりっと走った痛みに、ノクティルーカは周囲の様子を伺う。
 時間帯のせいか、路上に人の姿は少ない。
 あいつ、か。
 眇められた視線の先には一人の老人。
 背が少し曲がった、厳つい面をしたいかにも気難しいそうな御仁。
 目星をつけたのはいいが、さてどうしようかとノクティルーカは悩む。
 こんな人目につきそうな場所で話すことじゃない。
 向こうにも気づいてもらえれば、話は早いのだけれど。
 老人は何かの包みを左手で抱えて、こちらに向かってえっちらおっちらと歩いてきている。
 少し考えて、ノクティルーカは自身の左手、そこに宿る『奇跡』に意識を集中させる。
 いままで使ったことなんてない。けれど。
 応えろ。
 初めて呼びかけた。
 応えろ。
 力を貸せと、呼びかける。
 ほんのわずかでいい。目の前にいる相手が、ノクティルーカが預かり手だと認識できるほどの力でいい。
 応えろ。
 必死な思いが届いたのだろうか。
 左手が熱を持つ。
 老人が弾かれたように顔を上げた。
 視線が交差する。
 一つは驚愕に、一つは不敵の色を宿して。
 ノクティルーカの呼びかけに『奇跡』は応えた。

 ぱたんと小さな音を立てて扉が閉まる。
 あっけないものだと、思う。
 ため息が、まだ熱気を伴う空気に溶けていった。
 今まで厄介者にしか思ったことない『奇跡』に呼びかけてまで話をした老人は、やはりすでに役目を終えていた。
 だからといって何も得られなかったわけではない。と思いたい。
 話は本当に当たり障りのないことで、以前『奇跡』を宿していたことの確認と、ソール教の動向について。それから、離れたとはいえ気をつけたほうがいいとノクティルーカが忠告をしただけ。
 ノクティルーカの前任者は、彼に『奇跡』を譲った当日、ソール教会によって襲撃された。当時の苦い記憶はまだ消えない。注意するに越したことはない。
 それにこれはノクティルーカの見立てだが、多分『奇跡』は移ってからあまり時が経っていない。
 ということは、やはり老人が狙われるかもしれないということだ。
 可能性があって忠告をしないというのは、何かが起きたときに大変後味が悪い。
 故に、一応注意をしておいた。信じてもらえたかどうかは確信をもてないが。
 そうしてノクティルーカの思考はまた戻る。
 これからどうしようか。
 ここにくれば事態が変わると星は告げた。
 が、読み間違っていない自信はない。
 気持ちが沈みがちなのは承知の上。しかたなく宿へと戻る。

 無駄足だったかもしれない。
 そんな思いが払拭されるのは、買出しに出ていたソレイユたちが戻ってからのことだった。