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ソラの在り処-暁天-

【第三話 光陰】 3.始まりの地へ戻りて

 どこまでも続くと錯覚するような真っ白い砂の大地。
 ゆらゆらと揺れる町の遠景をぼうっと眺め、ソレイユは呟いた。
「あつい……」
 誰もが思ってることだ、口に出すな。
 内心だけで兄は思う。
 何度も何度もこの国に来る羽目に陥っているので、予め太陽対策としてフードをすっぽりかぶっている。砂漠では肌の露出は少ない方がマシなのだから。
 遠目に見える町は、レリギオの首都アルカ。正直な話、予想よりも早く辿り着いたというのがノクティルーカの正直な感想だ。
 旅慣れていない弟とグラーティアがいるのだから、自分だけで進む場合よりも遅くなることは分かりきっていた。
 この、いつもどこかお気楽な年下組の様子が変わったのは、あの時からだった。

 旅立ちの際に、ミルザムは何度も念を押してきた。
 曰く、あの時から三百年経っている。
 そうして手渡された地図に――ノクティルーカとソレイユの祖国である、アージュの文字はなかった。
 呆けるソレイユと対照的に、グラーティアの表情は渋いものとなった。
 彼女の祖国レリギオが信じられぬほど規模を拡張していたから。
 やはり思うことがあったんだろう。
 ペースが速いだのと文句を言うことなく、逆にノクティルーカがセーブしてやらなければならないほどに淡々と歩みを進めていった。
 壊れてしまいそうなほど明るい笑顔を振りまき始めたのがその頃のこと。
 何も映さない、感情が途切れた顔をしたのが――生まれ育ったかつてのアージュの首都に着いた時のこと。
 客観的に見て栄えていると思った。
 けれど、町並みはすっかり変わっており、唯一あまり変化を感じさせなかった城に翻る旗は太陽の意匠――ソール教の旗印。
 見慣れたあの城が完成したのはノクティルーカたちの曽祖父の代だと聞いている。それから考えれば、確かに自分達は『未来』にいるのだと実感せざるを得なかった。
 それが結局、道中立ち寄った町々で感じた違和感が決定的になった瞬間。

 それから弟は文句を言うことなく道を急いだ。グラーティアは、少しでも明るいほうが良いとばかりに笑顔をよく浮かべている。
 辛くないわけではなく、また何も分からないような子供ではない。
 年下の二人をあまり気遣ってやれない自分を不甲斐なく思う。でもそれを言おうものなら、彼女の事を持ち出されてからかわれるだけなので言わない。
「着いても暑いものは暑いんだよねぇ」
「我慢ですわレイさま。砂漠は暑いものですもの」
「や、それは分かってるんだけどね?」
「気温は高いですが湿度がない分、楽だと思われます」
 ぼやくソレイユにグラーティアが明るく返し、淡々とリゲルが呟く。
「もう半刻ほどでアルカに着くでしょう」
 殿を務める彼女は相変わらずマイペースだ。
 マントについた砂を払い、遠く町を見つめる目が映すのは景色だけだろうか。
 この数ヶ月間で多少なりとも彼女の事は分かった。
 彼女は騎士――『彼ら』流に言うなら武士――の家に生まれ、兄が二人いたと言う。帯刀しているうちの細い片刃の剣――刀と呼ぶらしい――は代々伝わる家宝で、故あって彼女が受け継いだという。
 言われたことはするし、気がきくほうなのだろう、細かな準備や下調べもしてくれていた。それに旅慣れているのだから、新米二人を連れた身としては心強いことこの上ない。
 けれどミルザムは言うのだ。
 万一があるかもしれないから気をつけろ、と。
 リゲルは主の命でノクティルーカに同行しているが……牙を向く可能性もあるのだと。ミルザムやスピカの主と、リゲルの主は違うから。
 困ったような顔で彼は言っていた。
 ポーリーを助けるためにはノクティルーカの存在と『奇跡』が必要だと、彼は予言した。それを知っている存在は数少ないけれど、情報がどこから漏れるか分からないとも言っていた。
 リゲルの主もポーリーを助けることに異論はないと言っているが、政の上で自分が有利に立つためだろう、と。逆に不利になるのならば切って捨てるだろうとも。
 自分にだけ告げられた言葉に、ノクティルーカは重い息を吐く。
 誰が何を企んでようと関係ない。
 そんな風に言えたならよかったのに。
「兄上ぇ、暑いです~」
「我慢しろ」
 文句言う弟に一言で返して、ノクティルーカはまた一歩歩く。
 暑さでどうにかなってしまいそうだ。
 汗を拭って息を吸うと、慣れた香りが鼻をくすぐる。
 さわやかな香り。
 時折、思い出したようにしか感じないほど身に馴染んだ、それ。
 最近特に、気を張っているときに限って感じるのは気のせいなのか。
 作り手に似てるというか。
 肩の力を抜け、ってことだろうな。
 不機嫌そうに見つめる彼女をすぐに思い出せて苦笑する。
「町に着いたら今日はゆっくりすればいいんだからな」
「本当ですか兄上! 雑魚寝の安宿じゃないんですねッ」
「余裕があるのならふかふかのベッドで休みたいですわ」
 妙に真剣に聞き帰す弟と、駄目元で言ってみたのだろうグラーティアに苦笑する。
「一晩だけならな」
 お許しの言葉に、二人は手をとって飛び跳ねた。
「きゃあ! ノクス様ありがとうございます!」
「やったねティア! 渋り屋の兄上が珍しく贅沢許してくれたよっ」
 世が世なら……いや、今でも十分高貴な方々だというのに、たった一晩だけ良い宿――というより普通の宿――に泊まるというだけでこの喜びよう。
 リゲルは不憫さに目頭を押さえたくなった。
 もっとも、内心そう思っていても表情はまったく変わらないので気づく者などいなかったのだが。

 やたらと人の多いアルカの町で、宿を取ることができたのはある意味奇跡に近いかもしれない。
 水浴びをして汗を流し、綺麗なシーツがかけられたベッドに腰掛けて、グラーティアはそのまま寝転んだ。
 この場に兄がいたならはしたないと言って怒るだろう。
 くすくす笑いながら目を閉じる。
 このまま眠ってしまえればとても気持ちが良いだろうことは分かっているけれど、聞きたいことがあるのだ、しぶしぶ身を起こす。
 もう一つのベッドでは、リゲルが小物を並べてなにやらメモを取っていた。
「リゲルさん、少しお話よろしい?」
 グラーティアの呼びかけにリゲルは顔を上げ頷く。
 それから彼女の薦めに従い、向かい合うように自分のベッドへ腰を下ろした。
「よく、こんな良い部屋良く取れましたわね」
 あなたが予約したのでしょうと言外に問う彼女にリゲルは首肯する。
「時期的に夏至祭と重なると思いましたので、この国にいる同志に手配を頼みました」
 夏至祭は『太陽神』と言われるソール教最大の祭。祭当日だけ解放される大神殿に入るため、世界中の信者が集うとも言われている。
 苦労してたどり着いて泊まるところがないのは忍びないと、リゲルは夏至祭前後に宿を予約するようスピカに頼んでいた。
 スピカは当然のように複数の宿を予約していた。
 他の町ならともかく、ここは敵陣の真ん中と言えなくもない。
 そのような場所で拠点とする宿に気を使わぬわけがない。
 無駄になってしまった他の宿には、ソール教の巡礼者のフリをした仲間が泊まっているだろう。
 何か問題があったでしょうかと問う彼女にグラーティアは首を振った。
「本題は別ですの。少しお力添えを頂きたくて」
「わたしに、ですか?」
「ええ。正面から殴りこみに行くのに、説得のお手伝いをしていただきたくて」
 訝しげに問うリゲルに、なんでもないことのようにさらりとグラーティアは言った。
「……御自ら危険な場所に向かわれることはないと思いますが」
 苦い顔をした彼女を、グラーティアは不思議なものを見るように言い返す。
「あら。三百年も経っているのなら、わたくしの顔を知っているものなどいないでしょう? 思わせぶりな発言だけすればいいのですもの、大丈夫ですわよ?
 それとも――」
 ふっと笑みを浮かべ、グラーティアは問い返す。
「ソール教と『あなた達』が通じているとでも?」
「仇敵相手にそのようなことができる愚か者がいると仰ると?」
「政敵を貶めるためにはなんでも利用するのでは?」
 にこにことした笑顔の中で瞳だけが笑っていない。
 政に関わることのないリゲルでも分かる。
 時にまことしやかに囁かれていたことだから。
「まあ、今は構いませんわ」
 ふっと瞳を和ませてグラーティアは立ち上がる。
「味方がいないのなら、ノクス様に直接交渉ですわ!」
 そのまま一息に部屋を立ち去ってしまったグラーティアをとめることができず、リゲルはしばらくしてから思い出したように息を吸った。
 同年代の女性にはどう接していいのか分からない。兄について回るうちに、自然と淑やかさといったものとは無縁になってしまったから。
 だけど……ティア殿も大分毛色の違う方のようだ。ほんの少しだけ親しみを持って、今更ながらにリゲルはグラーティアの後を追う。
 異色者同士、応援をしても良いだろう。
 扉の向こうから聞こえるソレイユの忠告をさらさら流している彼女には必要ないのかもしれないけれど。