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ソラの在り処-暁天-

【第三話 光陰】 1.焦りを押し込めて

 城内はしんと静まっていた。この時間だから仕方ないのかもしれない。
 ノクティルーカの足音だけが石で出来た通路に響く。
 いてもたってもいられなくて旅装のままにここまで来たけれど、何の準備もなしには旅立てない。
 昼間見たこの町の様子から地形が変わっている可能性が高いことが分かっているし、地図は新調したいところだ。
 歩いているうちに城門までたどり着いた。
 開かれたままの門に少し苛立つのは、万一にでもポーリーに危害が加えられたらと思う不安ゆえ。
 そこに佇んでいる人物がそんな暴挙を許さないということは分かっていても。
「よ」
 軽い調子で片手を上げて、青年はノクティルーカに向かって笑って見せた。纏う服もその髪も夜に溶け込んで判別しづらいが、声を聞けば間違えようもない。
「ミルザム」
「行くのか?」
 気安い問いかけには怒りとも取れる響きを伴っていた。
 目的地も判明してないくせにどこに行くつもりかと言いたいんだろう。
「焦る気持ちは分かるが一人で行くな。
 事態はややこしい上に、無闇にお前を危険に晒すわけにはいかないんだ」
「まだ行かねーよ。決意を固めてきただけだ」
 ひょいと肩をすくめて返す。
「……落ち着けばいいんだろ。無理やりにでも」
「姫を想うなら、頼む」
 吐き捨てるようなノクティルーカの言葉に、ミルザムは神妙に頭を下げる。
 助けたい気持ちは同じなのだ。
 それに少なくとも自分より長い時間、何もできずに待つことしかできなかったミルザムが悔しくない訳はないと言い聞かせる。
 必ず救い出すと、それだけは決めた。
 本当なら後一月程度で結婚できるはずだった相手に、あんな形で逢って落ち着ける訳がないけれど。
「長くなるからな。中で話そう。とっておきの茶を淹れるぞー」
「茶なんかでつろうとするな」
 あえておどけるミルザム。何とかして気を紛らわせてくれようとしている、その気遣いが痛いほど分かるから。
「最高級の新茶、おまけに碾茶だぞ?」
「言われてもわかんねーよ」
 何とか笑みを返すことができた。とても苦いものだったけれど。

 連れて行かれたのは、元々は城門を守る衛兵の詰め所だったであろう小部屋だった。薦められるままに簡素な椅子に座り、茶を淹れるミルザムの背をなんとなく見やる。
 端に作られていた竈にはすでにやかんがかけられており、傍らには盆に乗せられた茶器。ここまで徹底されていると、行動を先読みされたことに悔しさも湧いてこない。
 沸騰した湯は白磁の器に注がれ、その間に急須に鮮やかさを保った緑の葉が入れられた。
 この茶を飲むのも久しぶりだなとなんとなく思う。
 そう、前に頂いたときはポーリーの叔父の家でのことだった。
 あの時は冬で、雪に閉ざされた変わらない景色の代理のように、周囲の状況はめまぐるしく変わっていったものだった。
 知らず過去に思いを馳せたノクティルーカは、茶の注がれる音で現実に引き戻された。
 白い器に満たされる淡い緑の茶。とりあえず礼を言って一口含む。
 温かい茶は心地よく、思ったよりも身体が冷えていたのだと実感させられた。
 さわやかな香りは心を落ち着かせる効果でもあるのだろうか。
 安堵のような吐息が漏れる。
「美味いだろう?」
「言うだけあるな」
 小さな頃はただ苦いだけと感じていたお茶だけど、今はそんなことない。
 ゆっくりと少しずつ味わう。そうすることで心を落ち着けるように。
「さて、話に戻るか」
 かすかな音も立てずにミルザムが器をテーブルに戻すと、ノクティルーカもそれに倣った。
「昼に止められたが、ここは元セラータの首都セーラだ。
 今は六花(りっか)と呼んでるがな」
「呼んでるって、誰が」
「俺たちが。セラータ人が捨てたから入植した」
「いいのかそれは?」
「土地は有効活用するに限る」
 捨てたからといって勝手に住み込んでは何か争いが起きそうなものだが。
 疑問に思っていることはすぐに分かったんだろう。
 けれど、どこか含みを持たせる笑みで話題を変えられた。
「お前も景色が違うことに気が付いてないわけないな」
「俺がここに来たのは久々だからって訳じゃあないってことは分かってる」
「まぁな。お前達が暗殺されそうになってから……そうだな、三百年ほど経ってる」
「三百年?」
 馬鹿なことだと一笑にできないことが悲しい。ミルザムたちは長寿種で、成人と認められるのが千歳を越えてからだと聞いている。
 実際にノクティルーカが小さい頃から彼の姿はほぼまったく変わっていない――いや、いなかった。今こうやってまじまじと見てみれば、ほんの少しだけ変わっているような気も、する。
 三百年という言葉を聞いたからかもしれないが。
「事実だ。それだけの時間があったからここまで回復したんだぞ」
「回復?」
 どういうことだろうか?
 自分の記憶とユーラの言葉が確かならば、この城の北部には高い山々や森が広がっていたはずで、森はともかく山が綺麗さっぱり消えていたのだが。
「今はこの町が事実上、東大陸の最北端だ」
「は?」
「疑うなら行ってみればいい。一刻も歩かぬうちに断崖絶壁にたどり着く」
 嫌そうに遠い目をして言うミルザムが嘘をついているようには見えない。
 が、疑問は出てくる。
「……何でまた? 何があったんだ? このあたりに火山あったか?」
 地形が変わる理由なんて火山の噴火か大規模な地震しか考えられない。
 恐る恐る問いかけるノクティルーカへと決して視線を合わさぬようにミルザムは遠くを見つめた。
「火山はあったな噴火した。それ以上に色々酷かったが」
「色々?」
 あっさりと噴火したと答えられた以上に『色々』の部分が気にかかる。
 しかし、聞いていいものか悪いものか。
 そんな彼の心情を読み取ったのか、ミルザムはノクティルーカに向き直った。
 いや、怖いんだけど。据わった目が半端なく怖いんだけどっ。
「早い話がだな、祟られた」
「たたる?」
「以前に少しは話したかも知れんが、『我ら』の神は不敬を働いたり、崇めるのをやめると祟られる」
「なんでお前らの神様が祟ってセラータがこんなことになるんだ?」
 すごく素朴な疑問にミルザムは頭を振ってまた遠い目をした。
「そりゃあ末姫様や、ちい姫がああなったからに決まってるだろう」
「は?」
「お前だって一度だけ謁見を許されただろう? 姫の叔父上に連れられて」
「……そういえば会ったな」
 氷色の髪を持った、人と同じ姿で現れた神。
 確かに畏れおおいというか、こわいという印象があった。
 下手に口を開くことができないような強烈な圧力は、思い出すだけでも身震いがする。
「あの神は元はヒトだった。姫につながりのある、な」
「そうなのか?」
「神は――決して良きものだけではない。
 未練を残し死んだ者が現し世に災いをもたらし、結果祟られぬように奉られて『神』になる場合もある。
 あの神はそういった経緯を持っている」
 ほんの少し表情が辛そうなのは、もしかしたら知っているのかもしれない。
 その『神様』になったヒトのことを。
「我が一族に害を成すならば、我は幾度でも災いを撒くだろう――
 とまあ、そんな言葉が残ってたわけだ。で、ちい姫の件で、人曰くの『呪い』の効力が弱まっていないことが皮肉にも証明された」
 ふぅんと頷きかけたノクティルーカだったが、ふと気づく。
「ちょっと待て。アーク殿は?」
 確か、その神様を祭る役目を負っていたのはポーリーの叔父に当たるアーク――アルクトゥルス一家だった。
 それにこの町よりも北方に住んでいたはず。
 嫌な予感に顔をこわばらせた彼を安心させるようにミルザムは笑いかける。
「ご無事だよ。毎日お忙しいご様子だがね」
「忙しい?」
「ここの城の最上階で精進潔斎しておられる。御霊が鎮まるように長い間」
 一年の大半が物忌み状態だから、いつでも誰でも気軽に逢う事は叶わないんだよ、と寂しそうに付け加えた。
「という訳で、祟りは今でも継続中。
 『我ら』を追い出そうと近寄れば奇病にかかるわ命令を出した人物の屋敷が落雷で焼け落ちるわ。日照りが続いたかと思えば豪雨に冷夏。自然災害の見本市ってな感じだ」
「きついなそれ」
「そんな訳で立ち寄る者が少ない今の状況では『我ら』以外は住まんだろ?」
「納得した。嫌な方法だが納得した」
 うんうんと頷きながら、ふと感じた眠気に軽く頭を振る。
「もう夜も遅い。今日は休め」
 顔を上げればこちらを気遣うようなミルザムの姿。
「大事を成し遂げるためにこそ、慎重になれ」
「分かってる」
 気ばかり焦っていることくらいよく分かっている。
「今日はとりあえず寝る。明日ならいいんだろ?」
 深呼吸をして立ち上がって、顔を見ないままに言う。深く考えずに口をついて出た言葉に、どれだけ余裕がないか思い知らされた気がした。
「ああ。助っ人も頼んでるし今夜の星読報告もする。
 だから今日は休め」
「……分かった。お休み」
 ぎりとこぶしを握り締めてノクティルーカは退室した。
 暗い廊下を一人歩き、先ほどミルザムに捕まえられた城門まで出る。
 見上げた空には満天の星。
 良くない結果が出るのが怖くて、彼は与えられた部屋に急いで戻った。
 暗闇が怖いといっていたポーリーの気持ちが、今はいつも以上に分かる気がした。