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ソラの在り処-暁天-

【第二話 流涕】 3.再び逢う為の、短いさよなら

 皆が皆呆然としていたんだろう。
 最初に正気に戻ったのは、やはりウェネラーティオだった。
「……詳しい話を聞かせてもらおうか」
「分かっております」
 こちらに、と促すミルザムの声に、ふらふらとついて行くだけで精一杯。
 誰もが頭がついていかず、ただ足を動かすのみ。
 部屋を出る直前にノクティルーカは足を止めて振り返る。
 もしかしたら、との思いを込めて。
 しかし……変わらずそこにポーリーは在った。

 連れて行かれたのは隣の部屋。
 こうなることを見越していたのか、大きめのテーブルにはすでにお茶が用意されていた。
 促されるままに席に着き、茶を流し込む。
 ほんの少しだけ、温度を取り戻せたような気がする。
「どうして、こんなことに?」
 誰にともなく問うたのはグラーティア。
 感情が高まっているせいか、そう大きくないはずの声が少し震えていた。
「結論から言えば、ちい姫様がこのような姿になったのは、術の反動だ。
 ……術を使った理由は」
「聞かない」
 ぴしゃりと言い切ったのはユーラ。
「本人から聞くから……聞かない。理由は」
 視線を上げないままに、それだけを言って歯を食いしばる。
「どういう状況なんだ?」
 比較的落ち着いているウェネラーティオの問いかけに、表情を消したままミルザムは答える。
「ちい姫様は、術の反動で眠っておられる。
 『我ら』のうちで魔法に詳しいものが総出で解呪にあたったが、未だお助けすることは叶わない」
 ミルザムたちは基本的に人より優れている。体力も魔力も、その知識も。
 だというのに助けることができないのなら――
 さらに落ち込みそうな気持ちを無視して、ユーラは問いかける。
「アースは?」
 ポーリーが最も頼っている相手。血の繋がった叔母。
 自他共に認める姪馬鹿で、剣も魔法も習得しているすごい人。
 そして――はるか昔、神が人に託された『奇跡』を守る魔導士。
「アースがいて、解けなかったのか?」
 そんなはずないと言って欲しい。
 アースがいれば大丈夫だと、でも……答えなんて分かっている。
「末姫様は……」
 ほんの少し言いにくそうにして、ミルザムは口を開いた。
「謹慎処分を受けている。ちい姫様の手助けをした罪で」
「手助け?」
「それだけ難しい術だったってことだ。世界の法則を曲げるんだからな」
 話すことにも疲れた様子のミルザムに追及する声は出なかった。
 代わりに、おずおずとした声が上がる。
「少しよろしいでしょうか?」
 手を上げて発言の許しを求めたのはグラーティア。
 一同の視線が集まるのを待って、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ポーラ様をお救いする術は、そちらにはなかったのですよね?」
「ええ」
 聞かれた内容はとても口惜しいこと。だから自然、ミルザムの答えも少しいらついたものになる。しかしそれにかまわず、グラーティアはむしろ力強く言う。
「魔術の反動が原因なら、もしかしたら何とかなるかもしれませんわ」
「どういうことだ?」
「兄様もご存知でしょうけど、ソール教会でも魔法に関することは研究され続けていますのよ。それに、そちらとこちらとでは『術』の在り方が違いますわ。
 試してみる価値はあると思いません?」
 提案する彼女に、そうだよねぇとソレイユが同意を示す。
「回復とか解呪とかって、教会ってイメージあるよね」
 そうと決まればとばかりにグラーティアは小さなこぶしを握り締めて、空に向かって突き上げる。
「ですから、まずはアルカの大神殿に殴りこみ、ですわ♪」
「……結構過激なこと言うね、ティア」
 しぐさと声音のかわいらしさの割りに、言ってる内容はかなり物騒。
 当たり前なソレイユの反応に、ユーラも同意する。
 とはいえ、ウェネラーティオが元々そうだから兄弟ってことで納得できるかもしれない。
 呆れつつもミルザムは安心する。
 これなら、任せても大丈夫そうだと。
「なら、準備を整えて出発か」
「今回はわたくしも一緒に旅できますのね」
 目の前で早速旅に出ることを話し始める彼らを見て、そっとかつての弟子を見やる。少しうつむいているせいか、彼の表情は伺えない。
 話し合いが過熱しても、夕食時にも、そして休息を取るために床に就くまで。
 結局、ノクティルーカは一言も話さなかった。

 空にばら撒かれた数多の星。
 月の隠れる夜は好きだ。
 星を読むにも眺めるにも最適だし、請われてそばにいることが出来たから。
 窓から入る星の光を集めて、その水晶が光を放っているようだった。
 何より暗闇を怖がる彼女だから、こうして光に包まれていれば安心なのかもしれない。
 それでも、月のない夜には少し離れてしまえば薄闇にまぎれる。
 部屋の隅に立っていた人影が、彼女に向かって一歩足を踏み出す。
 髪は闇そのものの色。どこか凍ったような瞳は、星の在る夜空の青。
 表情は見ていて痛々しいくらいに、ない。
 それこそこんな顔、閉ざされた少女が見たら心配するだろう。
 水晶越しに、彼女の頬に触れる位置に手を伸ばす。
 何度見ても……辛い。
 こんな風に、閉ざされている姿を見るのは。
 思い起こされるのは遠い昔にした約束。
『もし、もしも。大きくなって会う事があって、あの子が困っていたら。
 ノクティルーカ、あなたはあの子を助けてくれる?』
 アースのお願いに自分は答えた。
『うん。助けるよ。守ってあげる。何に代えても』
 自分は確かにそう答えたのに。
 彼女が一番つらい時に、何も出来なかったことが悔しい。
 子供の頃のただの口約束なんて言える筈もない。
『だいじょうぶ。――死なせないから。
 絶対に死なせないから。私が守るから』
 だってポーリーはそれを守った。だから今度は自分が守る番。
 今はこの手は届かないけれど、届かないなら届く距離まで追いかけて追いつくだけ。
 ノクティルーカはそっと手を離し、振り返ることなく部屋を出て行く。

 纏うは旅装、背に荷物、託された剣を持って。
 約束を守るために、旅立つ。