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ソラの在り処-暁天-

【第一話 陰謀】 4.抹殺

 大神殿へとまっすぐに続く道。
 正直、道の両側に人が並んでて大歓迎、みたいなことになるんじゃないかと思っていたけれど。
 そんなことを思いながら、ノクティルーカはさりげなく左右に視線を配る。
 大して変わったところはない。
 以前来たときに比べ、参拝の人影は少ないものの、それなりににぎわっている。
 門の向こう、神殿内に差し掛かれば、すれ違う人は少なくなる。
 そこで待ち受けていた人物が誰か分かった瞬間、ポーリーが来なくて良かったと思った。
 白い大地と白い神殿。それに溶け込みそうなのになお鮮やかな純白のロープ。
 年のころは多分ウェネラーティオと同じ。
 光を集めたような金の髪は、人が思う『ソールの司祭』そのもので。
 琥珀の瞳がノクティルーカたちを捉え、にっこりと微笑まれた。
「ようこそ、太陽神ソールの神殿へ」
 その言葉に背を正すのは、この司祭を知らないソレイユただ一人。
「久しぶりだな、バァル司祭」
「ええ。お元気そうで何よりフィデス司祭。
 それに……お待ちしておりましたよ『勇者』様」
 一応同僚のウェネラーティオに応え、意味ありそうにノクティルーカを一瞥するバァル。
 嫌だな、とソレイユは思った。
 言葉尻だけとってみればよく言われることだし、声音に嘲るような色合いが入る事だって皆無じゃない。けれど。
 このバァルという司祭の存在が何か嫌だと、相容れないものがあると思う。
 元々が不機嫌な顔のウェネラーティオやここ最近そんな表情の増えた兄の雰囲気は硬いし、ユーラなどは露骨に顔をしかめている。
「どうぞ。猊下がお待ちです」
 にこやかに笑ってバァルは返答を待たぬままに神殿の奥へと向かう。
 なんとなく仲間内で視線を合わせて、それから四人は後に続いた。

 ざわざわした雰囲気。人が行きかう足音がいつもより大きく響く。
 今日は何かありましたかしら?
 ページを繰る手を止めて少女は考える。
 お仕着せの装飾のない白いローブ。
 癖のないまっすぐな鳶色の髪。同じ色の瞳がゆらゆらと天井を眺める。
 夏の大祭は終わったばかり。復活祭の準備はまだ早すぎますわよね、流石に。
 考えつつも、妙な胸騒ぎが消えない。
 ここ最近ずっと夢見が悪くて眠りが浅いから、今日もつい先ほどまで机に座ったまま微睡んでいたのだ。だけど今はすっかり眠気もさってしまって、仕方なく聖書でも読んでいたところなのだが。
 何かの前兆?
 眉を寄せて聖書を閉じる。
 前にもこんなことがあった。消えない不安、頭のどこかで鳴る警鐘。
 そして扉の向こうで静かに高まる緊張感。
 見張りが増えた?
 勘違いでいて欲しいと思いつつ、それはないだろうと確信する。
 彼女はソール教の巫女だ。誰も代わることの出来ない立場にいる。
 前任者があんなことになってしまったから。
 そして彼女は人質でもある。
 彼女の兄にとってであり、そして――
 そこまで考えて少女は首を振る。考えてもいいことなんてない。
 でも、嫌な予感がしますわ。とても。
 少女は自分の身に関してはあまり心配してはいなかった。
 自分を盾にされて、兄が無茶な要求をされることだけが心配だ。
 だから、少女は行動することにした。
 引き出しに大切に保管していた布の包みを懐にしのばせ、机の下に隠していた荷物袋をしっかりと背負う。それから、出来るだけ静かに少女は移動を開始した。

 いくら招かれていたとはいえ、相手が法王とあればすぐに会うことは出来ない。
 そう説明されてソレイユは不満そうな表情を隠さなかった。
「あーあ、せめて神殿内を見学させてくれればいいのに」
 待ち時間をもてあまして、つまらないなぁと呟きつつ、彼は寝台に腰掛ける。
「兄上もそう思いませんか? ちょっと待遇悪すぎ」
 てっきり同意が得られると思っていたにもかかわらず兄からの返事はない。
 不思議に思って顔を上げるソレイユ。
「兄上?」
 呼びかけに返答はない。
 兄もウェネラーティオも、ユーラまでもが神妙な顔で口をつぐんでいる。
「どうかされたんですか?」
「いや、この部屋がな……」
 引っかかるような物言いをするノクティルーカに、ソレイユは不思議そうな目を向ける。
 この部屋に何かあるのだろうか?
 大神殿の離れだろうこの建物は外観も立派で、外に見える庭園も立派だ。
 かなり広い部屋なのに、置いてある寝台はひとつきり。
 生活感もないから、てっきり身分の高い人用の宿泊施設だと思っていたのだけど、違うのだろうか?
「ここはベガ殿の住まいだった」
 疑問が顔に出ていたのだろう。しぶしぶといった感じでウェネラーティオが教えてくれた。
「ベガ?」
「ポーリーの母親だ」
 聞き覚えのない名に首を傾げれば、ノクティルーカが助け舟を出す。
 ああそうなんだと納得しかけたソレイユだったが、不意に表情を曇らせる。
「ちょっと待ってください。だった? なぜ過去形に」
「――あの騒ぎに前後して亡くなられたからだ」
「そう、だったんですか」
 そしてさらに思い沈黙が落ちる。
 静かになった室内で、やることもなくノクティルーカは思考にふける。
 ポーリーが受け取ったのは形見といって渡された――傷だらけの服。
 ざっと室内を見渡しても、主を失った部屋は殺風景だ。もともと物が少ない部屋だったような気もするが、小物の類も全部持ち出されているらしい。
 まだ何か残っていれば、渡してやろうと思ったんだけどな。
 とっておかない教会の連中に腹を立てるも、どこかで仕方ないといった思いがある。やりきれなさを押し込んで、ノクティルーカは壁に背を預けた。
 すると、衝撃を感じた。背にした壁から。
 不思議に思いつつ、ノクティルーカは壁から背を離す。
 ちょうど背にした部分は太陽神をかたどったタペストリーがかけられており、注意してみればそれがわずかに揺れている、ような気がする。
 壁に何かあるのか?
 ノクティルーカが手を伸ばすのと、タペストリーが大きく翻るのとはほぼ同時だった。
 タペストリーの向こうから、一人の少女がまろび出てくる。
 部屋に飛び込んだ勢いそのままに大きく翻る白いローブと鳶色の髪。
 勢いよく飛び込んできたせいで少女は床を転がり、受身がうまかったのか、何事もなかったかのように立ち上がる。
 突然の出来事に誰も反応できない。
 年のころは十代半ば。レイと同じくらいだろうか。柔らかな鳶色の髪は背の中ほどまであり、屋外にでないのだろうと察せられる白い肌。
 繊細そうな手がローブのすそを払って、初めて先客に気づいたように顔が上げられる。
「よいしょっと……あら?」
 ぱっちりとした瞳は髪と同じ色。
 そのままでも十分愛らしい少女が、満面の笑みを浮かべる。
「兄様! おかえりなさいませっ」
「どこから出てくるんだティア!」
 感激の言葉と叱責の声はほぼ同時に上がった。
「どこからって壁からですわ。お部屋から出していただけないんですもの。
 裏道を使うに決まってますわ」
「……そういうことを堂々と言うな」
 えへんと胸を張って応える妹に、ウェネラーティオはため息交じりに答える。
「お久しぶりですユーラ様。相変わらずお綺麗ですわね。
 ノクス様もご機嫌よう。ご婚礼にはぜひティアも呼んでくださいましね。
 あら、ポーラ様はいらっしゃいませんの?
 それにそちらの方は?」
「弟だ、レイ」
「はじめまして。ソレイユ・ミディ・ジュールです」
「ウェネラーティオの妹、グラーティア・フィデスですわ。
 どうぞ、ティアと呼んでくださいませ」
「じゃあ僕もレイで。よろしくティア」
「はい。レイさま」
「……兄の話を聞きなさい、ティア」
 和やかに挨拶を始める妹に、のけ者にされてウェネラーティオはちょっぴり怒りを耐えつつ忠告する。
「あら兄様、挨拶は大切ですわよ」
「それは当然だが……まあいい。
 だが、なんでまたいきなりあんなところから現れたんだお前は」
 このままグラーティアに付き合うとつまらない論争になることは目に見えていたので、ウェネラーティオは元々聞きたかったことだけを問いかける。
「簡単ですわ。妙に神殿が騒がしくて、嫌な予感がしましたの。
 ですからとりあえず逃げてみたのですわ」
「そうか。その行動力は誰に似たんだろうな」
 言うウェネラーティオの視線は妹の背中に注がれている。
 何をつめているのか分からないが、パンパンに詰まった荷物。
 ローブだって動きやすいように袖やすそが上げられている。
「でも、逃げてきてよかったみたいですわね。
 兄様の人質にされるのは嫌ですもの」
「人質?」
 さらりと言われた物騒な言葉に、ソレイユが一人眉をひそめる。
「なんでまた人質だなんて」
「……そうだったな」
 苦い口調でノクティルーカがうめく。
 そうだ。自分たちはあまりにも気を抜きすぎていた。
 ソール教は決して味方ではない。それは分かっていたことなのに。
「俺たちを盾にして、ポーリーに何かするつもりか」
「なっ」
「いや。次にそれをすればあっちが黙ってないことくらい分かってるだろう」
 ノクティルーカの懸念をウェネラーティオはあっさりと否定する。
「ポーラを利用するなら、もっと別の方法を使うはずだ」
「ええ。利用するなら――ね」
 突然聞こえた声に、はじかれたように振り返る五人。
「こんなところに居られるとは思いませんでしたよ。グラーティア様」
 演技がかった様子で嘆くバァル。
 ノクティルーカは腰の剣に手をかけようとして気づく。
 目の前にいるにしては、妙にバァルの存在感がないことに。
 幻影か?
 訝しく見返すノクティルーカに司祭は嘲う。とても楽しそうに。
「まあ、ティアが居ては困りますの?」
 まるで状況が分かってないかのように振舞うグラーティア。
「ええ。困ります。困りました。これで……」
 そんな彼女にバァルは表面上は残念そうに返す。
「貴女も旅立っていただかなければなくなりました」
 言葉と同時に周囲に満ちる殺気。
「バァル!」
「助かりましたよ。すんなりと来てくださって……
 たくさんの方のご協力があったとはいえ」
「どういうことだよっ」
 分からないと喚くのはユーラ一人。
 そんな彼女に楽しそうにバァルは返す。
「ご存知でしょう?
 平時には不要なのですよ。要らぬ争いを呼ぶ『英雄』など――ね」
 力をつけすぎた故に、国に棄てられた。
「殺気に気づかなかったでしょう?
 元々ここは、そのために作られたのですから当然なのですけれど、ね」
 自分たちにとって都合の悪いものを葬るための場所だとバァルはいった。
 つまりは華美な牢獄。一転して刑場にもなる場所。
 ――ここのかつての主は誰だった――?
「ベガ殿をやったのもお前たちか」
「心外な。『魔王』の仕業でしょう?」
 断定するラティオに顔色ひとつ変えずにバァルは告げる。
「反抗的な貴方はともかく、グラーティア様は確保しておきたかったのですが。
 まあ良いでしょう」
 楽しそうに笑うバァルの姿がだんだんと薄れていく。
「バァルッ!!」
 ウェネラーティオの叫び。
 返事の代わりに光が弾けた。
 それが攻撃魔法の光だと気づくことなく、ノクティルーカたちの視界は白で覆われた。

 術が発動したことを察して、彼女は閉じていた目を開けた。
 ぼやけた視界に薄暗い室内が映る。もうそろそろ夜が明けるだろうか?
 起こってしまった。あの子が懸念していたように。
 軟禁中とはいえ彼女の身分を慮ってか、扱いはかなり良い。
 与えられた部屋も着ているものも、かつて育った宮中に劣らない。
 見張るように常にそばに居る侍女達は立ち居振る舞いから察するに、あちこちの国から派遣されたものたちだろう。
 真砂の好きにはさせぬように、北斗それぞれから同数のものと、昴直々の任命を受けた者達。心を許せるのは一人だけ連れてくることが許された、幼いときから仕えてくれている侍女くらい。
 だがそれも宮中内では普通のこと。昔を思い出してしまえば気にならない。
 周りのものに自分の胸中を悟らせない術などはもっと容易く思い出せる。
 どこまでも静かな面と裏腹に、現の胸中は荒れ狂っていた。
 とにかく、気に入らなかった。
 とにかく、腹が立った。腹が立ってしょうがなかった。
 『誰か』の筋書き通りに事が進んでいることも。
 筋書きを崩せなかった自分にも。
 そして何より、可愛い大事な姪っ子を失うことになってしまったことが。
 ――守りたいけど守れないのなんて嫌。守れなくちゃ意味がないの――
 必死に訴えたあの子の声が甦る。
 術が発動した。ならば他の子達は大丈夫だろう。
 あの子が命がけで守ったのだ。無事でいてくれなければ困る。
 それすら、希望的な観測に過ぎないのだけれど。
 でも、あの子は守った。
 守りたい人を守れるように、力を尽くした。
 だから自分も、約束を守らなければいけない。
 夜着の上に衣を一枚羽織って、現は障子を少し開ける。
 木格子越しに広かる街の遠景と白く染まる朝の空。綺麗で哀しいくらい。
 袂に潜めていた袋の中身をそっと手のひらに乗せて、ふっと息を吹きかけた。タンポポの綿毛のようなそれは、格子を越えるとかすかな風にさらわれて遠く飛んでいく。
 これでいい。これで、あの子の望みは叶う。
 だけど。
「このまま終わりになんてさせない」
 朝が来れば導の星といえども強い光に消されてしまう。
 でも、それでも見失ったりしない。
「待っててね。必ず起こしてあげるから」
 姪の名を呟いて、現は障子を閉じた。

 白い白い。どこまでも白い空間。
 そこに人が五人倒れていた。
 黒髪の男が二人と赤毛の男が一人。それから、金髪と鳶色の髪の少女。
 皆意識がないらしく、ぴくりとも動かない。
『まったく。いっくら僕だって単体(ひとり)じゃ苦労するのに』
 だというのに上がった声は少年のもの。
 不満そうにぶつぶつとなにやら呟いている。
『にしても……え?』
 誰かと会話をしているのだろうか。しばし沈黙が流れる。
『うーわー、無茶しますねぇ』
 呆れた少年の声は鳶色の髪の少女のほうから聞こえた。
『はいはい。こっちは僕が何とかがんばりますよ』
 いや、正確に言えば少女の胸元。そこに収められた包みの中からだろう。
『だからフォローはお願いしますね』
 少年のその言葉を最後に音は消え、白い空間も消えていく。