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ソラの在り処-暁天-

【第一話 陰謀】 3.散りゆく星のひかり

 翌日、アルカへと旅立つ馬車にはソレイユの姿もあった。
 別に危険はないだろうし、成人の儀式を済ませていない彼だから、この機会に外を知るのもいいだろうと、許可は意外に簡単に下りた。

 季節は春。
 吹く風は温かく日差しも優しい。花々は艶やかに咲き誇り、人々の顔も明るい。
 しかしアルカに向かうにつれ、休憩に立ち寄った町での様子を見るにつけ、ソレイユは不思議そうな顔をした。
「兄上兄上」
「なんだ?」
「今、まだ春ですよね?」
「そうだな」
 周りの様子を多少おっかなびっくり伺うソレイユに対し、ノクティルーカはつまらなそうに返す。
「なんでこんなに暑いんです?」
「アルカは砂漠の中だからな」
 兄の返事に、ソレイユはきょとんとしてそれから納得したように何度も頷く。
「本で読みましたけど本当なんですね」
 しみじみといいつつ、今度は興味津々に周りを見る。
 建物の形も、通りを行く人々の服装もすべて違う。
 不思議だなぁと思っていると、手を叩く音がした。
「ほらほら注目」
 もう二、三度手を叩いて全員の視線を集め、ウェネラーティオが話す。
「明日にはアルカに着くだろう。今晩はゆっくり休むように」
 ちょうど彼の言葉が終わる頃に馬車が止まる。
 お忍びだから仕方ないと言われてしまえばそれまでだが、馬車と宿しか移動できないのはきつい。
 座りっぱなしってのも辛いしな。
 伸びをしながら、久しぶりの土の感触を靴越しに感じつつ、ノクティルーカは空を見上げた。
 まだ日は沈みきっておらず、星の光は確認できない。
 そういえば、最近星を読んでないと気づく。
 星を見て未来を占う術を、ノクティルーカは小さい頃から習っていた。
 決して学ぶように押し付けられたわけではなく、城に住み着いた父の友人が『才能がある』と教えてくれたからだ。
 別に読むことをしなくても夜空を眺めるのは好きなのだが、最近それすらしていなかった気がする。
 久しぶりに眺めたい気もするが、時間を忘れて見入ってしまう気がひしひしとする。ここはあいつの言うとおり休んだほうが良いだろうと判断して、ノクティルーカは宿に入った。

 沈黙が耳に痛い。
 そう思っているのは自分だけなのだろうかと彼は思う。
 座した足に感じるのは畳の感触。
 思い出したように鼻をくすぐるのは主にふさわしい高貴な香り。
 知らず落ちていた視線を上げて隣を伺う。
 彼と位を同じくする六人の――名目上の同胞。
 皆、表情こそ変わらぬが、先ほどまでとは雰囲気が一変している。
 緊張しているのだろう。思いもよらぬ告白に。
 それをしでかした当人だけが、涼しい雰囲気だ。
 こちらから見えるのは豪奢な裳唐衣装束と、特徴的な雪の色をした髪。
 御簾の向こうで昴の影は動かない。
 この国の主たる『昴』とその補佐である七人の『北斗』が集い、先ほどまではいつものように政について話を進めていた。
 普通なら入ることはおろか近づくことも許されぬ場所に堂々と入ってきた女性。
「いま……なんと、申した?」
 昴が直接誰かに言葉をかけることはまず無い。が、咎める者もまたいない。
 怒り故か、かすれた声での問いかけ。
 主に答える声は高く澄んでおり、落ち着いたものだった。
「お世継ぎたる後星をこの手で封じました」
「馬鹿なッ」
 常に冷静たれとされている昴が心のままに言葉を紡ぐ。
「何故そのような嘘を申す!」
「畏れながら、昴に嘘は申しませぬ」
 感情のままに紡がれる言葉に、感情のない声が返る。
「後星の父方……北国セラータに証拠が。氷に封じてございます」
「嘘を申すな! そなたが……そなたがそのようなことをするはずがない!」
 慎みなど忘れて叫ぶ昴は見た目のように――ただの稚い少女のように見えた。御簾越しで姿を見ることが叶わぬとはいえ。
「慮外な」
 髪色のごとく、温度を感じさせない声音が続ける。
「星位争いなど珍しくもございませぬ。
 競争相手を減らそうとするのは当然のこと」
 昴が言葉を失う。信じられないと言いたそうに。
「後星を害し、御自らその座に着かれようとしたと?」
 代わりに口を開いた北斗――巨門。しかし彼女は言葉を返さない。
 昴以外と話す気はないということだろうか。
「何故……後星は、(しるべ)姫は」
「先々代の昴の――姉上の、娘」
 何を今更とでも言いたそうなくらい簡単に彼女は返す。
「血縁で言えば姪にあたります。昴――貴女の母・朧も」
「不敬な!」
「いくら(うつつ)殿下と言えど!」
 現の言葉に色めき立つ北斗たち。だが――
「やめよ」
 疲れたような昴の声に、その動きを止める。
「現には禁足を申し付ける。破軍」
「はっ」
 突然名を呼ばれて、彼――破軍は畏まる。
「傷つけることは許さぬ。無論、自害もだ」
 これで話は終りだと言いたそうに昴は打ち切り、他の北斗も表面上はおとなしく従い――しばらくして、部屋には現と破軍だけが残された。
 仕方なく破軍が立ち上がる。
 年のころは二十歳前後、中性的な面立ちの青年だ。
 昴の御前に出るとあって藍鼠色の髪を結い上げられ、武官仕様の束帯姿。着慣れていないために少々動きづらい。
 つつじの色の瞳が動かないままの現を捉えたまま、結局数歩離れたところで膝をついて声をかける。
「殿下」
 呼びかけに、ゆるゆると顔を上げた現は感情が抜け落ちたかのよう。
 破軍の背筋を冷たいものが落ちる。
「姫宮?」
 再度の呼びかけに雰囲気が変わった。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返して紫の瞳が焦点を結ぶ。
「しづ……鎮真(しずま)殿?」
 慌てたように言い直すその姿は見慣れたもの。
 肺に残っていた空気が思わず漏れる。安堵から。
「え、え?」
 破軍――鎮真の反応が意外だったのか、現は落ち着きなさそうに視線を走らせる。
「まあ良いです。
 ところで――何故嘘をつかれました?」
「嘘などついていません」
 きっぱりと返す現。まっすぐな瞳は小揺るぎもしない。
 そんな彼女をじっと見返して(本来これはとても不敬なことなのだが)鎮真は攻め方を変えた。
「異なことを申されますな。真実すべてではない。でしょう?」
 ほんの刹那、現の瞳が揺れた。
 まったく、分かりやすいことこの上ない。
 この姫君の嘘はとても分かりやすい。
「姫の御身は我が家でお預かりすることと勅命を受けました」
 『破軍』の顔に戻り目を離さぬまま告げる鎮真に、現はこっくり頷き返し立ち上がった。
 それを見届け鎮真も立ち上がり、現がついてくるのを確認して歩き出す。
 後ろをついてくる足音に耳を傾けつつ、鎮真は胸中で嘆息する。
 何があったかを聞き出さなければならない。
 とても難しいだろうことはわかっている。
 この姫君は嘘は下手だが、騙すことは得意なのだから。
 それこそ――自分自身を騙しきるほどに。

 布越しにも届く光。
 すっぽりかぶったフードを少し上げて、ノクティルーカは空を見上げた。
 濃い青が広がる、雲ひとつない空。激しく照りつける太陽。
 この地で太陽の力が強いのも当然だろう。
 太陽神ソールを崇める総本山。宗教国家レリギオの首都アルカ。
 強すぎる光で、黄色を帯びているはずの大地が白く見える。
 視線をまっすぐ伸ばせば、均等に並んだ緑の先に白亜の神殿。
 あの時あれほど破壊されたなど、今の姿からは想像がつかない。
 前にここに来たときはポーリーもいたのに。
 でも、あいつはここを嫌っていたから、来なくて良かったのかもしれない。
 彼女に思いを向けた瞬間、胸元にしまった香り袋を意識する。
「遅れるな、ノクス」
 苛立ったウェネラーティオの声に我に返る。
 少しぼうっとしていたらしい。
 先ほどまで隣を歩いていたはずの彼らは十歩ほど先を歩いていた。
「悪い」
 それだけ言って駆け寄る。

 そんな四人を神殿からいくつもの目が見つめていた。
 灼熱の太陽の下。凍てつくほどの冷酷さで。