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ソラの在り処-暁天-

【第一話 陰謀】 1.逢えない日の恋しさ

 石造りの無骨な城に、寄り添うように塔がひとつ建っていた。この塔がいつごろ建てられたのか分からないが、現在のここの主は皆知っている。
 アージュの第五王子・オーブ。彼の一家がここに住んでいる。
 すなわち――世間でうわさの『勇者様』こと、ノクティルーカも。

 自分で言うのもなんだが、結構我慢強いほうだと思う。
 机に突っ伏してしまいたい気持ちを抑えて、ノクティルーカは大きく息を吐く。
 このくらいが何だというんだ。仕事を押し付けられることくらいなんでもないはずだ。そう――とんでもなく自分本位な師匠に預けられたり、わけの分からないバケモノと対峙したあの旅のことを思えば。
 のろのろと手を動かして、山と詰まれた封書に目を通し……何も見なかったことにしたい気持ちを抑えて返事を書く。
 ペンが書くのはいつもほぼ同じ文字。
 一枚書き終えて再び大きなため息。
 これと同じものをあと何回書けばいいんだろう?
 好きな数だけ増やすことが出来ればいいのに、と。
「兄上、また断るんですか」
 恨めしそうな声が聞こえたのと、机に影が落ちたのはほぼ同時。
「断って何が悪い」
 言い返しつつ彼は顔を上げた。
 呆れたような顔をして立っているのは見慣れた姿。
 彼も仕事の途中なのだろう、両腕に書類らしきものを抱えている。
「もったいないですよ、この手紙なんて美人で有名なセラフィナ嬢からですよ」
「……有名は有名かもしれないが、七つも年上じゃなかったか?」
 以前どこかで聞いた程度のあやふやな記憶だったけれど、どうやらそれは正しかったらしい。
 弟はやれやれといった表情で別の書類を手にとって見せた。
「兄上は年下がお好みですか? ならこちらのガーウェル侯のエルナ嬢」
「そっちは今年十一じゃなかったか?」
「もー兄上ってばワガママだなぁ」
 どこがと問い返したい気持ちを抑えて、ノクティルーカは息を吐きつつ答える。
「誰が相手だろうと断る。俺にはもう許婚がいるんだから」
「相変わらず兄上ってばベタぼれなんだ」
「ソレイユ……ッ」
 やれやれと言いたそうな弟を、腕力で黙らせてやろうかと考えるが、怒りを静めて返事を書くことにする。面倒なことは先に済ませておくに限るのだ。
「別に妻が一人じゃなきゃいけないって決まりはないのに、兄上ってば一途ー」
「阿呆」
 なおも好き勝手に言い募る弟に、びしっとペンを突きつけて言う。
「お前な、俺に死ねって言うのか?」
「は?」
 思いもよらない言葉を聞いてソレイユは瞬きをする。
 そんな弟に言い聞かせるように、兄は沈痛な面持ちで告げた。
「浮気なんてしてみろ。まずアルタイル将軍……ち、義父上が黙っていないだろうし?」
「兄上、微妙なとこで照れないでください、気持ち悪い」
「うるさい! おまけに加えて、育ての親(アース)が黙ってると思うか?」
「あー」
 言われて想像してみる。
 確かに兄の許婚はあちこちから可愛がられているから、泣かされでもしたら黙ってない人は多いだろう、多分。
 でも何より、今の兄には浮気なんて考えられないんだろう。
 ……いや、昔からか。
 思い直して小さく首を振るソレイユをノクティルーカは不審に思うものの、邪魔にならないならいいとばかりに手紙に向き直る。
 闇のように黒い、さらさらした髪。夜空の深い青をした瞳。
 黙っていれば不機嫌に見えるが、女性視点は『クールで格好いい』らしい。
 鍛錬ではなく実戦で鍛えられた兄に比べれば多少細面で細身といえるけれど、顔のつくりはよく似ていると思う。
 なのに何故自分はもてないのだろう?
 こんなのはワガママと分かっているけれど、年頃になったソレイユからみれば兄ノクティルーカは羨ましい立場にいる。
 勇者として祭り上げられて、いろんな公式行事に顔を出すようになって、黄色い声援は絶えることがない。これ幸いとばかりに遊び歩かないような兄で良かったといえば良かったのかもしれないけれど。
 兄が成人の儀式でもある旅を終えて国に戻ってきたとき、誇らしい気持ちもあったけれど、正直ショックだった。
 長兄より先に帰ってきたこともだけど、『勇者』なんて仰々しい称号も背負って戻ってきたのは予想外。戦だからと旅立ちを許されず、安穏と暮らし続けてきた自分と比較して嫌になった。
 でも、根本は変わってない。
 この兄は許婚にべたぼれで、周りからよくからかわれていた。
 あの頃は何のことだか分からなかったけれど、今は自分も分かる。
 だから、別の方向……兄をからかうのに一番良いネタを使うことにする。
「でもポーリー綺麗になったんでしょーね。昔も可愛かったですもんねー」
 見た目で分かるほどにノクティルーカの肩が揺れた。
 兄の許婚であるポーリーは一時期彼らと共に暮らしていた。その頃から同い年の二人は仲が良かったし、ソレイユは『姉』が出来たみたいで嬉しかった。
「紫にも見える銀髪と紫水晶の瞳。妖精みたいだなーって思いましたし」
 不機嫌になっていく兄が面白くて、ソレイユは笑いをこらえるのに必死になる。
「兄上。独占欲強すぎると嫌われますよ」
 くすくすと笑いながら一応忠告する。
 その間もノクティルーカは手を止めずせっせと断りの手紙を書き続けていた。
「あーでも、これからは『ポーリー』じゃなくて『義姉上』って呼ばなきゃいけないかなぁ?」
「レイうるさい」
 無視に入っているようなので、もう一度からかってみると案の定怒られた。
「はいはい、すみませんー。ってなわけで、これ追加分です兄上」
 どさどさと机に置かれる書類を見て、ノクティルーカはとうとう耐え切れずに机に突っ伏した。
 ああもう面倒くさい。
 さっさと結婚してしまえば、こんな鬱陶しい事もなくなるんだろうか?
 疲れた頭でそんなことを考えて照れる。
 いやだってあれだ。長年想って来た相手と結婚できるんだ。うん。
 誰にともなく弁明をしつつも、ノクティルーカの顔はどうしてもにやけてしまう。ちなみに、書類を投げ渡した時点でソレイユはさっさと立ち去っている。賢明な判断だろう。
 あと残り一ヵ月半。それはノクティルーカとポーリーの誕生日。
 同じ日に生まれたなんて運命的だ、とか思ったときもある。
 実際は互いの親同士が幼馴染みたいな関係だったからこその許婚なのだけど、それはそれ。
 とにかく、誕生日がくれば結婚できる……はずだったのだけど。
 準備とかどうなってるんだろうか?
 普通は双方で何らかの話し合いとかあってもよさそうなものなのだけれど、生憎祭り上げられてからこっち、ノクティルーカは国外の情報に疎くなっている。
 ポーリーからもらった香り袋を胸元から引っ張り出して、彼女を想う。
 元気でいるんだろうか? 逢いたいと想ってくれてるだろうか?
 ……あっちにもこういった手紙が届いてるんじゃないだろうか……?
 誰だろうと渡すか。というより、あいつまた人の顔忘れてるんじゃなかろうか?
「逢いたい」
 呟いた声は自分でも女々しいと思うほど。
 あと少しだと、それだけ我慢すればと分かってはいるのだけれど……
 ふと、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
 手にした香り袋。
 これは小さな頃に彼女からもらったもの。
 その後再会したときに一度中身を替えてもらったけれど、それでも香りはかなり失われているのに……この香りはどこからしたんだ?
 先ほど弟が持ってきた封書をあわてて漁る。目的のもの――差出人の名前だけを確認し、もどかしい気持ちを抑えて封書を開く。
 逆さにして振ると、香り袋が転げてきた。
 改めて香りを確かめる。間違いなく同じもの、だと思う。封書の字も見慣れたものだし。
 手紙が入ってないのは気にかかるが、それでも嬉しいことに変わりはない。
「ポーリー」
 だいぶ腑抜けた顔をしてるんだろうなーとか思うものの、今は一人だから良いや。
 気力充電完了。さあ、残りの返事をさっさと済ませてしまおうとペンを手に取ったところでノックがした。
 返事をする前にひょこっと顔を出して、ソレイユが楽しそうに笑う。
「兄上ー。お客が来ましたよ」
 その彼の後ろから、見慣れた人物が姿を現した。