闇のままの真相
あの街を発った時にクリオと別れ、ついでにリゲルたちとも別れて……人数減って寂しくなったなと思っていると、代わりにフォルとルチルがパーティに入って。正直なところ、潮時だと思った。
他の大陸に行ってみたいと話したところ、セティはただ寂しくなるねとだけ言った。
「もうちょっと引き止められるかと思ったんだけどなぁ」
少し拗ねたように愚痴っても返答はない。最後の晩酌相手に選んだ相手がブラウだから、仕方がないのかもしれないけれど。
「引き止めて欲しかったってか?」
「うーん、それも違うんだよねぇ」
逆に困っただろう。多分。
苦笑を返せば、何故かブラウは少し視線を外してぼそりと言った。
「よかったのか?」
「へ?」
何の事か分からずに声を上げれば、さらに眉間の皺を深くしてブラウが続ける。
「だから……リゲル」
「りっちゃん?」
出された名前に首を傾げかけ、変わりに深い息をつく。
「あのねブラウ。確かにりっちゃんは気に入ってるけど妹的な意味でね?」
「へーどうだか」
疑いが多分に混ざった視線で見られて、たははと頬をかく。
確かにりっちゃんりっちゃんとちょっかいかけて来たし、誤解されても仕方ないかもしれないけれど。
「恋人としてだったら選ばないって。僕、いじめられて喜ぶタイプじゃないよ?」
肩をすくめてみせるも、明らかに信じてない様子で見られる。
……誤解されるくらい言い続けてたかなと過去を自分を鑑みてみる。
してたかもしれない事実に突き当たってため息つきたくなる。
でも。
「ずっと一緒に生きていけるんだったら、姐さんにプロポーズしてたよ」
「は?」
すべり出た本音に、本当に予想外だったんだろう素っ頓狂な声。
まずいと思ったけれど、言ったことは取り消せない。
だからさっさと煙に巻くべく言葉を重ねた。
「他人の事よりブラウこそ頑張りなよ」
「はぁ?」
「はぁじゃないよ。セティのこと」
言われて気づいたのか、彼は一層表情を険しくして面白くなさそうに呟く。
「まあ……当分兄代わりしねぇとな」
あれ?
「いやそういう意味じゃなくてね?」
ったくセレスナイトの野郎とか愚痴るブラウは、本気で分かっていないのか。それともすっとぼけているだけだろうか。
「ああうん、まぁ……元気でいてくれればいいよ」
なんだかもうそれ以上言うのも疲れて、それだけを告げて最後の夜は更けていった。
笑顔で別れることが出来たのだけは良かったと思う。
「ふぅ」
ため息が出たのはきっと、こみ上げてきた寂しさを誤魔化すためだろう。
街の影はすでに遠く、船を包むのは空と海の青だけだ。
他の大陸に出たいと思ったのは突発的だったと思わなくもないが、きっとこれでよかったんだろう。
「今回はご苦労だったな」
唐突にかけられた声。なじみのあるそれは聞きたくなかった――でも、どこかで期待していた相手のもの。
ふっと軽く息を吐いて、振り向かぬままに応える。
「あんたから褒められるとはね」
セティたちの前では決して出さなかった低い声。
意識せずとも昔に戻ってしまう。荒んでいたあの頃に。
「相応しい働きをした者を労うのは当然だろう?」
「ふーん。じゃあ、一つ聞かせてもらえないかな」
小ばかにしたような対応に、多少気合を入れて振り向いた。
フードからこぼれる青い髪は鮮やかなジェイ・ブルー。
以前にあったときとまったく変わらぬ姿に感じたのは疎ましさだろうか。
三十後半の男性に見えるが、もちろん見た目程度の年ではない。
アイリスの瞳はつまらないものを見るようにリカルドを映している。
見られているという事実に震えそうになる声を叱咤して、悪態ついた。
「あんた結局何がしたかったのさ」
「知ってどうする」
「単に好奇心の問題」
目の前の相手から貰った情報とリゲルやプロキオンから聞き出したこと、それに自身が見聞きした情報。それらから見えてきた疑問をぶちまけた。
「結果的にお姫様たちは助かって、囚われの王子様たちは助からなかった。
王位を継げるのはお姫様だけだって分かってるのに、なんでわざわざ」
「それこそ、お前の知ることではない」
ぴしゃりと撥ね付けられて言葉を失う。
拒絶されて、それでも食い下がることはリカルドのプライドが許さない。
「褒美が欲しいというなら、あの娘はどうだ?
随分と気に入っていたようではないか」
どこから話を聞いていたのだろうか。
頭に血が上り、叫びそうになるのをこらえて拒否する。
「誰が、あんたの施しを受けるもんか」
「仕事に対する正当な報酬だとは思わんのか」
「人攫いをさせて、挙句にスパイ行為が仕事か」
「盗みを生業としていたものが何を言う」
ぐっと唇をかんで押し黙ると、こちらに布袋が投げ寄越された。
重そうな金属音とともに、袋はリカルドの足元へ落ちる。
「今回の報酬だ。次も期待しているぞ」
こちらの返事も待たずに踵を返す相手に、せめてもの反抗とばかりに声を出す。
「次なんか、ない」
「そういうな……わが息子よ」
くっと喉元で笑って去っていく『父親』をリカルドは睨みつけることしか出来なかった。
断ればいいのに、断れなかった。前回も、今回も。
「……糞親父」
苦いものを搾り出すようにしてののしった言葉は、迷子が親を求めるもののように必死で寂しいものだった。
おしまい