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ソラの在り処-蒼天-

振り返る旅路

「なにこれ」
 にぎやかな食堂内で、それでもその声は響いた。
 食器を手に持ち、眉をしかめているのは相変わらず若く見えるプロキオン。
 その向かいでは同じ料理を黙々と口にしているリゲルがいることから、食べられないものではないはずだが。
 何かまずかったかしらとクリオが思うのと同時に、はじけるような笑顔でプロキオンが振り返った。
「おいしーっ! めっちゃ美味しい!」
「お気に召されてよかったです」
 ほっとしたように胸をなでおろすのはクリオの横にいた女将だ。
 プロキオンは上客だから機嫌を損ねるようなことはしたくないのだろう。
「これなんて料理?」
鶏肉のポトフ(プーレ・オ・ポ)よ」
「ふーん」
 気のない返事で食事に集中する様子は、本当に小さな子どもみたいだ。
 でも、本当に食べること大好きな人たちよね。
 自分の故郷もどちらかというと食にこだわるタイプだが、ここの人たちも負けてない。作り方を教えてくれと請われることも多いし。
「あーもう、常連になっちゃおうかなー」
 もぐもぐと口を動かしながらの言葉に女将は嬉しそうに笑い、リゲルはぴくりと顔を上げた。
「あら、それは嬉しい」
「何を仰られてるんですか。これから都で」
「分かってるってば。
 これからしばらくは都勤めだってことは」
 ぶーぶーと言い合う様子は微笑ましい。セティより少し年下に見える二人のやり取りは初々しいカップルのようにも見える。
 セティ……か。
 まだやいやい言い合っている声を聞き流しながら、数ヶ月前までともに旅をしていた仲間を想う。

 あの一件が終わって……クリオはこの町で暮らすことにした。
 元々彼女はセティと出会う少し前から、冒険者家業を辞めて身を落ち着けられる場所を探していたのだ。いつまでも冒険者家業を続けられるものじゃないし、そこまでの腕もないことは分かっていたから。
 この町に決めた理由は、流れの人間にそこまで厳しくなく居心地がよかったから。
 あの一件のときに泊まった宿で、働かせてもらえないかと聞いたところ、むしろ好意的に迎え入れてくれた。
 料理をするのは好きだったし、旅をしていた間もいつか自分の店を持ちたいと考えていたから、今はこの店で修行中といったところ。
 こうして時々プロキオンがやってきてはセティの話をしてくれる。
 どこの国に行ったとか、元気にしているとか。
 かつての仲間の近況を聞けるのは嬉しい。けれど、苦さを覚えてしまうのは仕方ないだろう。
 セティたちに会う以前、一緒に旅していた仲間。
 その中にプロキオンやここの住人と同じ『彼ら』がいた。
 穏やかな人で、けれど勇敢で……結果的には私たちを守って死んでいった。
 その時を思い起こさせるような場面を二度も見て、もう嫌になった……だから、旅をやめた。

「仲がいいわね」
 まだ騒いでいた二人にそう声をかければ、表情に乏しいリゲルにしては珍しく不満げな顔を向けてくる。
「それなりにね!」
 笑って返すプロキオン。
 さらに不満を覚えたのか、彼女は黙ったままにポトフ攻略にとりかかった。
「傍から見てるとお似合いよ」
「冗談ではありません」
「ひどいなぁ。少しは考える位してもいいだろうに」
「私が嫁に出たら家が絶えます」
 僕一応上司だよというプロキオンに対し、きっぱりと言い返す。
「君、お兄さんいるでしょ」
「他家に婿に入りました」
「あららそりゃ大変」
 お婿さん貰わなきゃねぇという彼に、女将もあらあらといった表情で同意する。
「ああ、じゃあプロキオンが婿入りするの?」
 茶化すつもりで告げた言葉に二人がぴしりと膠着する。
「そりゃあいいねぇ。一色のお家は兄上様が継がれるんだから」
「いやいやいや冗談になってないから!
 知られたら本気で僕を人質に差し出すんだからウチの兄上はッ」
 先程とは違い、本気で慌てるプロキオン。
 逆にリゲルは落ち着き払った様子で文句を言う。
「人質とはどういう意味ですか。家にそんな権力ありません」
「じゃあ君んちは……っていうか、真砂は一色の家格に興味ないと?」
 ジト目での問いかけに返るのは沈黙だけ。
 どうやら、クリオの発言はかなり余計な代物だったらしい。
「でも僕たちのこというくらいならクリオさんの方が先じゃないの?」
 ねーと妙に子供じみた調子で問われることは予測していたので、にっこりと返す。
「残念ながら。どなたか紹介していただけません?」
「あ! じゃあ俺なんてどうですか!」
「てめこらっ 俺! 俺立候補します!」
「家の息子なんてどうかね?」
「いやー、わしが後二十若ければなぁ」
 頬に手をそえてため息つけば、どこから聞いていたのか周りに客がざわめきだす。
「あの盗賊のお兄さんは?」
 そんな様子を眺めつつ、声を潜めての問いかけ。
 視線を下ろせば、嫌に真剣な表情でプロキオンが見つめ返してきた。
「彼はそんなじゃないわ」
 話し相手としては最適だったし、仲間としてもムードメーカー役を買って出てくれて助かった。
 でも……最後まで心から打ち解けてはくれていなかったように思う。
 見上げていたプロキオンはふっと笑って――顔に似合わず、妙に老成した感じだった――ただ一言、そっかと呟いた。
「これ、美味しかったからもう一個追加注文ね」
 にこっと笑って言われた言葉に、クリオもまた笑顔を返す。
「はい。少々お待ちください」
 厨房にとって返して、深鍋をかき混ぜる。
 何かがこみ上げてきたけれど、それを無視してゆっくりゆっくり。
 野菜も肉も、とろとろとろけるくらいに煮込む。

 心に滞った消化不良のこの想いも溶ければいい。
 いつかは懐かしく思い返せる日が来るように。

おしまい