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ソラの在り処-蒼天-

【第十二話 再挙】 6.空を見上げて

 周りがなんだか騒がしい。けれど、セティは動くことが出来なかった。
 『ゆるさない』なんて。
 先に『許されない』ことをしたのはお前だろう!
「何をしている」
 鋭い声はラティオのもの。手早く地面に落ちた石――遺体――を回収し、声音と同じく鋭い視線を向けてくる。
「まだ終わってないぞ」
 その言葉に、ようやく耳が正常な機能を取り戻した。
 戦っている人や逃げる人の怒号や悲鳴が飛び交っている。
 けれど、同時に心が冷えていく。
 わたしは、この人の目の前でお爺さんを殺したんだ。
 うつむいてしまうセティにかけられたのは義務的な宣言。
「わたしは猊下を避難させる。後は任せたぞ、勇者殿」
 視線を逸らしたセティをどう思ったのだろうか。
 普段からあまり他人には関心を持っていない様子の彼の変化は分からない。
 ラティオの後姿を追えば、人を掻き分けて走って行く彼の目指す先に見慣れた人影――デルラと、彼を庇っているフォルやレイの姿が見えた。
「セティ」
 クリオの呼びかけに頷き、騒ぎの激しい場所へと急ぐ。
 逃げ出せるものは多数が逃げ出したのか、人が密集していた場所が多少開けた。
 と、同時にそれは守る側に有利に働く。
 はっきりと敵が視認できるだけでも違うし、現に敵の数はかなり減りつつある。
 どこに加勢に行こうかと悩んでいたセティの目が、戦況の不利を悟ってか広場から逃げようとする一団を捕らえた。
「待て!」
 考えるのは後回し。とにかく今はこの事態を収めないと!
 気持ちを切り替える意味もあって、ことさら大きな声を出してセティは騎士の一団を追った。

 広場から出てきた騎士たちに対して悲鳴が上がり、人が逃げていく。
 斬りかかる騎士とそれをいなす人々。
 どこへ向かおうというのか、騎士たちは迷うことなく進んでいく。
「待て!」
 セティの声に気づいていないわけはないだろう。
 だが、言われて止まる者もおるまい。
 必死に声を出して追いかけるのは、ここに敵がいると知らせるためもある。
 実際セティの声に応えて追いかける人数も増えつつあった。
 流石にこれ以上追っ手が増えるのを嫌ったのか、殿を務めていた騎士が二名こちらに向かってくる。
 互いの間合いに入るまで等間隔で配置された柱二つ分の距離ほど。
 迎え撃つ形になるセティとクリオは走るスピードを上げて間合いを計る。
 このまま走ってくるかと思われた騎士の一人が、突如横に飛んだ。
 何事かと思う間もなく、騎士が飛んだ逆の方向から影が飛び出してくる。
 あっけにとられたのはセティたちだけではなかったらしい。
 残った騎士が横から現れた影に打ち倒され、全員の足が止まった。
 ひゅんと風を切る音の後、再度騎士に向けられたのは鏡面のように輝く鋭い刃。
 見慣れた姿を見慣れないのは、足元も腕も縛られた動きやすさを重視した姿であるせいだろうか。
 さらりと揺れる青い髪。向けられた刃と同じく鋭い紫の瞳。
「リゲル」
「りっちゃん?!」
「先へどうぞ」
 素っ頓狂な声を上げる彼らに視線すら向けず、リゲルは淡々と言い放つ。
「露払いは引き受けましょう」
 その言葉に、我先にと騎士を追いかけていく神官たち。
 クリオに叱咤されて、セティも重い足を上げて走る。
「リゲル! あの……気をつけてね」
 結局言えたのはそれだけで、なのに振り向いて呼びかけてしまったのは――心が弱っていたせいだろうか。
 返事は来ないまま剣戟の音だけが遠く聞こえてきた。

 あちこちから興奮した声が聞こえてくる。
 怒っているのか悲しんでいるのか……それとも、敵を倒した喜びにか。
 現状の把握が出来ないまま、セティたちは気づけば礼拝堂近くまで来ていた。
「こっちにはもういないのかな?」
 走って上がった息を整えながら、クリオに意見を求める。
「そうね。一度戻ってみた方がいいかも知れないわ」
「でも……広場ってどっちの方向?」
 リカルドの上げた疑問に、しばし沈黙する。
「ブラウ分からない?」
「ここが礼拝堂ならあっちが正面入り口だろ」
「なら、あっちの方角かしら」
 位置の確認をして、じゃあ向かおうかといったところで唐突に声が割って入った。
「なんだ、終わったのか」
 びくりと肩が震える。聞きたくなかった声。
 もしかしたら、ここで会うかもしれないと危惧していた声。
 ゆるゆると振り向けば、疲れた様子でこちらを眺めている青年が見えた。
 白い服に白銀の髪。真っ白なその姿は浮世場慣れしていて怖い。――あの『ソール』のように。
「おにいちゃ」
「セレスナイト!!」
 泣きそうなセティと怒鳴り散らすブラウ。
 どちらが気に食わなかったのか『セレスナイト』は眉間にしわを寄せる。
「もう、いないよそんな奴」
「お兄ちゃん!」
「居ないって言ってるだろ! セレスナイトなんて奴は!」
 すがるような呼びかけは苛立ちの強い声に遮られる。
「じゃあお前は誰だって言うんだ!」
 ブラウの誰何に『セレスナイト』は応えない。
 カっとしたセティが思わず叫ぶ。
「お前が、お前がお兄ちゃんの体を乗っ取ってんだろ!」
 飛び掛ろうとしたのが分かったのか、慌てたようにリカルドに羽交い絞めにされた。
 何とか振りほどこうとしても強い力で押さえ込まれて身動きが取れない。
 けれど、視線だけは外さずに叫ぶ。
「出て行け魔王! お兄ちゃんから出てけ! 返してよ」
「誰のおかげで今まで生きてこられたと思ってるんだ!
 ボクのおかげじゃないか!
 こんな奴! ボクが居なきゃとっくの昔に死んでたくせに!」
 『セレスナイト』の言った言葉にクリオやリカルドは怪訝な表情を浮かべるが、ブラウは構わず叫んだ。
「ごちゃごちゃうるうせえ! セレスナイトを返しやがれ!」
「うるさいうるさい! ボクはセレスナイトなんかじゃない!」
 きっぱりと言い切った『セレスナイト』は、はっとしたように自らの口に手をあてる。
「――あ?」
 きょとんとした表情は何を意味するのだろうか。
 くしゃりと顔がゆがみ、『セレスナイト』は天を仰ぎ爆笑した。
 その異様さにセティもブラウも口をつぐむ。
「ああ。なんだ」
 やりきれないような声で、空を見上げたまま『セレスナイト』は言葉を紡ぐ。
「ボクも同じだ」
 どうしようもない悲しみの声。
 何が言いたいのかなんてぜんぜん分からない。
 けれど、毒気を抜かれてしまったセティと違い、ブラウの怒りはまだ収まっていなかった。
「何をごちゃごちゃ」
「も、いーや。本当に……どうでも」
 怒鳴ろうとしたブラウを遮り、『セレスナイト』が言う。
 遠くから時折聞こえる声は未だ戦闘状態にあると主張しているのに、妙に静かな礼拝堂前。
 仰ぎ見ていた空から地面へと視線を戻し、『セレスナイト』は呟いた。
「人間なんて……好き勝手に殺し殺されあえばいい」
「何を」
「何もしないよ。人間なんかのために何もしない。
 ……返してやるよ、望みどおりに」
 そう言って『セレスナイト』は顔を上げてセティやブラウと視線を合わせた。
 ふと笑ったかと思うと、空から聞きなれない声が響いた。
『ばいばい、ボクによく似た……愚かな人間たち』
 正直、何が起こったのか良く分からない。
 けれど『声』の主が『セレスナイト』から出て行ったのだとしたら?
「お兄ちゃん!」
「セレスナイト!」
 二人の呼びかけに、セレスナイトが呆けた表情を浮かべた。
 ぱちぱちと瞬きをして、にっこりと笑う。
 懐かしい笑顔だった――今まで決して見られなかった優しい笑顔。
 嬉しくなってもう一度呼びかけつつ、セティは兄の下へと走り出す。
「お兄ちゃん」
 応えるようにセレスナイトは腕を軽く広げて、何かを言って笑みを浮かべた。
 重い音を立てて地面に石が転がったのは、そのすぐ後だった。
 震える手足を叱咤して、セティは石に手を伸ばす。
 幻ではないことを示すように、石は冷たく――そこにあった。

 子供が大声で泣いている。
 石を抱いて、嫌々をするように首を振りつつ。少し後ろで握った拳を震えさせている子供もまた声こそ上げてないものの、泣いている。
 一抱えもある大きな石。それが何を示すのかなんて、よく分かっていた。後ろめたくて、声をかけることも出来なくて――彼はそこに立ちすくんだまま動けない。
 手を伸ばそうとして、声をかけようとして。
 でも身体は凍りついたように動かないし、喉もまた同じこと。
 そうした彼をしばし眺めていた人物はいい加減腹が立ったのだろう。
 数歩後ろに下がって、勢いをつけて彼を蹴り倒した。

 悲鳴と何かが倒れる音。
「キヨヒメ!」
 それからどこかで聞き覚えのある声と名前に、セティはしゃっくり上げながらも顔を上げた。
 地面に両手を着いて、後ろを振り向いたまま怒鳴っているのは聖騎士装束の男性。しかし兜は取られており、暗い色の短く刈られた髪と後ろ頭が見える。
「何ですか騒々しい」
 男性の後ろでふんぞり返っているのはリゲル。腕を組んで、いつも以上に冷たい眼差しで男性を見下ろしたままに言葉を連ねる。
「私に文句を言われる前に、すべきことがあるでしょう」
 言われた内容に心当たりがあったのか、男は唸ってからしぶしぶ立ち上がる。
 手の甲で涙を拭いながらセティはそんな二人を眺めていた。
 リゲルが無事でよかったというのはある。
 ――正直、彼女は強いからあんまり心配はしていなかったけれど。
 でも、この男性は一体誰なんだろう?
 怖れるように、妙にゆっくりと振り向く男。
 筋肉質で、リゲルと並ぶと背の高さや体格がより際立って見える。
 暗い色の髪に日に焼けた肌。
 精悍な顔つきだけど、どこか気の弱さが垣間見える表情。
 ブラウが息を飲んだのが分かった。
 セティもまた零れ落ちそうなくらい目を見開く。
「セティ」
 ぎこちない呼びかけ。
 わななく唇を、それでも何とか動かして彼女も応える。
「おとーさ……」
 ぽんぽんと頭を撫でられて、懐かしさに涙があふれた。
「おとーさん。おにいちゃんが」
「……分かってる。父さんが悪かったんだ。
 分かっていたのに止められなかった」
 腕の中の石を抱きしめて訴える娘。
 彼女をぎゅっと抱きしめながら、オリオンは断罪を求めるものの声で呟いた。
「セレスはもうずっと……ずっと昔に……死んでいたんだ」
 抱きしめてくれた腕の中が温かくて、兄がもういないことが悲しくて。
 先程以上にセティは大きな声で泣いた。

 セティが泣き止む頃を待って、オリオンは娘を解放し、立ち上がった。
 涙に濡れた目で見上げれば、父は困ったようにセティの頭を撫でる。
「おとーさん?」
 覚えがあった。
 父が困った顔でセティの頭を撫でるのは、決まって旅に出る前のことだった。
 どこかへ行くというのだろうか?
 ……どこへ?
 それを考えた瞬間、反射的にセティは父の手を掴んでいた。
 兄がいなくなってしまった今、父まで遠くに行って欲しくない一心でのことだったが、オリオンは虚をつかれたように動きを止めた。
「馬鹿げた事を考えているのではないでしょうね」
 詰問口調で問いかけたのはリゲル。
 そんな彼女から視線を外し、オリオンはしぶしぶ口を開く。
「皇子の後を」
「まだ世迷いごとを言いますか、武士と名乗れぬ臆病者が」
 最後まで聞くことなく言い切られた事が辛かったのか押し黙るオリオン。
 しかし、言わねばならぬと思ったのか再度口を開く。
「主君を守れず、おめおめと生き恥を」
「そのようなことは知りません」
 またぴしゃりと言い切られ沈黙する。
 この兄妹の力関係が良く分かるやり取りではある。
 でも今はそれがありがたい。
 セティとしては父を止めてくれるなら、なんにでも頼りたい。
 けれど父は顔をしかめてリゲルに向かって怒鳴った。
「今度こそ私の首を持って帰らねばお前が死ぬ羽目になるだろうが!」
 その言葉に手の力が抜けた。
 お父さんは何を言ってるんだろう?
 お父さんが死ななければ、リゲルが死ななきゃいけない?
「お前まで傷つけるような真似は出来ない。
 義父上義母上にどう申し開きが出来ると言うんだ」
 混乱する娘に気づいていないのか、オリオンは視線を外して苦渋に満ちた顔で言う。けれどリゲルもまた動じた様子もなく返す。
「とっくに顔向けできないでしょうに」
 言われると辛いのか、やはり押し黙るオリオン。
 誰も何も口に出来ず沈黙があたりに広がる。
 ため息一つ。結論を下そうとリゲルが口を開いたとき、のんきそうな声が割って入った。
「あーあ、やっぱりもめてた」
 頭の後ろに手を回して、嫌そうな顔でやってきたのはすっかり馴染みになったプロキオン。
「プロキオン」
「イッシキ殿」
「そう、こんなとこまでお使いってボク偉いよねー」
 娘と義妹の呟きに、オリオンは慌てて膝をつくが、プロキオンは気にした様子もなく言って、自らの懐から四角い白いもの――書状だろうか――を取り出した。
「上意だよ。此度の一件についてお上直々にお言葉を賜った」
 その言葉に、リゲルも居住まいを正して座り込んだ。
 プロキオンはふっと笑って書状を広げ、朗々と読み上げる。
「一連の出来事の罰として、鼓潔姫には真砂追放を申し付ける」
「そんな……」
「どういうこと?」
 戸惑いを隠せないリゲルに問いかけても、困惑した様子の彼女はプロキオンを見つめ返すだけ。
「罪が軽すぎます」
「へぇ。お上に逆らうの?」
 けれど彼女の訴えは、冷ややか一笑される。
「それから、鼓良将――『生きよ』との仰せだ。命を軽んじることは決して許さぬ」
「生き恥を晒せ、と」
「それが何よりの罰だろう?」
 拳を握り締めるオリオンにプロキオンは冷静に返す。
「結局、二人とも大したお咎めなしということ?」
「平たく言えばそうかな」
 クリオの問いに、先程までの冷たい表情は消してプロキオンは笑う。
「まぁつまり、リゲルは今回の働きがよかったから恩赦が出たって思えばいいよ」
「そうなんだ」
 リカルドの納得した様子に、セティはようやくほっとする。
 そろそろと手を伸ばして父に触れる。
「おとうさん」
 稚い呼びかけに、父が震えた気がした。
「おうちにかえろう?」
 返事があるまで、随分間があった。けれど、ぎごちなく、それでも頷いてくれたことは……嬉しかった。

 その後、デルラ新法王のお披露目は改めて行われた。
 『ソール』と反乱を起こした騎士たちは、教会に潜り込んでいた『魔物』として発表され、各国もますます警戒を続けるようにと発表されたのを知ったのは、三度フリストを発ってからのことだった
「結局、全部魔物のせい、か。あれでよかったのかな?」
「良いも悪いも。もうどうしようもねぇだろ」
 セティの疑問に返すブラウも不機嫌そうだ。
 今回の発表について疑念があるのはもちろん、故郷に帰っても出迎えてくれる司祭様がいなくなったのも原因かもしれない。
 あの襲撃の後、セティは父たちと一緒にあの街へ行き、それから母を連れにフリストへ向かった。
 死んだはずの勇者オリオンがフリストで生きていくのには問題があるだろうし、母達への風当たりもだんだんひどくなってきたというから、引越しの時期として潮時ではあったんだろう。
 時々いじられながらも、両親は平穏に暮らしているとプロキオンは言っていた。
 リゲルはプロキオンの部下になったらしい。
 両親のことを教えに来てくれたときも、たまに冷たい火花を散らしながら、それでも仲が悪くは見られなかった。
「おらガキども、ちんたら歩いてると置いてくぞ」
「またそんな物言いをして!
 セティさんが真似したらどうするんですか勇者なんですよ!
 貴方だって元とはいえ勇者の身でありながら」
「あーごめんなさい、今行きます」
 少し足を速めて先を行く仲間を追いかける。
 今一緒に旅をしているのはクリオとリカルドではなく、フォルとルチルだ。
 クリオはあの街に腰を落ち着けるらしい。
 今は宿で働き始めて、いずれは店を持つのだといっていた。
 リカルドはまだ落ち着くつもりはないが、別の大陸に行ってみたいんだと船で旅立っていった。
 ずっと一緒にいられると思っていたわけではないけれど、それでも寂しい気持ちはある。
 『勇者』をやめるには――『魔王』を倒すしかない。
 それが嫌だとは思わない。……まだ。
 昔、心躍らせて聞いていた英雄譚の主人公達も、こういう思いをしていたんだろうか?

 セティはまだ旅を続けている。
 フリストの勇者として、魔王を倒すために。
 その『魔王』の存在が不確かなものでも、人を脅かす魔物がいる限り旅は続くのだろう。
 ――見上げた空はどこまでも青かった。

 おしまい。