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ソラの在り処-蒼天-

【第十二話 再挙】 3.白に隠された黒

 暦の上では晩秋を迎えるもののアルカはかなり暑かった。
 以前と同じように日除けのフードをかぶり、目指すは白亜の大神殿。
 そういえば、ティアにはじめて会ったのってこの街だったなぁとのんきにセティは思った。
 あれからいろんなところに行ったけれど、相変わらずこの町は人が多い。
 厳粛な雰囲気なのは、やはり法王が亡くなったからだろうか。それでもそこはかとなく漂う熱気は次の法王選出が間近に控えているからだろうか。
 いつかのように大通りを突き進み、門が見えたところでティアが振り向いた。
「セティ、名前をお借りしてもよろしい?」
「へ?」
「何するつもりだ?」
 間の抜けた声を上げる彼女と、対照的に警戒心むき出しに問い返すブラウ。
 彼の心象的に面白くないことは分かっているが、もう少し何とかならないものだろうか。
 セティのそんな心配をよそに、ティアは軽い口調で続ける。
「セティが呼び出してくださって方がスムーズに行くかと思いまして」
「呼び出す?」
「って誰を?」
 予想外の答えに問い返せば、彼女はふんわりと笑って言う。
「どなたでも構いませんわ。どなたかお知り合いがいらっしゃるかと思いまして。
 ある程度高位の司祭なら話が早くて助かるのですけれど……」
「無理なら見学って事で入れてもらって、それから呼び出してもらえばいいしね」
 うんうんと頷きながら言葉を引き継ぐのはレイ。
 最初からラティオさん呼んでもらえばいいのになと思いつつ、セティは記憶をたどる。
「でも、わたしも知ってる人なんていないと思うよ?」
 だってあの街にいたのってほんの少しの間だけだし、会ったのも法王様と……バァル司祭くらいだよね?
「ニコルス司祭ならいいんじゃないかしら」
 その一言に全員の視線が集まる。発言の主――クリオは気にした風もなく、質問を投げかけるようにティアとセティを見返した。
「ニコルス司祭?」
「どなたですの?」
「ティアも会ってるわよ。神殿の前で」
 重ねて言われ、ティアはぱちくりと大きな瞳を瞬かせた後、ぽんと両手を胸の前で合わせた。
「思い出しましたわ!
 あの方ならわたくしの名前もご存知でしたし、最適ですわ」
 言われてセティも遅まきながら思い出す。
 初めてティアに会ったときのこと。
 聖なる日として本来なら解放される神殿が何故か閉ざされ、遠路はるばる巡礼してきた信徒たちに事情説明をしていた司祭。
「クリオすごいね」
「一度でもあったことのある人のことは覚えておいて損はないわよ。
 いつどんな時に役立つか分からないし、人の縁はバカにならないもの」
 感嘆を込めて言えば苦笑気味に忠告された。
 本当にクリオはすごいなと改めて思う。
 もっと少しでも見習って、自分も成長したい。
 決意を固める間に、神殿の目の前まで到着していた。
 以前見たときと同じように、門の両脇に一人ずつ衛兵が立っている。
 前はここで追い返されたんだっけと懐かしく思いつつ、ティアを追い越して衛兵に近寄る。
「フリストの勇者、セレスタイト・カーティスといいます。
 ニコルス司祭にお取次ぎをお願いできますか?」
「どういったご用件でしょうか?」
 聞かれる事は分かっていたけれど、どう答えたものかと考える間もなく、隣にティアが並ぶ。
「グラーティア・フィデスと申します。
 わたくしを探されているとセティからお聞きしたのですが?」
 ふわりと笑うティアとは対照的に衛兵二人に緊張が走り、何かを確認するように目配せをしあう。
「……少々お待ちください」
 衛兵が一人門の奥へと消えていき、そう待つこともなくセティたちも中へと入っていくことになった。

 通されたのは前回泊まったのと同じ部屋だった。
 どこか不満でもあったのか、レイは嫌そうな顔をしているし、ティアも呆れたような顔をしている。
 何かあるのかなと思っていたら、ノックの音がして司祭様たちが入ってきた。
「お久しぶりです、勇者殿」
「あ、お久しぶりです」
 穏やかなライトブラウンの瞳を和ませて言われた言葉。
 相変わらず『お父さん』な雰囲気の人だな。
 しかし、そんな印象は彼の視線がティアに移ったことで変わる。
「……はじめまして、グラーティア様」
「ええ。ご挨拶するのははじめまして、ですわね。ニコルス司祭」
 笑顔を浮かべているけれど、決して笑っていない瞳。
 対するティアもにこやかに応対しているが、雰囲気は冷たい。
「デルラ司祭と兄様はお元気ですか?」
「ええ」
 そのやり取りにセティは不審を抱く。
 聞くくらいなら最初からラティオさんか司祭様に取り次いでもらえばよかったんじゃないか、と。
「お会いになられますか?」
「ええもちろん。後で、の話になりますけれど」
 にこりと笑う彼女に司祭は眉をひそめる。
「今回はわたくし、お仕事を任されていますの」
 そう言って彼女は懐から四角い束を取り出した。
 どうするのかと見ていたら、それは布のように折りたたまれていたらしい。
 紙、なのかな?
 羊皮紙じゃあ、絶対にあんなに折ることできないけど。
「法王がいない今、どなたが責任者か分かりませんからとりあえず皆様に知らせていただけますか? 『彼ら』からの正式な要請です」
 ティアの言葉に司祭と、後ろにいた神官たちの表情が険しくなる。
「『彼ら』からの要求は一つ。後星……王位継承者であるポーラ様殺害未遂の容疑者、バァル司祭の身柄引渡しですわ」
「な」
 司祭は言葉を失うが、セティもまた声を出さぬように慌てて口を押さえる。
 王位継承者? ポーラさんが?!
 けれど、それならば納得のいく点が多い。
 多くの人が彼女を取り戻そうと必死だったこととか、協力したセティたちに対するあの『街』での歓待ぶりとか。
「尚、使者――わたくしたちが無事に戻らぬ場合、または引渡しを拒否する場合は全力を持って排除する、とのことですわ」
 詳しくは読んでくださいませと丁寧に開いた紙を手渡すグラーティア。
 司祭はそれを恐る恐るといった様子で受け取る。
「残念でしたわね。わたくしはもう人質にはなりませんわよ?」
 くすりと笑うティアの表情はこちらからは見えない。けれど。
「こちらとしても残念ですわ。
 あれから、教会にも自浄作用が働いていると、少しは期待していましたのよ?」
 本当に残念そうな口ぶりで彼女は続ける。
「なのに……この部屋に通されるなんて」
 その一言に、司祭の顔が青ざめる。
「どういうこと?」
 意識して低く出されたのだろうリカルドの声には普段の穏やかさは一切ない。
 セティは司祭を見るが、彼は唇を戦慄かせるばかり。
「ここは、教会にとって邪魔な人間を処分するための部屋ですわ。
 かつてマルティヌス一世の暗殺に使われ、わたくし達が殺されかけた場所です」
「で、でたらめをっ」
 明らかに図星をつかれたと分かるようにうろたえる司祭。
 フォルやクリオはいつでも武器が抜けるように準備をしている。
「あなた方がバァルに付くというのなら、わたくしたちをどうにでもすればいいでしょう。けれど……無事で済むとお思い?」
 問いかけるようなティアに返されるのは続きを促すような沈黙だけ。
「バァルは今、ここにいないのでしょう? 間違いなくここを襲いますわ。
 一番の目的はわたくし達でしょうね。それから――利にならない駒たち」
「なるほどね」
 納得したような声はセティの後ろ、リカルドから漏れた。
「もうすぐ次の法王が決まる。
 そこに『魔王』が乱入してきたら――そりゃあ世界が注目するよね」
「その混乱に乗じて、邪魔な相手もついでに始末できるって訳か」
「バァルがここを襲わなくても、『彼ら』との戦になるわね」
「そのとおりですわ」
 フォルとクリオが続ける言葉にセティはついていけない。
 戦? だって、魔物が溢れてるこの中で、人同士が争ってどうするんだろう?
 でも……お姫さまを殺されかけたって言うなら、穏便にはすまないって言うのも分かる。
「魔王を非道を世界的に証明することになりますし、逆らったらどうなるかという見せしめにもなりますもの。
 さて……バァルを引き渡すか、それとも戦を起こすか」
 セラータは身に滲みて『彼ら』の脅威を知っているというティアの言葉に、その国出身のフォルは大きく頷き、ついこないだも手ぇ出して痛い目あってるしなと付加える。
 司祭は言葉を発することなく、ただ紙を持つ手が震えている。
「さて、とりあえずお仕事は終わりましたし、兄様のところへ案内していただけます?」
 ぽんと手を叩いて可愛らしく首を傾げたティアに、司祭は疲れた様子で頷いた。