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ソラの在り処-蒼天-

【第十一話 遅疑】 2.箱の底に残ったもの

 町に辿り着き、宿を取れたのはもう夕食時を大分過ぎたごろ。
 リカルドは寝て頭をすっきりさせる、なんていってたけれど彼のように割り切れそうもないブラウは食堂に下りてぼうっとしていた。
 安酒をちびちびと飲み下す。
 素面でなんていられなかったというのと、あとは単純に懐事情のせいだ。
 このあたりは水質が悪く、『飲める水』はとても高い。
 店の親父さんによれば子供の頃から酒を水代わりに育つというし、注文もしないまま居座り続けることは出来ないから、仕方なく。
 酒で誤魔化せるというのなら誤魔化して欲しい。
 先程から脳裏にちらつくのは友の姿をした、けれど友と信じたくない者。
 あれは本人だとは思う……あれだけ似ていて違うと思えない。
 彼が取った行動は、友がするようなこととは思えないが。
「この不良神官。司祭様が怒るよ」
 ぼそりと呟かれた言葉に視線をやれば、うなだれた様子で勝手に隣に座るセティがいた。
「子供は寝る時間だろーが」
「お腹すいたんだよ。寝てたから」
 仏頂面で言う内容は偽りではない。
 親父さんに注文してスープのあまりを温めなおしてもらい、パンを食べる。
 カウンターに二人、並んで。会話もせずにただ時間が流れた。
 セティとブラウの間に沈黙が落ちるのは別段珍しいことじゃない。
 小さい頃だって、セレスナイトという緩衝材がいなければ、会えば即口げんか。ひどい場合は取っ組み合いのけんかに発展していた。
 もっとも、ブラウは基本的に誰に対しても似たような態度なので――例外は育ての親の司祭様くらいだ――相性の問題だろう。
 ブラウは苦手な部分もあるが、信頼できる部分もある。
 下手な慰めは言わない。事実は事実だときっぱり言ってくれる。
 クリオやリカルド相手じゃ――甘えてしまう。
「ずっと、考えてたんだけどさ。『魔王』ってなんだろう」
 独り言のようなそれに、ブラウは視線だけを寄越す。
 しかしセティはスープ皿を見つめたままで、ただ言葉を紡ぐ。
「魔物の親玉だっていうから、強いんだろうなとか怖いのかなとか思ってた。
 父さんなら倒せるって思ってたけど。心配でもあったんだ。
 火を吐いたり、魔法使ったりするのかなって」
 それはまだ小さかった頃に想像していたこと。吟遊詩人の話や御伽噺に出てくる怖い魔物の姿を元にして『魔王』の姿を考えた。
「父さん達がいなくなってから、片っ端から英雄譚とか教えてもらったし聞かせてもらったよ。もしかしたら、そういった話の中に『魔王』を倒すヒントがあるかもって思ったし」
 それは一番嫌な想像だった。その話を知って、一瞬でも想像した事が嫌だった。
「魔物の中にはさ。実体がないのもいるんだよね。
 アンデッド関係はブラウのほうが詳しいだろうけど」
「さっきから何が言いたいんだ」
 若干声に混ざった苛立ちの色。いつものセティならむっとして言い返しただろうけれど、彼女は静かに問いかけた。
「『魔王』に実体ってあるのかな?」
「……は?」
「昔聞いた話にあったんだ。
 とある魔物を倒した剣士が、意識を乗っ取られて魔物になってしまうって話。
 魔物になっちゃったらもう最後。解放されるのは殺されるとき。
 そうして、次の『魔物』が出来上がる」
 息を飲むブラウに初めて視線を合わせてセティは泣きそうな笑みを浮かべた。
「最初にこの話を知ったとき、さ。
 もしかしたら、父さん達はそうなっちゃったのかなって思ったよ?
 でも、そんなことあるわけないって思ってた。
 『ソール』の……ブラウの、話を聞くまでは」
「お前」
「うん、聞いてた。寝た振りしてたんだ」
 大人しく首肯してセティは続ける。
「もし……もし、わたしの想像が本当だったら。
 わたしは、どうすればいいのかな」
「おまえはどうしたいかなんて知るか」
 突き放す口調はセティの想像通りで、腹が立つはずなのに何故か安堵する。
「どっちにしろ、あいつはぶん殴る」
 続けられた言葉にぱちりと瞬きをする。
「殴るって」
「それだけの事をしでかしただろうが、あの馬鹿は」
「……ブラウって簡単でいいね」
 殴る殴らないじゃなくて、もっと、命のやり取り的なことをわたしは聞いてるんだけどなと思いつつ、ため息ついてセティはスープをすすった。
 温かいスープは美味しい。数少ない具を口に入れてよく噛む。
 意味もなく涙が出そうになった。
 お兄ちゃんのことは悲しい。
 ご飯が美味しいって思えることがなんだか悲しくて嬉しい。
 ブラウなんかに励まされたのが悔しい。
 スプーンの動きが止まったのに波紋を立てるスープ。
 そのことを知りつつも、まったく気にされていないことがこんなにも楽だと思わなかった。

 そっとそっと部屋に戻る。
 クリオはきっと気づいているだろうけれど、出来る限り静かに戻ってベッドにもぐる。
 思ったよりも動揺していないのは、感情が振り切れてしまったせいだろうか。
 ブラウのそばで泣いてしまったことに関しては――なんかもう今更だ。
 しょっちゅう泣きながらケンカしてたし……最近はなかったけど。
 暗い天井を睨み、目を閉じる。
 もし……小さな頃に思った『悪夢』が本当だとしたら、わたしに何が出来るだろう?
 ラティオさんやティアは、おじいさんを好き勝手されたくないと言っていた。
 その『おじいさん』が、あの『ソール』だとしたら?
 彼らは何か対策を知っているかもしれない。
 ふと苦笑が漏れた。
 ヘンなの。
 今までは結構、何とかしてお兄ちゃんを助ける方法があるって思えてたのに――もう、ほとんど諦めてる。
 気持ちの一時的な切り替えは得意な方だ。
 眠ってしまえばいい。
 朝起きたら、すべてが夢でしたなんて。そんなことがあるわけじゃないってよく知ってる。
 ただ、気持ちを切り替えるのには役に立つ。
 知らなきゃいけない。『彼ら』だけが知っていることを。
 ラティオさんは教えてくれそうにないから……ティアに聞こう。会いに行こう。
 そのために、今は――体力温存のために眠らなければ。