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ソラの在り処-蒼天-

【第十話 喪失】 5.詰まれる布石

 重苦しい雰囲気で彼らは翌朝を迎えた。
 占いの結果を勢い込んで聞こうとしたセティは食事後に話すと先制されたせいでどことなく元気がない。
 ただ黙々と口を動かして食事を詰め込む。
 ちらりと食堂全体を眺めてみたが、ダイクロアイトたちの姿はない。それが余計に気分を重くさせる。
 全員が食事を終えたところでミルザムが軽く息をつきつつ言った。
「具体的なことはあまり分からなかった」
 なんだと落胆の空気が漂う。ブラウに至っては大したことないなと呆れの顔。
 セティも期待していたためにどうしても落ち込む。
 分からない事だらけで焦りだけが――
「分かったことといえば、鼓良将――お前の父は生きている、ということだけだ」
 さらりと続けられた言葉に瞬きを繰り返し、勢い良く顔を上げる。
 父さんが生きているのは嬉しい。けれど。
「お兄ちゃんは?!」
 テーブルに両手を着き、身を乗り出して問うセティに彼はゆるく首を振る。
「読めなかった。ソール教信者の後を追え、としかな」
 また、ソール教。
 脳裏をよぎるのはほんの昨日の出来事。
 『魔王』とともにセティたちを襲ってきた白い騎士。
「大したことねぇの」
「けっこう分からないんだねぇ」
 ブラウの悪態とリカルドの文句に、言われることは分かっていたのだろう。
 苦笑しながらミルザムは肩をすくめて見せた。
「文句があるなら、夕べの曇り空を晴れさせて欲しいところだな」
「……そんなのできるわけないじゃん」
 がっくりとうなだれるリカルドに溜飲が下がったのか、小さく笑ってミルザムはカップを口に運んだ。
「それに、そんなに悲観しなくても……明日には分かるさ」
 小さな小さなその言葉は、水と一緒に飲まれて消えた。浮かんだ自嘲の笑みと共に。

 とにかくソール教の一行の後を追うことが必須条件。
 そう言い切られてしまったため、セティとブラウは町で聞き込みをした。
 とはいっても、そう大変だったわけではない。
 まず、近くの大きな教会に行く。
 それからブラウがデルラ司祭の名前を出して、騎士たちはどこに行きましたかと聞いただけ。
 答えはあっさり得られた。
「南、ね」
「どうしたのクリオ?」
 早く追いつかなければとばかりに急いで宿を出発しながらの報告に、なぜかクリオは固い表情で返す。
「あそこは曰くつきなのよ」
 どういったらいいかしらと続けて、困ったように笑った。
「フリストとセラータ。加えてレリギオの三つ巴の激しい地域だから」
 言われて脳内に地図を描く。
 確かにシックザールから南に行けば、その三国の国境あたりになるが。
「三つ巴? なんで?」
「土地が肥えてるから取り合いになってるってことだよ」
 もっとも戦で土地が枯れたって話もあるけどねーと続けるのはリカルド。
 経験の差だろうか。クリオもリカルドもセティが考えもしないようなことを知っているし、考えている。
 戦争、か。
 セティは人同士の争いを知らない。
 そりゃ盗賊に襲われたとかはあるけれど、軍隊同士のぶつかり合いなんて見たこともない。幸いにも。
 二人は知っているのかもしれない。
 こういうとき、思い知らされる。
 仲間って助け合うものだけど、自分はいつも助けてもらってばかりだと。
 もっといろんなことを知りたい。分かりたい。
 父さんのこともお兄ちゃんのことも……知らないことの多かったわたしだけど。
 だからこそ――知る機会を逃したくない。

 結局、その日は追いつくことが出来なかった。
 おまけに宿場町にたどり着くことも出来ず――野宿。
 セティが薪を拾って戻ってくると、簡単なかまどを作り終わっていたらしいミルザムが一人だけ残っていた。
 セティに気づいて軽く視線だけ寄越す。
 即席のかまどに薪を組みつつ様子を伺えば、彼は小さな袋をもてあそんでいた。
「何それ?」
 綺麗な柄の小さな袋に興味を惹かれて聞いてみる。
 あれだけ小さいと、何も物なんて入らないんじゃないだろうか?
 セティの興味津々といった視線に、彼はにこっと笑って答えてくれた。
「遠く離れた相手と会話できる便利な道具だ」
「え、じゃあわたしが母さんと話すこと出来たりするの?」
 ちょっとわくわくと聞いてみれば、苦笑と共に手を振られる。
「それは無理だ。相手も同じものを持っていないとな」
「そうなんだ」
 つまんないのと思いつつ、止まっていた手を動かす。木の組み方一つで火のつきやすさが変わったりすることを教えてくれたのはクリオだ。
 こうやって野宿の準備をするのも大分慣れた。
「これは五つで一組だから、誰に繋がるか分からんし」
「……便利は便利なんだろうけど……ちょっと不便?」
 セティが素直な感想を漏らせば、まぁなーなんて軽い同意が返ってくる。
「上司に繋がったときなんて冷や汗者だぞ。
 相手先が取り込み中とかだったらもっと肝が冷えるぞ」
「うわー」
 想像してもそれはいやだ。
 例えば、わたしは母さんと話がしたいのにブラウと話しする羽目になったりとか? おまけにブラウの機嫌が悪かったら?
「最悪」
「はははっ分かりやすいだろ?」
 こうして話してみると、ミルザムさんは結構とっつきやすい。
 なんだか時々怖いときのあるあの子――プロキオンといったか――とか、リゲルに比べたらずっと話しやすい。
「どうやって使うの? 難しい?」
「いや? 使いたいときと、使い終わった後にそれぞれ呪文を唱える必要があるだけだからな」
「へー簡単なんだ」
 納得がいくように薪を組み終えて、セティはミルザムに視線を戻して座り込む。
 じっくり見てみるかと問われて頷けば、いとも簡単に手渡してくれた。
「うわー」
 見たときも思ったけど綺麗な布。
 赤い布に白い花柄。一部きらきらしてるのって……もしかして金糸?
「繋げるときはexpergiで終了時にはdormiと唱えるんだ」
「え、えくすぺるぎ? どるみ?」
 どうにも聞き取りにくい呪文を繰り返せば、よっぽどつたなかったのか大いに笑われた。
 ……そこまで笑うことないと思う。
「さては魔法が苦手だな?」
「……そうですよ」
 そっぽを向きつつ答えればまた笑われる。苦手なんだから仕方ないじゃないか。
「まあ向き不向きもあるが……ノクティルーカも最初はそんな発音だったしな」
「のく?」
 長い名前。なんだろう? 前にも一度どこかで聞いたような?
「ああそうか。ノクス、の方が君達にはなじみがあるか」
「ああ! ……え?」
 納得してそれから驚く。この人ノクスさんと……知り合いでもおかしくないか。
「ノクスさんあんなに魔法使えるのに?」
「……あんなに、がどの程度を指すのかは知らないが。
 初級の攻防は自由に扱えるのは確かだな」
「そうなんだー」
 もしかしたら、今からでも頑張ればわたしも魔法使えるようになるのかな。
 セティが手の中の魔法の道具をいじりつつ唸れば、やはりどこかおかしそうにミルザムは言った。
「もっとも『我ら』の魔力あってこそ使えるものだからな」
「それってどういう?」
「まあ……エルフ並の魔力があれば使えるかも?」
「どっちにしろ、わたし使えないんですか」
「下手に流用されなくていいだろう?」
 何が流用だ。使ってみたいとちょっと思ったのに。
 少しふくれつつセティは道具をミルザムに返す。
「もう少し薪拾ってきます」
「おお。行ってこーい」
 ひらひらと手を振られて送り出され、セティは再び森へと向かう。
 強引についてきたミルザムだけど……そんなに悪い人ではなさそうだ。
 もう少しすればきっと、リゲルみたいに馴染んでしまうんだろう。
 リカルドとかとは気が合いそうだし。
 『仲間』が増えるのって楽しいなと思いながら、少し軽い足取りでセティは薪を探し始めた。