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ソラの在り処-蒼天-

【第十話 喪失】 4.今に続く昔の話

「お兄ちゃんがいた!」
 だんとテーブルに両手を着いて訴えるのはセティ。
 一緒に行ったはずのブラウは数歩後ろでため息をついている。
 ちょうど正面にいたリカルドは困ったように頭をかく。
「セティにはお兄さんがいるんだ?」
 それ以外に何を言えばいいのか。
 しかし彼女は納得いかなかったようで、再度訴えてくる。
「だから! お兄ちゃんがいたんだってば!」
「それじゃ分かんねーだろセレス」
 呆れたように言われてセティは少し首を傾げ、それから気づいたように言い直す。
「ええと……父さんと一緒に『魔王』退治に行って、行方不明だったお兄ちゃんがいた!」
「正確には、親子揃って死んだって言われてた」
 ブラウの訂正に腹が立たないではないが、セティはこくこくと頷いた。
「それは良かった……って言いたいとこだけど。
 良かったってだけじゃすまないことなのね?」
「うん……」
 相変わらずクリオは察しがいいなぁと思いながらも、セティは話す。
 兄――セレスナイトを見かけた場所と、追いつけなかったこと。それから、ソール教の神官戦士の装束を纏っていて、ソール教信者と共にいた事を。
「見間違いとか、他人の空似ってことは?」
「はっきりと言えないけど、でも……」
「本人だと思う。俺が見かけたのは二度目だ」
 詰まるセティの言葉を継いだブラウ。
 しかし、続けられた言葉は予想外のもので視線が一気に集まる。
「どういうことだよ」
「そのままだ。言わなかったのは、見間違いと思ったからな」
 そう言われてしまえば強くは出れない。
 セティだって未だに半信半疑な部分がある。一緒に目撃した人間が――それも、セレスナイト本人を良く知っているブラウが――いるから、あれは『兄』だと思えてるくらい。
 不承不承ながらも納得したセティを見て、それにとブラウは続ける。
「宿に戻ってみればお前は大怪我してたし」
「大怪我?」
 はてと首を傾げ、はっとする。
「じゃあ、ブラウがお兄ちゃんを見たのって……」
「お前が『魔王』にぼろぼろにされてた時だろうな」
「う」
 何も言えずに唸れば、クリオとリカルドも苦笑する。
「それはともかく……タイミングが気になる」
「う……まあ、ね」
 以前ブラウがセレスナイトを見た時期を考えれば、確かに気になる。
「セレスナイト本人かどうかを別にしても……ソール教の神官戦士が集団でっていうのがな」
「そうね……そこのところ、何か分からないの? 占い師さん」
「そういうことは星の出てる時に言って欲しいものだが」
 占えなくはないけどなと言いつつ、話を振られたミルザムが立ち上がる。
「え、え? 占うって?」
「ここじゃ集中しづらい。部屋に行く」
 言い捨てるミルザムに次いでリゲルが立ち上がり、まだ事態についていけていないセティはブラウに引っ張られながら二階へと上がった。

 スペースを広く取ろうというのか、ベットは隅に避けられてどこから取り出したのか布が敷かれた。
 靴を脱いで敷布に上がったミルザムが中央あたりに座り、何もないはずの中空から正方形の木の板を取り出す。大きさは両腕を軽く伸ばした位。厚さは指一本分くらい。
 そこそこの重量がありそうなのにミルザムは軽々と扱い、床にそっと置いた。
 中央には柄杓のような図と、それを囲むように何重かの円、さらに外側には四角がかかれ、絵の様な字が所々に書かれている。
「さて、何を占えばいい? 兄の行方か?」
 紙と筆を取り出したミルザムが問うてくるのに、セティは考えつつ答えた。
「えっと、お兄ちゃんもだけど、父さんも気になる!」
 生きているのか。生きていて欲しい。
「では、名前とか……出来る限りの情報を」
「父さんはオリオン・カーティス。
 お兄ちゃんはセレスナイト・シュトラール・カーティス」
 ミルザムがメモを取るのを待って、セティは思い出しながら答える。
「お兄ちゃんの好物は」
「いや、そういう情報は要らない」
 ぴしゃりと言われてセティはむっとふくれる。
 手をパタパタと翻しながら、ミルザムが困ったように言う。
「生まれた年とか……季節が欲しいな。せめて」
「え……?」
 問われた言葉にセティは何故か困ったような声を上げる。
「セティ?」
 リカルドの呼びかけにも反応せず、ただ何かを考え込むように口元に手をやった。
 父さんとお兄ちゃんの生まれた年?
 あれ?と考える。言われてみれば、そんな質問をしたことあっただろうか?
 父さんは父さんで、お兄ちゃんはお兄ちゃんで。
 食事の好みとかは知ってるけど……
「ちょっと何とかならないの?」
 黙りこくってしまったセティに何を感じたのか、リカルドが慌てたように口を開いた。
「できなくはないが……的中率は落ちるぞ。著しく」
「う」
 当たり前といえば当たり前のことを言われてリカルドはうなり、名案を思いついたとばかりに手を打つ。
「そうだ! りっちゃん知ってるんじゃないの?
 セティのお父さんの誕生日! お兄さんの親友だったんだよね?」
 何とか誤魔化せたといった表情でクリオに向かって同意を求める彼。
 しかしクリオはゆるく首を振った。
 予想外の反応にリカルドは首を傾げかけ、そのままの状態で顔を青くする。
 そうだ。親友だったけど……セティのお父さんがりっちゃんのお兄さんを斬ったとかって……
「ええ。存じております」
「リゲルが知ってるのか?」
 嫌そうには見えない――元々表情が乏しいのだが――リゲルの言葉に、何故かミルザムは不思議そうな顔をする。
 仲間内でも知らないことが多いのだろうか?
 プロキオンなんかは何でもお見通しという感じだったが。
「なら、早く言え」
 先を促すミルザムに答えず、リゲルは沈黙を保つ。
 言いたくないのだろうか?
 それとも、兄を傷つけた仇のことなど思い出したくもないのだろうか?
「教えてよ」
 小さな声はセティのもの。
「隠されてたらわかんないよ! わたし馬鹿だから!」
 確信がなかったから言えなかったというブラウの気持ちは分からないでもない。
 けれど。
「何も知らずに流されるのは嫌なんだ!
 本当のことを教えてよ!」
「事実と史実と真実は、必ずしも同じではありません。
 同じものを見聞きしても、人の反応はまちまちでしょう」
 叫ぶセティに答えるリゲルの声は静か。
「貴女を思う人々は、貴女を思うが故に知らせまいとした。
 それでも、知りたいと望みますか?」
「当たり前だ!」
 売り言葉に買い言葉。
 怒鳴るようなセティにリゲルはしばし目を閉じ、言葉を紡いだ。
「彼女の父はオリオンと名乗る前は、ベテルギウスと名乗っていたようです」
 言葉を理解するのに時間が少しかかった。
 つまり――偽名を使っていた? 父さんはずっと?
「彼の名は――(つつみ)良将(よしまさ)
 名を聞いた瞬間、ミルザムが勢い良く立ち上がった。
「どういうことだ」
 低い声と鋭い眼差しに、セティはおろかリカルドも息を飲む。
 飄々と……言葉は悪いがへらへらした印象を受けていた青年がみせた表情に。
「何故あの男が生きて――いや、生かしておいた?」
 言葉と視線の苛烈さは口を挟むことを許さない。
「皇子殺しの大逆人を、何故生かしておいた?!
 答えろ! 鼓潔姫(きよひめ)!」
 頭が真っ白になった。問い返すことも出来ない。
 何を言ってるんだろう、この人たちは。
 誰のことを言ってるんだろう?
「身内の情に流されたか?」
「そう思われても詮無いことです――
 が、一つだけ言わせていただければ、当時私は知らなかったのです。
 義兄が、何の罪で追われていたのかを」
 身内の情――あに?
「父も兄も何も知らぬままに、ただ義兄を討たねば一族郎党抹殺されると。
 敵方の血筋を引くものならばこそ、育てた恩を忘れ弓引くこともあろうと。
 罪状を知ったのは、帰って来てからの事でした」
「なるほどな。許しなく国外に出たものは戻ってくれば死罪。
 国を遠く離れ、二度と戻ってこないならばそれでも良いと……
 罪状を知らなかったのならば、そう思うだろう。
 が、虚偽は虚偽。貴殿には追って沙汰は下される――極刑は免れまいが」
 ふうとため息をつき、ミルザムは再度座り込んだ。
 行儀悪く座ったまま荷物を手繰り、何かを取り出す。
 木の板の横に翠色の澄んだ宝石細工が置かれた。
 小さな音と共に宝石細工が淡い光を放つと、先程までの表情が一変してミルザムが軽く言った。
「とまあ……ほとんどの連中はそういうんだろうが」
「は?」
 あまりといえばあまりにもな豹変具合にセティは思わず抜けた声を出す。
「ど、どういうこと? 父さんは本当に……」
「真実など誰も分からないさ」
 面白くなさそうにミルザムが言う。
「今のところの事実は『鼓良将が皇子殺しの罪で討たれた』ということだけだ」
 ぐさりと心に突き刺さる言葉。
 嘘じゃ、なかったんだ。
「ただ、噂はいくつもある。殺したのではなく皇子を誘拐したのだとか。
 宮廷内に皇子を殺そうとした者がいて、守るために国を出たのだとかな」
 思ったよりもハードな内容にセティは混乱していたが、それでも引っかかった部分があった。
「その皇子様って、どんなひと?」
「直接お目にかかったことがないからな。
 ただ……母上譲りの綺麗な銀の髪をお持ちだという噂だ」
「お兄ちゃんかもしれない」
「は?」
 きょとんとしたミルザムに構わずセティは続ける。
「お兄ちゃん銀髪だし。
 それに……血は繋がってないんだ。父さんとも、母さんとも」
 セティの言葉にミルザムは考え込むような顔をして、逆にリゲルは悔いるように拳を握り締める。
 そうだと知っていたなら、あの時違った行動も取れただろうに――
「話は分かった。集中したいからしばらく留守にしてくれ」
 真面目な顔で言われたので、部屋を追い出されるような格好になっても文句は言わなかった。
 あの様子なら、適当に占われることもないだろう。
 下で飲みなおすというクリオたちには断って、セティは一人部屋に戻った。

 食事の前のように――ダイクロアイトたちの話を盗み聞いた後のようにベッドに倒れこんで、それでも考える。
 リゲルは父のことを『あに』と呼んだ。
 父が罪を犯したといわれた際に『育てた恩を忘れ』と言われていたらしい。
 つまり、父とリゲルは家族だったのだろう。
 自分とセレスナイトのように。
 仲が良かったのかは分からないけれど、リゲルが結局父を見逃したり、父がリゲルに剣を渡すように母に頼んでいたりした事を考えれば、悪かったとは思いにくい。
『むかしむかし、あるところに仲の良い兄妹がいました』
 ふと思い出したのは、随分昔に兄が話してくれた物語。
『兄は争いごとが嫌いな性格でしたが、妹は剣の腕がたち、少しばかりお転婆でした』
 もしかして、あれは父とリゲルのことを言っていたのだろうか?
『セティ。忘れないでね、今の話』
 いつかリゲルと会うことがあるかもしれないと、そう思ってたんだろうか?
『おにいちゃんが悪いことしたら、セティが懲らしめてね』
 記憶の中の兄は優しく、でもとても悲しそうな顔で笑っていた。

 ため息をつきつつ、窓から外をうかがう。
 夕焼けの赤はところどころ。空はほとんど分厚い雲が遮っている。
「どうしてよりによって何で曇る。前回といいこういうときにっ」
 イライラしながら文句を言ってみても晴れるわけがない。
 ため息つきつつミルザムはベッドに荒く腰を下ろした。
 占いの結果ははっきりしない。何者かが邪魔をしているように。
 得意の星読みなら何か分かるかと思っていたのだが……自然には勝てない。
 唸るミルザムをぼーっと眺めつつリゲルは思う。
 何故この人たちは自分を責めないのだろう?
 先程の言葉だって、まるで誰かに聞かせるようにわざと怒ったように思えた。
 責めない代わりに何かをやらせようとしているのだろうか?
『本当に肝心なときに役に立たぬの』
「ううううるさい」
 馬鹿にしきった声はベッドに転がされたお守り袋から聞こえた。
 一部の者が使う連絡手段。離れたところにいても時間差なしに話が出来るという呪具だろう。
 話には聞いたことがあるが、これは便利そうだ。
『しかし、鼓良将と皇子の話は興味深い。姫様にもお伝えしておかねばな。
 少しやせられたがお元気そうじゃったぞ。そなたにもお言葉を頂いた』
「もう着いていたのか。早いな」
 ミルザムの反応は当然だろう。あの場所を出たのはこちらが早かったというのに、プロキオンたちはもう真砂に着いたのかと感心する。
『準備を怠っておらぬからな。そなたと違って』
「あーあーさいですか」
 ふてくされたようなミルザム。
 話を聞かされている状況のリゲルとしては首を傾げざるをえない。
 なぜ自分がいる前で話すのだろう。真砂七夜はリゲルが仕える主だ。ミルザムたちの主と敵対しているわけではないが、それでも機密に関わることを平気で口にするのはどうかと思う。
『そなたもとっとと役目を果たせ。これからはさらに忙しくなるぞ』
「そうだな」
 スピカの言葉にミルザムは考えるように答えて。
「仕事もいいが、いい加減にしないと」
『やかましいっ』
 みなまで言わせずスピカが怒鳴り、会話は切られた。
 彼が最後に何を言いかけたは想像つくので、リゲルも冷たい視線を送っておく。
 視線に気づいたのだろう、力ない笑みを浮かべて彼はお守り袋を荷物にしまう。
 まるで、ここに収めるのだと教えるように、ことさらゆっくりと。
「何とか占ってみるが……結果はあまり期待するな」
 なにせ星が見えないからなと続ける彼にそうですかと返す。
 残れと言われたから残っていたものの、結局リゲルは何もすることはなく、ただ機密に近い会話を間近で聞かされただけ。
 不思議に思うが、下がれといわれれば従わざるをえない。プロキオンは当然ながら、ミルザム相手でもリゲルのほうが身分は下なのだから。
 リゲルが出て行き、足音が遠くなったのを確認してからミルザムはベッドに背中を預ける。
「はは……」
 力なく乾いた笑いをこぼし、両腕で顔を隠す。
 布石はすべて打った。これで後のことは滞りなく進むだろう。
 覚悟はできている、はずだ。さっきは揺れてしまったけれど。
 勇者に頼まれた占いは出来ないが、すぐに分かることだ。
「二日後に、あの場所で」
 しっかりとした声とは裏腹に、彼の震えは止まりそうもなかった。