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ソラの在り処-蒼天-

【第九話 襲来】 2.狙われた町

 絶叫してしまったセティに苦笑しつつも、ダイクロアイトは一行に席を勧めた。
 そこに腰掛けて、数回深呼吸して息を整えてから、セティは改めてダイクロアイトを見る。
 視線が合えば彼はやわらかく笑いかえして来た。
 ブラウは顔は悪くないけれど、いつも仏頂面。リカルドもかっこいい部類に入るんだろうけれど、逆にへらへらしてて軟派な感じ。
 比較して、ダイクロアイトは整っている上に人当たりも良さそう。
 全体的になんか甘いし。
「えっと、わたしに何か?」
 確かにわたしの方はダイクロアイトさんを探していたけれど、あっちから用があるなんてことはないと思う。多分。
 旅に出て一年。そろそろ新米勇者とは名乗れなくなってきているけれど、あまり活躍なんてしてないし。
 どうしてだろうと多少気後れしつつ問うた言葉に、ダイクロアイトは少し虚をつかれたような顔をして、それから苦笑した。
「最近、君の名前を良く聞くから」
「え?」
 あれ。わたしそんなに目立つようなことした覚えないけど。
 首を傾げるセティをおかしそうに見やって、彼はさらに笑う。
「私を探していたと」
「ああ!」
 手を打つと同時に恥ずかしくなる。
 探していることを知られていたんだ。
 というより、人づてで噂になるくらいの期間追いかけていたんだ。
「違うかい?」
「いえ! 違いません違いません。お聞きしたいことがあって」
 優しく問われて、慌てて首をふる。
「何かな?」
 ええと、何から聞こう。何を聞けば良いかなと考え込むセティに対し、ダイクロアイトは急かせることなく先を促す。
「あのさぁ」
 そこに、申し訳なさそうに割って入る声ひとつ。
 声のしたほうへと視線をやれば、困った表情のまま立ち尽くしている影。
 見た目はセティと同年代のプロキオンは、眉をへの字に下げて申し訳なさそうに言った。
「話が盛り上がってるところで悪いんだけど。
 こっちの用事先に済ませていい?」
「あ」
 そうだった。
 彼らはわざわざ依頼料を渡すためだけにこの町に来てくれたのだ。
 ノクスさんやポーラさんと話はしたいけれど、それは後にすれば良いだろう。
 受け渡しだけならすぐに済むし。
 ちらりとダイクロアイトの様子を伺えば、笑って頷いてくれた。
 こんな風に寛容になりたいなぁ。
 体ごと向き直ったセティにプロキオンは袋を二つ手渡した。
「じゃあね、まずこれが例のお礼、それからこっちが追加分ね」
 グラデーションのかかった藍色の布袋はずっしりと重く、次いで渡された濃い緑の布袋は小花の刺繍がなされていた。
 袋だけでもいいものじゃないだろうか。
「うん。確かに、受け取りました」
 うわぁ、これ本当に貰っちゃっていいのかな?
 そう思うけれど、それだけの仕事をしたのだと思いもある。
 セティが金額を決めたわけじゃない。
 世間一般の依頼料がどの程度のものかもよく分からない。
 けれど。
「ありがとうね」
 にっこりと笑ったプロキオンが、それを物語っている気がした。
 本当に感謝してもらっている。それがすごく嬉しい。
 けれど、ニコニコしていた顔は一転。
 プロキオンが非難がましい目で見た相手は――リゲル。
「お勤め。一応ご苦労様。だけど報告は早くするようにネ」
 年齢的には同じに見えるけれど、立場が違うのか、プロキオンは高慢に言い放つ。
「はい」
 それに抗うことなく、控えめに返事をしてリゲルは隣のテーブル――ノクスさん達のいる方――へと行った。
 なんだか少し、らしくないなぁと思った。
 嫌な事は嫌だと、自分の意志は押し通すタイプに見えたのに。
 そんな気持ちを抱きながらもセティは振り返り、思わぬ幸運から会えることになった相手に向き直った。
「お待たせしました」
「いや。それで、何を聞きたいのかな?」

「勇者の仕事、ねぇ。一言で言い表すのは難しいけれど、やっぱり魔物退治だろうね。困っている人を助けるのは大切な仕事だよ」
 そう前置きをして、ダイクロアイトは自身が今までしてきたという『仕事』の内容を語ってくれた。
 主に、名のある魔物退治をしてきたという彼の話は勉強になることも多く、それと同時に強さも教えてくれた。
 けれど、セティが気になっているのは別のこと。
 左手がちりちりする。
 強い日差しを浴びつつけているような、そんな感覚。
 なんでだろう?
 話に耳を傾けながらも、思考はだんだんとそれていく。
 以前にもこの感覚はあった。それはいつだったか――
 考え始めて、答えはすぐに出た。
 ノクスさんがいたとき、だ。
 思えば、以前から彼が近くにいるときに、左手は異変を訴えていた気がする。
「最近はどこも魔物に襲われることが多いからね。
 ここの少し北にある街も襲われたんだ」
 その言葉に、意識を戻された。
「……知ってます」
 あそこを通ってから、まだ二月も経ってない。
「襲われた二、三日後くらいに、たまたま通りかかったんだよね」
「そうか」
 言葉を継いだのはリカルド。
 頷くセティに、ダイクロアイトもまた暗い顔をしてうつむいた。
「最近特に、魔物の動きが活発になっているといわれているし……私たちも忙しくなってくる」
 事実だろうその言葉に、セティも首肯した。
 自分達が頑張らないといけない。
 そうしなければ、力ない人たちが被害にあう。
 でも、魔物が根城が分かっていること自体が少ない。
 どこからかやってくる魔物を警戒するために一ヶ所に留まることは出来ないし……それは騎士団の仕事だろう。
 『勇者』に求められているのは、魔物たちをまとめているといわれる『魔王』の討伐。『魔王』を討つ事が出来れば、魔物たちの動きも沈静化するだろうと言われているから。
 だから、一刻も早く『魔王』を討たなければいけないのだけれど。
 束の間落ちた沈黙。
 故に気づいた。
 最初に気がついたのは名も知らない女性。
「声が?」
 呟いただけだったろう声が妙に響いた。
 声の主は隣のテーブル――ノクスさんたちのいるほうで、他の皆と同じくフードをかぶった人。
「声?」
 不思議そうに呟いたのは誰だったろう?
 知らず、皆口を閉ざし耳を澄ます。
 しんと静まったことで、外の声が良く聞こえてきた。
 この時間帯なら、普通は道行く人たちのざわめきが聞こえるはずなのだが。
 ざわめきは確かに聞こえてきた。
 それに何か違和感を感じたのは――悲鳴が混ざっていたから。
 慌てて立ち上がるセティ。
 ダイクロアイトはすでに立ち上がり、宿の扉を開け放していた。
 より大きく聞こえる人々の悲鳴。
「行くぞ」
 ダイクロアイトの声に仲間が応えて走っていく。
「セティ」
「うん!」
 クリオの言葉にセティも応え、走り出す。
 宿を扉をくぐる寸前、ブラウは振り返った。
 武器の確認をして立ち上がっているノクスたちの姿を認めて、それ以降は振り返ることなく無鉄砲な幼馴染を追いかけた。
 ところどころで火の手が上がり、町は混乱を極めていた。
 ――魔物たちの襲来によって。