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ソラの在り処-蒼天-

【第八話 血縁】 7.依頼の完了

 なんとも言いがたい気分のままに、セティは目覚めた。
 あまり思い出せないけれど、少なくともいい夢は見なかったんだろう。
 しばし寝転んだままに天井を眺め、ふと思う。
 ミサに行こうかな。
 家にいた頃は朝は教会にミサに行って、それから朝食をとっていた。
 この時代、各地を回る冒険者以外にはごく普通の習慣を思い出して起き上がる。
 ミサの帰りに金の小鳥亭に寄って、出発時間の確認をしておくのもいい。
 そうと決まれば早速準備。
 顔を洗って服を着替え、足取りも軽く廊下を行く。
 祖父と母はすでに教会に向かっているらしく、庭で素振りをしていたリゲルに一言告げてから家を出る。
 あれ。お客に留守番頼んでいいものなのかな?
 ちょっと首を傾げたのは一瞬。まあいいかで済ませるセティ。
 見上げた空は柔らかな青。
 ああ春が来たんだなーと感慨深く思いながら、三角屋根の教会に向かった。

 教会にはやはりたくさんの人が集まっていた。
 ここはフェルンで一番大きい教会でもあり、街全体の教会を統括する場所だから、集まる人も自然と多くなる。
 ブラウを見つけられるといいなと思いつつセティは入り口に近づく。
「セティ!」
 脇からの呼び声に顔を向ければ、こちらに向かって手を振っている人物が二人。
「リカルド。クリオも」
「おっはよー」
「待っていて正解だったわね」
「待っててくれたんだ?」
「そうそう」
 人波を縫って近づくとリカルドがにっこり笑う。
「ここにいれば会えるかなって思ってさ。あれ、りっちゃんは?」
「留守番してもらってる。それにあんまりここ好きじゃなさそうだし」
「ああ、それはそうかもねー。ブラウは仕事してるのかな」
「多分ね」
 話をしつつ教会内に入る。礼拝堂には人がたくさんいて、あまり前には進めない。ミサをうけるだけならその場所で十分だけれど。
「終わってから会いに行ったほうがいいと思う。出発の話でしょ?」
「そうそう。それしようと思ってきたんだ」
 ラティオの依頼は往復の護衛だったから、いつごろ帰るのかを聞いておかなければいけない。
「朝食終了後にまた教会に集合でいいと思うわ」
「そうだね」
 ミサが始まる前のちょっとした空白時間。
 たくさんの人が集まっているにもかかわらずおしゃべりの声は大きくなく、先ほどの話もひそひそとした小さいもの。
 真っ白な服を纏った司祭が祭壇へと向かう姿が人々の間から垣間見えて、そろそろ始まると人々が集中する。
 セティたちも話をやめて前を向き、そこで硬直した。
 朝ミサはいつも必ずデルラ司祭が執り行うわけではない。
 だから、若い司祭が祭壇に立っていても何の問題もない、のだが。それは相手による。
 あの鮮やかな赤毛は間違いなくラティオだろう。
「様になってるねぇ」
 リカルドの感想には同意する。浪々とした声は説法を職とするものに相応しく心地よくも神妙な気持ちになる、のだけれど。
 普段のあれこれを知っているとなんとも言いがたい気持ちを持つのもまた、事実。結局、さわやかに神妙に迎えるはずの朝を微妙な心持ちで迎えることになってしまった。

 二人と別れセティが家に戻ると、朝食の準備が出来ていた。
 今朝はライベクーヘン。
 席について食前のお祈りを済ませて、まん丸のパンケーキにアップルソースをかける。そんなセティの姿を見て、リゲルも両手を合わせてからソースを少しだけかけた。
 あ、食べ方分からないのかな? でも、そんな複雑なものじゃないよね。
 不思議に思いながらもナイフで一口サイズに切って口へ運ぶ。
 やっぱり母さんのご飯は美味しい。
 リゲルの反応はどうかと様子を見ていると、ソースをたっぷりつけた一口を食べた後に少し固まった以外は普通に食べている。
 二口目以降ソースをあまりつけなかったから、甘いのが嫌いなのかもしれない。
 食事を終えて自室に戻り、セティは装備を整える。
 全部終わったわけじゃない。
 魔王なんて会ってもいないし、魔物はまだまだたくさんいる。だから、旅を続けないといけない。
 荷物を手に取り降りるとリゲルがすでに待っていた。
 前から思っていたけれど、彼女はかなり軽装だ。
 武器だけで防具の類はほとんどつけていない。マントとフードだって動きを阻害するものだろうし。
 それであれだけ強いんだから反則だよなぁと思いつつ、最後の一段を下りる。
「もう行くの?」
「あ、うん」
 不安そうに言われた言葉にセティはばつが悪く返す。
 母はどこか不安そうな顔をしていたが、一度部屋に戻った後に布に包まれた細長い物を持ってきた。
「リゲルさん」
 思いつめたような顔でリゲルに向き直り、手に持ったそれを差し出した。
「これを――夫から預かっていました。貴女にお渡しするように、と」
 感情の読めない顔でリゲルはそれを受け取り布を外す。
 姿を現したのはセティにはなじみのない、でも見たことのある剣。
 細身で湾曲したその形は、リゲルが以前使っていた剣と同じものだ。
 リゲルは柄を掴み、ほんの少し――親指分くらい――剣を鞘から抜いた。
 こんなところで剣を抜くだなんて何考えてるんだろうと思うのと同時に何かを確かめたかったのだろうか?
 それ以上剣を抜くことはなく、鍔のあたりをじっと見つめている。
「サクラノゴモン」
 ポツリと漏らされた聞いた事のない呪文のようなものに首を傾げるセティ。
 しかしリゲルはそれ以上何も言うことなく剣を鞘に戻し、両手で丁重に持ってイルゼに頭を下げた。
「わざわざありがとうございます……確かに受け取りました」
 父さんの剣がリゲルに渡されるという図を見るのは、なんとなく面白くない。
 けれど、それが父さんの意志なら仕方ないと納得せざるを得ない。
「じゃあ母さん、行ってきます!」
 そんな思いを振り切るようにセティは告げて、教会へ向かった。

 教会にはすでにクリオ達が到着しており、応接室らしき場所へ通された。
 室内を見渡し、一人足りないのに気づいてセティはブラウに問いかける。
「あれ、ラティオさんは?」
「……もうすぐ来るだろ」
 ちょっと目を逸らして、しかも沈黙の後の返事に不思議に思うが、とりあえず待ってみる。
 待つことしばし。軽い足音がして扉が開いた。
「すまない、待たせたな」
 そう言って入ってきたのは、何故か司祭姿のラティオ。その後ろからデルラ司祭も入ってくる。
「久しぶりだと勝手が違うから時間がかかった」
「いやいや。ブランクがあってあの手際なら十分じゃ」
 少し不満そうに言いつつ腰を下ろすラティオに対し、満足そうに嬉しそうに司祭が返す。
「えっと、ラティオさん」
「何だ?」
「いつごろあの街に戻られるんですか?」
「いや、事情が変わった。当分戻らないな」
「え」
 絶句するセティとリカルド。
 多分知っていたのだろうブラウは反応せず、クリオはまぁと小さく声を上げる。
「どういうおつもりですか」
 厳しい声を出したのはリゲルただ一人。しかしラティオは変わらない態度で問いかける。
「どうもこうもない。俺の目的を知っていたのか?」
 いじわるな質問にリゲルは答えられない。
 代わりにラティオが説明を続けた。
「俺はここで修行をすることにした。あっちはあいつらがなんとかするだろうから、俺はこっちでけじめをつける。それだけだ」
「では、わたくしもせめてお側で」
「信用できるか。他の奴がつけばいい」
 きっぱりと言い切られて沈黙するリゲル。
 話の内容が分からないためにセティたちは口出しできない。
 でも、他の言い方ってあると思う。
 口出ししてやろうかと考えていたところで、ラティオはセティへと向き直り、問いかけてきた。
「そうだ、ちびっこ。依頼料はどうする?」
「へ。は?」
 突然の話題変更に対応し損ねて、変な声を出す彼女を気にせずラティオは問いを重ねる。
「だから依頼料だ。
 こっちの都合で変更したことだから、後金は全額払うし追加もつける。
 ただ受け取りをどうするかと聞いているんだ。
 この街に届けさせてもいいし、お前達が受け取りに行ってもいいし。
 なんなら、どこかの街を指定して届けさせてもいい」
「えーと」
 正直、受け取りに行くのは大変な気がする。そもそもあの街にどうやって行ったかがよく分からないし。
 かといって持ってきてもらうのもなんだかなぁ。
「セティ。これからどうするつもりなの?」
「え?」
「目的地によって選べばいいでしょう?」
「あー。うん」
 最終目的はどこにいるかも分からない『魔王』を倒すこと。
 当座は地道に魔物被害を軽減させること。
 ここ最近、なんだか慌しかったけれど……そういえば。
「ダイクロアイトさんを探したい。ヘオスの勇者の」
 そう。大所帯になる前――ティアたちと再合流する前にあった目的。
 別の勇者に話を聞きたい。
 フォルには会ったけど、参考意見は多いほどいい。多分。
 決してフォルが頼りにならないって訳じゃない。
「ああ。セラータに入る前くらいまで追いかけたよね、そういえば」
「なら途中の街まで届けてもらうのがいいかしら?」
「今もセラータにいるか分からないけど、国境あたりで聞き込みしたいなって」
「ならシックザールあたりが大きい街だし、そこで受け取りって出来るかな」
 わいわいと話し合うセティたち。ラティオは手を叩いて注目を集め、確認をする。
「報酬はシックザールで受け渡しということで良いか?」
「うん。それでお願いします」
「わかった。そう伝えておく。それから」
 満足そうに頷いたラティオは視線をリゲルに向けて、淡々と言い放った。
「お前もそろそろ戻った方がいいんじゃないか」
 うわぁとリカルドが声を漏らすが、リゲルはただじっとラティオを見つめた後に是と答えた。
「シックザールで受け取りを見届けた後に、戻ります」
「ならいい」
 はたから見ればかなり気まずく思えるやり取りを済ませたラティオは仕事があるからとすぐに部屋を出て行き、道行に幸ありますようにとデルラ司祭に祝福を与えてもらってからセティたちは教会を後にした。
 旅立ちの準備は万端。心持ちは少し微妙だけれど。
 メンバーを一人減らしたセティたちは、なんだかんだで慌しくフェルンを出ることになる。