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ソラの在り処-蒼天-

【第八話 血縁】 4.沈む太陽

「話を戻そうか」
 ハーブティを一口飲んで、ラティオは仕切りなおしとでもいうように告げた。
「いと高き天にいるといわれる『太陽神』。なら、『ソール』はどこにいる?」
「なんで違う場所にいるんだ?
 じゃなくて、違う場所にいるというような問いかけなんですか」
 保護者の視線というものは痛い。
 養い子を見つめる司祭は、表面上だけは温和に見える。
 突き刺さる視線の鋭さはいかんともしがたいが。
「……ただの信者ですか?」
 沈黙の後、ちらりと向けられる視線は司祭へのもの。
 つられるようにしてブラウも視線を向ける。司祭にとっての答えは違うのかと。
 双方からの視線に観念したのか、司祭は重い口を開いた。
「我らの父たる『太陽神』は遥かなる空に。
 父より遣わされたる僕『ソール』は我らの元に」
 聖典の一説だろうか?
 少なくとも、ブラウには聞き覚えのない言葉なのだけれど。
「我らの父たる『太陽神』の僕『ソール』?」
「別物に『なった』んですね?」
 半信半疑で繰り返したブラウの言葉に、間髪いれず確認をとるラティオ。
「別物に『された』?」
 黙して答えぬ司祭に再度問いかければ、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「ラティオ殿。本来のお話をどうぞ。養子(むすこ)が混乱しておりますので」
 唐突に話を変えられた。
 不満を持ってブラウは養父を見るが、彼の視線はこちらにはない。いつものゆったりと構えた、包み込むような雰囲気と違い、デルラ司祭に余裕はない。
「ああ、そうでした。すみません」
 彼がどの程度知っているのかを知りたくてと付け加え、ラティオは温和に笑う。
「いい加減、祖父孝行をしようと思いまして」
 生憎、私にはすでに二親がおりませんからと涼しい顔をして言い、困ったように息を吐く。
「一度世俗に離れたのですが……母のためにもやはり私は神の道を進むべきと思い直しまして、ご高名なデルラ司祭の師事を受けたく参りました」
 疑問の声は、何とか出さずにすんだ。
 修行をやり直したいからここに来ただなんて話を信じられるものか。
 本当に修行をしたいと願うなら、聖都に行った方がいいだろう。司祭の位を持っているなら問題ないだろうし。
 それにそもそも、修行をやり直したいということが信じられないとブラウは思う。あれだけソール教をこき下ろしておいて。おまけに、彼の妹は捜索願が出されている。その状況で何を考えているのだろう。
 養父がどういう返答をするのか、当事者でないにも拘らず何故かどきどきしてブラウは待った。
「以前はどなたに師事を?」
「残念ながら、師はすでに神の御許へ。他に心当たりはなくはないのですが、なにぶん言い出しにくいもので」
 照れたように、面白くなさそうに言う彼。ブラウといえば、心当たりがあるなら他所にいけ、関わってくるんじゃないと思っていた。
「とびきり優秀な兄弟子がおりまして、彼に師事すればよいのかもしれませんが。
 そもそも私が世俗に降りたのが、兄弟子との意見の相違でしたので」
「ほぅ。兄弟子どのが」
 どこか感心したような司祭の言葉に、ラティオは探るように問うた。
「もしかしたらご存知でしょうか? 兄弟子は、バァルというのですが」
「え」
 今度は止める間もなく声が出た。
「どうしたブラウ?」
「あ、や、その」
 言おうかどうか迷ってちらりとラティオへ視線をやれば、吐けと言わんばかりの笑みを向けられた。
 笑顔なのに怖い。
 迷っているところに再度養父から問われて、しぶしぶブラウは口を開いた。
「その人、聖都にいる……んですか?」
「優秀な方だから。
 目立つ金髪に琥珀色の目で、女性信者や神官から好かれていた」
 限りなく本人に近い気がすると思いつつ、客観的な事実だけを述べる。
「聖都で、そういう特徴をもったバァル司祭に法王猊下の所まで案内してもらった」
 ブラウの返答に、ラティオは目を細めて笑う。
「いつも法王猊下から好かれている方でしたからね」
「いつも?」
 どこに違和感を感じたのだろうか。
 焦りすら感じさせる声で司祭はラティオに問う。
「ええ。法王猊下の日に影になりてさまざまな事をなされていましたよ。
 今も昔も」
 言葉の節々に感じた違和感。
 元々彼の言うことは、まだるっこしいし、常にもったいぶっていると思う。
 バァル司祭は目の前にいる彼と同年代に見えたから、兄弟弟子といわれてもおかしくない。
 以前に会った人物を思い出しつつ、ブラウは考える。
 では、どこに違和感を感じたんだろう?
 法王の日に影になってさまざまなことをしていたというのも納得できる話だ。
 セティによれば、『勇者』承認のときもバァル司祭が実質取り仕切っていたようなものだと言っていたから。
「バァル司祭が聖都にいるのか?」
 固い声は養父のもの。
 顔を向ければ、信じられないといった様子でブラウを見ている司祭の姿。
 常の落ち着きはなく、強い視線がブラウを捉える。
「はい。そう名乗ってたし」
 変わることのない返事に、司祭は目を閉じて天を仰いだ。
 息だけで何かが紡がれ、観念したようにラティオへと向き直る。
「先ほど……ウェネラーティオ・フィデス殿と名乗られましたね」
「ええ。あえて言うならば、妹はグラーティア。母はマルスといいます」
 何故ここで家族構成を言う必要があるとブラウは首を傾げるが、司祭の方はそうではなかったらしい。
「では……祖父殿というのは――」
「似ているそうですよ、私は」
 司祭の言葉を遮り、ラティオはまたハーブティのカップを取る。
「髪形を変えれば瓜二つ。瞳の色は違いますが。
 自分でも似てると思いましたけどね」
「やはり、そうですか」
 深い深い息をついて、司祭は椅子に背を預ける。
 たったこれだけの会話でとても疲れたように見える姿。
 心配そうに自らを見る子の視線に気づいたのか、司祭は安心させるように優しい笑みを浮かべた。そして、ラティオへと向き直る。
「改めて修行をするというその心をソールはさぞお喜びになられるでしょう。
 ウェネラーティオ・フィデス。貴方をフェルン教会に歓迎します」
「ありがとうございます」
 椅子に座ったままラティオは深く頭を垂れる。
 ブラウが良く分からないうちに、なんだか話が終わってしまったようだ。
「皆には明日紹介しよう。部屋は……ブラウ、案内を頼んだよ」
「はい」
 これで話は終わりということだろう。
 司祭は自分の茶器をまとめて盆に置き、そのまま部屋を出て行った。
「結局、あんたはここで修行するのか?」
「ああ」
 少し迷ったが、問いかけた言葉に軽い肯定が返る。
「ソール教が嫌いなくせに?」
 怒らせるかもしれないと思いつつも問いかけた言葉に、返ってきたのは笑顔だった。
「嫌いだからこそ、徹底的に壊すために内に潜り込むことを選んだだけだ」
 ぎょっとしたブラウに構わず、茶を飲み干したラティオは盆へと器を返す。
「さて、そろそろ案内して欲しいんだが?」
 鷹揚に言われ、ブラウは苛立つ気持ちを抑えて立ち上がった。

「ここの部屋を使ってくれ。ただ、客間だから明日からは別の部屋になる。
 掃除やなんかは自分ですることだと」
 言われたとおりに案内をして、ブラウは言い切る。
 苦手な相手とはなるべく話していたくない。が、好奇心には抗いづらい。
「じーさん……デルラ司祭は、あんたのじいさんと会ったことがあるのか?」
「ん?」
「あんたに似てるんなら、若い頃に会ってたってことだろ?」
「まあ、顔を知ってたんだろうな。じい様は有名だし?」
 室内に荷物を置きつつラティオは答える。
 ブラウが聞いたことと微妙にずれた返答ではある。が、デルラ司祭が顔を知っていたからこそ今のこの結末に繋がっているのだろうし。
「ソール」
 紡がれた名の意味が分からず、ブラウは眉をひそめる。
 わざわざ振り向いて彼の表情を確認してから、ラティオは薄く笑った。
「じい様の名前はソールというんだ」
「へぇ」
 他にどんな返事をしろというのだろう。
 ソール教の信徒に『ソール』と名づけられた者は少なくない。
 偉大なる太陽神の名にあやかって、という理由で好んでつけられる場合もある。
「そういえば」
 ブラウの思考を止めたのは、今思い出したと言わんばかりの彼の声。
「近頃世間で取り立たされる『魔王』の名は『シャヨウ』というらしいな」
「? ああ。ソール教会がそういってるな」
 実在に関してはクリオやリカルドは否定的だし、ブラウ自身も半信半疑だと思っていることは口に出さない。
 特に、絶対に倒すと意気込んでいる幼馴染の目の前では言えない。
 けれどブラウの反応を気にすることなく、ラティオは面白そうに言葉を続けた。
「俺達がいたあの街――あそこの言葉では『斜陽(シャヨウ)』は『西に傾いた太陽』を意味する。神と敵対するだろう魔王に同じ意味の名前をつける。面白いと思わないか?」
「は?」
 きょとんとするブラウに対し、ラティオは笑みを崩さない。
「何が、言いたい?」
「言われた意味くらい考えろ」
 睨み付けての問いに、返されるのは突き放す言葉。
「でないと、お前達も使い捨てられるぞ」
 眼差し鋭く言われた言葉を理解する前に、じゃあ後でと簡単な挨拶と共に扉が閉められる。
 閉じた木のドアの前で、ブラウはしばし立ち続けた。
 言われた言葉を思い返す。
 ――『神』と同じ意味の名前をつけられた『魔王』。
 ――お前達も使い捨てられるぞ。
「お前達『も』?」
 『誰か』が『誰か』に使い捨てられたことがある?
 考えてみても分からない。
 ため息をつくのも悔しくて、舌打ち一つを残してブラウはラティオの部屋を後にした。
 色々面倒なことがあって疲れたから、早く休むべく自身の部屋に向かう。
 ほぼ同じ時に、セティが似たような思いをしていたことは、後に知ること。