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ソラの在り処-蒼天-

【第八話 血縁】 2.細く繋がる

 懐かしい故郷の大通りを教会に向かって歩く。
 先陣を切るのは教会で育ったブラウで、セティは最後尾を歩いていた。
 あ、知らないお店が出来てる。パンのいい香り、どこからだろう?
 少しいない間に変わっていた街の様子を眺めながら、前を行く二人の背を見守った。
 どうせ教会に行ってそのまま泊まるのだからと、クリオとリカルドは宿に留まることになった。なので、この三人を送り届けたらセティは家に帰るだけになる。ついでに父と兄のお墓にも報告をしていくつもりだから、ちょうどいいともいえた。
 宿に寄って休憩した時間は、ほどよいものだったらしい。
 教会に近くに着いたときには、すでに人はある程度引けており、頭を入れて覗いた聖堂には老年に入った司祭が一人いるだけだった。
「司祭様」
「じーさん」
 セティとブラウの呼びかけに司祭はゆっくりと振り返った。
「ブラウ、セレスタイトも」
 豊かな眉に半ば隠れた小さな目が瞬いて、たっぷりとした髭に隠された口からどこか呆れたような言葉が出る。
「もうお勤めは終わったのかね?」
「えっと、そうじゃないけど」
 なにをのろのろしているのかと言われた気がしてセティは口ごもり、かわりにブラウが告げた。
「旅先で、じーさんに会いたいって人がいたから連れてきたんだ」
「はて、わしにお客人?」
 疑問の声にかぶさるように、ラティオが一歩進み出た。
 聖堂の入り口、半ばが陰に隠れる場所から光の中に。
 地味な色合いのマントは入り口であらかじめ脱いでいたのだろう。
 旅の間にいくらか汚れたはずの法衣は何故か、デルラ司祭の着ているものと違わない白さのように感じられた。
 特徴的な赤い髪が白さを引き立たせてるのかもしれない、なんてセティはぼんやりと思った。
 小さい頃から可愛がってくれたデルラ司祭の、その顔が、ラティオを見た瞬間に驚くように――畏れる様に――引きつったように見えたのは気のせいだろうか。
「はじめまして、デルラ司祭」
 にこやかに紡がれた声は、普段からは信じられないほどに丁寧で優しく、安心するもので。
 今更ながらにこの人も司祭なんだなぁと改めて実感してしまった。
「ウェネラーティオ・フィデスと申します」
「……フィデス……」
 司祭はラティオの姓を呟き、つめていた息をそろそろと吐き出したように見えた。
 ティアは教会から探されていた。
 きっと、ラティオさんも教会に関係がある人なんだと思う。
「わしにどんなご用かね?」
「祖父のことで、ご相談が」
 和やかな司祭の問いに答えるラティオの声は真剣なもの。
 どちらの声も良く通るのは、共に説法をする仕事をしているせいだろうか。
 相談者とも言えるラティオをじっと見つめる司祭は、値踏みをするというよりはどこか疑いの眼差しで。しばしの沈黙の後に、長い長いため息が吐かれた。
「長い話になりますな。ブラウ、お茶の用意をしておくれ」
「……分かった」
 しぶしぶといった様子でブラウは言われたことをするために母屋の方へ向かっていった。
「セレスタイト」
「え? あ、はい!」
 いきなり名前を呼ばれるとは思ってなかったために、セティの返事は一拍遅れる。そんな彼女を安心させるように司祭は笑顔で諭してくれた。
「今日は家に戻るんだろう? お父上にも挨拶してからお帰り」
「あ、はい」
 返事をしてふと横を伺ってしまったのは、多分印象が強かったからだろう。
 悪印象持ったのがあの時だったもんなぁと見ていると、リゲルが見返してきた。
 そんなセティたちの様子をどう取ったのか、ラティオが短く告げた。
「しばらく席をはずしてくれ」
「では、廊下で待たせていただ」
「ちびっこを送って来い」
 リゲルの言葉は途中で遮られ、止めとばかりに命令を下された。
「え、送ってもらう必要は」
「分かりました」
 急に話をふられて困惑するセティに対し、リゲルはしぶしぶといった様子で頷いた。
「いやだから送ってもらう必要なんてないって」
「参りましょう」
 セティの反論を聞かず、リゲルは彼女の背をぐいぐい押して聖堂を出た。

 聖堂を出て、大通りには戻らずに小道を上がると墓地が広がっている。
 そこを、背中を押されながらセティは進んでいた。
「ちょっちょっと! いつまで押してるのさ」
「失礼」
 小さな詫びの声と共に、背中からの圧力がなくなる。
「あの、さ。本当に、送ってもらわなくて良いんだけど」
「無論分かっておりますが、あの場はこうせねばなりませんでしたので」
 涼しい顔でそう言い放って、リゲルはセティの前に出た。
 一歩二歩と先へ進んで、こともなげに告げる。
「つまりは『出てけ』ということですから」
 後に続こうとしたセティの足がぴたりと止まる。
 本人はさらりと言ったつもりかもしれないし、いつものように表情を変えていないのかもしれない。でも確実に、彼女の声には背筋がぞっとするような怒りが込められていた。
「適当に時間を潰さねば戻れぬだけの話ですので。お気になさらず」
「……うん」
 乾いた声で返答し、セティは彼女のあとに続いた。

 墓の前に立つ度、どうしても知らずため息が漏れてしまう。
 これではいけないと思いつつも、どうしてもついつい愚痴りに来てしまう。
「愚痴を聞く方もあまりいいものじゃないって分かってるのだけれど、ね」
 苦笑しながら墓石を撫でても返事はない。ある、訳がない。
 もう少ししたら帰らなければ、今日の夕食は何にしようかとつらつら考えて、でも動くことは出来なくて。しゃがみこんだ彼女の耳に、元気な声が聞こえてきたのはその時だった。
「だからどうしてついてくるのさっ」
「ついては行っていません」
「そりゃ先に歩いてるけど!」
「単純に時間を潰す場所が見つからないので、手近なところに文句を言いに行くだけです」
「やっぱり父さんとこに行くんじゃないか!
 もうわたしの前で父さんの悪口言うの禁止ーっ」
「悪口ではありません。事実です」
 聞きなれた、聞くはずのない声にどくんと心臓がはねる。
 まさか。信じられぬ思いを抱きながら立ち上がる。少しでも早く、声の主を確かめるために。
 少年と少女のように見える二人連れ。いや、少女二人。
 せっかく女の子に生まれたのに夫や兄と同じように剣を振り回すことに興味を持った娘。
「セティ」
 感極まって、震えてしまった呼びかけに、弾かれたように娘がこちらを見る。
 いつ戻ってきたのだろう。駆け寄って今すぐ抱きしめてやりたい。
 走り出しそうだったイルゼの足を止めたのはもう一人の存在だった。
 頭から外套をかぶった小柄な影。他人がいる場所で抱きしめてはセティが恥ずかしがるとは、ほんの少しだけ思った。
 けれど、ただそれだけのことでは急く気持ちを止められない。
 フードをかぶっていても隠し切れない青い髪。どこか現実味の乏しい白い肌。こちらを見やる、紫の瞳。
 知った顔、だった。
「母さん?!」
 娘の呼びかけに、慌てて笑顔を取り繕う。
「お帰り、セティ」
 駆け寄ってきた娘にそう告げて、はにかむ笑顔を見つめながら。
 言いようのない不安を隠していた。