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ソラの在り処-蒼天-

【第八話 血縁】 1.故郷に戻りて

 遠くからも見える王城。にぎやかな城下町の影。
 一年前にも見たはずの景色に、知らずセティは息を吐いた。
 戻ってくるのは、魔王を倒してからだと思っていたけれど。
 帰ることが出来たのは、この街に来なくてはならない理由があったから。
 ラティオさんを送り届けるために戻ってきた。
 嬉しさはもちろんある。けれど、言葉にできないもやもやしたものもある。
 何も為さぬままに戻ってきて良かったんだろうか。
「あれがフリストの首都フェルンか」
 ポツリと呟いたのは帰郷の原因ことラティオ。
「士官学校はまだあるのか?」
「あるよ。すっごく歴史があるから、取り壊さないで保存してあるんだ」
 ごく素朴な――まるで観光に来たかのような問いかけを少々意外に思いながら、セティは答えた。
「かつては大陸中から志願者が集まったというが。
 ま、国ごとに戦争していては運営自体が無理な話か」
 納得したように一人ごちて、彼はまた歩き出す。
「デルラ司祭に会いたいって話だったよね」
「ああ。教会まで案内してくれればいい。
 それから、宿を決めておいてくれ。最低でも一泊はする」
「……うん」
 そういうんじゃなくて、なんで司祭様に用があるのか聞きたかったんだけどなと思いつつ、セティは頷いた。
 聞いても教えてくれなさそうだなというのもある。
 でも、聞かないほうがいい、なんて思ってしまったせいもある。ただの勘でしかないけれど。

 西の街門を通るときに門番の兵士に驚かれたりはしたけれど、それ以外には特に何もなく。
 久しぶりの故郷は、ただ懐かしかった。
 よく通ったお店や友達の家へと続く路地。今すぐ会いに行きたいという気持ちと、なんだか気恥ずかしい気持ちとごちゃ混ぜになりながら、大通りを行く。
 目指すは、ブラウの家とも言える教会。
「今の時間なら、じーさんは説法してると思う」
 という彼の言葉を信じれば、もう少し遅く行ったほうが良いだろう。
「どこか時間を潰せる場所に行く?」
「いや、説法を聞いてもいいしな」
「あ、そお?」
 気を利かせたつもりのリカルドの意見をラティオは無碍なく却下する。
「ではラティオ殿。先に宿を決められてはいかがでしょう?」
 彼を擁護したのは意外なことにリゲル。ラティオも意外そうに彼女に視線をやって、考えるかのように顎に手をやった。
「それも、そうか。どこか良い場所はあるか?」
「あ、それならあそことかどう?」
 同意してもらってほっとしたのか、いつもの調子でリカルドが指を立てた。
「金の小鳥亭。ここから近いよね?」
「うん、遠くはないよ」
「じゃ決定ー」
 足取り軽く行くリカルドに苦笑しつつ、セティも後についた。
 このときは気づかなかったのだ。
 旅立ちの経緯を知ってる人たちのところに行って、何事もなく終わるわけないなんてことに。

 風に揺れる看板には、羽を広げた鳥の印が描かれている。
 扉を開ければリュートの音と歌声、ついでに良い香りが漂ってきた。
「いらっしゃい」
 気風のいい女将の声に迎えられてセティは思わず笑みを浮かべる。
 ああ、懐かしいなぁ。
「こんにちはー。とりあえずエールを六つくださーい」
 ひらひらと手を振りながら、手近な席に腰掛けるリカルド。
 注文の声に恰幅の良い女性がこちらを向き、ぱっと笑った。
「あら? あらあらセティちゃんにブラウ君!
 いつ戻ってきたの?」
「ついさっき」
 えへへと笑ってセティも腰掛ける。
 女将自ら運んできてくれたエールを受け取り答えると、しばらく話をするつもりなのかルイーゼは隣のテーブルから椅子を持ってきて腰掛けた。
「ちゃんと食べてる? 元気そうだけど無茶してない?」
「うん、クリオがおいしいご飯作ってくれるから」
「あらそう。クリオは確かにお料理上手だものねぇ。傭兵辞めたらうちで働いてくれないかしら?」
「うふふ、嬉しいお誘いありがとう。でも、もう少し考えさせてもらうわ」
 和やかな話が懐かしくて嬉しくてセティはこみ上げてきた何かを誤魔化すようにエールを飲む。
「それで、二階は空いてるかしら?」
「宿かい?」
 人数を数えてルイーゼは困ったように頬に手をあてた。
「一人部屋が三つなら空いてるけどねぇ」
「三人分かぁ」
 こちらは現在六人。半分しか泊まることが出来ないのは痛い。
「ブラウ君とセティちゃんは家に帰るんでしょ?
 あと一人足りないねぇ」
「え」
「いや、俺は教会に泊めて貰おうと思ってる」
 挙手をして答えたのはラティオ。
 彼がこういうからにはと視線を横にずらせば。
「お供します」
 案の定、護衛も兼ねているだろうリゲルも続ける。
「じゃあ二人分だけ、お願いします」
 さっさと話を進めてしまうリカルドに、セティは何も言えなくなった。
 いや、わたし家に帰るなんて一言も言ってないんだけど。
「駄目よセティちゃん」
 物言いたげな彼女に気づいたのか、ちょっと怒るような顔でルイーゼが言った。
「イルゼ、きっと寂しがってるんだから。
 帰って来たときくらい親孝行なさいな」
「……うん」
 何もしないままに帰ってきたことを、恥じていた。
 でも、そうだよね。もう一度、父さんのお墓にお参りしよう。
 それに。
 ちらとリゲルに視線をやる。
 周囲には無関心そうにしながら、こくこくとエールを飲む彼女はセティの目から見ても幼く見えた。
 父さんと、リゲルのこと。母さんなら何か知ってるかもしれないから。
 この機会に聞いておくのも悪くないよねと思いつつ、半分ほど残っていたエールを飲み干した。