【第七話 遭遇】 6.面影を纏う
廃墟と化した街を出立して幾許か。
遠景ながらも次の街を認めて、セティはほっと息を吐く。
よかった。あの街は大丈夫なんだ。
思えば、破壊された街を見るのは初めてだった。魔物の被害が酷くなっていると聞いても、街中まで来る様な状況にであったことはなかったから。
足取り軽く歩みを進めるセティに、クリオは笑みを漏らす。
先ほどまではかなり慎重に進んでいたのに、街の姿が見えた途端足取りが軽くなるなんて。分かりやすすぎるのも困りものね、なんて思いながら。
依頼人がどれだけ怪しい人物かなんて、きっと頭の中から抜けているんだろう。
前を歩く赤い頭を見て、今までに分かっている事を考える。
ソール教の関係者であること。
教会から指名手配されているグラーティアの兄であること。
かつて魔王を倒したという『勇者ノクス』の仲間と同じ名前。それだけまだしも、扱う言葉が古いこと。
正直、怪しいどころじゃない。
『勇者ノクス』とその仲間達は、神から人よりも長い寿命を授かったとサーガは締めている。
その、本人達だというのはあまりにも早計で滑稽な想像だろうけれど。
どう転ぶにしても、セティの支えになることが出来ればいいわね。
それだけを思い、戦士は仲間に続いた。
なんてことのないごく普通の街。
そこに辿り着けたことがとても嬉しいことのように感じる。
「宿はどうしよっかー」
「適当なところでいいんじゃない?」
「少し買出しに行きたいんだが」
「あーはいはい、宿とってからね」
適当に目に止まった場所で宿を取り、セティは与えられた部屋に荷物を置いた。
そのままベッドに寝転んでみたい気もするけれど、今日はすることが――買う必要のあるものがあったため断念する。
鎧を外し、改めて自分の身体を見下ろす。
何よりも丈夫さを念頭に置いた飾り気のないシャツ。本来ベルトで止められるはずの裾が、動くたびに飛び出してくる。
「やっぱり、短いよねぇ」
旅立った当初に比べ、背が伸びたとは思っていた。何度もほつれを直したり、裾を延ばして着ていたが、これ以上はちょっと難しい。
出来る限り出費は控えたいものだけれど、仕方ないと諦めてセティは財布を手に取りマントを羽織る。それから剣だけを持ってそのまま部屋を出た。
一階でさっそく飲んでいたクリオとリカルドに声をかけて外出の旨を伝え、意気揚々と踏み出した。
手持ちの荷物を見直して、ブラウは頭の中にメモを取る。
足りない薬草、包帯もあったほうがいい。
元手が少し心もとないので、『彼ら』の街で購入した薬草を一束手に取った。
こちらでは見かけないものだし、正直使い方がわからないから換金してしまおう。一束くらいならいいだろうし。
身支度を整えて一階に下りると、すでに出来上がっている二人が出迎えてくれた。
「また飲んでんのかよ」
「あれーブラウ。どっか行くの?」
「買い物にな」
へらへらと笑うリカルドに顔を背けて答える。何せ酒臭い。
「あら残念ね。さっきセティも買い物に行ったばかりよ」
「そうなのか?」
「そうそうー、ブラウもあんまり遅くなんないうちに帰って来なよー?」
「うるせぇ酔っ払い」
けたけたと楽しそうに笑うリカルドに言い捨てて、ブラウも外へ出た。
通りにはかなりの人数がいて、人探しには向かないように思えた。
なに買いに行ったんだろな。
そんなことを考えつつ、ブラウは当初の目的を果たすべく、道具屋を目指す。
流れに沿って歩けば、道を行く人数が多くとも対して苦ではない。
けれど、それを台無しにする連中がいた。
ブラウが進んでいる方角から、人の流れを逆に来る一団がいた。
おそろいの白い外套姿の連中は見た目からしてソール教の連中だろう。
なんでこんな大量にいるんだ?
最初に感じたのは疑問。
総本山のアルカじゃあるまいし、首都ならばこれくらいの聖職者を集めることは出来るだろうが、それにしたってこんな規模の街でこの人数はおかしい。
すれ違う神官たちをなんとなく見送る。
金髪に茶髪、見慣れた色の髪の中に、煌くような白銀を見つけた。
珍しいなと思って視線をやり、絶句する。
白銀の髪をした青年は、白い外套を羽織ってソール教の神官戦士といった姿をしていた。
けれど、あの顔は――
「セレスナイト」
思わずといった感じで漏れた名前。
父と共に魔王退治の旅に出て、帰ってくることのなかった友人の名。
「セレスナイト! この馬鹿っ」
思わず怒鳴るもブラウが人波に逆らうことは出来ず、また『セレスナイト』も先へと歩みを進める。
自らを呼ぶ名に気づいていないのか、それともただの他人の空似なのか。
『セレスナイト』はブラウに気づくことなく、姿を消した。
街歩きをしつつ、セティは久々にただの買い物を楽しんでいた。
買い物といっても、見るだけで買わないのだけれど。
肝心の服は少し大きめなものを購入しようと思っているが、すぐに決めてしまうのはなんとなくもったいない。
そういうことで街をうろうろとしていたのだけれど、少々道を誤ってしまったらしく下町方面に出てしまった。
こっちの方まで来てしまうと店はない。仕方なく来た道を戻ろうとしたところで、視界の端に赤い色が映った。
そちらに改めて目をやると、赤い髪が路地の向こうに消えるところだった。
ラティオさん?
翻った見事な赤髪は彼が持つものによく似ていた。
どこか行くのかな?
こんなところで見かけるなんて思っていなかったけれど、セティはなんとなく彼の後をつけた。
思えばここで、声をかけていればよかったのだ。
覗きこんだ路地の先、闇に紛れてはいるものの確認できた人影は一つ。
中央に立っている赤い髪の青年。真っ白なローブは金糸の縫い取りがしてあって、かなり上等なもの。
ふらふらと歩くそのたびに、真っ赤な髪がゆらゆらと揺れる。
あ、別人かとすぐに気づいた。
ラティオが髪を普段ずっと束ねているのに対し、目の前の人物は下ろしている。
それによく見ればラティオよりもだいぶ体つきが細い気がする。
良かった声をかけなくて。間違えて声かけるのって恥ずかしいし。
そんなことを思いつつ、セティは踵を返そうとしたが、それよりも早く青年が振り向いた。
日の光を浴びたことなどない様に白い肌が赤い髪を引き立たせる。
どくんと、心臓が跳ねた。
見慣れぬその色に。どこか見覚えのある顔の造作に。
茫洋としていた目がセティを捕らえる。
「……ッ」
背を、氷塊が滑り落ちた気がした。言い知れぬ恐怖に息がつまる。
知らず一歩後ろに下がる。砂を踏む音が、妙に耳に響いた。
金と銀の二色の瞳が感情の色を灯すことなくセティを見下ろす。
それに映るセティは恐怖の表情をしているというのに。
何故、こんなに近いんだろう?
ふと思ったことでようやく頭が回転し始める。
首に回された、手のひら。
苦しかったのは首を絞められていたからだった。
まだ力はほとんど入れられていない。けれど、ほんの少しでも力を込められたら……?
茫洋とした雰囲気のままに、青年の淡い唇が言葉を紡ぐ。
『持って、るね?』
どこか形のはっきりしない。それでもしっかりとした声。
『奇跡を、もってる、ね?』
確証を持って問われた言葉に、セティは小さく息を飲んだ。