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ソラの在り処-蒼天-

【第七話 遭遇】 3.過去をつなぐ名前

「なにをだらだらしていたんだ」
 とても不機嫌そうな彼に、えへへと笑って誤魔化す。
「ちょっと話が盛り上がっちゃってさー。ポーラちゃん可愛いねぇ」
「まぁ……そうなんだろうな」
 リカルドの言葉に、ラティオはややあって返し、残念そうに付け加える。
「もっと母親に似れば美人だったろうに」
「お母さん?」
「ラティオさんはポーラちゃんのお母さん知ってるんだ?」
「親戚だからな」
「ふぅん」
 ポーラの顔を思い出し、考える。
 母親はもっと美人だったというラティオの言葉が確かなら、見惚れるような美人だったのだろう。
「美人さんなら会いたいなぁ。どんな人?」
 軽いようで、その実とっても真剣なリカルドに、ラティオはふっと笑みを浮かべた。口元だけで笑うそれは、決して爽やかなものではない。
「ソール教の連中に軟禁された挙句、殺された」
 言葉をなくしたセティたちを気にも留めず、ラティオはさっさと街に向かおうとして。
「間に合ったーっ」
 大きな声に足を止めた。
 振り返れば、肩を大きく上下させながら、門に軽くもたれるようにして少女が立っていた。鮮やかな金の髪の少女は皮鎧を纏って旅装をしているのを見て、セティは考える。
 確か、一緒に来るのはリゲルとラティオさんだけのはず……だったよね?
「ユーラ」
「てめぇ何ひとりで出て行こうとしてやがる!」
 呆けたようなラティオに向かって、少女はづかづかと足を進め、そのまま彼の胸倉を掴み上げる。
「え、なに、修羅場? いやぁすみにごふ」
 素っ頓狂なリカルドの言葉を、リゲルが強制的に黙らせた様子を横目で見つつ、セティも何だろうどうしたんだろうと視線を彷徨わせる。
 ユーラと呼ばれた少女は明らかに怒っていて、ラティオはそれを黙認している。
 胸元を掴み上げられていても身長差ゆえにあまり辛くはないんだろう。
 ただ、彼女に向ける視線には少し悲しみの色が灯っていた。
「どういうことだ? 今更、本当に今更責任感じるようなタマか。お前がッ」
「別に責任感じてるわけじゃないし、居辛いってわけでもないよ?」
 少女に返すラティオの声は……なんというか、甘い。
 こ、こういう声も出せるんだと思うセティに対し、リカルドとクリオはああやっぱりただの修羅場(多分に惚気つき)かと視線を外した。
「そろそろ反撃しようかなって思っただけで」
「だからって!」
「あのねユーラ。俺にしかできないことっていうのは数少ないし、まあないといえばないんだけど。俺がやるから効果が上がることっていうのはとても多いんだよ」
「そりゃ、そうだけど」
 長くなりそうだと判断したクリオがセティの肩をぽんと叩いた。
 セティも意図に気づいてすぐにクリオの後に続く。
 門をくぐって街側に出て、城門前の広場の中ほどで立ち止まる。
「別れは済ませておけばいいのにねぇ」
「妹に時間取られてたんだろ?」
「言えてるかも」
 くすくす笑ってクリオがすっと表情を引き締める。
「気づいた?」
 何にと示さないその問いかけに、リカルドは軽く頬をかき、セティは地面に視線を落とし、ブラウだけが首を傾げる。
「名前、だよね」
「ええ」
 大好きな話がある。
 昔から伝わる英雄譚。人を苦しめていた魔王を勇者が倒す物語。
 勇者『ノクス』と戦士『ユーラ』、ソール教の『ラティオ』司祭。
 たまたま同じ名前だったってだけかもしれない。でも彼らは、太陽神(ソール)から人よりも長い寿命をもらったとも言われている。
 それにとクリオは言葉を続けた。
「ポーラの名前を覚えている? 姓をトラモントと名乗ったわね」
「うん。そうだったけど?」
 何を言いたいんだろうと次の言葉を待っていると、すいと視線をそらされた。
「セラータには昔、トラモントという名前の将軍がいたらしくて、その『魔王退治』にも一役買っていたそうよ」
「え?」
 問い返して思いだす。
 セティが勇者ノクスの話が好きな理由として、いろんな説があって面白いことがある。
 曰く、魔王を倒したパーティにはもう一人魔法使いがいた。
 曰く、『魔王』と呼ばれていたものは、人間の横暴を懲らしめるために神が遣わせた存在だ。
 魔王退治に一役買ったといわれる『トラモント』将軍。ポーラが名乗った瞬間に呼びかけたノクスは、姓を名乗ったことを咎めたためだろうか?
 思い返せば彼もティアも、姓を名乗ることはしなかった。
「もしかして本人だったり?」
「だとしたら、どうされます?」
 あははと軽く言った表情が固まる。
 今まで傍観するばかりだったリゲルに見つめられて。
「え、でも」
「本当?」
 つじつまは合うかもしれない。でも。
 信じきれない四対の瞳に、しかし彼女は目を伏せていった。
「不思議に思うなら、訊ねてみては如何です?
 その結果、知りたくもないことを知ってしまうことになるでしょうが」
「なんだよ、それ」
「大なり小なり、人の過去に踏み込むならば相応の覚悟はするべきだと申し上げているだけ」
 むっとした気持ちそのままに言葉を吐けば、辛辣な目で睨まれて怯む。
「それはてめぇにも言えることか?」
 声に視線を外せば、値踏みするような目でリゲルを見ているブラウがいた。幼馴染としては目つきが元々悪いんだからそういう風に見ないほうがいいと思う。
 けれど同時に、なんでブラウがそういうことを言うんだろうとも思った。
 問われたリゲルは否定も肯定もせず、ただ静かに見返している。
「待たせたな」
 どっちもひかない状況を崩したのは、ある意味原因ともいえるラティオの声だった。彼はセティたちを追い越し、そのまま歩いていく。
 つられながらも遅れないようにセティはついていく。
 そっと後ろを振り向けば、ばかばかしくなったのかにらみ合っていた二人は視線を外してそれぞれ歩き出すところだった。
 さらに後ろ、城門の前に顔を真っ赤にしたユーラが仁王立ちになっていた。
「無茶すんなよー!」
 無事を願う言葉に、ラティオは右手を上げて応えている。
 ソール教の司祭、ラティオ。
 肩書きと名前だけは同じ。
 とくんと心臓が鳴る。
 アコガレの、物語の主人公を目の前にして、興奮しない方がおかしい。
 本人であるという確証はなく、問う勇気も出ないけれど。
 それでも――仲良く出来たらいいな。
 少しの期待を胸に、セティは道を歩いた。

 ブラウは大層機嫌が悪かった。
 回復魔法といえば神官。
 つまりブラウの仕事だったのだが、ここ最近はそれを奪われている。
 戦闘中だろうとすぐに回復魔法を使って治す奴が――ラティオがいるからだ。
 本人曰く、感覚を取り戻すためとのことらしい。
 回復される方も嬉しいかといえばそうでもないらしく。
 治してくれるのはいいんだけどね、その後笑顔で「働け?」とかいうんだよ?
 僕働いてないみたいじゃんと泣きつくリカルドがいたりするのだが。
 出番を取られたことだけが苛立つ理由でもない。
 以前にも感じていたことだ。
 ティアの唱える呪文をたまたま聞いたときにも思ったこと。
 彼らの使う言葉が『古い』ことに気づいていたから。
 不審に思っていたところに出発前のクリオの言葉。
 間違いないとしか言えない。
 ラティオが伝説の勇者パーティそのものだとしても……養父に会うといった理由が分からない。
 何を企んでるんだ。
 ラティオだけじゃない。結局いまだについてきているリゲルだってそうだ。
 リカルドがたびたび軽い口調を装って彼女自身のことを探っていたが、先ほどのことで牽制されたのは間違いない。
 こちらのアドバンテージは少ない。
 ブラウが直接見たわけではなく、すべてはセレスナイト――今はもういない親友から聞いたことだ。彼だって、確証があって言っていたようではなかった。
 けれど。
 ――勝手はさせねぇ。
 それだけを誓い、槍を持つ手に力を込めた。