【第七話 遭遇】 2.ありがとうをあなたに
依頼を受けたその後、セティたちは早速必要品を買いあさった。
幸いなことにこの街は旅に必要なものが多くそろっていた。
しかも便利なものが多かったので、ホクホク顔で購入し、その日は早々に床に就いた。
そして、翌朝――
出立の準備を整えて、昨日も通された食堂へ赴けば、なぜか対峙している兄妹がいた。
「どうして、兄様が行かれますの?」
「そのほうが話が早いだろう」
むっとして言うティアに対し、兄は素っ気ない。こちらも荷造りは済ませていたらしく、最後の確認とばかりに荷物をのぞいていた。
ラティオはクリーム色のマントを羽織っており、下は刺繍の細かい白のローブ。
それが、どこかで見覚えがあるような気がしてセティは隣にいたブラウにそっと問いかけた。
「あれって司祭様の服……だよね?」
「……上級司祭だ」
苦々しいというか、信じられない様子で言う彼に、セティもまたラティオに視線を戻す。
「上級って……デルラ司祭より上?」
「じーさんも一応上級だぞ」
「で、ですが兄様はっ」
「百聞は一見にしかずというだろう。ちびっこ連中を待たせる気か?」
……またちびっこって言った。
反応に困るセティたちに気づいていないのか、ラティオは彼女らに向き直ると、今来たのかというようなつまらなそうな顔を見せた。
「もう少し待ってくれ。
というより、ポーラが礼を言いたがってるから先にそっちに行ってくれ。
城門前で合流だ」
「ポーラ?」
「ノクスの彼女の名前?」
知らない名前にセティが首を傾げると、リカルドが考えつつ問いかける。
「そうだ。どうしても礼が言いたいと駄々をこねてるからな」
ラティオがセティたちに向かってしっしっと手をやれば、その様子を見てティアがさらに声を荒げる。
こちらはこちらで、ティアの対応をしているのだろう。
「えと。じゃあ、城門前で」
「ああリゲルが待ってるはずだ」
その声を背に、入ってきた扉をくぐる。
廊下に一歩出れば、待ってましたといわんばかりにプロキオンが手を振った。
「ちい姫様のところにご案内しまーす」
「ずいぶん準備がいいのね」
クリオの発した、呆れとも嫌味とも取れる言葉に、しかし彼は明るく笑う。
「お客様には最高のサービスをしなきゃね。
って訳で、こちらにどうぞー」
にこりと笑みを浮かべて、さっさと前を行く彼。
どうにも胡散臭いが、彼は最初からそうだったからと自身を納得させてセティも続く。
長く続く廊下は温かみのない灰色の石。中央にひかれている絨毯のおかげで、足音は思ったよりも響かない。
角をいくつか曲がり、階段を上る。
沈黙のまま進んだ廊下の先で、プロキオンは立ち止まった。
突き当りには木製の扉。一度だけ彼は振り返り扉に向かって声をかけた。
「ちい姫様。お連れいたしました」
「入れ」
扉の向こうから聞こえたのは聞いた事のある男性の声。
ドアノブの回る音がして、プロキオンは少しだけ扉を開き、次いでゆっくりと開いた。
ヘンなの。普通はノックをして、それから扉を開けるのに。
セティは首をかしげた。
そういえば、街中でもなんだか『普通』と違うと思ったけれど。
扉を開いたプロキオンは、片手でそれを抑えたままにセティたちを促す。
失礼しますと小さく呟きながら、セティは中に入った。
風を受けて翻るカーテン。
季節柄寒いもののはずなのに、冷たさよりもさわやかさを感じる。
姫様、なんて呼ばれてるくらいだから、豪奢な部屋かと思ったらそんなこともなくて、室内はすっきり……というよりも、殺風景なくらい物がなかった。
ベッドが二つと椅子、そしてサイドボード。
椅子にはノクスが座っていて、こちらに視線を投げてきた。
そして……窓から遠い方のベットに彼女は座っていた。
セティと目が合うと照れた様にはにかむ。
氷に閉ざされていた時に人形みたいと思っていたけれど……今はなんだか妖精みたいだと思った。窓から入る日の光をちらちらと弾く銀の髪は淡い紫を纏っていて、セティを見る瞳は透き通った紫色。
一度着替えたのだろう。淡い色の夜着を着て、肩から温かそうな服を羽織っている。
「えと、はじめまして」
頬を染めて言う声は、ありきたりな例えだけど鈴のように軽やかで。
「……かわいいなー」
ポツリとこぼれた本音に、リカルドが噴出した。
「セティ~」
「気持ちは分かるけど……ねぇ」
くすくすとクリオに笑われて、セティはようやく口走った内容に気づいた。
「だ、だって可愛いじゃないか本当にっ」
「え? あ、ありがとうございます?」
おもいっきり指差して言われた言葉に、彼女はびっくりしながらも礼を言う。
その様子もまた可愛い。
「えっとその、セレスタイト・カーティスです。セティって呼ばれてます」
「リカルド・ディエゴだよ」
「ブラウ・エヴァット」
「クリオ・ブランシュよ」
口々に名乗るたびに、彼女は軽く頭を下げる。
かくかくと首が落ちているように見えて、正直怖いけれど。
「えと、ポーラ・ルーチェ・トラモントです」
言ってぺこりと頭を下げるポーラ。
「ポーリー」
ノクスの呼びかけに、ポーラは驚いたような顔で彼を見上げる。
起きてちゃまずいのかな?
解放されて、まだ一日も経っていないことだし。
セティがそんなことを思っていると、小さな呟きが聞こえた。
「……トラモント?」
視線を上げれば、クリオが訝しげに眉を寄せている。
「助けてくださって、ありがとうございました」
どうしたのと聞く前に、ポーラの礼が入った。
「や……その……」
正面からのお礼に、セティは戸惑う。
そういえば、今までこんなに感謝されたことってないかもしれない。
『勇者』になってから、仕事を最後までこなせたことなんてほとんどなくって、もしかしたらこれが最初の任務完了になるんじゃないだろうか?
「よかったです。お役に立てて」
言ってから、あれわたし、何かしたかなとはちょっと思ったけれど。
「身体は大丈夫なの?」
「はい。どこも痛くないし大丈夫で」
「お前の大丈夫は当てにならないんだ」
クリオの問いに、ポーラはにこやかな答えをノクスの呆れた声が遮る。
「それで何回面倒なことになったと思ってるんだ?」
「そ、そんなことない……もの」
「……無茶と無理の区別くらいしろよ、いい加減に」
視線をそらして答えているあたり、ノクスの言うことが正しいのだろう。
仲が良いんだなぁと微笑ましく思って、恋人同士だから当然かと納得する。
「そういえば、もう出るのか?」
不思議そうに言われた言葉にセティは慌てて頷いた。
「あ、はい。フリストに」
「ラティオさんから依頼受けたんだよね」
「は?」
「え?」
本人から何も聞いていなかったんだろうか?
二人はそろって不思議そうな声を出した。
「逢いたい人がいるらしいの。私達は護衛ね」
「逢いたい人……」
「ねぇ……」
今度は顔を見合わせる。なんなんだろう、一体。
「皆様方ー。あんまり遅いと……」
おずおずと言ってきたのは、扉の側で待機していたプロキオン。
そうだった。城門前に集合だったっけ。
「そろそろ行こうか?」
「うん。じゃあ、わたしたちはこれで」
「あ、セレスタイトさん」
挨拶をして部屋を出て行こうとするセティたちにもう一度声がかかる。
振り向けば、穏やかに微笑むポーラの姿。
「本当に、ありがとうございました」
返事に詰まるくらい、心のこもったそれ。
「どういたしまして」
「早く元気になってね」
クリオとリカルドがそう明るく返してくれて、セティも笑顔で部屋を後にする。
閉められた扉。名残惜しくて、けれど足は目的地へ、前へと進んでいく。
胸がなんだかほっこりして、ついつい笑みを浮かべそうになる。
なんだかいいな。こんな風に感謝してもらえるのって。
「良かったわね、セティ」
「うん!」
よっぽど嬉しそうに答えたんだろうセティに、クリオが優しい笑みを浮かべる。
嬉しい気持ちそのままに、ゆっくり歩きすぎていたんだろう。
待ち合わせ場所についた途端、遅いとラティオに怒られることになった。