【第六話 相違】 4.初めての報酬
自分達が知る『紅茶』のようにはいかないが、それでも温かな茶をすすり、ほうっと息をつく。
「素敵でしたわ」
陶然とした様子でうっとりとするティア。
ルチルは茶を手に持ったままにため息をついている。
「確かに、何かの英雄譚みたいだったよねぇ」
苦笑しながら言うのはリカルド。
「囚われのお姫様を救う王子サマって感じで」
どこか茶化すように――けれどシチュエーション的に彼の感想は間違っていない――言うと、ティアとレイはなぜか一瞬顔を見合わせて苦笑した。
「まあ……」
「間違っては無い、よね」
「絵になってたわね」
くすくすと笑いながらクリオも言う。
そんな会話を聞き流しながら、セティはぼーっと茶器を両手で包み込んでいた。
確かに……確かに、感動的なシーンだったんだろうなぁとは思わなくもないかなとは思う。
けれど。
こんなにも考え込んでしまうのは、あの赤毛の男の言葉が気になるからだ。
ティアのお兄さんらしい人の。
「お前ら、いつまで起きているんだ」
「あら兄様」
呆れ声は赤毛の青年のもの。それに応えたティアはにこにこと駆け寄っていく。
「どうかなさいました?」
「儀式は終わったんだ。とっくに寝る時間だぞ」
「それよりも兄様! ポーラ様の目は覚めまして?」
わくわくと問いかけるティア。
その視線が一つや二つではないことに気づいて、青年は小さく嘆息する。
「まだだ。脈も呼吸も正常だがな」
「ええー」
「仕方ないだろう。今まで氷……のようなものに閉ざされていたんだ。
目が覚めてもすぐに動けるかどうか」
「つまりませんわ」
ぶーぶーいう妹に、兄はぺしと軽く額をはたいて向き直る。
「とにかく、今日はもう休め」
「えー、でもちょっと目がさえちゃってるんだよね」
頬をかきつつ、控えめに反論するリカルド。
なんというか気が昂っていて寝付けそうにもない。
寝酒が欲しいのが本音だ。
しかし青年は笑った。
「寝付けないのなら『眠りの術』をかけてやろう」
聖職者特有の慈愛に満ちた微笑で、なのにどうして「にやり」なんて擬音がつきそうな笑い方が出来るのだろう?
結局、その無言の圧力に耐え切れるものはおらず、おのおの部屋に戻っていった。
セティとしても色々言いたいことはあったのだけど、部屋に入ってしまえばやはり疲れていたのか、あっという間に深い眠りに落ちていった。
正直な話、目が覚めたのは音のせいだった。
どんどんとリズム良く、でもとんでもないほどの音量に跳ね起きた。
「な、なになに?!」
半分混乱したままに窓を開け放てば、ますます音の洪水に飲み込まれる。
力強い太鼓の音。高く奏でられるのは笛の音だろう。
人々の熱狂が風に乗って運ばれてくる。
なんで、こんなに騒いでるんだろう?
「お祭……?」
最初に思いついたそれを、こくりと首を傾げて呟いてみる。
どうしてお祭なのかは分からないけれど、楽しそう。
しばらく耳を済ませていたセティだったが、すでに高く上っている太陽を見て慌てて着替え始めた。
「お、はようございます」
昨日案内された食事室に入ってみれば、ほとんど全員がそろっていた。
「おはようございますセティ。良く眠れまして?」
にこにこと問いかけてくれたのはティアで、クリオやリカルドも口々に挨拶を返してくれた。空いてる席に腰掛ければ、待っていたかのように食事の盆がセティの前に置かれた。
「あ、ありがとう……」
差し出された方に顔を向けて礼を述べ。
「いえ」
いつもの無表情なリゲルの顔を見上げて、セティは後半を飲み込んだ。多少引きつっていたかもしれない笑みを浮かべて、さっさと食事をとることにする。
ま、まさかリゲルがごはん取ってくれるなんて思わなかった……!
多少どきどきしながら、まずスープを一口。
……なんていうか……ここの食事って本当に美味しい。ご飯が美味しいのは最高だよねとか思いつつ、セティはゆっくりと食事を味わった。
クリオやブラウはもう終わったようで、茶器を片手に会話をしている。
もくもくと食事を取りつつ、セティはテーブルについている面々を観察した。
食事中なのはレイとティアだけ。
ノクスさんとフォル、レジーナさんの姿はない。
「はよー」
噂をすれば何とやら。
大きなあくびをしながらフォルが部屋に入ってきた。
「何なんだあの音。うるさくってたまらねぇ」
セティの向かいに空いていた席に座りつつ、早速ぼやく彼。
先ほどと同じく、すぐに盆を持ってリゲルが言った。
「めでたい日ですから」
「めでたいぃ? ああ……なるほど、な」
食事を受け取りつつ、フォルは一度首をかしげ、納得する。
想像できることは一つ。
あの、氷から解放された女の子のこと。
そういえば、ノクスさんの恋人って言ってたけど、どういう人なんだろう?
ちょっとした好奇心から、とりあえず教えてくれそうなティアに声をかけようとしたところ。
「おっはよー、昨日はお疲れ様!!」
けたたましい音を立てて、満面の笑みを浮かべたプロキオンが入室してきた。
「……おはよう」
あまりのテンションの高さに、皆が皆一瞬何を言うべきか忘れて、挨拶が遅れる。しかし、彼は気にしてないのか気安げに近寄ってきた。
「良く眠れた? ごはんはどう?」
「ああ。美味しかったよ、本当」
「羨ましいくらいね」
「そっか、ならよかった」
リカルドとクリオの言葉に、彼はまた笑う。
笑っても笑っても笑い足りない。そんな幸せそうな表情で。
「妙にご機嫌だな」
「そりゃーそーだよう。ようやくお助けすることができたんだもん」
揶揄するように言ったフォルだが、プロキオンの応えに軽口を返すことが出来なかった。
見た目はまだまだ子どもなのに、とてもとても深い声。悔恨や安堵。さまざまな感情が入り混じった様子は、とてもじゃないが茶化せない。
「それで……わたし達をどうするつもりです?」
固い声で問いかけたのはルチル。どうかしたのかと全員の視線が集まるが、彼女はただプロキオンを睨みつけるのみ。
セティにとっても他人事じゃないこと。
でも、どうしたら良いか分からなくて二人を交互に眺める。
返事を待つのに、どれだけの時間がかかったろう。
実際にはそんなに間はなかったのかもしれない。
「どうするって。正直、もう引き止める理由は無いよ?」
せっかくだからお祭見ていけばと薦める彼に、ルチルは眉を吊り上げる。
テーブルに両手を着いて、立ち上がろうとした彼女に、ひどく静かな声がかけられた。
「ですが、『あれら』がまだ諦めていないでしょう。
くれぐれも、お気をつけください」
視線を転じれば、手に持った器を眺めたままのリゲルの姿。
全員の目が集まっていると分かっているだろうに、いつも以上に涼しい顔をしている。
「……あなたが、元凶じゃないの?」
「襲撃のってこと?
ま、疑われるのは仕方ないし、全部を信じてもらえるなんて思ってないよ」
ルチルの追求をプロキオンはこともなげに認め、けろっとした顔で言い募った。
「ただ、何も言わないのはこっちの理由。後から君達に何かあったとして、忠告しておけばよかったなんて思うの嫌だから。
つまりは、ボクの心の平安にとって悪いから言ってるだけだよ」
「そう」
彼の言い分を聞いて、クリオはただ頷くだけに留めた。
何事も話半分に聞いておいたほうがいい。嘘は言わないかもしれないが、属する場所が変われば、見えるものも違ってくる。
「あ、そうそう。報酬のことだけどね」
これを言いにきたんだったと笑いながら、彼は指を立てた。
「協力料として一人五百ほど支払わせてもらうね。
それから、この町にいる間の滞在費はすべてこっちで受け持たせてもらうよ。
期間は君らが生きてる間中」
「え」
提示された内容に、セティは思わず声を上げる。
フォルなんかは口笛吹いてるし、リカルドも太っ腹ーとか言ってるけど。
あれ、何か違うよね?!
「え、ええ?」
「仕事をこなしたんだから、報酬は当然だよね?」
「何を遠慮されることがあります?」
青い髪の二人に詰め寄られて……いや、実際は視線向けられてるだけだけど!
「どうして? お金のためにしたわけじゃないよ」
「でも、旅をするんなら必要でしょ? 今までどうやって稼いでたのさ」
金色の平べったいものを他のメンバーに渡しながら、不思議そうに聞くプロキオン。
「えっと」
「セティは『勇者』だから支給されるのよ」
言葉に詰まってしまったセティに変わってクリオが説明する。
「ふぅん。変わってるねぇ」
「それより、これ、なんなの?」
「こっちのお金だよ。君らのとこのお金も使えないことないけどね」
「……つくづく、ありがたいな」
ごく当然のものとして交わされる会話。
けれど、それらはセティが今まで知らなかったこと。
本当に知らないことだらけだなぁと悔しくなる。
でも。
はじめて貰った『報酬』は、やっぱり嬉しいものだった。