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ソラの在り処-蒼天-

【第六話 相違】 2.彼らの理由

「おはようございます」
 言われた言葉に、セティはしばし沈黙した。
 肩が少し温かいのは挨拶の主――リゲルが手をかけているから。
 窓から射す日はまだ低いが、朝は朝なので起きることには異論がない。
 ないが……
「どうしているの?」
「挨拶もろくに出来ないのですか」
 セティの当然といえば当然の言葉にリゲルの一応は正論が返る。
 正直彼女に従うのは腹に据えかねるが、礼儀がなってないと思われるのはさらに腹立たしい。
「おはよう。それで、どうしてリゲルはここにいるのさ」
「遅いので迎えに来ました。鍵は開いておりましたが?」
 言われて気づく。
 あれ、昨日鍵閉めたっけ?
 リゲル本人がどう思っているのかは分からないが、呆れられているような気がしてセティは身を起こす。
 そこまで見届けてリゲルはさっと背を向け、部屋を出て行った。
「本当に、起こしに来たんだ?」
 もう少し嫌味とか言ってから行くかと思っていたセティは拍子抜けしたが、他の皆を待たせてはまずいとばかりに大急ぎで身支度を整えた。

 あまり見慣れないが美味しい朝食をとっていると元気な大きい子どもが乱入してきた。
「おっはよー。昨日は良く眠れた? 体調良好?」
 ニコニコと近寄ってきたのは、昨日別れたプロキオン。
「おーおー、良く眠らせてもらったよ」
 セティが口を開くより先に、剣呑さを帯びた目で返したのはフォル。
「で? 俺たちに何をさせるつもりだ?」
「ん? 城で夜更かし。あ、塩鮭おいしそう」
 こくりと首をかしげてプロキオンは朝食を羨ましそうに見やる。
「は?」
 疑問の声は複数あがったが、彼はこちらに気のない様子でリゲルのご飯を凝視していた。
「あつあつご飯に鮭っていいよねぇ。
 身をほぐしたのをお茶漬けでさらさらと頂くのも格別だけど」
「……美味しいですよ?」
「そんなの見てれば分かるってばっ ああもうっ おなかすいたーっ」
「ちょっと!」
 なんだかこのまま食事談義に突入してしまいそうな二人を呼び止めて、セティは声を荒げて問いかける。
「そんなことどーでもいいから! 城で夜更かしって何?!」
「え、そのままだけど?」
 まだいくらか未練ありげに視線をやりつつ、プロキオンが当然といった様子で答える。
「儀式の成功率上げたいから。そのためには何だってやるよ?」
 ねぇと問いかける彼に、もくもくと食事を続けながらもリゲルが頷く。
「だから待ってってば! そもそも儀式って何?」
 再度のセティの言葉に二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に首を傾げる。
 仲悪いのかと思ってたけど、実は仲いいの?
 思いつつも口に出さないセティをじっと見やってプロキオンが問いかけた。
「聞いてない? 助けたい人がいるって」
 ごくごく当然のことを聞いているといった口調に、反射的にないといいかけて止める。
「そういえば……」
「ノクスの恋人、だったよね?」
 おずおずと言った様子のリカルドに、何だ聞いてるんじゃないとプロキオンは続けた。
「だから、助けるための儀式だよ。
 いわ……グラーティア殿に約束してくれたんでしょ?」
「俺はしてないぞ」
「俺も」
「あ、君らはいいよ来なくて」
 ニヤニヤ笑いで反論したフォルとブラウに彼はあっさりと返し、代わりにセティとルチルに視線を向けた。
「来て欲しいのは二人……じゃなくて、三人だけだから」
 ちらりとレジーナにも目をやっていう彼。
「どう……して?」
 青い顔で問いかけるルチル。
 周囲が不思議そうな顔で見るが、セティも目を見開いたままに固まっていた。
 この三人が選ばれる理由なんて……
「え? 分からないの?」
 無邪気を装ったプロキオンの反応にぞっとする。
 知ってる。知られている。『奇跡』のことを――ッ
「それに、こっちの人には会わせたい人もいるし」
 向けられた視線にレジーナの顔が一層険しくなり、緊張感が漂い始めた頃。
「姉さんっ」
 突然上がった声に、全員の視線が集まった。
 宿の入り口――扉につかまるようにしながら一人の男性が立っていた。
「ちょっ なんで連れてきてるのさ!」
「す、すみませんっ」
 プロキオンの叱責は彼の後ろから現れたサビクに対してで、男性は青い顔のまま姉さんと再び呼びかけた。
 その男性にセティたちは見覚えがあった。
 ただ、こんなところで会うと予想してなかっただけで。
 エクエス。
 老婆の口から力ない声がこぼれる。
 即座に脳裏に閃いたのは、エクエスを人質にレジーナの『奇跡』を渡せと脅すこと。
 あれ、でもさっき三人って言ったよね?
 半ばパニックに陥りながらも、戦闘態勢に入ろうとしているクリオたちに引きずられる形で腰を浮かしたセティ。
 しかし一瞬早くプロキオンはエクエスに向かって飛び出していた。
 ――――っ
 機会を逃した後悔に声を上げそうになったとき、予想外の言葉を聞いた。
「まだ起きちゃ駄目だって!
 いくら回復魔法で傷が塞がってるっていっても絶対安静なんだってばっ」
「しかし姉さんが」
「後で連れて行きますからっ」
「今無茶したら後で大変なんだから! 早く療養所に戻って!」
 青い顔をしたエクエスを必死に宥める二人に、武器を抜きかけた一行が固まる。
「……あれ?」
「もうっ レジーナさんなんとか言ってくださいー。
 この人本当に安静にしてないといけないんですぅーっ」
 半泣きで先ほどまで対峙していた相手に乞われて、レジーナも言葉をなくす。
「ご迷惑ですから、移動しましょう」
 ただ一人、喧騒を逃れ食後のお茶を美味しく頂いていたリゲルの声で、その場はひとまず収まった。

 案内されたのは、かつての王城だという石造りの古い城だった。
 それでも内部は手を加えられているようで、汚いといった感じはない。
「とりあえず、エクエスさんは本気で大人しくしてないと駄目だから」
 プロキオンの言葉でエクエスとレジーナだけを別室に残し、セティたちは案内されるままに彼の後を追う。
 幾度か角を曲がりたどり着いたのは、大きな扉の前。
 蝶番がさびた音を立てて開かれる。
「さ、どうぞ」
 それだけ言ってプロキオンが扉の前からひいて室内に手を差し伸べた。
「どうぞって言われても」
「ボクらが助けたい方がいらっしゃる部屋だよ」
 答えを言われてセティが口を閉ざす。
 なんというか、察しがいいなと見つめていると、彼はふいと視線をそらせた。
「何度も見たくないんだよ。……ボクらの不甲斐なさを突きつけられるから」
 顔を背けて言う姿は吐き出される言葉よりもよほど大人びている。
「いいの? 私たちだけを入らせて?」
「構わないよ」
 どこか含みのあるクリオの言葉に、つっけんどんに返すプロキオン。
「どうにか出来るなら、とっくの昔にしてる」
 それでもどうにも出来ないから、縋ったんじゃないか。
 聞き取れぬほど小さな声。
 隠れきれぬ真剣さに、ルチルが息を呑む。
 恐る恐る、セティは室内に一歩踏み出した。
 こつんと足音が響き、彼女に続いて他のメンバーも室内に入る。
 別にヘンなところはない。多少暗いけど。
 ぐるりと首をめぐらせてセティは肩を大きく揺らせた。
 部屋の中央あたりに少女が一人立っていた。
 年はセティと同じくらい。
 どこか古めかしいローブに身を包み、両手で杖を掴んでいた。
 かなり顔立ちの整った子。
 ティアも可愛いし、お嬢様みたいって思ったけど。
 この子はお姫様みたいだなと思ったのは、状況もあったかもしれない。
 室内に光を弾く透明の氷。
 溶ける様子のない氷柱。
 それに、彼女は囚われていた。