【第五話 波瀾】 6.仕組まれる逃亡
セティがぼうっとしている間にも、リゲルは騎士の身ぐるみをせっせと剥いでいた。
兜を脱がしてまず猿ぐつわをかませ、武装を解除する。
サビクと呼ばれた男も仲間だったであろう騎士の武装解除させたあと、手早く自らの鎧を脱ぎ捨てていた。
その妙な手際のよさを怪しみながらもセティは協力を申し出るが、すげなく断られる。
確かに捕らえたのは二人だから、もうやることはないのだろうけれど。
後でどこかで売り払うという鎧を荷台に積むのを手伝いながら、どこか緩んだ気持ちでいると、遠くから声が聞こえてきた。
「あーにーうーえー」
聞き覚えのある声にセティはそちらにぐるりと向き直った。
こちらに向かって駆けてくるのは多少疲れた様子のレイ。その後ろにリカルドにティアとブラウ、フォルとクリオがついてくるのも見えた。
無事に再会できたことを喜んでいるのだろう。
嬉しそうに駆け寄った弟に対し、兄ノクスはおもいっきり拳骨をくれた。
ごいんと痛そうな音。ついで悲鳴。
「いったあああああっ」
大仰な悲鳴を上げて脳天を両手で押さえ、レイはきっと兄を睨んだ。
「兄上酷いッ ちょっとは手加減してくださいよおぅっ」
「うるさい。どっちが酷い」
「うー」
にべもなく言われてレイは唸るが、セティには何のことか分からない。
ピーピー騒ぎながらも元気そうな声にほっとするが、彼らの会話に入るよりも早く、セティはリカルドたちにもみくちゃにされた。
「セティ大丈夫?!」
「怪我はねーのか?」
「うん。わたしは大丈夫。みんなは?」
声をかけてくる男性陣たち――珍しくもブラウも――に応じるセティ。
「私たちは平気よ。逃げられたけどね。
それで、レジーナさんは?」
「荷車の中。ルチルもそこにいるよ」
答えつつも彼女は悩む。
どこまで話していいのだろうか?
レジーナが『奇跡』を持っていたこと。
それがルチルに渡されたこと。
ここにいる仲間達は口が堅いだろうし、誰かにこのことを言いふらすとは思えない。――けれど。
視線を彷徨わせティアを見つける。
彼女達は『奇跡』を探しているのだといっていた。
だからこそ余計、話していいものか、迷う。
「再会を喜ばれるのもいーんですけど……移動しません?」
戸惑うような声は、まだ高い子どものもの。
首をめぐらせば、声音と同じように困った顔をした子どもの姿が目に入った。
リゲルと同じくフードをかぶった彼は十三、四くらい。
円らな瞳はエリカの花のくすんだ紫。隠れきれない髪は川を流れる水の青。
「他に通行人がないとは言えないんですから」
誰だろうとセティは首を傾ける。
知らない子にしてはずいぶんとなれなれしい。
もしかしたらリゲルとサビクの知り合いかなぁ。同じ国の人とか?
青い髪と紫の瞳は同じだし。
「プロキオン?」
「わ。覚えていてくださったなんて光栄です月の君!」
ノクスの呼びかけに子どもは感極まったように両手を胸の前で組む。
一瞬前までは嬉しさを隠しきれない子どもそのものだった顔が、変わる。
「今度はちゃんと仕事、してるみたいだネ。サビク」
「……はい」
おもいっきり上から目線のその言葉に、何故か大柄な男は神妙に返した。
「それから」
ゆるりとプロキオンの視線がリゲルへと向かう。
「リゲル、か。会うのは初めてだね」
「ええ。初めましてプロキオン殿」
あれなんかすっごく仲悪そう。
「どんな人?」
ちろりと説明を求めて視線をリカルドに向けると、彼もまたふるふると首を振る。
「助けてくれたんだけど、ねぇ。よく知らないよ」
「ああ。そういえばちゃんとご挨拶してなかったネ」
こちらの話が聞こえていたのか、子どもはまた満面の笑みを浮かべて向き直った。
「ボクはプロキオン。で、あっちのがサビク。
月の君――ノクス殿のお手伝いのために来ました」
「手伝い?」
胡散臭そうな声はフォルのもの。
込められた疑いにプロキオンは拗ねたように言い募る。
「だって、本当はついていきたかったのに『あんまり大人数になると目立つから』って我慢させられて。なのにいつの間にか教会のほうから手配されてるし」
気が気じゃなかったんですよぅとしおらしく彼はノクスのマントを掴んだ。
まるで小さな子がお兄ちゃんに我侭言ってるような姿に絆されかけるが、セティは思う。
どうやって場所、分かったんだろう?
「ともかく、こんなところにいつまでもいたら迷惑ですし、行きましょうー」
そう宣言してがらがらと荷台を押し始める。
動くわけ無いと思っていたら、車輪はあっさり回って進み始めた。
御者席にはちゃっかりサビクが座っていて、馬を歩かせている。
動かなくていいというわけではない。
顔を見合わせた後、セティたちは仕方なく歩き出した。
がらごろと荷台が道を行く。
荷台に乗せられているのは武装解除され縛られた襲撃者達。御者はサビクが務めて隣にレイが座り、見張りを兼ねてリゲルが荷台に乗りこんだ。
残る全員は荷台を取り囲むように外を歩く。
眠ったままのレジーナをリカルドが、気絶したままのルチルはフォルがそれぞれ背負い歩く。
「どこまで歩くのー?」
情けなさを隠さない声はリカルドのもの。
やはり人一人背負って歩くのは辛いのだろう。
そろそろ誰かと交代した方がいいかもしれない。
「どこか野宿出来そうな場所を見つけるまでかしら」
「え、野宿なの?!」
病人がいるのにという意味を込めて問うたセティに、クリオは振り返らずに告げた。
「街中で襲撃されるのも嫌だし、日暮れまでに次の街にはたどり着けないでしょうし」
日が落ちれば街門は閉ざされる。
セティは地図を確認していないが、クリオがそういうならば距離的に無理なのだろう。
「大丈夫。ちゃんと街にはたどり着けるからネ」
あまりにも気楽な言いように、クリオが眉根を寄せる。
「この近くに街はなかったはずだけど?」
「近くにはないけど、つくことは確実だもん」
くりっと振り返って言うプロキオンの目は、子どものものとは思えない迫力に満ちたもの。
「おねーさん、旅して長いんでしょ?
それに『ぼくら』の誰かに会ったことあるんでしょ」
断定のようなその言葉に、クリオは返した。
「そうね。君みたいに小さい子じゃなかったけど」
「なら分かるでしょー?」
「俺はわかんねーんだよ」
二人の会話に乱入してきたのはブラウ。
けれどセティもまた同じ気持ちだったのでこくこく頷いた。
知らないことを気になるような言い方をしないで欲しい。
「別に教えてもいいんだけど」
「プロキオン殿っ」
あっけらかんとした子どもの言葉に、慌てたような声が御者席から上がる。
手綱、ちゃんと握っててくれればいいんだけど。
「うるさい奴もいるし、後で怒られるから嫌かなぁ。それに」
子どもらしく無邪気に笑って、一転して不敵な笑みを浮かべ。
「知らないままのほうが、心の健康にいいかもネ」
息を飲んだブラウに再びへらりと笑いかけて、プロキオンはノクスの名を呼びながら前に駆けて言った。
「な、なんかわかんないけど……子どもらしくない子だね」
セティの言葉にリカルドはレジーナを背負いなおして問いかける。
「でもさ、この騎士モドキ何者なんだろうね?」
「そうね」
「警句」
クリオよりも早く答えたのはブラウ。
「教会の神官戦士の精鋭で……」
何故かそこで一度言葉を区切り、ふいを横を向き独り言のように続けた。
「暗部だって言ってたぜ。じーさんは」
「デルラ司祭が?」
「まぁ、暗部ですわね」
合いの手はいつの間にかそばにいたティアから入った。
「言葉で従わぬ相手に力で押し通す。それが役目ですもの」
神官戦士というにはイメージが悪すぎますわと付け加え、そ知らぬ顔の少女。
「え、じゃあ、ティアちゃんを連れ戻しに来たわけじゃないの?」
ソール教の神官戦士だからそうとばっかり思ってたと言うリカルドとブラウ。
「違うよ」
ティアが狙いだというのなら、逃げた荷台を追いかけはしない。
何よりセティは知っている。
彼らの目的は――
「話が盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろ『入る』よ?」
意味を図りかねて注視する面々の前で、荷台は道を外れ森の中へと分け入っていく。
「ちょっと!」
文句を言ってみても彼らは止まらず、仕方なくセティたちも続く。
急激に強くなる緑の香り。
短いのか長いのか分からない時間を沈黙のままに歩き、道が開けた。
そんなにすぐに通り抜けれるような広さの森じゃないはずなのに。
「ほら、見えた」
プロキオンの言葉のままに視線を上げれば、どこまでも高い空が目に入った。
次いで、意外に大きく、はっきりとみえる城と街の遠景。
頬にあたる風の冷たさが急に増したのは、気のせいではない。
「え」
「さむっ 寒いよッ?!」
「あれどこの町だよ」
口々に騒ぎ出す彼らに、プロキオンはにかっと笑って告げた。
「あれはボクらの街で『六花』。
綺麗な名前でしょ、雪の別称なんだヨ」
「もっとも、あまり知られていませんが。
――そうですね、知られているほうの名前だとセーラ」
胸を張って言うプロキオンの言葉を継いで、リゲルは常と変わらぬ無表情でいった。
「セラータ国セーラ。北の雄セラータの300年前までの首都です」
セティは頭の中の地図を引っ張り出して考える。
先ほどまでいたのは大陸中央の南より。
そこから、なんで大陸最北端まで移動できるんだろう。
けれど身を包む風は冷たく、反射的に嘘だと断じることが出来なかった。