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ソラの在り処-蒼天-

【第五話 波瀾】 5.決められていた反撃

 セティの目の前で、レジーナは荷台に運ばれていった。
 どうやらこのまま荷台ごと奪っていくつもりらしい。
 現在セティの位置から見える敵は三人。
 矢を構えていた残りは道を先に進んでいった。
 セティが唯一できることを――彼らの行動を睨んでいると、騎士の一人が問いかけてきた。
「フリストの勇者、セレスタイト・カーティスか」
 何故と思いながらも頷く。
 フォルに聞いたところ国によってサークレットが違うため、嘘をついてもあまり意味がないとのことだったから。けれど。
「お前も持っているな」
 硬直する。予想もしなかった言葉に。
「神の力は人の身に余る」
 ほんの少し前に聞いた言葉。
 あの時は、自分が対象ではなかったけれど。
 でも――どうして? どうして分かった?
 沈黙を守るセティをどう思ったのか、白い騎士は言葉を続ける。
「それは我らが預かろう」
 凶悪さを隠しもしないその声音。
 せめてもの反抗のようにセティはぎっと睨みつける。
 圧倒的優位にいるからだろう。白い騎士は気を抜いていた。
 相手は小娘。
 動きを封じられており、また戦ったとしても騎士の方がはるかに強い、と。
「そういう貴殿とて人の身でありましょうに」
 だからこそその声が信じられなかった。
 慌てたように振り返る騎士。
 身体を捻りながらも抜いた剣はかろうじて斬撃を受け止める。
 鈍く響く金属音。
 涼やかな声の主はフードをかぶった小柄な影。
 気負った様子はなく、一見無防備ともとれる姿で剣を正眼に構えなおす。
 騎士もまた、ぴりぴりとした空気をまとって彼女に対した。
 眼前の敵を排する排除することを優先したのだろう。
「我らはソールの僕。主の望むとおりに動くことこそ定め」
 彼らにとっての行動原理。抗うことなど考え付かない様子で述べるのに。
「ソールの望みではなく、あなた方の望みでしょう」
 リゲルはやれやれと肩をすくめて断定してみせた。
「無礼な」
「どちらが?」
 軽く問うて、彼女は空いていた左手で身に纏っていたマントとフードを剥ぎ取った。日の下に露になる、空を切り取ったような青い髪。紫の瞳に射すくめられて、騎士の動きが止まる。
「盗人風情が」
 常にない低さで放たれた言葉。
 淡々とした顔ながらも、瞳だけは怒りの暗い光を帯びる。
「『我ら』から尊き方々を奪っておきながら抜け抜けと」
 ゆったりとした足取りでリゲルは騎士へと向かっていく。
 しかし騎士は動かない。
「一人で三人に勝てるとでも?」
 揶揄の声に潜むは獰猛な牙。
 こちらには人質がいるのだと傲慢に言外へ滲ませる。
「いや」
 やたらと軽い否定は男のもの。
「二対二だ」
 重い音とくぐもった悲鳴が重なり、ついでどさりと人が倒れた。
 セティの目の前に倒れたそれは白い騎士。その背後で悪びれもなく二対一になったなと呟いたのもまた――白い騎士だった。
「なっ」
 上がった声には狼狽の色。
 なぜだどうしてだと意味不明なことを言いながらも、ただ一人残った敵は微動だにしない。
 リゲルは自らの武器を納め、騎士が手にしたままの剣を奪う。
「しばらく眠りなさい」
 そう告げると、騎士の剣を――重そうなロングソードを振りかぶって思い切り跳躍し、騎士の脳天に一撃を加えた。
 ずいぶんの景気のいい、後を引く音が消えぬうちに、派手な音を立てて騎士が地面に落ちる。
 うわ痛そう。
 何よりも正しい感想ながらも、同情のかけらもない声音で呟く白い騎士。
 束縛を強いられていた縄を切られたというのに、目の前のなんとも豪快な場面にセティもまた動けない。
 リゲルは軽い音とともに着地をし、いつもの能面のような表情でセティに問いかけた。
「大事ありませんか?」
「え、あー、うん。大丈夫」
 あまりにもなんというか……あっけない幕切れにセティは呆然と返す。
 分かってたけど。
 リゲルが強いんだって事は分かってたけど。
 すっと彼女の視線が動く。セティの背後を見るように。
「助かりました」
「なら、よかった」
 聞き覚えのある声に、セティはばっと後ろを向く。
 深い森から姿を現したのはノクスだった。
 そういえば、いつからいなかったのだろうと思いつつ、もう一人の存在に気をとられる。
「ルチル!」
 ノクスの左肩に荷物のように担がれた彼女の名を呼んでみても返事はない。
「大丈夫なの?」
「ぱっと見、外傷はなかったぞ」
 俺が見つけたときにはもう倒れてたがなと付け加えつつ、ノクスは荷台に彼女を横たえた。
 無事だったんだ……よかった。
 ほうっと息を吐いて、セティはもう一人に目を向けた。
 本来なら『仲間』のはずの白い騎士に剣を向けた相手。
 こちらに味方したその騎士は兜を手に持ったまま、どこかやりきれなそうな表情でノクスたちを見ていた。
 髪は黒に近い深い色。神官には相応しくない厳つい顔の作りも、騎士の鎧に包まれていればとても自然に見えるが、困ったように眉が下がっている様子はなんだか微笑ましい。
 一仕事終えたとばかりに肩を大きく回したノクスがこちらを向いてしばし沈黙した。
「たしか、サビク……だったな」
 問われて慌てたように騎士――サビクは地に膝をついて頭を垂れた。
「ご無沙汰しておりました月の君」
 つきのきみ?
 耳慣れぬ言葉に首をかしげたが、とりあえず聞いてみた。
「えっと……知り合い? 敵じゃないの?」
「敵?」
 反応したのは何故かリゲルで、鞘に収められていた剣が一瞬のうちに抜かれてサビクに向けられる。
「だっ なっ 鼓ッ?!」
「――冗談です」
 騎士らしくもなく慌てふためくサビクに対し、彼女はしれっと返して剣をしまう。
 こ、こういうこと言う人なんだ……?
「揉め事はよせよ」
 セティと同じことを思ったのだろうか。忠告するノクスの頬も少し引きつっていた。
「申し訳ありません、ノクス殿」
「俺はいーのか」
「当然です」
 容赦なく切り捨てるリゲルにはもう言葉もない。
 呆然と見つめて、ふと気づく。
 同じく呆れたような顔をして二人を見ていたノクスの服は土にまみれて、引っ掛けたのか千切れている箇所もあった。
「ノクスさんは大丈夫ですか?」
「あ? ああ」
 言われてようやく状態に気づいたのか、自身を見下ろして軽く頷く彼。
「怪我は治したしな」
 当たり前のように言われた言葉。魔法を使ったんだということは分かる。
 やっぱり、覚えた方がいいよね……
 どう考えても憂鬱になること。
 天を仰いでセティは息を吐き出した。