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ソラの在り処-蒼天-

【第五話 波瀾】 4.捕らえた者 囚われた者

 光が消える。
 何事もなかったかのように、空気が動き出す。
 もちろん、何もなかったなんてことはないのだけれど。
 レジーナは相変わらず優しげな笑みを浮かべており、ルチルは今にも倒れそうなくらい青い顔をしていた。
「ルチル!」
「気持ち……悪い」
 弾かれたように側によると、彼女は両手で顔を覆ってか細い声で訴えた。
「と、とりあえず横になって」
 もたれかかってくる彼女を慌てて支え、セティは無茶な体勢にならないようにゆっくりと横たえさせようとして。
 瞬間、背筋に走った嫌な予感。
 もたれかかってくるルチルの重みそのままに、セティは床に倒れた。
 倒れた際に翻ったルチルの衣服を、白い軌跡が撫でていく。
 ぞわりとあわ立つ肌。
 自分が剣を取るより先に相手に先手を取られると悟って、セティはゆるゆると視線を向けた。
 真っ白な外套と銀に輝く鎧。フルフェイスの兜の奥、眼差しは氷のよう。
「な」
 非難の声を上げるより先に前方でも金属音。
 怒鳴るようなレイの誰何に応えはなく、攻防が続いていることは分かる。
 けれど顔を背けることなどできない。
 そむけたら即、眼前の白い騎士はセティたちを襲ってくるだろう。
 知らず息を呑む。
 先ほども怖かった。けれど、今回のは命に繋がる恐さ。
「ルチル・クォーツ」
 名を呼ばれ、びくりとルチルの体が震える。
 それは果たして目の前にいる相手に対してだけのものだろうか?
 かすかながらも震え続ける彼女を支えるように、セティは目に力を入れて「敵」を睨む。
 こんな状況だというのに、襲われているのはこちらだというのに。
 白い騎士は自らが正しいといわんばかりの鷹揚さで、セティもまたそうと錯覚しそうになる。
「我らが望むことは分かっておろう?」
 朗々と響く言葉。それはまるで司祭の説法のように聞こえた。
 ルチルを支えていることもあり、セティに反撃する術は――ない。
 氷塊が背中を滑り落ちたかのように身震いする。
 それに、今の交渉は彼女にされているだけで、セティにとっても他人事じゃない。相手が何を望んでいるか。どうして自分達を襲ったのか。『あれ』を見てなお、分からないわけがない。
 砂を踏む音にはっとする。
「人の身で神の力を持とうなど笑止千万」
 一歩。騎士が近づいてきた。
 どうしよう。どうしたらいい?
 身を寄せるルチルをぎゅっと抱きしめ返した。
 その瞬間、ひときわ大きく馬が嘶いた。
 騎士が慌てて走りよってくるが、それよりも荷台が動く方が早かった。
 急停止前と同じ――いや、それよりも早く駆けていく。
 しばし呆然としていたセティだが、はっとする。
 助かったかもしれないけど……
 くるりと顔を向ければ、御者席はもぬけの殻。
 荷台に取り残されたのは今だ息の荒いレジーナと青い顔でダウンしているルチルとセティのみ。ルチルに何とか一人で座ってもらって、御者席側に身を乗り出してなんとか手綱を手にしたが。
 これ、どうすればいいの?!
 セティには乗馬の経験はない。
 むしろそんなものあるなら御者の件でもめなかった。
 振ってみる。変化なし。
 引っ張ってみる。嫌がるように首を左右に振った。速度に変化なし。
「どうすればいいのさああっ」
 半泣きで叫んでみるものの、助けが来るはずもない。
「ちょっと待ってください……何とかしますから」
 ソール神に助けを求めたのが良かったのか、弱弱しい声ながらも毅然とした口調でルチルが言った。
 こくんと頷いて、とりあえずセティは手綱を離さない様に気をつけた。
 耳をそばだててみれば、ルチルは呪文を唱えているようだった。
 やっぱり、一つや二つ使えるように頑張った方がいいかもしれないとセティが考えている間に術は完成したらしい。
平静(トランクィルリタス)
 ルチルの魔法が放たれると同時に、ゆるゆると馬のスピードが落ちていく。
 続いてかけられた術で完全に停止した。
 もう動かないことを確認して、ようやくセティはほっと息をついた。けれど、それを恥じるかのように両手で頬をパンと叩き、武器を手にして立ち上がる。
 きっと奴らは追ってくる。だから、気を抜くなんて出来ない。
「ルチル動ける?」
 セティの問いかけに、青白い顔ながらも彼女が頷く。
「行こう。ここにこのままいたら危ない」
 まずセティが外に出て様子を伺う。
 誰もいないように見える。少なくとも今は。
 それからルチルに手伝ってもらいながらレジーナをなんとか背負う。
 ずっしりと重い。でも弱音なんて言ってられない。
 これはセティが守らなければいけない人の重さ。
 続いてルチルが荷台から下り、近くの茂みへと向かった。
 隠れてやり過ごすことが出来れば一番いいけれど――それは楽観しすぎだろう。
 予想は当たった。
 嫌な予感に突き動かされるようにルチルの背をおもいっきり押し、セティはそのまま地面に倒れこむ。
 どさりと自らが倒れた音と、何かが樹に刺さった音はほぼ同時。
 倒れた痛みは無視して、後で謝り倒そうと頭の片隅に入れて、レジーナを地面に残したままセティは立ち上がる。
 妙に大きく聞こえる、矢を番える音。
 狙いを定められた矢は片手では足りないほど。
 待ち伏せされてたんだと気づいても――遅い。
 ルチルが逃げてくれることを祈るだけ。
 セティの前に二人人、白い騎士が出てきた。
「武器を捨てろ」
 自分はロングソード持ってるくせに。
 内心で悪態つきつつ、セティは素直に従う。
 歯向かったところで矢で狙われているのだから。
 セティの放した剣を一人が拾い、そのまま彼女を後ろ手に縛り上げた。
 けれど、不思議とセティの心は落ち着いていた。
 ルチルは逃げたんだろう。うまく行けば他の皆と合流できるかもしれない。
 だから――諦めない。
 きつく縛られた手首は痛かったが、彼女の面は静かなものだった。

 ルチルは必死に走っていた。
 気分が悪いせいで視界が霞む。おまけに力も入らない。
 それでも足を叱咤して懸命に走る。
 複数の足音が追って来ている事は分かっていた。
 なぜ逃げているのだろう?
 ふと、疑問が胸に湧く。
 教会は『奇跡』を探している。これは公然の秘密だ。
 追っ手は警句(アダギウム)
 ソールの神官戦士の精鋭たち。自分はソールに仕える神官。
 だから、堂々と姿を現して手渡せばいいのではないか?
 当然といえば当然の問いに、けれど反抗する意思がある。
――誰にも渡してはいけない――
 それに応じるようにルチルの足は地面を蹴り、何とか追っ手を振り払おうとしている。
 どうして?
 再度疑問を感じるのとほぼ同時に、左手が焼け付くような痛みを感じた。
 右手で左手を包み、胸に抱きかかえるようにして痛みをやり過ごそうとする。
 けれどその行動がまずかったのか、ルチルは足をもつらせて倒れこんだ。
 じわりと涙が滲んできた。
 どうしてこんなことになっているんだろう。
 捻ってしまったのか足は痛いし、左手は相変わらずズキズキ痛いし、右の掌がなんだかぬるっとしてる。
――誰にも渡してはいけない――
 頭の中か心の内か、湧き出てくる思い。
 ……嫌です。
 力なく否を唱えるルチルに、それは強く訴えてくる。
――逃げろ――
 もう動きたくない。どうして私がこんな目にあわなければいけないの?
――逃げろ――
「嫌っ」
 知らず、口が叫んでいた。
「いらない! 私から出て行って!」
 心の底から拒絶する。今のこの状況を。
 ずきりとまた左手が痛むけれど、そんなこと知るものか。
 草を踏む音。誰かが近づいているのだろう。
 もうどうなろうと構わない。
 そうして、ルチルはそのまま意識を手放した。