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ソラの在り処-蒼天-

【第五話 波瀾】 2.意識なき緒戦

 街道を進み、静かな森を歩くことしばし。
 整えられた道が少し開けた場所で、ノクスは急に馬を止めた。
「え?」
 理由が分からず、馬を追い越しそうになった位置でようやく足を止めたセティが振り返ると、フォルはすでに獲物に手をかけていた。
 どうしてか分からずに瞬きを繰り返し、それからはっとしたように自分も剣に手を添えてあたりを警戒する。
 魔物がいるんだろうかと彼女は考えていた。
 大きな街道でも魔物は出てくる。だから。
 けれど、下卑た笑いとともに出てきたのは……凶悪な表情を浮かべ、武器を持った人間だった。
 行く手をさえぎるのは五人ほど。
 しかし左右や後方にも仲間がいるのだろう事は簡単に察せられる。
 こちらは十人という珍しいほど大人数。
 ならば襲う方はそれ以上の数を揃えていると見るべきだ。
「その荷車を置いていきな」
 リーダー的存在なのだろう、シミターを持った男がにやけた顔で告げるのへ。
「お断りします」
 真っ先に反応したのはリゲルだった。
 彼女が言い終わるか終わらぬかのうちに、行く手をさえぎっていた盗賊が崩れ落ちる。
 いつの間に抜き放たれたか、リゲルの右手には太陽の光を冷たく弾く一振りの剣が握られていた。
 あまりにもあっけなく仲間が倒されたことに盗賊たちはあっけにとられ、立ち直る暇など与えぬとばかりにリゲルの白刃が煌き、小さな悲鳴と人の倒れる音が重なる。
 響いた音にはっとして後ろを振り向けば、次の標的へと向かうフォルと視線が一瞬だけ絡んだ。
 お前まで何を呆けている?
 そう問われた気がして、セティも剣を抜き、改めて敵へと向かっていった。

 やはり格が違うか。
 男は嘆息をついて水晶球を撫でる。
 使い魔の目を通してみる状況はほぼ事前に予測されたものだった。
 見る間に地面に伏していく盗賊たちと、確実に敵の数を減らしながらも隙なく馬車を守り通す彼ら。
 先ほど見えた時に『勇者』が二人いたことは確認している。
 少しでも痛手を与えることができればと思っていたが、手の内を垣間見るのが関の山か。馬車の周囲を守っている連中はすべて剣の使い手。内一人は盗賊崩れで、もっとも小柄な――先ほど彼を真っ先に拒絶した――相手は飛びぬけて凄腕。
 御者席の二人はまったく動じた様子もなく、馬もおとなしくしている。
 正面から事は構えぬほうがいいだろう。
 そう判断を下し、男は水晶球を見つめた。
 一番知りたいこと。確かめねばならぬことがある。
 視点が移る。
 俯瞰のように見下ろす形からゆっくりと地面に近づき、馬車の中を覗くように。
 『彼女』がいるかどうかを確認するため。
 名はレジーナ・マロニー。今年で三十七になる女性。
 両親はすでになく、家族は弟一人だけ。名はエクエス。
 標的の情報を思い返しつつ、男は訂正する。
 弟が『いた』だ。
 あの男(エクエス)には散々煮え湯を飲まされた。
 これほどまで長期に我らから逃れ続けるとは思いもしなかった。
 だが、奇跡もこれまで。
 水晶球が馬車の中を映し出す。
 黒髪の男。
 ソール神官の娘と馬車内にも拘らずフードをかぶったままの……少女だろうか。
 もっと詳しく見ようと思った瞬間、水晶の中に闇が生まれた。
 何が起きたのか男が気づくよりも早く、糸が切れるような音とともに闇が消え、景色が映った。
 何のことはない、水晶越しのただの景色。
 妨害されたと理解すると同時に、今まで共有していた使い魔の感覚が途切れていたことにも気づく。
「くそっ」
 やられた、完璧にやられた。
 こちらが見ていることを相手は気づき、かつ妨害してきた。
 相手を盗み見る術は存在を広く知られているが故に対策も多い。
 が、対策を取られる様な術を使うような連中は三流。
 現に各国家や彼らのような組織が使うのは独自の術式をとったもの。
 男は少なくともこの術にかけては一流を自負している。
 代を重ねるたびに練り上げられた術。
 術を破るにはまず、その術を知っておく必要がある。
 つまり自分達は『身内』に反撃を食らったということだ。
 忌々しさを隠すことなく、男は乱暴に道具をまとめ、その場を離れた。
 本隊と合流し、一刻も早く報告しなければ。
 踵を返す男の胸元で、太陽の聖印が静かに揺れた。

 襲ってきた盗賊たちを一人残らず地面に落とした後、フォルはめんどくさそうに一人一人を縛り上げていた。
「ったくいちいち邪魔しにきやがって」
 ぶつぶつ言いながら武器を奪い、盗賊を縛り、道の端に放置していく。
 その様子を不思議に思ったセティはおずおずと問いかけた。
「えーと、フォルさん。何を?」
「あ? わざわざ街まで連れてって官憲に突き出すのも面倒だからな。
 とりあえず丸腰にして放置する」
「身包み剥ぐ?」
 どこか自然な様子で問いかけてきたのはリカルド。
 武器を奪い、縛るついでに盗賊の懐を探っているように見えるのは気のせいだろうか?
「フォル! 貴方と言う人はまたそんな追剥のようなことをして!」
 柳眉を逆立てる神官に、彼は鬱陶しそうに言い募った。
「じゃあ気絶させたまま放置しといたらどうなる?
 俺らの後に来た連中を襲うだろうが。
 武器を奪って身動き取れないようにしとくのは、それを防ぐってことだろ?」
 作業の手は止めない。剥ぎ取った盗賊の上着を裂いて即席のロープにし、持ち主だった連中を縛るのに使用される。
「自業自得ですもの。気になさることありませんわ」
「いいえ!
 こういった人たちこそ精神鍛錬室でソールの御心を注入すべきです!」
 心の底から思っているらしいルチルの反応に、ティアは軽く肩をすくめた。
 言っても仕方ないとばかりに。
 一連のやり取りは、言い合いに呆れたノクスが聞く耳持たぬとばかりに馬を急がせるまで続いた。
 無論のこと、後ほど追いついた徒歩組に文句を言われることになったが。

 翌日。
 一行は昨日と同じようなペースで街道を歩いていた。
 違うところといえば荷台に乗るメンバーが代わったことだろうか。昨日一日荷台に乗っていたティアとブラウが外を歩きたいと希望を出したからだ。
 退屈だから外を歩きたいというティアと違い、ブラウのほうは振動にすっかり酔ってしまったらしく、昨夜はずっと苦しそうにしていた。青い顔で嘆願されては断る理由もない。
 入れ替わり要員として、フォルの独断でセティとリゲルが選ばれた。
 人選の理由に挙げられたものは、とっさに判断のできないものはおとなしく引っ込んでいろという正当すぎる意見と、腕が立つのはいいが喧嘩っ早すぎるといった協調がないという意見。
 セティは悔しいことに反論できず、リゲルはいつものように温度のない目のままおとなしく荷台に乗り込んだ。
 昨日は楽できていいなと少しうらやんだ荷台だが、乗ってみると確かに揺れる。
 ブラウが嫌がる理由が分かった気がする。
 外のメンバーは昨日と変わらず楽しげに談笑しているが、荷台のメンバーにあるのは沈黙のみ。
 リゲルは元々しゃべる方ではないのだろう。
 右腕で剣を抱え込み、片足を立てたまま目を閉じている姿は寝ているようにも見えるが、それでも無防備には見えない。
 ……強かったな。
 今まであまり良い感情なんて持っていなかったが、それでも素直に思った。
 クリオよりも強いかもしれない。
 いつ剣を抜いたのか、いつ斬ったのか。それすら分からなかった。
 感じたのは賞賛と憧憬。そして少しの罪悪感。
 彼女が戦うところは初めて見た。
 けれど、剣筋がとてもよく似てた――父と。
 『親友と呼んでも差し支えないくらい仲の良かった私の兄を、斬りました』
 甦るのはあの日言われた彼女が父を嫌う理由。
 同じ人から剣を習ったのかもしれない。そう思ってしまったから。
 父さんにもきっと何か理由があったんだと思う、けれど。
 こそっと息を吐いてセティは祈る。
 厄介ごとがおきませんように。
 そんなささやかな願いは叶わぬとばかりに、険しい表情でリゲルが瞳を開けた。