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ソラの在り処-蒼天-

【第五話 波瀾】 1.親切の功罪

 結論から言えば、ルチルにはその病気がどういったものなのかは分からなかった。神妙に謝る彼女に対し、エクエスは苦笑しながらも是としてくれた。もう何人の神官に診てもらったが、誰も何も分かりはしなかったと寂しそうに告げて。
「でも、分からないからといってもう手をこまねいている時間はないんです」
 きっぱりとした声で告げて、彼は小ぶりの包みをセティに押し付けた。
「何ですか?」
 彼女の疑問に答えることはなく、ただ視線で開けろと促される。
 布をはがすと、鮮やかな緑色を残したままの薬草数種が顔を覗かせた。
「あまり高いものではありませんが、そこそこの値はする薬草です。
 レジーナさんを首都の治療院に連れて行ってくださいませんか?」
 突然の依頼にセティは返答に詰まる。
 確かに、このままやるせない気持ちで帰りたくはない。
 二つ返事で請け負ってしまいたいところだけれど……セティたちは徒歩で旅をしている。
 病人を運ぶとなると、誰かが背負って進むしかなくなる。
「リカルド、人を背負って進むのって大変だよね?」
「んーまぁね。ただ、今は男手が多いからなんとかなるんじゃない?」
「阿呆。秋っつってもまだ暑い。負担が高すぎる」
 黙っていたブラウに冷たいツッコミをもらい、反論しようとしてやめる。
 病人に負担をかけるわけにはいかない。
 治そうと遠くの町まで行こうというのに、病状を悪化させてしまっては元も子もない。
「それについては、こちらで荷車を用意していますから」
「荷車?」
 問い返したセティにエクエスは頷き外を示す。
「こうして病人が出たとき用に一頭立ての荷車があります。
 それに乗せて行っていただければ」
 向こうに着いたなら、わざわざ持って帰ってこなくても良いと言われてセティは単純に感心した。
 こういういざというときの連絡方法って、ちゃんと整備されているんだなぁ。
「ちょっと待てよ」
 セティと違い、疑問を持ったのかブラウが問いかける。
「わざわざ荷車があるのに今までなんで連れて行かなかったんだ?」
「収穫時期は、ただでさえ少ない人手が足りなくなりますから」
 言い聞かせるような言葉にブラウも沈黙する。
 作物を収穫できなくても困らないなんて人はいないのだから。

「というわけなんだけど」
 宿に戻り、クリオに報告してセティは反応をうかがった。
 いつでも彼女は頼りになって、だからこそどう反応されるかが怖い。
「首都グリュックね。ここからだと三日ってところかしら。
 出発はいつなの?」
「明日の朝迎えに行くことになってるんだ。
 あとね、荷車は御者のほかに五人まで乗れるんだって。
 でも幌がないからどうやって日差しを遮ろうかなって」
 ほっとしながら言葉を続けるセティに、やわらかく微笑みながらクリオは返す。
「そうね。荷車の四隅に棒を立てて布をかぶせるだけでも違うと思うわ」
「うん。じゃあ早速準備しなきゃ」
 ほわほわと微笑ましい二人の様子に頬を緩めて、ルチルは自分の勇者に宣言をした。
「そういうわけでフォル。わたしは彼女にしばらく同行しますので、あなたもついてきてくださいね。どうせセラータに戻る通り道ですもの、問題ありませんよね」
 拒否は認めない断定ぶりに、しかしフォルは面倒そうに言った。
「問題ならあるぜ」
「何が問題なのですか。
 グリュックを通らない街道なんて、遠回り以外の何物でもありません。
 だというのに、あなたはわざわざ病人を見捨てるというのですか?」
「ちげーよ」
 非難たっぷりの言葉で鋭く攻め立てる彼女に手を振って、真剣な目で彼は言った。
「荷車借りるのはいいが、誰が御者をやるんだ?」
 俺は馬なんて乗れないぞと付け加えられて、ルチルも会話を聞いていたセティも固まる。祈るような視線をクリオやリカルドに向けても、返るのは苦笑とぶんぶん横に振られる首。
「御者、やろうか?」
 おずおずとした意見に視線がいっせいに集まる。
 発言の主はいっせいに向いた顔に一瞬ひるむものの、隣に座ったティアのきらきらとした目に負けたのか、言葉を続けた。
「一応僕、馬に乗れるし……兄上も交代してくれますよねぇ」
「分かってる」
 弟に泣きつかれてしぶしぶながらも頷くノクス。
「ありがとうレイ、ノクスさん!」
 これで心配事は無いと満面の笑みでお礼を言うセティ。
 話が盛り上がる面々に、つまらなそうにブラウは背を向けた。

 そして翌朝。首都へと向かう街道を即席馬車と化した荷車と結構な人数の護衛が並んで歩いていた。
 御者席にはレイとノクス。時折兄に助言をもらいながらも手綱を取るレイ。
 揺れをできる限り抑えるため、たっぷりと藁や布を敷き詰めた荷台にはブラウとルチル、そしてティアがレジーナと一緒に乗り込んでいる。
 万一、症状が悪化した場合の対策がとれるようにとの配慮だ。
 荷車の右側面はフォルとセティ、左側面はリカルドとリゲルが固め、背面はクリオが守っている。
 一体何を運んでいるのかと問われるようながちがちの警備。
 逆に金目のものがあると思われて狙われないかなと思いつつ、リカルドはのんびりと道を歩いた。
 まだまだ暑さが抜ける日は遠いと感じさせる日差しは強く、即席とはいえ幌を作ってよかったと感じさせる。
 その幌も四隅に柱を立てて上部に布を結わえただけなので、ふつうの幌つき馬車のように熱気がこもるということもない。
 他愛ない話をしながら街道を行くのんびりとした旅は楽しくて、でもこういうことばかりをしているわけにもいかないんだと緩みかけた気持ちを何とか引き締めようとするセティ。
 昨日痛めてしまった左手は回復魔法を唱えるまでもないが、まだ時折少々痛む。

 それに最初に気づいたのは、御者台にいるため少し視点の高いレイだった。
「兄上、誰かいます」
「そうだな」
 ノクスの応えに荷車を守るセティたちは気を引き締める。
 盗賊の類だったら追い払わないといけない。
 少し進むと不審人物の姿が見えた。
 外套をしっかりと着込み、街道の中央に座り込んでいる、多分成人男性。
「どうかされたんですか?」
 代表して問いかけたセティに彼はゆっくりと顔を上げた。
 フードからこぼれる髪は茶色がかった金髪。ブラウンの瞳は鋭いながらも、全体的にどこか疲れた雰囲気を持つ壮年の男性。
「ああ……少し気分が悪くなって」
 暑気あたりでしょうかと力なく続ける彼。
 確かにこの陽気ではありえる話かもしれない。
「わたしたち首都に向かってるんですけど、次の街までご一緒しませんか?」
 セティは近寄って提案してみた。
「いえ。残念ですが荷台にもう人は乗れません」
 つっけんどんな言葉にむっとして振り向くと、涼やかな紫の目が感情の色を見せずに淡々と続けた。
「多少休まれれば大丈夫でしょう。
 水の補給などでしたら考えさせていただきますが」
「そんな冷たいことっ」
「私たちに課せられた依頼をお忘れですか? 一刻を争うのでは?」
「りっちゃんの言うとおりだよセティ。具合が悪くなったらどうするの?」
 不思議そうに問い返すリゲル。
 何故かリカルドまで彼女の肩を持ってセティはむっとする。
 困っている人を助けることの何が悪いというのだ? 荷台が今は埋まっているというのなら、ブラウが降りて歩けばいいだけではないか。
「いえ……水はあるので。もう少し休んでいようと思います」
 けれどセティが口を出す前に男性は言って、道の端にゆっくりと動いた。
「そうですか。お大事に」
 返すリゲルは相変わらず温度のない声でこう続けた。
「休まれるならば、あちらの木陰に入られたほうがよろしいですよ」
「……ええ。そうします」
 セティは否を唱えようとするが、フォルに急かされて進むことを余儀なくされて。結局文句が言えたのは、男性の姿がすっかり見えなくなってからだった。
「どうしてあんな酷いこと言うのさ」
 間に荷車を挟んでいるのでどうしてもある程度大きな声になってしまうセティ。
 言い方がとげとげしいことは分かっているが、今はそんなことに構ってられなかった。
「斥候と見ましたので」
「? せっこう?」
「盗賊が偵察に来たんじゃないかって話だよ」
 聞きなれない言葉に戸惑うセティに苦笑しながら答えるのはリカルド。
「ほら、僕たちこんな大人数だから狙われちゃったのかもね」
「え」
 絶句して後ろを行くフォルや荷車の中のルチルに目を向けると、神妙に頷かれた。
「よっぽど金目のものを運んでると思われたら厄介だぞ」
「実際はただの偶然で揃っているのですけどねぇ」
「う……わたし、やっちゃった?」
「本来ならセティさんのように親切心を持って接することが大切ですわ。
 でも、仕事を請け負っている以上リスクを考えたり人を疑うことも必要です。悲しいことですけれど」
 ティアに慰められてセティはますます落ち込む。
 自分はやっぱりまだまだ半人前なんだと。
「ですがあの斥候……本当にただの盗賊だといいのですけれど」
 ぽつりと呟かれたティアの言葉。
 セティは深く考えはしなかったが、ルチルの顔が曇ったことだけは見て取れた。