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ソラの在り処-蒼天-

【第四話 双貌】 3.『奇跡』をめぐる

「大変失礼をいたしました」
 こほんと咳払いをしつつルチル神官は、いまだ隣で笑い転げているフォルに肘鉄を食らわしてセティたちに向き直った。
「ソール神官のルチル・クォーツと申します。
 セラータの勇者フォルトゥニーノ・シリオット殿に同行しています」
 深くお辞儀をする彼女は楚々とした美人にしか見えないが、先ほど攻撃を食らわされた人物は面白くなさそうに椅子に座りなおしていた。
 先ほどのティアよろしく椅子を持ってきてわざわざ座り、ルチルはセティにずいっと詰め寄る。
「ところでセレスタイトさん」
「ええっとセティでいいですよ」
 心持ち身を引く彼女にかかわらず、ルチルは問いかける。
「カーティスというと……勇者オリオン・カーティスのお身内の方ですか?」
「父、です」
「へえ勇者オリオンの娘、ね」
 揶揄するような声はそれまで傍観していたフォルのもの。
 思わずギっと睨んでしまったセティを面白そうに眺めながら、彼はルチルへと話を振る。
「正真正銘勇者らしい勇者がいるんだからそっちに鞍替えしなよ。お嬢さん」
「いいえっ セラータの勇者はあなたです。
 わたしはセラータの国民。ですからあなたに仕えるのが使命。
 例えやる気の見えない人でも、お金にがめつい人でも!」
 むしろ自分の手で更生させてみせると言いたげな彼女。
 そんなルチルに生返事を繰り返して、フォルは鬱陶しげに手を払う。
 やり取りを眺める羽目になったセティは思った。
 勇者って、いろんな人がいるんだなぁと。

 気が付けば、宿はセティたちが独占しているような状況だった。
 女将さんの視線が痛いのは気のせいじゃないだろう。かといって今更他に移るわけにはいかないので居続けれいるけれど。
「あのさティア」
「なんでしょうセティ」
 にこにこと返事をしてくれた彼女に少し良心が痛むものの、あえてセティは問いかけた。
「ティアは神殿から家出したの?」
 その一言にルチルの視線は鋭くなり、ブラウがちろりと視線を上げた。
 問われた当のティアはきょとんとした後に、恨みがましそうにセティを見上げる。セティまでそんなこと言いますのねと前置きをして言葉を紡いだ。
「あちらから見れば『家出』かも知れませんわね。
 わたくしにとっては『脱出』だったのですけれど」
「脱出?」
「ええ。わたくしは人質ですから」
 さらりと告げられた言葉。
 予想もしなかったそれに視線が集まるが、本人は泰然としたもの。
 そしてそれを裏付けるかのように、彼女の仲間は何も言わない。
「兄様が教会を裏切らないため、言うことを聞かせるための人質。
 そして、おば様を縛りつけるための人質でもありました」
 おば様は殺されてしまいましたけれど。
 ついでの様に付け足された言葉が……重い。
 真実だからさらりと告げたのか、それとも嘘だからこそ簡単に言えるのか。
 セティには判断がつかない。
「そんな、教会がそんなこと」
「権力のあるところってそういうもんだと思うよ」
 うろたえるルチルに言い聞かせるように呟いたのはレイ。
「兄上だって教会に利用された挙句、僕も巻き添えにされて殺されかけたし?」
 空になったカップをもてあそびながら、つまらなそうに言葉を紡ぐ。
 それは忠告に聞こえた。
 ――次は、君の番かもよ?
「ルチルさんみたく、真面目に信仰してる人ばっかりじゃないと思うけど」
 少しおどけて言うレイの姿からは、あまり深刻さは感じられなかったけれど。
 それでもセティには嫌な予感が付きまとっていた。

 そして翌日。
 宿を出る頃には、とんだ大団体になっていた。
「何故ついてこられるのですか?」
 にこにこ氷点下の笑みを浮かべるティアにひるむことなくルチルは答えた。
「セラータに戻るだけです。私はセラータの勇者の従者ですから」
 いけしゃあしゃあと答えるルチルが気に入らなかったのか、彼女の勇者がぼそりと漏らす。
南国(クネバス)行ってみるか」
「フォルー?」
 引きつった笑顔で彼のつま先をぐりぐりと踏み倒すルチル。
 そんな二人を放って、リゲルの視線がセティを捉える。
「な、なんだよっ
 わたしはただ、ちょっとでもティアと旅できたらって思ってるだけで」
「あら。それは光栄ですわね」
 今度はまごう事なき笑顔でティアが二人の間に割って入り、こくんと首をかしげた。
「ではティアのお願い、聞いていただけます?」
「なぁに?」
「探し物を手伝って欲しいのですわ」
「探し物?」
 小首をかしげて両手を組んで。大きな鳶色の目に、旅をしてても白い肌。
 おねだりするティアは本当に可愛い。
 男の人はこういう子が好きなのかなぁ。
 見習えといわれても、わたしには無理な相談だけど。
「わたくしのお友達に……というより、ノクス様の恋人が呪いにかかっていますの」
「をい」
 さらりと告げられた言葉に、セティたちは思わずノクスに注目する。
 いつも不機嫌そうな顔が引きつって見えたのは気のせいではないはずだ。
「違うよティア。恋人じゃなくて婚約者だよ」
「あら。そういえばそうでしたわね」
「レイ」
 ぐったりとした兄の呼びかけにも彼はどこ吹く風。
「え兄上。今更ポーリー見捨てる気ですか?
 見てるこっちが辛くなるほどベタぼれのクセに」
 さらにからかうレイに、何故かリゲルも半眼でノクスを見やっている。
「お前の番になったら同じこと言うぞ」
 視線に耐えられなくなったのか、彼は一言だけ告げるとさっさと先頭に行った。
「ちょっといじりすぎたかなぁ?」
「単純に照れていらっしゃるのでは?」
「なんかいっつも怖い顔してると思ってたけど、そっかー。
 そんな事情じゃ不機嫌にもなるよねぇ」
 ふぅん、恋人いるんだぁ。
 お兄ちゃんくらいの年だから、普通なのかな。
「というわけでして、解呪のためのアイテムを探していますの」
「そうなんだ」
 なんか、どっかで聞いたような話だなぁと思いながらもセティは相槌を打つ。
「それで何を探しているの?」
「『奇跡』ですわ」
 クリオの促しに返ってきた言葉に、一同絶句する。
「き……『奇跡』?」
「ええ。正直な話、そういったものでないと解くことができないほど強い呪いですの」
 大抵のものなら何とかしてみせますものと気負いなく言って、ティアは拗ねたように先を続ける。
「実在も怪しい、不確かなものですけど。
 『ある』ということだけは分かっていますの」
「なんであるって確信できるの?」
 どきどきと心臓の音がうるさい。
 掌の汗を拭いながら問いかけたセティに向けてティアが笑う。
「だって」
 途切れた言葉が怖い。
 ――あなたが持ってらっしゃるでしょう?
 そう言われるような気がして。
「教会が血眼になって探していますもの」
「え。それだけ?」
 拍子抜けしたような声はリカルド。しかし、ティアは首を振る。
「無論それだけではありませんわ。
 所持していて、かつ見たことがありますわ。一応」
「見た?」
「ええ。神聖でいて禍々しい赤い石」
 思い出したのだろうか、ティアは難しい顔をしてふいと視線をそらした。
「あれは人に宿るといいますから、持ち主に一緒に来ていただくのが一番いい方法なのでしょうけど」
 憂鬱そうに言われた言葉に、胸がちくりと痛んだ。
 わたしは『奇跡』を持っている。
 でも、それを口にしていいんだろうか?
 だって……
 呪いを解くために『奇跡』を必要とする。
 それは、かつて教会から受けた依頼と同じ。
 なんとなく落ちた沈黙も、ルチルとフォルが追いついてきたことであっという間に消え去り、なんとも言いがたい雰囲気のまま一行は次の街へとたどり着いた。