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ソラの在り処-蒼天-

【第四話 双貌】 1.小さな疑惑

 セティの希望により、ヘオスの勇者ダイクロアイトの足取りを追って一ヶ月。
 なかなか先輩勇者に追いつくことはできなかった。

 なみなみと注がれたエールを飲み干して、ぷはーと満足そうに息を吐いたリカルド。それでも一瞬後には気だるそうにテーブルへ体重を預けた。
「とうとうレリギオ国内まで戻ってきちゃったねぇ」
「まだ北上しているみたいだし……セラータまで行くのかしら?」
 行儀が悪いと彼をたしなめつつも意見には同意のようで、クリオもまたため息をつく。
 三日ぶりの宿は嬉しいものの、終わりの見えない追いかけっこは疲れる。
 セティもダイクロアイトを追いつつ勇者の仕事――早い話が魔物退治――を行っているから、どうしても時間がかかってしまうことは分かっているけれど。
「セラータかぁ。大きな国だよね」
「そうね。フリストも大きいけれど」
 まだ見ぬ国への憧憬が漏れたのか、セティを見るクリオは優しい。
「ただ今から冬が来ることを考えると、あまり近寄りたくないわ」
「そうだねぇ。セラータの冬は厳しいって言うもんねぇ」
 僕寒いの苦手と笑うリカルド。
 実はブラウもかなりの寒がりなのだが、大丈夫だろうかと視線をやると睨まれた。
 なんでさ。
 二人の様子を見て年長ふたりはそっとため息をつく。
 いい加減セティとブラウのやり取りにも慣れてきたが、些細なことでぶつかるのはやめて欲しい。
 ブラウが態度を改めればなくなる諍いだと言うことは分かっているが。
「勇者さん?」
 険悪になりかけた空気を崩したのは、穏やかな呼びかけだった。
 セティは目をぱちくりさせて、ブラウは興味なさそうに声の主へと視線を移す。
 白の法衣を纏った女性。ソール教の神官だろう。
「ああ良かった、お会いできて」
 ほっとしたように笑う女性はクリオと同じくらいの年頃で、彼女よりも豪奢な金髪の持ち主だった。
「あの?」
「私はこの町の教会に勤めているウルフェと申します」
 訝しげに問い返すセティに、彼女は声と同じくらい穏やかな微笑を浮かべて一礼をする。
「はあ」
 なんだかこちらが座ったままというのもマズイ気がして、セティは立ち上がり名乗った。
「フリストの勇者セレスタイト・カーティスです」
 勇者は国の顔といえなくもない。
 自分の対応如何によってフリストの格が落ちるのはセティとて嫌だ。
「まあフリストの!」
 名乗りを聞いたウルフェ神官は目を瞬いて、それから輝かんばかりの笑顔になった。
「お若いのにさぞ勇敢なのでしょうね」
「えーと」
 きらきらした笑顔でそういわれると返答に困る。ものすごく困る。セティはまだまだ新米勇者、駆け出しの冒険者と呼んで差し支えないくらいだから。
 手配中の魔物を倒したこともなければ、功績だってまだない。
 やったことといえば、たまたま鉢合わせた魔物を退治したくらい。
 旅をする人間なら一度や二度は必ず魔物に会うから、それだって普通のことと言えなくもない。
「実は勇者殿にお願いがございまして……教会にお越しください」
 輝かんばかりの笑顔の中で、神官の瞳は一瞬だけ別の色を灯した気がした。
 ちろりとセティは仲間を伺う。
 クリオは自身で決めたらいいとばかりにまっすぐに見返してきて、リカルドは早くもため息をついてカップに残ったエールを飲んでいる。
「わかりました」
 いつも機嫌の悪いブラウは無視することにして、最初から用意していた答えを告げた。
「仲間と一緒にうかがいます」
 神官が目を細めたのは何故だろう。
 ――『奇跡』を手にするためには手段を選ばぬものが多すぎるということだ。教会を筆頭としてな。
 こんなときに、あのおじいさんの言葉を思い出したのは何故だろう?

 連れて行かれた神殿は壁も天井も真っ白で、まだまだ新しいんだろうと察せられた。礼拝堂ではなく接客用だろう部屋に案内されて、温かいお茶を頂く。
 冷たいエールの方が良いのにとかリカルドは言っていたけれど、場所を考えるとそれはないだろう。
 クリオも良く飲んでるし……お酒ってそんなに美味しいものなのかな?
 カップを傾けつつセティは部屋を眺める。
 壁には見慣れたソール教の紋章があしらわれたタペストリー。
 一つきりの窓から時折入って来る風は乾燥した暑いもの。
 故郷のデルラ司祭の自室を連想させる小さな部屋。
 ソール教の人の部屋ってやっぱり似るものなのかな?
 小さなノックの音に振り向けば、真っ白なひげを蓄えた司祭様がいた。
「お待たせしてしまいましたな」
 そういってにっこり笑う姿はやっぱりデルラ司祭を思い出して、なんとなく寂しくなった。
 互いに挨拶をして祝福をもらったり雑談をした後、おじいちゃん司祭――トリス司祭は真面目な顔で言ってきた。
「勇者殿は各地を旅される。
 ぜひとも探していただきたい方がいらっしゃるのです」
「探す?」
 きょとんとして問い返せば、ウルフェ神官がテーブルに一枚の羊皮紙を差し出す。
 木炭で描かれた姿絵。
 それだけでなく髪の色や瞳の色などの特徴も詳細に書かれていた。
「女の子?」
 かわいいねぇとのんきに感想を述べるリカルド。
 けれどセティは声も出ない。描かれた少女にあまりにも見覚えがあったから。
「グラーティア・フィデス殿下です」
 予想を裏付けるその名前。そう、あの子はグラーティアと名乗っていた。
「殿下?」
「ええ。教会の要職に就かれている方ですから」
 大神殿の前で、ニコルス司祭に向かって彼女は言っていた。
 ――かなり高位の方ですのね。苦労せずにすみましたわ。
 顔は似てる。名前も同じ。
 だから、あのグラーティアが教会に探されているのだろうと思う。
「家出でもしたのか?」
「姿を隠されたとだけ」
 揶揄するような言葉はブラウのもの。
 ぶしつけな質問にもトリス司祭は柔らかな口調で首を振る。
「どうか殿下を見つけて、教会にお戻りになられるよう説得していただきたいのです」
 まっすぐな目でお願いしてくる司祭様は真剣で。
 けれどセティは、どこからかぽつぽつ芽吹いてくる疑いを摘みとることができなかった。

 教会は静かで厳かだ。
 その雰囲気は決して嫌いではない。むしろブラウにとっては親しみなれたもの。
 けれど『ソール教会』はあまり好きではない。
 矛盾しているが、ブラウにとっての『教会』は養父のいるあの教会であって、『ソール教会』すべての教会ではない。
 無論、教会を預かる司祭によってそこそこの特色は出てくる。
 とはいえ同じ宗教なのだから根底には同じものが横たわっているはずだ。
 だが――その根底が違っていたら?
 『ソール教会』がおかしい。いや彼らにしてみればおかしいのはブラウの育った――デルラ司祭の教会の方なのだろうけれど。
 そんな『おかしな』自分だから気が付いたのかもしれない。
 あの『グラーティア』はきっと『こちら側』の人間だ。
「ちょっと聞いてるブラウ?」
 怪訝そうに、けれど多分に苛立ちのこもった声に意識を戻す。
 場所は教会に行くまで休んでいた――今晩止まる予定の宿併設の酒場。
「さっきの、どう思う?」
 茶化すよりも先に真剣に聞かれて口ごもる。
「さあな……家出だろ」
 本心から言っていないことが分かるのだろう。つまらなそうに目をそらしてセティはクリオへと視線を向けた。
「そうね。セティはどう思った?」
 質問を質問で返されて口ごもる。
 簡単に答えを教えてくれないということは、優しさでもある。
 いつまでもクリオに頼らないように。自分でしっかりと考えられるようになるように。
 だからセティはしばし沈黙した後に口を開いた。
「探されてるのは、あのグラーティアだと思う」
 大神殿前でのやり取りや、なにより姿絵が似てるから。
 司祭から渡された姿絵は今もセティの手にある。
 勇者全員に手渡されているのだと聞いた。
「でも、レイやノクスさんに攫われたとは思えない」
 攫われた相手ならあんなに仲良くしないと思う。
 彼らのやり取りには敵意なんてなくて、好意しか感じられなかった。
「だから自分で望んで出て行ったんだと……思うんだけど」
「そうね。そのあたりは本人に聞かないとなんとも言えないわね」
「えーでも教会嫌いっぽいよ?」
 おちゃらけて言うのはリカルド。
「だってあの時、まるで宣戦布告するみたいだったよね」
 言葉はあくまでも軽く。けれど眼差しは痛いほどに鋭く。
「まあ、探されてるって事だけ言やぁいいんだろ。逢ったら」
 つまらなそうに言ってブラウはようやっと食事に手をつけ始める。
 そんな彼を見やって、セティは複雑な表情をした。
 いつもいつも人に突っかかってくるくせに、肝心なときには自分の背を押してくれる。
 だから嫌いきることができない。
 やっかいだなぁもう。
 ぱくんと食べた鶏肉は油と香辛料がたっぷりで美味しい。
 けれど――ティアに再会したらと思うと、すこしだけ味が落ちた気がした。