【第三話 偉力】 5.改めての一歩
結局、セティは『奇跡』に関する話を仲間にすることはなかった。
世間一般でおとぎ話を思われていることもある。
それにあの老人が語ったことが事実なら、知らせることで彼らを危険な目に合わせてしまうかもしれない。そうなることは嫌だった。
法王様のことは気になるけど、どうしたらいいか分からない。
デルラ司祭だったら、そういった病気のことも知ってるかもしれないけれど。
「これからどうしようか?」
夕食後にお酒をちびちびやりながら、リカルドは皆に質問した。
「なんかもう町中聞いて回った気はするけど。
一応明日いっぱい探すんだよね? 病気を治す石のこと」
「うん、そのつもり」
本当はもうそんなものは無いだろうってことは分かっているけれど、一応セティは答えた。
そうしてふと思う。
「見つからなかったらどうすればいいかな?
教会の人に伝言お願いすれば、大神殿に伝えてもらえるのかな?」
アルカまで戻って、見つかりませんでしたと報告をしなきゃあいけないんだろうかと不安を滲ませる彼女。
伺うような視線は一応関係者になるブラウへと向く。
「……各教会と大神殿は定期連絡することになってるからな、伝言くらいはできるだろ」
「そっか」
じゃあ良かったと呟いてセティは水を一口飲み下す。
悪い報告をするのはどうも気が進まない。や、当然なんだろうけど。
「それでセティ。見つからなかった場合に報告するのはいいけど、その後はどうするの?」
「うーんん」
「結局は『勇者』って魔物退治を専門とする冒険者だから、あちこちを旅しつつ魔物退治をすることが仕事といえば仕事かしら?」
唸るセティをどこか楽しそうに眺めて、クリオは言葉を続ける。
リーダーはあなただから、行きたい所を為すべき事を決めなさいと言われている様で、セティはますます唸る。
「たまに賞金首の魔物がいるけど、それは他の――普通の冒険者とかが退治するときもあるよね。……なんか勇者って訳わかんない職業だねぇ」
「そんなこといわないでよー」
からからと笑うリカルドを恨めしそうに見つめるセティ。
自分が一応『勇者』と呼ばれる立場になって分からなくなったことがいくつかある。たとえば、何故『勇者』が必要なんだろう、とか。
思っちゃいけないことなのかもしれない。
「他の人の話が聞きたいな」
ポツリと漏れたのは、本音だったと思う。
「他の人?」
「うん……先輩って言っていいのかな?
他の国の勇者に会って、話を聞きたいなって」
きっと、ただの冒険者だったら。
故郷のルイーゼの店のような、冒険者を仲介する店を拠点にして、依頼を受けてそれをこなしていけばいいんだと思う。
けれど、『勇者』は魔物を倒すのが仕事。倒した魔物の数が誰かに分かるわけじゃないけれど、見つけた魔物は倒さなきゃいけない。
魔物を求めてあちこちうろついて、倒して、また探して。
本当に、そんなことでいいのかな?
「他の国の勇者ねぇ……どこにいるのかな」
「え」
不思議そうなリカルドの言葉に、伏せていた顔を上げる。
「どうして? だってヘオスにも勇者いるんだよ?
なのに会えないの?」
「お前が言うか。『フリストの勇者』のくせに他国にいるだろ」
「うあ」
そういう言い方するからブラウは嫌いなんだ。
口には出さず、恨みがましい目で睨んでからセティは顔をそらし、クリオに問いかける。
「確か、この町にちょっと前に寄った勇者がいたよね?
その人に会ってみたいんだけど……いいかな?」
小さな子どもがするようなお伺いの様子に、耐え切れず苦笑する彼女。
「なら、探し人の特徴もちゃんと知っておかないと、ね?」
「う、聞き込みすることが増えるってこと?」
「話を聞くことは大切だよ、セティ」
嫌そうに顔をゆがめるセティの肩をぽんと叩いて盗賊は陽気に笑う。
「確かダイクロアイトって名前だったよね。
恩人の話題なら、気をつけないといつまでも話を聞くことになるよー」
「うえー」
「聞きたいことだけをうまく聞き出す技術も大切よ。セティ?」
くすくすと楽しそうに傍観するクリオに、言われた勇者は諦めきれない呻きを漏らす。
新米の勇者を支える人々はとても優しくて。
だからこそ――この時期はとても平和だったのだと、後から気づくのだ。