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ソラの在り処-蒼天-

【第三話 偉力】 4.その片鱗

 彼は懼れていた。
 『あれ』を受け取って以来、妙なことばかり起こっていた。
 とはいえ、任期も終わり別の者に役目を渡した今、そうそう変なことは起きないだろうと思っていた。だが、それは甘い考えだと悟らざるを得なかった。
 今は『あれ』を持っていないとどれだけ訴えようとも、かつて持っていたことは事実。『あれ』の影響は未だこの身に残っており、『あれ』を追い求める者が気づかないとは言い切れない。
 ――気を抜かない方がいい。俺の前任者は渡した翌日に襲われた――
 甦るのはつい先日聞いた言葉。
 真実は確かめようがない。
 だが、嘘をいっている様子はなかったし、なにより言った本人もまた『預かり手』だったことが、真実だと思える証拠となる。
 彼が信憑性を持ったのはもう一つ。
 『石化する病を治す石』を探している勇者がいるという噂。
 町民全員に話を聞こうとでもいうのか、彼の家族も聞かれたらしい。
 確実に包囲が狭まっていることを感じながら、彼は何もしなかった――できなかった。
 そして、ついにその時は来た。
 ドアを叩く音に観念して重い腰を上げ、仕方なく扉を開ける。
「すいません、お聞きしたいことがあるんですけど」
 屈託無くそう問いかけてくる『勇者』に、彼は歯噛みしたくなった。

「何か用かね」
 あからさまに迷惑そうに言われて、一瞬だけセティは後悔する。
 うわー、言われたとおりだ。
 この町で一番の物知りのお爺さんは、一番の頑固者だ。
「ええと、この町に石化する病気を治すことができる石があると聞いたんですけれど、何かご存じないですか?」
 問いかければさらに胡散臭そうな目で見られた。
 う、何度もこんな目で見られたからくじけないッ
 明らかに引きつった顔で笑うセティをどう思ったのか、問われた老人は深く深く息を吐いた。
「世の中にはそんな病気があるのか。誰か知り合いがかかったのかい?」
 気難しそうな顔つきはしているが問いかけは優しい。
 ぎょろっとした目は怖いけれど、案外いい人なのかもしれない。
「はい。えー……と」
 法王様といっていいんだろうか?
 いけないような気がする。こういうことって知られたら動揺しそう。
 故郷でも、デルラ司祭が病気にかかったとき、皆すごく心配してたから。
「一緒に旅してる仲間のおじいさんの友達が」
 苦しい言い訳だと思うけど、別にすごい嘘って訳じゃない……よね?
 自身を何とか騙しつつ答えるセティに老人はそうかと頷く。
「しかし悪いが知らんな」
「ええっ」
 思わず大声を上げてしまったセティに対し、老人の視線が鋭くなる。
「そ、そんな、何でもいいから手がかりとか無いんですか?」
「知らんな」
 慌てたように問いかける彼女を老人は切り捨てる。
「そんな病気があること自体をさっき知ったわしが治す方法を知るわけが無かろう? そもそも石でどうやって病を治すというんじゃ?」
「ええと、それを言われてしまうとどうしようもなくなるんですけど……本当にまったく何もご存じない」
「知らんと言うとろうが」
 困惑した様子の老人に、それでもセティは食い下がってみる。
「治療法があるって言われたからここに来たんですけど……
 珍しい石とか、そんなの知りませんか?」
「そんなもんがあったら、ここの町はもっと大きくなってるか、何も無いかのどっちかじゃ」
「……ごもっともです」
 国境近くの町でそんなものが見つかったら、あると分かっていたなら、どうなるかは推して知るべし。
 しばし混乱していたセティを眺めていた老人だったが、軽く息をついて面倒そうに言った。
「用はそれだけか?」
「ああっ ま、待ってくださいっ」
 閉められそうになるドアを慌てて押さえるセティ。
 その瞬間、ずきんと手が痛んだ。
 急に顔をしかめた彼女に気づいたのか、老人はドアを押す手を止めて内側に開く。
「少し休んでけ」
「……え?」
「顔が青いぞ」
「や、大丈夫ですよ?」
 心配そうな老人に笑顔を返すものの、それは逆効果だったらしい。
 厳つい顔のおじいさんの睨む様な視線は怖いが、あきらかにそれはセティを心配してのもの。
 無碍にもできず、心苦しいながらも好意に甘えることにする。
 案内された居間の椅子に言われるままにおとなしく座る。
「ほら」
 素焼きのカップになみなみと注がれた水を飲み干してようやくほっとする。
 やっぱり暑さはこたえていたらしい。
「もう一杯いるか?」
「あ、すみません。いただきます」
 素直に申し出を受けて、セティはカップを差し出す。
 老人もそのカップを受け取ろうと手を伸ばす。
 手が触れ合うほどに近くなった瞬間。
 今までとは比べ物にならないくらいの激痛が来た。
 痛みを感じた瞬間に手のひらの感覚は無くなり、カップがこぼれ落ちる。
 床に落ちたカップが砕けた瞬間、室内に淡黄色の光が奔った。

 ひときわ強く感じた痛みに、ノクスは足を止めて振り返る。
 今朝発った町は遥か遠く、影すらも見えはしない。
 せっかくの忠告もあまり役には立たなかったようだ。
 忠告を聞いていたからといって防げるものかと問われれば答えに窮するが。
「兄上?」
 急に歩みを止めた兄を不思議に思ったのだろう。
 不安そうな弟になんでもないとかえして、ノクスはまた歩き出した。
 セティは法王の病気を治すための石を探しているといっていた。
 そんなものが真実でないことぐらい気づいているだろう。言った本人以外は。
 彼には彼の、譲れない目的がある。
 だから場合によっては――

「やはり持っていましたか」
 遠く南の方角を見つめてバァルはうっそりと呟く。
 フリストのあの娘。
 『あれ』を宿してからあまり時間はたっていなかったのだろう。
 おかげで何とか『あれ』の存在を感じ取ることができた。
 傀儡の役目すら果たせぬようになって来た『法王』を見やり、バァルは哂う。
 あの小娘も哀れなものだ。
 本気で『コレ』を助けようとしているのだから。
 くっくっと哂うバァルに問いかけが一つ。
 その主に深く礼をして彼は答えた。
「ええ、良いのですよ。見つけてもらえれば良いのですから」
 奪うのは難しいことではない。
 『あれ』をもたぬ身で探すのが大変なだけだ。これだけ時間をかけても、まだ二つしか手に入れることができていないのだから。
 故に小娘にはしっかりと働いてもらわなければ。
 そして最後に――自らが持つ『あれ』を渡してもらおう。

 眩しさに目を閉じたのは一瞬。
 恐る恐る開いた目に映るのは粉々に砕けたカップだけ。
 しかし、先ほどの出来事が幻ではなかったと主張するように、左手の鈍痛は消えない。
「い、ま……の」
「……やはりお前さんもか……」
 なんだったんだろうと続けようとしたセティをさえぎったのは、疲れ果てたような老人の言葉。
 何のことを言われているのか頭の回らないセティを他所に、彼は箒とちりとりを持ってきて砕けたカップを拾い集めて掃除を済ませた。
 それから新しいカップに水を注いでセティの前に置き、テーブルを挟んだ向かいに腰を下ろした。
「まだ痛むかね?」
「……少し」
 心配されるのは苦手だ。悲しい顔はして欲しくない。
 顔を曇らせたセティをどう思ったのか、老人は深く息をついた。
「わしは昔、お前さんと『同じもの』を預かっておった」
「同じもの?」
 何の話だろうとセティは首を傾げる。
 わたし、何か預かったものってあったかな?
「『奇跡(いし)』」
「わたし、石なんて持ってません」
 目をまっすぐに見られて言われた言葉に首をふるふると振るセティ。
 老人は呆れたように見返してきた。
「預かっておるじゃろう。その左手に」
 言われて左手を見る。
 そういえば、痛むのはずっと左手だった。
 でも、何かあるかなんて……
 ――しかし、此度ばかりは使わざるを得ぬだろう――
 思い出したのはとても辛そうに言われた言葉。
 できれはこんな手は使いたくないと、苦渋に満ちた王様の言葉。
「あ……」
「ようやく気づいたか」
 鼓動が早くなる。
 おじいさんの言葉が真実だと告げる。それと拒否したくて。
「まさか……だって、おとぎ話じゃ?」
 確かに受け取ったとき、変だと思った。
 赤い布の上の宝石に左手をかざしただけなのに、何か冷たいものが入ってくる感覚がして、手をどかすと宝石の姿はなくて。
『奇跡』の預かり手(おまえさん)たちは何に代えても『あれ』を守らねばならん。かつての預かり手(わしら)とて、『あれ』に関わったことがあると決して周囲に悟られてはならん。
 他者に知られればまず間違いなく狙われる」
 声音と表情にぞっとする。
 この人はきっと、狙われたことがあるのだろう。
「自分と周囲の身を案じるなら用心にこしたことは無い」
「周囲?」
「『あれ』を手にするためには手段を選ばぬものが多すぎるということだ」
 吐き棄てるように言われた言葉。瞳の光が苛烈なのは、かつてあったことを思い出しているのだろうか。
「特に強大な力を求める――教会を筆頭としてな」
「何で教会が?」
「神が人に与えた『もの』は、自分達以外に預からせたくないといったところじゃろう」
 事実なんて知ったことじゃないというように老人は言い捨てる。
 その様子に、もう一つ思い出した。
 ――我がフリストに『これ』があることは知られてはおらぬ。ソール教会にもな――
 フリストの王様も、それとなく注意していてくれてたのかもしれない。
「わた、し」
「大丈夫じゃよ。そう簡単にばれるものでもない……気は抜けぬがな」
 怖がらせすぎたと思ったのだろうか、老人は心持ち優しい声で慰めてくれた。
「それに、お前さんは『勇者』じゃろう?
 不思議な力を持っていても、わしらよりは疑われんじゃろう」
 それはそうかもしれないけれど。
 反論したくてもどういったらいいのかが分からなくて、仕方なくセティは沈黙を守る。
「わしも長い間預かっておったが、正直な話、使い方なんぞちぃとも分からんかった。使おうなどと思わなければ大丈夫じゃよ。次に、相応しい相手に預けることができる」
「そう……ですよね」
 『勇者』になるのは自分の意思だった。
 『奇跡』を預かったのは……預かっちゃってたのは正直予想外だけど、わたしを案じて王様が渡してくれたんだと思えば、大丈夫、怖くない。
 ちゃんとこれをもって帰ることができるって信じてくれてるってことだから。
 帰ってこいってことだから。
「しかし、石化する病気を治すことができる石、か。
 わしのことは知られておったんじゃな」
 神妙に言う老人の言葉にはっとする。
「わたしが探してた石って」
「間違いなく、かつてここにあった石じゃろうな」
 疲れた笑みを浮かべて、老人は自らの左手をさする。
「まったく、代替わりをしたというのにまだ痛むとはな。
 ところで勇者のお嬢ちゃんや。あんたにそれを頼んだのはどこの誰かね?」
「え……と」
 言ってもいいものか迷ったのは一瞬。
「ソール教のバァル司祭かね?」
「えッ」
 再度の問いかけに顔を上げて目を見張る。
「やれやれ、本当にあたりか」
「た、確かにそうですけど……どうして?」
「忠告をもらったもんでな」
「忠告って……誰から?」
 問い返して気づく。
 もしかして『奇跡』を持ってる人同士で情報交換とかしてるんだろうか?
「かつてのわしや嬢ちゃんと同じ人じゃよ」
 予想通りの返答に、やっぱり情報交換してるんだとセティは納得する。
 と、ちょうどタイミングを狙ったかのように正午の鐘の音が響いてきた。
「おっと……長々引き止めて悪かったのぅ」
「いえ、わたしのほうこそお邪魔しちゃって」
 恐縮しながら玄関に向かい、セティは改めて礼を言う。
「お水ありがとうございました。それから、カップ割っちゃってごめんなさい」
「良い良い。ただし、互いに他言無用じゃぞ?」
 最初に話したときのように鋭い瞳で念を押す老人にセティも神妙に頷く。
 それとわかる単語を用いないことも大切なんだ。
 丁寧に閉じられた扉に軽く礼をしてセティは仲間の元へ帰る。
 石が無いということを、どうやって疑われないように話そうか、と思いながら。