1. ホーム
  2. 第三話 3お話
  3. ソラの在り処-蒼天-
  4. 第三話 3
ソラの在り処-蒼天-

【第三話 偉力】 3.黙す者と知らぬ者

 今日は本当に楽しかった。あれだけ笑ったのはいつ以来だろう?
 夜、ベッドにもぐりこんでいてもふとしたことで思い出してしまう。
 軽い物言いをするリカルドを容赦なく切って棄てるリゲル。
 それをたしなめるような口調で、でも実際は煽っているティア。
 今までは、年齢が近くて、同じように旅をしている人にはあまり出会うことはなかった。
 連想で故郷にいる友人達の顔が思い浮かぶ。
 皆元気にしてるかな。
 なんとなく望郷の念が沸く。
 旅を始めて数ヶ月が経ってそれなりに慣れてはきたけれど。
 考え出してしまってなんだか寝付けない。何度目かの寝返りを打った後、セティは寝ることを諦めてそっと部屋を抜け出した。

 抜け出すといっても、ちょっと風にあたりたいといった程度だったので、防具をつけないラフな格好で一階に降りる。
 視線を投げかけてきた宿の主に軽く会釈して、セティはドアから外に出た。
 ちりっと左手に痛みが走ったのは気のせいだろう。
 二歩三歩と歩いてなんとなく空を見上げる。
 月はいまだ西の空に在り、夜空を彩るは数多の星々。
「……フリストと違う」
 呟いた言葉は自分で思ったよりも弱弱しいものだった。
 空は……空だけは故郷と同じものが見えるかと思ったのに。
「大陸北部と南部とじゃ違って当然だ」
 突然の応えに肩が大きく揺れる。おそるおそる振り向くと、宿の壁に背を預けて、こちらを眺めている男性がいた。
「え……と……ノクスさん?」
 まさか聞かれてると思わなかった……というか誰かいるなんて。バクバク鳴る心臓を宥めながら問いかけると、彼はいたって普通に問いかけてきた。
「なんだ?」
「なに、されてるんですか?」
 今度は答えは返らず、代わりに天を指差される。
 星を見ていたということだろうか?
「ああ。綺麗ですよね」
 とりあえず同意してみると、ふいと視線をそらされた。
 深い青の目はそのまま夜空へと注がれる。
 そのまま静寂が訪れた。
 ええと、これ、どうしたらいいのかなぁ?
 セティは沈黙が苦手だ。どうしたら良いか分からなくなる。
 話しかけるにしても何を話題にすれば良いものか。
 さらりと風がセティの黒髪を撫でる。
 このあたりは日中がどれだけ暑くても、日が暮れてしまえば寒くなるらしい。
 マントも羽織ってくればよかったな。
 思わず身震いしたセティにノクスの淡々とした忠告がきた。
「早く寝た方がいいぞ」
「……はい」
 言外にこのままだと風邪を引くといわれておとなしく頷く。
 同じ言葉を言ったのがブラウだったら、文句の一つもついだだろう。
 素っ気ないけれど腹立たしくないのは彼から『お兄さん』ぽい雰囲気を感じられるからかもしれない。
 (レイ)さんがいるんだから当然か。
「じゃあ、おやすみなさい」
 それだけを告げて先ほど出てきたドアをくぐろうとして。
 左手に、痛みが走った。
「いたっ」
 思わず声を出して、右手で左手をぎゅっと握る。
 おそるおそる右手を外してみるものの、左手のどこにも異常は無い。
 特に痛みの酷かった手の甲も傷跡なんてない。
「あれ?」
 どこかにぶつけたわけじゃないし、そもそもぶつけるようなものもない。
 前に怪我をしたって訳でもないし……なんでだろう?
「…………か」
 ポツリと聞こえた言葉に慌てて顔を上げると、ノクスが難しそうな顔でこちらを眺めていた。
「何か言いました?」
「いや。早く寝るんだな」
 軽くかぶりをふって言われて、納得がいかないながらもセティは部屋へと戻る。
 なんで痛かったんだろう?
 もう一度手を持ち上げてみるものの、やはり異変は見受けられない。
 部屋の前の廊下に立ったまま考えることしばし。
「寝ようっと」
 考えても仕方ない。
 難しい事を考えるのはやめて眠ってしまおう。
 そう考えたのが良かったのか、二度目にベッドにもぐりこんだ後、睡魔はすぐにやってきた。

 太陽が昇りきる前の空気はさわやかで、暑さも酷くないから気持ちいい。
 宿に泊まった際の日課となった早朝のクリオとの鍛錬を終えて、セティは街中を歩いていた。
 昨日は結局途中で止めてしまった探索をちゃんとしておこうと思ったからだ。
 この時間帯なら暑さでまいってしまうこともないし、地理を頭に叩き込むことは大切だとクリオもリカルドも言っていた。
 この町にあるという『石化の病気を治す石』を探して、法王の元へと届けなければいけない。
 はやく法王様に元気になってもらったほうがいいもんね。
 散歩がてら出会った人に挨拶すると、昨日の見張りの人とほぼ同じことをいわれた。無駄足させて申し訳ないという言葉と、こんなに若いのに勇者なのかという言葉。やっぱり若いと信用ないのかなと少し悲しくもなったけれど、これから頑張って認めてもらえば良いとセティはやる気を出す。
 大方回り終えて、そろそろ帰ろうかという時に、またあの痛みが来た。
 ちりちりと焼け付くような痛みが、左手の甲からする。
 我慢できないほどではないけれど痛いものは痛い。
 また、何でこんなに痛いんだろう? もしかして、何かの病気なのかな?
「なんなんだよ……っ」
 悪態をつきつつ大通りを行き、宿へ急ごうとした足が止まる。
 わき道に見知った姿を見つけたから。
 大通りへと繋がる、人が行き違えることが出来るかどうかの狭い道。
 その中腹くらいに昨夜と同じく軽装のノクスがいた。
 険しい表情のまま、彼の膝丈くらいの石柱に向かい合っていた。
 何をしてるんだろう?
 しばらく観察していると、彼は石柱に乗せていた左手を持ち上げて、軽くため息を吐いた。それから、おもむろにこちらへと視線をくれた。
「あ。その」
「早いな」
 観察していてばつが悪そうなセティに構わず、彼はなんでもないことのように声をかけてくる。
「えと……ノクスさんも早いですね」
「まあな」
 それだけ応えて、彼は背を向ける。どこに行くのかと少し興味はわいたけれど、セティはとりあえず宿に戻ることにした。
 手の痛みは、いつの間にか消えていた。

 宿に戻った途端、セティは恨みがましいリカルドに出迎えられた。
 よほどお腹がすいていたらしい。
 それでもセティが戻ってくるまではと我慢してたんだと訴える様は、どう見ても年上には見えない。
 ごめんなさいと謝って、散歩の時に仕入れた情報を話す。
「結局手がかりはなし、かぁ」
「そうね。知っている人間が居ないんじゃあね」
 残念そうなリカルドの呟きにクリオも同意を示した。
「諦めちゃ駄目だよ。ここにあるって言うんだから」
「ここからアルカまでどれだけ離れてると思ってんだ。
 とっくにどこか別の場所に行ってたら?
 それにユウシャサマの仕事しなくていいのか?」
 ただ一人大いにやる気を出しているセティをつまらなそうにブラウが攻撃する。
「それは……そうだけど」
 指摘されてセティは唸るのみ。
 法王を助けてあげたい気持ちはあるけれど、勇者の一番の仕事は魔物を倒すこと。魔物の脅威が増えている今、蔑ろにしていい使命ではない。
「期間を区切って、その日までは探す形にするしかないわね」
「そうだね。この町はそんな広くないから、明日中に見つからなかったら出発ってことでいいんじゃない?」
「……うん」
 譲歩してくれたのだろう。諭すように言ってくる二人に頷くセティ。
 ブラウが言っているように情報が届くのに時間がかかることは事実で、移動していないとは言い切れない。
 法王を助けることも、勇者の仕事も、両方とも諦めたくないことだけど。
 どっちかを優先するしかない。
 ひとまずの方針が決まり、改めてセティは食事を続ける。
 今日の朝食は半円形のパン。
 野菜たくさんの具は濃い目の味付けで美味しいと思う。
 その代わり、水もたくさん飲みたくなるけれど。
「おはようございます」
 どことなく静かになってしまったセティたちに対し、かけられたのはとても和やかな挨拶の言葉。
 振り返れば、朝からご機嫌な様子で階段をおりるティアの姿があった。
「ティア」
「おはよう」
「りっちゃんもおはよー」
「おはようございます」
 それぞれに挨拶を交わして気づく。ティアたちはセティたちのように軽装ではなく、きちんと旅装を纏っていた。
「え、りっちゃんたちもう行っちゃうの?」
「無論。先を急ぐ旅ですから」
「またどこか出会えると良いね」
 セティと同じことを思ったのだろうリカルドの問いかけに、変わりなく淡々と返すリゲル。レイは残念そうに、でも笑って別れを告げる。
「そうだね。また会えたら話してね」
「もちろんですわ」
 セティのお願いにティアが笑顔で応じ、彼らはあっさりと宿を出て行った。
「……なんだか、あっけないなぁ」
「そういうものよ。旅していると、どうしてもね」
 不満そうに漏らすセティをクリオが宥める。
「また会えると良いな」
 ぼそりといわれた言葉に、セティはびっくりして発言の主を見る。
「……何だよ」
 あまりにも凝視しすぎたせいだろうか。ブラウが不満そうに睨み返してきた。
 流石にいえない。
 ブラウからそんな言葉が聞けると思ってなかった、なんて。
「ううん……そうだね。会えるよね」
 だからセティはそういって笑った。
 ブラウは面白くなさそうに鼻を鳴らしたけれど、これはきっと照れ隠しだろう。
 彼に気づかれぬように小さく笑って、セティはパンの最後の一片を口に放り込んだ。

「面白い人たちでしたねー」
「ええ。ご一緒できたら楽しいでしょうね」
 そこそこに均された道を先陣切っていくソレイユの言葉に、ティアも同意を示す。
「またどこかで会えたりして。
 ねぇ兄上、そうだったら面白いと思いませんか?」
「そうだな」
 振り返りもせずにただ楽しそうに話す弟に同意を返し、ノクスは小さく呟く。
「場合によっては、会いに行く必要もあるかもな」
 その言葉に込められた感情と意図を察することができず、リゲルはただ沈黙を守る。
 自分の都合など言い出せるはずもない。
 だからこそ、この場にいるのだと自身に言い聞かせながら。