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ソラの在り処-蒼天-

【第三話 偉力】 2.知るべきこと

 固まってしまったセティの前で二人は楽しそうに買い物を続けている。
「水袋新調するのってティアのだけで良かったっけ?」
「薬草もですけれど、包帯にできるような布も欲しいですわね」
「あと何買ってこいって言われてたっけ? 兄上も人使い荒いからなぁ」
 唸りながら少年は店内を見回し、セティとブラウの姿を認めて大きく瞬きをした。少年の変化に気づいたのか少女もまた振り返り、同じように目を丸くさせる。
「「こんにちは」」
「こ、こんにちは」
 にっこりとそろって挨拶されて、妙に慌てるセティ。
 悪いことなんてしてないのに何でこんなに気まずいんだろ?
 彼らは二言三言相談して、カウンターに山のように商品を持っていった。
 清潔な布に水袋、薬草数種。やっぱり冒険者らしい。
 会計を済ませ、持参してきたんだろう袋に収めて店を出て行く彼ら。
 セティとすれ違うときには軽く会釈までしてくれた。
 そんな彼らをなんとなく見送って、セティはふと思いだす。
 彼女たちに会ったのはアルカの大神殿前だった。
 そして、あの子が彼女と一緒にいたことを。
 手近にあった薬草を一束だけ買って店を飛び出すセティ。
 急に強い日差しに晒されて一瞬戸惑うものの、すぐさま視線をめぐらせて先ほどの二人組を探す。
「何がしたいんだセレス」
「だからわたしはセティだって!」
 追いついてきたブラウに毎度の言葉を返し、少年達を追いかける。

 結論から言えば、急いで追いかける意味はなかった。
 何故ならこの村には宿は一つきりで、時間差はあるにしても必ず戻ってくるだろう事は確かだったのだから。
「ただいまー」
「ただいま戻りましたわ」
 扉を開けると同時にのほほんとした挨拶。
 他の人から見たら自分達もこう思われてるのかなぁとセティはなんとなく思う。
「お帰りなさいませ」
 返ってきた声に分かっていても鼓動が跳ねた。
 間違いない、この声。
 足は重い。けれどいつまでもこの直射日光の下にはいたくない。
 力を振り絞るようにして扉をくぐる。
「やー、本当暑くってさぁ」
「ああお帰り二人とも」
 ぱたぱたと手で自分を扇ぐ少年の向こうから、すでに聞き慣れた声がかけられた。
「え?」
「あら」
 びっくりしたように振り返った二人に笑ってみせたけれど、ちゃんと笑顔になっていたかは分からない。
 リカルドの隣にはあの日、父の墓前で文句を言ってくれた少女がいた。
 位置的には、元々そこに座っていただろう彼女の隣にリカルドが椅子を持ってきたんだろうと思えたけれど。
「知り合い?」
「ええ一応。残念ながら」
 不思議そうに問いかけてきた少年に返す言葉は、いつか聞いたものと同じ。
「うわひどっ りっちゃんってば素っ気なーいッ」
「盗人を返り討ちにしたまでですから」
 よよよと泣き崩れる真似をするリカルドに対し『りっちゃん』は素っ気無い。
 っていうか、リカルドそんなことしたんだ。
 呆れるセティだったが、少年達は別の感情を抱いたらしい。
「うわー」
「勇気がありますのねぇ」
 しみじみと言われて、思わず聞き返すリカルド。
「え、尊敬されるほどなの?」
「僕は間違ってもしようと思わないし」
「すごい事ですわ」
 真顔で言い切られてしまって何も言えなくなったんだろう。
 こくりとカップの中身を飲み干した。
「あ、そーだ。荷物置いてくるついでに兄上呼んで来るからさ。何か注文しておいてよ、ティア」
「おやつにはちょうどいい時間ですものね。わかりましたわ」
 空気を換えるためにか明るい声で問う少年に、ティアと呼ばれた少女も嬉しそうに頷いた。
「セティもちょっと休憩しない?」
 おいでおいでと手招きするリカルドにセティは少し考えるように視線をめぐらせた。たまたま……ではないんだろう、まっすぐに視線が合った『りっちゃん』は、怖いほど澄んだ瞳で見返してくる。
「わたしは、いい。ちょっと疲れたから休んでるね」
 逃げるように二階へ向かうセティ。
 気をつけてねとこちらを気遣うリカルドの優しい言葉は、とても痛かった。

 できるなら一人になりたい。
 このもやもやした気分を落ち着けるためにも。
 けれど、こういった時には一人にはなれないもので。
 あてがわれた二人部屋の、入り口側のベッドに腰掛けていたのは頼りになるお姉さん。
 どうやら荷物の整理をしていたらしく、ベッドの上はものだらけになっていた。
「お帰りセティ」
「ただいま」
 優しい声に返すにしては素っ気無い返事になってしまった。
 とりあえず扉は閉めたものの、その前から移動しないセティ。
「どうしたの? 元気ないわね」
「クリオ」
 片付けの手を止めて問いかけてきたクリオに、ぽつぽつとセティは話し始めた。
 フリストから旅立った日の朝、『りっちゃん』にあったときの事を。
「分かってるんだ。嫌味言う人とか多いし、でも、なんか」
「そうね。大好きなお父さんを悪く言われたら悔しいわよね」
「うん」
 こっくりと頷いて考える。
 いつもいつもクリオに頼っちゃうなぁ。
 わたしは『勇者』なんだから、しっかりしなきゃいけないのに。
 こんなにうじうじするのも、わたしらしくない気がするし。
 いつものわたしだったら……
「ね、クリオ。片付け終わったら下に行かない?
 すこしお腹すいたから、おやつ食べたい」
「そうね、じゃあ片づけを手伝ってくれる?」
「うん」
 元気良く返事をして散らばったままの道具類をまとめるセティ。
 そう。こんな風にうじうじするのは自分らしくない。だから。
 直接対決しに行けばいいんだ。

「なんで父さんのこと悪く言うのさ?」
「この状況で、一言目にそれですか」
 どこか呆れの色を含ませた声で言われて、少しまずかったかなと思う。
 場所は一階の酒場。テーブルをくっつけさせてもらって八人でのおやつの時間。
 自己紹介を終わらせる前の一言にしては、確かにおかしいだろう。
「知り合いか?」
「はい、一応」
「一応じゃないだろ!
 父さんの墓前であれだけ意味深に文句言ってたくらいだから!」
 黒髪の青年の問いかけに、やはり表情は変えぬまま頷く『りっちゃん』。
 淡白な反応に、少々苛立ち混じりに言い募ればしれっとした返答。
「ええ。『あの男』のことはよく存じております。
 が、貴女のことは殆どといって良いくらい知りません」
「あんたがわたしのこと知らなくっても、父親の悪口言われていい気しないことくらい分かるだろ。なんで父さんのことあんなに悪く言ったのさ」
「理由を聞けば納得するとでも?」
 揶揄するような問いかけに一瞬だけ口ごもる。
 理由があればすべて納得できるかというと……
「聞いてみなきゃわかんない。
 聞かなきゃあもっと分かんなくて嫌になるから、しつこく聞く」
 言われる側としてはもっとも迷惑な答え。
 あまりの強情さに呆れたのか、カップを置いて彼女は言った。
「兄を斬られました」
「え?」
 予想外の言葉に思考が止まった。
 それはブラウにしても同じだったらしい。
 珍しくびっくりした顔で彼女を見つめ返した。
 そんな二人に言い聞かせるように、しかし決して視線は合わせぬように『りっちゃん』は続ける。
「親友と呼んでも差し支えないくらい仲の良かった私の兄を、斬りました。
 命に関わる傷ではなかったとはいえ、兄は二度と剣を持てぬようになりました」
 遠かった言葉が重みを持って心に染みていく。
 まさかそんなことを言われるとは思ってなくてセティは口を開く。
「それは……その」
「弁解も謝罪も、本人以外からは聞く気はありません」
 何か言わなきゃとあせるセティに対し、すっぱりと斬り捨てる。
「ちょっとりっちゃん」
「聞かなければと言ったのは彼女です」
「うん分かった。文句は言わない」
 彼女が言ってることが本当なら、父さんを恨んでも仕方ない。
 でも、父さんはどうしてそんなことをしたんだろう?
「私にここまで言わせたのですから、名乗ったらいかがですか?」
 思考の海に沈みかけたセティを呼び戻したのは、先ほどのように厳しい彼女の言葉。
「……セティだよ。セレスタイト・カーティス」
天青石(セレスタイト)っていうんだ。女の子には珍しい名前だね。
 あ、僕はソレイユ。レイって呼んで」
「わたくしはグラーティア。ティアと呼んでくださいませ」
 にこにこ笑顔で黒髪の少年と鳶色の髪の少女が名乗る。
 それから少年は手のひらを隣に向けて青年を示した。
「こっちが兄上、ノクスだよ」
「へえ『勇者』と同じ名前なんだ」
「単純な名づけだろ」
 面白くもなさそうに言うあたり、昔から言われ続けてきたことらしい。
 『勇者ノクス』は黒髪に青い目だったといわれている。
 このノクスも黒髪で、深い青の瞳だからつけられたんだろうなぁ。
「で、こっちが」
「りっちゃんことリゲルちゃん」
 レイの言葉を続けるリカルド。
「こう見えてすっごい強いんだよね」
「自らの身一つ守れずに、一人旅などできるはずがありません」
「や、それ言われちゃあ身も蓋もないんだけどね?」
 ここに至ってようやくセティは笑った。
 偏見持って接してたけど、他人とのやり取りを見てる分には楽しい。
 そこからは他愛ない話や情報交換が続き、和やかな時間になった。
 わいわいと話すうちに時間は過ぎて、結局そのまま夕食へなだれ込んだりはしたけれど。
 会話に混ざることなく食事を続けていたブラウは幼馴染の少女を観察していた。
 父親を馬鹿にされると怒っていたのは昔からのことだから特に何も思わない。
 が、ちゃんとした理由があって恨まれているということを知って、どう思ったかは分からない。
 自称『親友』に頼まれていたこともあって、個人的に一応気にしてはいたのだけれど、大丈夫そうだ。あくまで今のところは。
 そう判断して引き続き食事を楽しもうと思ったとき、気づいた。
 自分と同じように、ノクスがセティを観察していることに。