【第二話 邂逅】 3.光に潜む闇
こっそりというのは流石に無理があったが、それでもなるべく見つからないようにセティたちは『りっちゃん』の後を追った。
やはり彼女たちが向かっているのは大神殿のようだ。
「何をするって言うんだろう。大神殿には入れないのに」
「ついて行けばわかるって」
不満そうに漏らすセティを宥めるのはリカルド。
大神殿の前には先ほどと変わらず人垣が出来ていた。
それを掻き分け進んでいく『りっちゃん』たち。無論セティもそれに倣う。
「法王様は会ってくださらないんですか?」
「残念ながら今年は。
ですが、皆さんのお心はソールに届いております」
信者の訴えに応えるのはハルバードを構えた衛兵ではなく、真っ白なローブを着た司祭らしき男性。
張りのある声は信者のざわめきの中でも良く響き、自然と聞き入ってしまう。
琥珀にも似た濃い金の髪と、灼熱の砂漠にあってもなお白い肌。
少したれ気味の瞳は穏やかなライトブラウン。
信者たちを見つめるまなざしは色合いのように暖かだ。
「せっかくの夏至祭ですのに、残念ですわ」
優しいお父さんといった風情の司祭に、子どものような感想がとぶ。
思わず上げそうになった声を飲み込んで、セティは発言の主を見た。
『りっちゃん』と一緒に行動していた少女が、不満そうに司祭に言い募っている。
「太陽の祝福が一番強い日ですのに。
お会いできることをとても楽しみにしていましたのよ?」
先ほどまでかぶっていたフードははずされており、癖のないまっすぐな髪があらわになっている。
髪と同色の大きな瞳は、子どものようにくるくると表情を変える。
淡いピンクの唇は少し紅を差しているのだろうか。
いいとこのお嬢様といった様子の彼女に、司祭は微笑ましいものを見る笑みを浮かべ。
「残念ながら『太陽の娘』が決まっていないのですよ」
「太陽の娘?」
「ええ。太陽神ソールに直接仕える『太陽の娘』。
今年は適任者が現れず、夏至祭までずれこんでしまったのです」
説明に納得したのだろうか。
少しふくれた様子で左手を自らの頬に添えて、ため息つきつつ少女は言った。
「では仕方ありませんわね。それに――肝心の方が天岩戸の中ですもの」
その言葉に司祭の表情がこわばる。
司祭の変化に気を良くしたのか、少女は笑みを浮かべた。
「かなり高位の方ですのね。苦労せずにすみましたわ」
そうして、用は済んだとばかりに踵を返す。
「もういいの?」
「ええ。わがまま聞いてくださってありがとうございました」
少年の問いかけに、司祭に向けたのとは違う、優しい笑顔を返す少女。
「ま、まちなさい!」
割って入った司祭の制止の声。
しかし、少女もその供も振り向くことはなく。
「グラーティア。わたくしの名前ですわ」
ただそれだけを告げて、少女は人ごみに消えていった。
「なんなんだろ、あの子」
「因縁でもあるのかな?」
こそこそと呟いたはずの声が届いたのだろうか。
司祭がこちらに視線を向けて、また人のいいお父さんのような笑顔に戻った。
「どちらからお越しの『勇者』様でしょうか?」
大きめの声での問いかけに、付近の信者の視線が一気にセティに向けられる。
「へ?」
急に注目されてセティは一瞬呆けるものの、しゃきっと背筋を伸ばして応えた。
「ふ、フリストです」
「フリスト……お名前を伺ってもよろしいか?」
「セレスタイトです。セレスタイト・カーティス」
はきはきとしたセティの返事に、司祭は驚いたような表情を作る。
「カーティスというと、もしや勇者オリオンの」
「娘です」
ざわめきが走る。先ほどとは違う意味を持って。
「それはそれは……では、アルカには認定のためにお越しになったということですね」
「あ、はい」
一連のやり取りにクリオが顔をしかめた。
意味深な言葉を残して去った少女の存在をうやむやにするために、セティがダシにされた。そして、セティ――正確には彼女の父の名は確かにインパクトがある。
「ごまかされちゃったみたいだね、姐さんや」
「そうね。気にはなるけど……」
あーあとでもいいたそうなリカルドに頷き、クリオは傍らにいる一応関係者の少年に問うてみた。
「ブラウ。何かわかる?」
「何がだ」
「さっきの子がいってた言葉。『アマノイワト』とか『グラーティア』って名前とか」
「知らねぇよ。悪かったな」
別に知らないことを責めているわけではないのに、ブラウはふくれる。
このくらいの男の子は難しいわね、などと思っていると、嬉しそうなセティの声が響いた。
「クリオ! リカルドにブラウも早く早く!」
「どうしたのセティ?」
「聞いてなかったの? 法王様会ってくれるって!」
「……本当?」
「本当だよっ」
訝しげなクリオに対し、少々興奮気味に返すセティ。
彼女のフォローをするように司祭も口を開いた。
「本来なら高位の教会関係者のみが謁見を許されていますが、『勇者』となれば話は別です」
穏やかな笑みを浮かべる司祭。
あやしいといえばあやしい。
先程訪ねた際には衛兵によって追い返されたのだ。
セティが『勇者』だと知った上で。
だが、ここで誘いを断っても、後日訪ねることになるのは変わらない。
そうして、セティたちは当初の予定通り大神殿に入ることが出来た。
壁を抜けた瞬間に広がる視界。
両脇には鮮やかな緑の芝生。
三角屋根とタマネギみたいな屋根をもった、まるで城のように大きな神殿。
一番高い円錐の建物は鐘楼だろうか。
周囲を囲む四つの塔は、神殿を守る見張り台もかねているのかもしれない。
神殿までまっすぐに伸びた白い石畳の通路を歩いているものはなく、神聖さのみが際立っている。
「すごい……お城より立派」
「おっきいねぇ」
「流石はソール教会の総本山ね」
ポツリと漏れた感想に、司祭は誇らしげに笑う。
「さ、こちらです」
ため息を繰り返しつつセティは彼の後に続く。
セティの知る教会は、ブラウの住んでいたフェルンにある教会だけ。
そこもかなり大きな教会だと思っていたけれど、流石は本拠地。
人の数で言えばフェルンの方が多いんだろうけどなー。
なんとなく里心のついたセティの耳に、訝しそうな声が入ってきた。
「ニコルス司祭。そちらの方々は?」
明らかに外部のものらしいセティたちを見咎めたのだろうか。
先導する司祭――ニコルス司祭に声をかけてきた青年がいた。
ソールの真っ白な法衣を着た、クリオと同じくらいの年頃の青年。
ニコルス司祭よりも鮮やかな金の髪と琥珀の瞳。
顔はお世辞抜きで整っている。それはもう女性の信者が喜びそうなくらい。
青年はクリオとセティにそれぞれ視線をやって、まじめな表情を崩すことなくニコルス司祭に問いかける。
「こちらの女性は『太陽の娘』候補ですか?」
「いえいえ。フリストの勇者どのですよ」
「ああ、なるほど」
あれだけ見ておいてセティのサークレットに気づかなかったらしい。ここまで気づかれないと、もしかして分かり辛いんじゃないだろうかとも思えてくる。
そんな空しさを気のせいと思い込んで、好奇心もあってセティは質問してみることにした。
「あの、さっきも言ってましたけど『太陽の娘』ってどういうことするんです?
そんなに決めるの大変なんですか?」
「慎重に選定するのは確かですね。直接太陽神にお仕えするにふさわしい人格や信仰を兼ね備えていなければなりませんから」
青年司祭は苦笑して応えて、年上の同僚に呼びかけた。
「ニコルス司祭。猊下へのご案内はお任せください。
ローラン司祭の応援をお願いします」
「ああ……では頼みます」
なぜか一瞬だけ微妙な表情を浮かべて、ニコルス司祭はセティたちに軽く礼をして背を向けた。今度は青年司祭の背を追いかけつつ、ふと思いついた疑問をセティは述べてみる。
「あの、もう少し質問いいですか?」
「ええどうぞ。私に答えられることでしたら」
「アマノイワトって何ですか」
刹那、空気が痛みを持ったように感じられた。
何か訳ありっぽいというより、明らかに不用意に口にしちゃいけないなって単語をするりと出してしまったセティ。
クリオは顔には出さないが、リカルドは冷や汗を流している。
ブラウは何度目かの願いを繰り返した。
いい加減聞き入れてくれたっていいだろうと少々の恨みを込めて。
「どこでその言葉を?」
「少し前に神殿前で。
『グラーティア』って名乗った女の子が言ってたんですけど」
少し返答の遅れた司祭に不審を抱かなかったのか、セティは聞かれるままに答える。
「グラーティア?」
名を繰り返し口で転がし、司祭は振り向く。
信者に向ける慈愛の微笑で。瞳は王者の冷徹さを持って。
「その女性は鳶色の髪と瞳をしていましたか?」
「はい、そうですけど……お知り合いですか?」
再度投げかれられた問いに、青年はますます笑みを深くする。
「ええ。古い知り合いです」
古いって、そんなに年取っているように見えないけどなぁとセティは思うが口にはしない。
若く見られることを嫌がる人もいると知ったのは、故郷で散々苦い思いをしたからだ。
「ああ、そういえばまだ名乗りもしていませんでしたね、失礼しました」
突然思い出したかのように手を打って、青年は優雅に一礼をする。
「司祭の任についております、バァルと申します」
今代のフリスト勇者一行を見やって、バァルは笑う。
さて、この駒達をどう動かそうか、と。