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ソラの在り処-蒼天-

【第一話 旅立】 3.選べない運命

 徐々にではなく、ふと、意識が覚醒した。
 パッチリと開けた目に映るのは淡い光の入る部屋。
 窓を開ければ早朝の冷たい空気が入ってくる。
 もう一度眠る気が起きなくて、セティはそっと部屋を抜け出した。

 玄関を出て大きな伸びをひとつ。
 東の空がようやく白んでくる――暁降(あかときくだち)
 街は未だ眠りの中。しかし目覚めもそう遠くはない。
 ――今日、この町を出る。
 待ち望んでいたことだけれど、それでも一抹の寂しさは感じる。
 必ずここに帰ってくるから。しっかりと覚えていよう。
 いつも行っている日課のジョギングではなく、ゆっくりと歩く。
 故郷の風景を目に焼き付けることが出来るように。
 ことさらゆっくりとセティは街を回った。
 何度も来たお城。美味しいパン屋さん。
 なじみの武器屋さん。ルイーゼの店、友達の家、遊んだ路地裏。
 そして最後に……父さんたちの眠る場所へ。

 夜の女神と入れ替わりに暁の女神がやってくる。
 空にかすかに残る星の残滓。夜と朝のあいまいな時間。
 墓に行くというのはちょっとコワイものもあったりするけれど。
 父さんのお化けなら悪くないかも。
 そんなことを思いつつ歩いていたセティの足が止まる。
 父の墓、その正面に誰かが立っていた。
 影は――ある。
 多分、お化けじゃないと思う。
 相手が気づくように足音を比較的大きくさせて、セティは近づく。
 気づいていないことはないだろうに人影は動かない。
 頭からすっぽりとかぶったフード、体の線はマントに隠されていて分からない。
 あ、でも剣を持ってるみたい。
 腰の辺りから下方向に、斜めに何かが飛び出している。
 細めの剣みたいだと判断して、二十歩ほど離れた位置でセティは立ち止まった。
 万一襲い掛かられたらいつでも逃げ出せるように。
 なにせ今のセティは丸腰なんだから。
 警戒している人間が近くにいるというのに、それでも影は動かない。背は多分セティと同じくらい。背筋がぴんとして姿勢がいいって事だけは分かる。
 ちらと視線を動かし、父の墓前であることを確認してから問いかけた。
「父のお知り合いですか?」
「不本意ながら」
 打てば響くように返ってきたのは高い声。
 昨日、ルイーゼの店で聞いた、声。
 確かリカルドに『りっちゃん』と呼ばれていた相手。
 しかし、とセティは思う。
 自分はそんなに失礼な聴き方をしただろうか? いいやそんなはずはない。
 父の知り合いかと聞いただけだ。
 なのになんで『不本意』扱いされなきゃいけないのか?
「馬鹿は死ななければ治らないことを証明してしまいました」
 それでもって、なんで見ず知らずの人にここまで言われなきゃいけないんでしょうか?
「馬鹿って何ですか馬鹿ってッ 父さんはみんなのために戦ったんですっ」
 止めるものがいなければ、セティはすぐにケンカを買う。
 大好きな父さんを馬鹿にされて、黙っておくなんて出来ない。
 ぎっと睨みつけても、相手は意に介した風もなく墓を見続ける。
「愚者だから、愚者といったまでです」
「父さんはフリストの勇者なんだぞ!」
 だから馬鹿にするなと怒鳴るセティ。
 自分でも結構無茶なこと言ってるなと思ったけれど、どういうわけか功を奏したらしい。
 『りっちゃん』は初めてセティに目を向けた。
 自身を射抜く鋭い瞳は稀有な紫。
 こちらを向いた拍子にフードからこぼれる髪は羨ましいくらいまっすぐ。
 何より驚いたのはその髪の色。空を閉じ込めたトルコ石(ターゴイス)の色。
 絵画のように現実感のない美少女。
「勇気あるもの。それが勇者。
 臆病者のあの男には、過ぎた称号でございましょう?」
 容姿を目にする前と後では声の響きでさえも違って聞こえて。
 ん?
 なにか、悪意ある言葉を聞いた気がする。
 ぼうっとしていた頭を回転させて、セティは言われた内容を思い返す。
 思い出すとほぼ同時に顔を朱に染めて怒鳴った。
「父さんに謝れ!」
「理由がありません」
「父さんを馬鹿にするな」
「します」
 不毛ないい争いだって事は分かっている。
 腹は立つし、つい反論してしまうけれどセティだって分かっている。
 『勇者』の称号を与えられた。
 それだけで因縁つけたくなるってことは。
 だから、ためしに聞いてみた。
「父さんに恨みでもあるんですか?」
「恨みは少々。苛立ちが多分に」
 感情の色のない目で見つめられて、たじろぐ。
 こういう返答は予測していなかった。今までこの問いに答えた相手は、別に恨みはないけど気に入らないとか、あるといわれても八つ当たりに等しいものだったりしたから。
「代償を払って手に入れたものを、いとも簡単に棄てたことが」
 代償?
 思わず聞き返しそうになるが、その時にはすでに彼女の視線は墓に向いていた。
 何より、本当に悔しそうなその声に何も言えなくなってしまった。
「国を信じなかったものが国を背負うなど馬鹿馬鹿しい。
 逃げ続ければ良かったのです。あの時のように」
 父オリオンは他国の出身だという。
 ということは彼女はその頃の知り合いということだろうか?
 あ、でもそれはないか。
 父さんがこの国に来たのは母さんと結婚する前で、それ以来一度も戻ってないって言ってたし。
「だというのに、勝手にもう逃げられないと決め付けた。
 背負いきれないと分かっていて、重さに潰された。
 その上、亡骸さえ寄越さぬなど馬鹿以外の何者でしょう」
 淀みなく言い切る姿に、うっぷんたまってたのかなぁとか思う。
 父を馬鹿にされるのも悔しいが、家族を前にここまで言い切られるとは思わなかった。
祖国(くに)を棄てて、妻子(かぞく)を選び。
 結局、フリスト(くに)を取った大馬鹿者です」
「そんなこと、ない。
 父さんはすごい人だ、わたしがそれを証明する!」
「どうやって?」
 挑発するような少女にセティは宣言する。
「魔王を倒して! そのときにはしっかりと謝ってもらうからなっ」
 はたから聞いていれば、ずいぶんと無茶な論理。
 だが、あいにくこの場には異を唱えるものはなく。
「ありえないことでしょうが、心にとどめておきましょう」
 矢張り表情一つ変えぬままに、少女は応じた。

 家に帰ると、母はとっくに起きていて朝の支度をしていた。
 母さんが起きる前に帰ってこようと思っていたのに。
 どう声をかけていいか分からないまま立ち尽くすセティ。
 そんな娘の様子を察したのか、背を向けたままにイルゼは言った。
「おはようセティ。もう少しでご飯できるからおじいさんを起こしてきて」
「あ、うん」
 慌てた返事を残して、軽い足音が階段を上っていく。
 イルゼはゆっくりと鍋の中身――レンズマメのたっぷり入ったスープをかき混ぜる。
 普段どおりに振舞うように勤めていても、愛しい気持ちがあふれてくる。
 せめて、せめて見送るまでは笑顔でいよう。
 それだけを思って朝食の支度を続けた。

 遠く離れていても聞こえる歓声。
 がんばれとか帰って来いよといった声援。
 街門を囲う人の壁から、四人が連れ立って外へと歩いていく。
 その様子をしばし眺めて少女――『りっちゃん』は淡い淡い笑みを浮かべた。
 人は持ち得ない青い髪があらわになっているが、誰も騒ぐことはない。
 彼女がいるのは教会の屋根。勇者の旅立ちにここを見上げる酔狂なものはいないだろう。
 セティの宣言を思い出し、心中でそっと笑う。
 大口を叩くような威勢のよさは、一体誰に似たのだろう。
 彼女の知る『彼』は、そんなことを言うような人ではなかったが。
 むしろいつも大口を叩いていたのは――
 余計なことまで思い出して、ほんの少し顔をゆがめる少女。
 そんな彼女に労わるような声がかかる。
「わざわざ憎まれ役を買うこともあるまいに」
「何のことでしょう」
 しらっと応える少女の隣に人影が現れる。
 ふわりとたなびく浅葱色の髪。日を浴びたことなどないような白い肌。
 南国風の薄絹を纏った肢体は同性の目から見て羨むほど。
「そういう物言いばかりをしておると、敵を増やすばかりじゃぞ?」
「ご忠告痛み入ります」
 神妙に応える少女に、しかし反省の色はない。
 諭すことを諦めて、女性はセティの去ったほうを見やる。
「あれが此度の『勇者』か」
「はい。今回の『愚者』です」
 セティと対峙していたときと違い、怒りを滲ませた声で少女は応じる。
「後がないと悟ったのでしょう……あの子から『アレ』の気配を感じました」
「時が熟したか」
 ようやく。
 言葉にされぬ声を聞き、少女はわずかに顔を曇らせる。
 公のための私の犠牲など慣れているはずなのに、と。