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受け継いだものは

 それは少しでも自立をしようと思って、一人旅を始めようとしたときの話。
 決意を伝えるために、旅立つ前に挨拶をしなさいと促されたこともあるけれど、ともかく今、私は家の前にいる。
 母さんには手荒い激励を受けて、父さんは特に気にした様子もない。
 ……というより、この人は昔から息子の私にあまり関心がなかったと思う。
 むしろ実の息子が旅立つときのように心配してくれたのは、父さんの友人の小父さんだったし。
 選別にと昔使っていたという道具をもらっていたら、珍しく父さんが私を呼んだ。
「アポロニウス」
 父さんは昔司祭をしていて、そのせいか声は良く通って耳に残る。
「父さん、なにそれ?」
 そう聞いたのは、父さんの手に、似つかわしくないシロモノがあったから。
 組みひもに通された、一つの赤い勾玉。
「持って行け」
 言いつつも有無を言わさず手渡された。
「持っていけって……お守りか何か?」
 その問いかけに、なぜか父さんは笑みを浮かべた。
 息子だからよ~く分かる。
 こんな笑顔を浮かべているときの父さんは、性質が悪い。
「お守り、とも言えなくはないな。
 ああ。取り扱いには十分気をつけろよ?」
 くっくっくっと怪しい笑みを浮かべつつさっさと背を向ける父さん。
 あんた、息子に何渡してるんだ?
 つーかこれは本当に何なんだッ?!

 カーテン越しに感じる弱い光。それと対照的に激しくも無機質な電子音。
 ベッドの上の塊がもそりと起き上がる。
 多少寝癖のついた鮮やかな赤い髪。
 寝起きゆえか緑の瞳はまだぼうっと宙を眺めている。
「朝、か」
 ポツリとつぶやいて大きく伸びをして、とりあえず彼は顔を洗うために洗面所に向かった。
 冷たい水で顔を洗うと、目も覚めるし頭もしゃんとしたのだろう。
 タオルで顔を拭きつつ頭を上げると、鏡に自分の姿が映る。
 一瞬ぞっとした。
 あんな夢を見たせいだ。
 父のあの人の悪い笑みを鏡の中に見てしまうなんて。
 朝から景気の良くないため息を吐いて、アポロニウスはもう一度顔を洗った。

 パジャマを脱いで制服に着替えつつも彼の顔は晴れない。
 だめだ……どうしても気になる。
 あの時脅されたせいもあり、赤い勾玉はいつも手元においていた。
 旅をしていたときは落とさないように手首にはめていたが、ここ最近はずっとズボンのポケットに入れていた。
 最後のボタンを留めてから、いつも勾玉を置いているサイドテーブルに目をやり。
「ない?」
 目をこすってみても、そこには何も置かれてない。
 ズボンに入れたままだったかなと、洗濯かごの中を探してみるが、そこにも無い。
「なんで……」
 無くした?
 いやな予感がひしひしとする。というより血の気が引いた。
 何せ父が。あの父がああやって渡したのだ。
 それがいいものであるはずが無い!!
 なんとしても見つけ出すことを決意して、アポロニウスはこぶしを固めた。

 あくまで余談だが、草葉の陰で楽しそうに笑った赤毛の幽霊を見た人がいるとかいないとか。