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白い日のお返し【後編】

 ここはやはり同年代に聞くのが良いだろうと向かった先は雑務室。
 部屋の入り口に白いプレート――アルブムの担当者を示す――がかかっていることを確認してノックする。
 返事と共に顔を出したのは黒目黒髪の桜月人。
 本人が出てきてくれたことで、わざわざ呼んでもらう手間が省けた。
「あれ、珍しいねぇ」
 心底そう思ってるのだろう槐は、戸口でそのまま会話を続けた。
「君からこっちに来るなんて、どういう風の吹き回し?
 今日は休みで良いって言ったのに。そんなに仕事したかった?」
「いや、仕事のことじゃなく……相談が」
「相談?」
 ますます珍しいといった表情で繰り返して、しばし考える様子をすると、自身も廊下に出て扉を閉めた。
「じゃあ、休憩室に行こうか?」
 雑務室は言ってしまえば機密の宝庫ともいえる。虚実入り乱れた情報を整理・確認するための場所だから。アポロニウスは入ったことはないし、シオンでも時々入れるかどうか、くらいの部屋なのだ。
 逆に、休憩室はその名の通りの場所なので、集まるときには人がものすごくいる。
 相談者は多いほうが良いような気もする、が、それに伴いからかわれる率も高まってくることも確か。
「あまり人には聞かれたくない」
 ちょっぴり目を逸らして答えるアポロニウスに何かを感じ取ったのか、苦笑しつつ槐は提案した。
「だーいじょーぶだって。席位置さえ考えとけば」
 ひらひらと手を振って先をすすむ彼に、不安なものを感じながらもアポロニウスは後を追った。

 休憩室は幸いなことに人影はまばら。自販機で購入した缶コーヒーを手渡して、アポロニウスも席に着く。
 日が差し込む窓際の席はこの時期にしては温かく、運のいいことに近くに誰も座ってない。なるほど確かにこういった状況なら聞かれることはないかもしれない。
「で、ホワイトデーのお返し?」
「ああ。どういったものが良いか、分からないんだ」
 答えつつ、自分のコーヒーを啜る。
「菓子で良いと思うけどなぁ。どうせPA内の誰かだろ? あ、それとも賢者様からとか?」
「師匠は甘いもの苦手だから」
 チョコレートは貰うには貰ったけれど、クッキーみたいなものを返したらきっと怒る。間違いなく怒る。
「美味しいものは好きだから、甘くない食べ物を返そうかと」
「ふーん。まあ弟子なら好みは知ってるものだよな。
 じゃあ告白されたとか? 断る気なら形に残らないものの方がいいと思うぞ?」
 はっきりとした答えを返さないアポロニウスを不思議に思ったのか槐はしばし無言でコーヒーを啜り、それからにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「そこまで困るってことは、オヒメサマか」
「……そういうことだ」
「ふーん。そう、か」
 もったいぶった言い方には反論しない。何を言おうが面白がられることは必至だからだ。
「持ってきてくれたんだったら、持って行った方が良いに決まってるけど。生憎うちには遊ばせられるような捜査員はいないし」
「そうだな」
 基本、PAは忙しい。アルブムに回される仕事は主に雑用だが、忙しいからこそそれらも増える。雑用から解放されるには、まずシオン達が高校を卒業するまで待たなければならない。もっともそうなったらなったらで、今度は出張だらけになるのだろうが。
「恋人ならディナーに行ったり、アクセサリー渡したりもありだけど。付き合ってないんだったら菓子でいいと思うよ?
 そうそう。貰ったものよりはちょっと良いものにしておいた方が良いと思う」
「なるほど」
「スーパーやデパートに専門コーナーあるし、郵送もしてくれるから。
 まあ。頑張っておいで」
 アドバイスをしてやってるにもかかわらず何故か恨みがましい目つきで槐を睨むアポロニウス。
「ああそうだ。今日を逃したら次はいつ休みがあるか分からないなぁ?」
 そ知らぬ顔で付け加えれば、長いため息の後におざなりな礼を残して彼は立ち上がった。
 その背中にがんばれーとやる気のない声援を送っていた槐は、アポロニウスの姿が完全に見えなくなったことを確認して、またにやりと笑った。
 ポケットから携帯を取り出し、まず一件目に電話。
「もしもし先輩。あの話ですけど、今回うちから出してもいいですよ。
 ええ。その代わり……はい。ありがとうございます」
 それから二件目。
「どうも(かずら)です。あの件ですけど、一名向かわせますので。名前はアポロニウスです。ええ、問題ありません。ああ宿のほうはこちらで手配しますからご心配なく。はい、はい、では当日よろしくお願いします」
 すんなりと話は済んで三件目。
「もしもし、お久しぶりです。ええ、今回はあの件で。それで宿泊予約をお願いしたいんですが。はい一名です。はい、ああ、是非お願いします」
 ぷちっと通話を終了させて、根回し完了。
「これで後はこっちの調整だけ、と」
 さぁ仕事仕事楽しいなぁと鼻歌交じりに槐は部屋を出て行った。

 一瞬、寒気を感じたような気がしてアポロニウスは背後を振り返る。
 気のせいか、それとも風邪の前兆だろうか?
 あまり深く考えないようにしてとりあえず自室に戻る。
 外に出るなら、この真っ黒な制服でいたくはない。まずは着替え。
 セーターとスラックス。それからコートを羽織って気づく。
 郵送ということは、相手の住所を知っておかないといけないということで。
 まだいればいいんだがとの祈りを込めて、シオンの部屋を叩く。
「はいはーい、ってアポロニウス。あれ、どっか行くのか?」
「さっき言われた、お返しを買いに行くんだ。次の休みがいつか分からないと言われたからな」
「ああなるほど。それでー」
 私服あんまり見ないからさと笑う彼に、本来の目的を聞く。
「お前の家の住所を教えて欲しいんだが」
「へ? ああ、姉ちゃん宛の送るのか」
 納得したというように頷いて、それからしばし何かを考えるように沈黙した。
「シオン?」
「まとめて送らないか? 頼まれ物なんかもあってさ、ちょうど荷物送る便があるんだ。まあ、わざわざ送料出したいっていうなら止めないけど」
 思わぬ申し出に、アポロニウスはほんの少しだけ考える。
 一緒に送ってもらえるなら、そうした方が良いだろう。手紙も添えることが出来るだろうし。
「頼めるか?」
「おっけー。後で送りたいものもって来てもらえれば詰めとく」
「わかった」
 軽いやり取りを済ませて、アポロニウスは目的を果たすべく、買い物に出かけた。

 基本、アポロニウスは考え始めると長い。考えているうちにどつぼにはまることが多いので、考えすぎないようにはしている。煮詰まりそうだと思ったら、もういいやと直感に頼ることにしている。
 悪い方に考えすぎる母親と、あんまり考えずに物事を進める父親の悪いところばかり似てしまったような気もするがどうしようもない。
 コスモスへのお返しと他へのお返しを買い終えて、部屋に戻ろうとしたときに声をかけられた。
「お返しそんなに必要なんだ? わー色男」
「エンジュ……」
 ぱちぱちと拍手つき、おまけに棒読みで言われた言葉に力が抜ける。
 個数は数えていないが、箱入りだの袋入りだので結構かさばっていることは確かだが。
「まあ、買うものは買ってきたようで何より」
「どういうことだ?」
 にやにやとした笑みが気になっての問いかけに、彼は満面の笑みを浮かべて紙を取り出した。
「おめでとう。君、十二日から出張だから」
「は?」
「ちなみに五泊六日。内容は危険物いっぱいの倉庫掃除。場所はパラミシアの魔法協会ヒュプヌンリュコス支部」
 ぺらぺらと追加される情報に、差し出された紙を奪い取る。書かれて間もないのだろう乾ききっていない署名インク。紋章の透かしの入ったその様式は。
「……本物」
「公文書偽造なんてしないって。ほらほら出張準備頑張って。荷物一式は明日朝一の便で送るんだから。地図とか忘れないように。君一人なんだからね。ああ、チケットの手配は今回特別にしてあるから」
「ちょ、ちょっと待て! 私一人?」
「そうだよ? スノーベル君たち学校あるし。何より君の知識を活用しない手はないし」
「呪いか?」
「正解ー」
 にへらと笑う槐への反論はない、というよりできない。指令という形での命令が下ったなら仕事。かくして、アポロニウスは慌しく出張準備を送ることになった。

 そしてたどり着いた場所は。
「聞き覚えがある場所だと思ったら」
 駅に降り立ち、眼下に広がる町並み。遠く見える水平線。
 視線の位置が違うのは仕方ないだろう。あの時はまだ、自身を取り戻してはいなかったから。
「まずは協会で手続き、だったな」
 分かりきった事を言ったのは、間違えて北口に出てしまったからだ。協会に行くには南口から出なければいけなかったのに。
 どこかに通路はあると思うのだが、どうやって行けばいいのやら。
 とりあえず駅員にでも聞こうかと首をめぐらせて、ふと向かいの商店に目がいった。正確には花屋に。
 この街には幼馴染の墓がある。確か、駅から歩いてもそう時間はかからないはずだ。
 他人よりは先に挨拶しておこうと思うのは、別におかしくない。
 長距離の移動に疲れていたせいもある。とにかく少し休憩――もとい、愚痴りたかったアポロニウスは一体どれくらいぶりの再会かになる幼馴染をその標的にしただけだった。
 店員を呼んで、墓参りの定番ともいえる白百合と、それから目に留まった赤い花を使った花束にしてもらうよう告げる。
 おやお兄さん彼女にプレゼントかいと、ふくよかな店員のおしゃべりに適当に相槌を打ちつつ会計を済ませる。口は動きつつそれでも早い手の動きで花束が作り上げられていく様子をなんとなく見ていると、ふいに視線を感じた。
 誰だ?
 怪しまれぬようにさりげなさを装って振り返れば、そこにいたのは良く見知った顔だった。
「コスモス?」
「久しぶり」
 臙脂色の乗馬服姿の彼女は、気さくに手を振って近寄り、ぺしんとアポロニウスの肩を叩いた。
「まったくどこにいるのかと思ったら。協会行くなら南口に降りなきゃ駄目でしょ」
「は?」
 いや、確かに自分は降りる場所を間違えたけれど、彼女の口ぶりではまるで。
「探していたのか?」
「そりゃそうよ。こっちはちゃんと仕事してるんだから。
 にしても、スーツ姿って新鮮ね。似合わないとはいえないけど、うん、やっぱりホスト度が高い気が」
「ちょっと待て」
 ぺらぺらと話し出すコスモスを遮って、とりあえず確認しなければならないことを聞く。
「私の案内をしろと、そういう依頼があったのか?」
「そーよ? ってあれ?」
 コスモスも気づいたらしい。
「もしかして初耳?」
「ああ」
「じゃあ、もしかしてうちに泊まるってことも知らない?」
「……そこまで仕組まれてたのか?」
 今になって、槐の人の悪い笑みを思い出す。あれは単に厄介な仕事を押し付けるというだけの意味じゃなかったのかと悔いていると、コスモスもまたやられたというような顔をしていた。
「どうした?」
「今回の話って……予約依頼受けたのって薄なのよね」
「知っているだろうが、私達に仕事を割り振るのはエンジュだ」
 二人そろってため息つきたくなっても仕方ないと思う。
 なんなんだ、あの二人の息の合いっぷりは。
「お待たせしました。あらドミナ」
「こんにちは」
 にっこりと人当たりのいい笑みを浮かべるコスモスに違和感を感じながらも、アポロニウスは花束を受け取った。
「綺麗ね。百合とチューリップ? でも花束なんてどうするの? 二つも」
 邪気なく問いかけてくるコスモス。
 聞かれるのは分かっていた。予想外だったのは、ここで会った事。
「ベルの墓参りをしようと思って」
「なるほど。って、協会を後回しにする気だったの?」
 多少呆れながらも納得した様子の彼女に、しばし考えたものの差し出す。
 チューリップという名らしい、赤い花束を。
「え?」
「後で会いに行こうかと思っていたんだ」
 手ぶらで行くのは失礼だからと言い訳がましく続けると、くすっと笑いながらそれでもコスモスは受け取ってくれた。
「ありがとう。じゃあ、早く南口に行きましょうか」
 くるりと右足を軸に反転し、肩越しに振り返って彼女は続ける。
「協会で手続きを済ませて、霊廟経由の城行きが一番時間のロスが少ないもの」
「わかった。案内を頼む」
「了解いたしました」
 おどけてみせるコスモスにアポロニウスも笑って答え、二人は店を後にした。
 そう。『店』を。
 無論のこと、おしゃべり大好きな花屋のおばさんが先の一幕を話さないはずがないのだった。
 おまけに、先に送り届けられていたアポロニウスの荷物(主に着替え)と称されていた箱は明らかに自分が包んだ荷物より大きく、開ければ案の定シオンが送ると言っていた荷物まで入っていた。
 なんていうか、本当にちゃっかりしてる。
 コスモスに直接ホワイトデーのお礼を手渡せたことだけはよかったかもしれないが。
「花束のプレゼントとは、アポロニウスもさすがだな」
「花束を贈るのは、そう珍しいことじゃないだろう?」
 不思議そうに問いかけるアポロニウスに薄はやれやれと肩をすくめる。
 確かに贈り物として花はメジャーだろう。それでも、花言葉なんてものを考え出すと気軽に贈れないものでもある。
 桜月ならまだしも、含みを持たせるメッセージが好まれるこの国では。
「『愛の告白』に『永遠の愛情』。『あなたの瞳は美しい』」
「何か言ったか?」
「いや? 何も言ってないぞ」
 へらりと笑えば、疑わしそうにしながらも荷物の確認作業に戻るアポロニウス。
 知らないのか、天然か。
 これが狙ってやっていることなら拍手を送るし、知らないことなら知ったときの反応が楽しめる。
「そういえば、お前は何日いるんだったか?」
「五泊六日と聞いているが?」
「ああ十分」
「何がだ」
 もちろん、色々と謀るには。なんてことはおくびにも出さず、薄はただ沈黙を返す。

 後に、あちこちから入る邪推。
 謀られたなんだと二人は騒ぐけれど、その最たる原因は本人達にあったりする。

5周年記念の作品です。周りにのせられて、だんだん本気になっていく人たち。というわけではありませんが、この二人は『くっつきそうだけどくっつかないなぁ。なんかただの腐れ縁かなぁ』と周りが諦めかけた頃にくっつくような気がします。
むしろ周囲に邪推されてなんぼって感じ?
リクエストありがとうございました。