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海からのSOS【前編】

 ざざーん。
 寄せては返す波の音。潮風が気持ちよく頬を撫でる。
 照りつける太陽すら今日は心地よく感じる。
 案内されるのが待ちきれず、見晴らしのいいオープンデッキの適当なテーブルに持っていた荷物を放り投げて、少女は叫んだ。
「う……みだーっ」
 感無量といった感じで少女はしばらく立ち尽くす。
 風になびく栗色の髪。大きな瞳を思いっきり開いて海を凝視する。
「海だ海だ海だ~っ 海なんて本当に久しぶりだよっ」
 大騒ぎする少女の隣に黒髪の少女が歩み寄る。
「海ね」
 反対側に、今度は麦穂の色の髪の少年が歩み寄る。
「海だな」
 三人とも年は十六、七。ラフな格好と少しの荷物を持って、一見すれば遊びに来たように見受けられるが。
「もーっ テンション低いよっ 海だよ海! 青い海青い空白い砂浜っ そしてっ」
 効果音がつきそうなくらいの勢いで茶髪の少女が海、空、砂浜と手で指し示し。
「人っ子一人いない、と」
 少年がぽつんとしめる。
 彼の言葉どおり砂浜には人影は見当たらず閑散としている。
 砂浜近くに建っているこのレストランとて、彼らのほかに客は少ない。
 くらげが出るような時期ではない。その証拠というわけではあるまいが、少し離れた海水浴場は芋の子を洗うようだとテレビが伝えている。
「……なんで?」
 追いついた少年が問うと、先に来ていた少年が仏頂面で答えた。
「それはここに来たのが仕事だからだ」
「人がいないのと仕事とはイコールじゃないと思う」
「まあ……連続して何件も神隠しが起きればなぁ」
「だーかーらっ 何でそんな大変そうな仕事がオレ達に回ってきたんだよおおおっ」
 カクタスの悲鳴が無人の砂浜に響き渡った。

 それは今年の夏に始まった。
 海開きが行われてから週に二、三度の割合で行方不明者が出るようになった。
 波にさらわれたのかそれとも誘拐なのか。
 行方不明になった人の中には二、三日して戻ってきた者が多い。
 警察がどれほど捜索しても見つけられず。しかしある一定の日時がたてばいつの間にか戻ってくる被害者達。無事に戻ってくるとはいえ気味悪い事は確か。
 そうして噂が広まった結果が今の現状という事。
 科学の発達した時代とはいえ、この事件を一笑に付すことなど出来はしなかった。
 なぜならこの世界にはまだまだ『魔法』が存在していたから。
 そこで警察はとうとう彼らの手にこの事件をゆだねることにした。国際魔法犯罪捜査団――PAに。

「むり無理ムリ無理絶対無理~っ」
「そんなこと言ったってうちは万年人員不足な事くらい知ってるだろ」
 最後の抵抗とばかりに首を振りまくるカクタスに、シオンはあきれたように言う。
 彼ら、これでもPAに所属する捜査員である。
 中学卒業と同時にほぼ脅しで入団させられた最年少捜査員ではあるが、研修オンリーで済まされる一年目は過ぎているため、こうやって派遣されてきたのだ。
「無理で済むような仕事じゃないでしょ?」
「そーそー。いいかげん腹くくろうよ。かー君」
「だからって何でオレがおとりなんだよおおおっ」
 カクタスの魂の叫びに、女性陣は顔を見合わせ。
「釣られやすそうで騙されやすそうし」
「神隠しに遭うのがほとんど若い男なんでしょ? 適役適役」
「ああああまるっきり他人事ッ」
 大騒ぎする三人をよそに、シオンはよいしょと荷物を解いて中から指令書、地図、その他資料を取り出す。
「手分けして調べないとな~。あ、アポロニウス文字読める?」
「ああ。何とか」
 二十歳前後くらいの赤毛の青年が言葉を返す。
 年齢よりも所属期間の長いほうが先輩となるのは当然のこと。半年ほど前に入団したアポロニウスはメンバーの中では一番下の「後輩」である。
「まあ今回はアポロニウスは社会見学って事だからほとんど何もしなくても良いけどさ」
 言って注文したジュースを一口。
 この暑さでだいぶぬるくなっていたのでそのまま一気に飲み干す。
 ちなみに彼はこの時代の人間ではない。
 約七百年前の人間でついこの間まで石像になっていたのだ。
 石化されてた人間や封印されてた人間が解放されて、PAに保護・そのまま就職といったケースはたまにあったりする。
「海で神隠し。被害者のほとんどが若い男。人魚か?」
「やっぱりそう思うか~」
 アポロニウスの問いかけに唸って応えれば、騒がしかった連中が一瞬おさまり。
「人魚?! 人魚ってあの下半身魚の美女?」
「言いたいことは分かってるが」
 人魚=女という公式は成り立たないんだがと心の中だけで反論しておく。
「みたーいっ 人魚見たーいっ」
「絶滅してるんじゃなかったの?」
「かもしれないから、本物だったら保護しろってさ。
 まあ任務はこの事件の解決なんだけどな」
 あくまで人魚云々に関してはおまけといいたげなシオンと対照的に楸はおおはしゃぎ。
 そんな二人を眺めてアポロニウスはため息混じりに呟く。
「人魚、ねぇ」
「そいやさ。アポロニウス君なんか知ってる?」
 彼の生きていた時代(まだ死んでないけど)は人魚はばっちり生きていたろう。
 そんな期待の込められた視線に、記憶を引っ張り出して。
「乗っていた船が襲われた事はある」
「うわぁさすが生き字引」
「人魚はかなり強暴だぞ? 本当に生け捕りにするのか?
 歌で人間を呼び寄せて操って……食うんだぞ」
「いぃぃぃやぁぁあああっ 何でそんなの相手にオレたちがーっ」
 案の定カクタスが騒ぎ出したが、シオンは逆に悟ってしまったかの表情で。
「呪歌に耐性ありそうだからって理由らしい」
「オレ無いッ 多分絶対無いっ」
「あたしとしーちゃんがいるから、だよねぇ」
「間違いなくそれが理由でしょうね」
 この従姉弟たちは魔法使いの名家とも言うべき家柄なために、厄介ごとに借り出される確率は非常に高い。
「とーにーかーくっ! さっさと調査するっ」
 何を言っても今更どうしようもない。困っている人たちは確かにいるのだから、このまま何もしないのは『私じゃ手におえません』と強盗目の前に逃げ出す警官と一緒である。
「だってぇぇぇ」
「一応の期限は三日! 時間が余ったら休みに回せるらしい」
 その一言に。
「警察の捜査本部行って来るねっ」
「海の家とかに当たってみるわ」
「近所回ってくるっ」
 言い捨てて、三人は走り去っていった。
「……ずいぶん……機敏だな」
「いっつもこうだったらなぁ」
 あきれた様なアポロニウスに、ぶつくさ言いつつシオンは資料を改めて眺めた。

 一時間後。

「特に共通点ないみたい。本当に若い男の人ってだけ~」
 可愛いウサギメモをパタンと閉じて楸。
「おなじく。ただこの手のお約束っぽく人気の無いとこでいなくなったみたいだけどね」
 ばさりと警察から預かってきた資料を置いて梅桃。
「人魚に関する伝説とかは無いみたいだぞ」
 普通に椅子に座ってカクタス。
 本当にいつもこれだけ働いてくれたら。
 逆にここまで休みが無いからこそ休み欲しさに頑張るのか?
 自問自答しつつもシオンは資料をそろえてあさっていたが、一枚の資料を見つけて思わず声をあげた。
「なんだこれ?」
「ああ、事情聴取のメモ」
「それは分かるけどなんだよこの『あそこに返してくれ!』ってのは」
「ちなみに言えば他の人も同じことを言ってるわ」
 梅桃の言葉に楸は難しそうに眉根を寄せて。
「人魚にほれたのかなぁ」
「いやだから確実に人魚だって保障はないから」
 梅桃のツッコミを無視して楸は自説を披露する。
「考えられるのってやっぱり……ふつーに人の振りして、『助けて動けないのこっちに来て』とかって呼び寄せて~。色ボケで健全な青少年がのこのこ近づいていって~」
「そこで『歌』で操られた、か?」
「いやそのままぱく、も有りかと。いなくなった人みんなが皆戻ってきてる訳じゃないし」
「でも、警察の捜索でも何も残ってなかったのよ? 骨とか髪とか衣服の類も」
「いいいいやあああああっ 想像させないでぇええええっ」
 カクタスは騒ぐが、こんな場合最悪の事態も想像しなければならない。
「やはりここは囮作戦だと思うの」
 楸の言葉に。
「そうね。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし」
 梅桃も賛同し。
 かくして囮作戦は決行となった。

 囮役は満場一致でカクタス。それに一人では心もとないと言う事でアポロニウスが追加された。
「うっうっ。何でオレがこんな目に」
「人には役割があるからな。
 人魚の歌で仮にシオンが操られて攻撃を仕掛けられたら、太刀打ちできるか?」
「ムリです。ンなこと冗談でも言わんで下さい」
 傍目からも分かるくらい顔を青ざめさせてカクタスはうめく。
 去年シオンが本部を半凍結させた事はまだ記憶に新しい。
「あ、でもさ。アポロニウスは操られないのか? というか事務員がここにいていいの?」
「将来的には実働部隊? に入れられるんだそうだ」
「そっか。今のままじゃちょっと不安だもんな日常生活」
 昔の人間からしてみれば今の世の中はさぞかし不思議な事だろう。
「あのさ、海にいて人を攫うのってやっぱり人魚だよなぁ」
「一番に思いつくのはそれだな。というか魔物の類はもうほとんどいないんだろう?」
「そーなってる。万一見つかったらそれこそ保護に走るくらい」
「保護、ね」
 皮肉そうに口の端をゆがめるアポロニウス。分かっている事とはいえ自分の時とはだいぶ状況が違うことにまだなじめないようだ。
 特にする事もないので会話を交わしつつゆっくりと砂浜を歩く男二人。
 そう考えると途端に虚しくなってくる。
「あーあ。これがまだ橘とか山吹とかならなあ。女の子と二人ならまだなあ」
「気持ちは分かるが攫われているのは男が多いんだろう? なら仕方ない」
「気持ちが分かるってことは……アポロニウスもやっぱり健全な男なんだなあ」
「……何だその認識は」
 ムッとしたように言われてもカクタスは悪びれなく続ける。
「だってさ本部内でけっこうあっつい視線送られてるのに気にした風はないし」
「わざと無視してるんだ! 勘違いしているようだが、あれは実験動物を見る目だぞ」
 アポロニウスの反論を無視してカクタスは指折り言い募る。
「しかもあの賢者さまの弟子だろ? なのになーんにもしてないみたいだし」
「恐ろしい事を言うな! 師匠とどうかなってたまるか!」
「え~? 見た目清楚じゃん」
「見た目と中身が師匠ほど一致しない人間を私は他に知らない!
 だいたい『私の師匠』という時点で他に何も思わないのか?」
「いや人種と寿命が違う事くらいは分かってるけどさ。いいじゃんかわいらしーし」
「……いいな、気楽で」
「べつにいいじゃんか~。女の子は可愛いし! もっと華が欲しい!」
「……ならそれをあの二人に言ってみろ」
「ごめんなさいすみません。あの二人相手なら見てるだけで十分です……」
 咳払いを一つ、気を取り直して改めてアポロニウスは辺りを見回す。
 左手側には閑古鳥のなく海の家。そのほとんどが閉まっている。
 右手側は海。波は静かだがかなり汚い。最もそれはアポロニウスからしてみればの話で、彼らからしてみればそうでもないのかもしれない。
 後ろには砂浜が続き、前方には岩場がある。
 岩場はちょうど海の家の辺りからは死角になる。あの辺りが怪しいか。
「人魚かなあ……やっぱり人魚か?」
「そんなに会いたいのか?」
「ちょっと興味は。美人だって言うし」
 結局それかとは口に出さず、カクタスを置いてアポロニウスは岩場に向かう。
 こういうことをしていると昔を思いだす。
 路銀稼ぎに魔物退治は何度かやった事があるからある程度の勘は働く。
 それもこれも師匠に鍛えられたおかげか。
 ふと足が止まった。
 海――神隠し。戻ってくる人。
 昔、これと似たような話を聞いたような気がする。
 確か亀を助けてその恩返しと称して海中の宮殿に招かれる。
「おーいアポロニウス?」
 不思議そうなカクタスの声に思考を引き戻されて。
「誰だ!」
 振り向いて声をあげるのと、カクタスが不思議そうな顔をするのと、それが姿を現すのはほぼ同時だった。
 全身をしっかりとした黒光りする鎧のようなものに身を包み、佇む人型のもの。
 カクタスが悲鳴をあげるよりも早く津波が三人を襲い。

 三人が消えたその場所へ二つの足音が近づいた。
 その場所と海を見やり、傍らの少女にシオンは問い掛ける。
「追えるか?」
「馬鹿にしないでよ?」