冬の日に……
「がまん大会しよう!」
いつものようにいきなり突拍子もないことをほざいたのは、毎度のごとくトラブルメーカー・楸であった。
対する面々の反応も。
「何言ってるんだ?」
「今冬よ?」
「室温夏並にしろと?」
「ちがーうよーぉ」
とのようにそっけない。
梅桃の言うように季節は真冬。一月も中頃へと達した時期である。
がまん大会と聞いて連想するのは真夏に暑さに耐える、というもの。
まあ寒さに耐える事も確かに我慢なのだろうが、あいにくとそれはすでに行われている。
ちなみに室温、四捨五入で何とか十度。
このPAの寮は住環境はあまりよくない。
まあ彼らの給料は各国の皆様の血税。
まして備品は魔法の道具ゆえにやたらとお金がかかる。
故にしわ寄せが来るのが住環境。
この寮、冷暖房に関する設備は一切ない。
とはいえトイレも水洗だし共用でもないのだから文句は言えないだろう。
冷房に関して言えば、このチームには水属性であるシオンがいるため問題がないが、暖房に関しては問題ありまくりである。
元々火というものは制御がしづらい。おまけにこのチームの火属性魔導士は見習いで魔力貧弱、コントロールは不安なカクタス。
魔法で代用のしようがない。
唯一の暖房具はといえば湯たんぽというあたりがすごく虚しいのだが。
せめて温もろうということで、キッチンでお湯を沸かしたり、一つの部屋にこうして集まっているのだが。
楸は面白そうに笑って扉の向こうからあるものを抱えてきて、テーブルの横に置く。
「じゃーん!」
「なにこれ?」
カクタスが首をひねる。
見た目は机に似ている。しかしこの布団っぽいのはなんなのだろう?
逆にシオンは顔を輝かせる。
「こたつじゃん」
祖母の故郷の暖房器具。もちろん梅桃にとってもそれは馴染み深いものなのだが、彼女は逆に胡乱気な顔で楸に問いただす。
「どうしたの?」
「えへへ~買っちゃった~♪」
だって今年寒いしねぇ。
適当なメロディを口ずさみつつ、楸はいそいそとコードを伸ばしてコンセントを差す。
「点けよ点けよ~」
「暖房暖房♪」
スイッチを入れてこたつに足を突っ込む彼らを見て、カクタスも同じようにする。
しばらくするとじんわりと足先が温かくなってきて。
「あ~ぬくい~」
思わず声がでる。カクタスの知識では暖房というものは床暖房か、そうでなければエアコンかだったのだが。
足が温もるだけでも違うもんなんだなぁ。知らなかった。覚えておこう。
「んでもってコレ!」
のんびりとした空気が流れる中、楸が鮮やかなオレンジ色の果実が盛られたカゴを取り出す。
「やっぱりこたつにはみかんよね」
言いつつ梅桃が一つを手にとる。
「なんだこれ? オレンジ……とは違うよな?」
「みかんだって」
訂正してからシオンも一つを手にとって皮を向く。
「ほら。こうやって手で剥けるんだ」
「へぇぇぇ」
楸も自分の分を剥いて、一房口に放り込む。
「かーくん」
「うん?」
振り向いたカクタスの顔の間近で手にしたみかんの皮を潰した!
「いってえええええええっ」
「引っかかった引っかかった~!」
「アレ、痛いよな。あ、このみかんうまい」
「よくやったわよね……私のははずれだわ」
大騒ぎをする二人をよそに、シオンと梅桃はみかんを黙々と食べた。
まったりとした時間が流れる。
時計の針がカチッと鳴って六時を告げる。
「は~温もる……今まで暖房なかったからなぁ……」
「仕方ないから無意味にヤカン沸かしたりしたものね」
そろそろ夕食の時間だから、食堂に行かないと食べ損ねてしまうのだが……正直動きたくない。
そこへ楸がかばんを手繰り寄せ、中から大量の紙を取り出しこたつの上へと置いた。
「でもってコレ」
「……何だコレ?」
分かっている。分かってはいるが、問いたくなる。
用紙にはPAの紋章が印刷されている。よーく見慣れたもの。
暗くなる一同に反して、楸は明るく言い切った。
「始末書♪ 明日の朝一に提出だって♪」
一瞬の沈黙。
「あほかああああ!」
「提出書類は溜め込むなって言ってるだろーがっ」
「……槐さんも何で楸に書類を渡すのかしら……」
のんびりとした空気はどこへやら。いつものように騒ぎ出す一同。
「あーもうっ!」
言い捨ててシオンが用紙を手に取ると、他の二人もそれに習って始末書書きに取り組んだ。
「……おい」
シオンの低い問いかけに、少女二人が顔を上げる。
「ん?」
「なに?」
しかしシオンはそれにかまわず、向かいの少年に声をかける。
「カクタス……手、止まってるぞ」
「うぶ……ごめん」
ぺしぺしと顔を軽くはたいてからカクタスは再び手を動かす。
なんだかもうすっかり始末書の書式やらを覚えてしまった自分が悲しいなぁ……
カリカリカリカリ。
ペンを動かす音と、テレビの音声だけが響く中。
四つあった音の一つが止まった。
ひょいと顔をあげればシオンの頭が揺れている。
「シオン!」
「ふぁ?」
判別しづらい声を出して、彼は伸びをしてこめかみを軽くもんだ。
「う~……眠気が……」
「言わないでよ。私も眠いんだから」
めずらしい。
シオンや梅桃はこういった書き物を押し付けられることが多いから、結構徹夜には慣れている。
しかも今はまだ九時を過ぎたくらい。普段なら決して眠気を覚える時間帯ではない。
「普段はこんな事ないのになあ」
愚痴りながらペンを走らせれば、隣で船をこぐ楸の姿。
「こら楸起きろ! 間に合わないだろーが!」
軽く小突けば文句いいつつも彼女は目を覚ます。
「目論見どーおり」
……寝ぼけてるらしい。
とにかくなんとしても起こさなくては。自分の書き分を減らすためにも!
そういうシオンの心のうちを知ってか知らずか、楸は虚ろな瞳のままシオンを見据える。
「がまん大会ぃ~」
「何がだよ」
「オニをも眠らす~こたつの魔力に~打ち勝って~。
始末書を書き上げたら勝ち~い」
理解するまでに数秒。
「「あほおおおおっ」」
この年最初の叱責は、この絶叫によるものだったという。
おしまい
コタツでみかんはまさしく冬の風物詩。鬼をも眠らすコタツの魔力……
眠らずにいるっていうのも十分「がまん大会」ですよね?