1. ホーム
  2. 夕闇の出会い【前編】お話
  3. PA
  4. 夕闇の出会い【前編】
PA

夕闇の出会い【前編】

 ほぅほぅ。
 何のものか分からない虫の声。
 うっそうと茂った雑草を踏んで作られた道。
 まだまだ暑いとは言っても季節は確実に秋らしい。
 この虫の音も、あっという間に落ちてしまう太陽もそれを物語っていた。
 とはいえ、だからこそ忙しい面々もいるわけで。
「あーあ。真っ暗だ」
「仕方ないだろ? 大会前なんだしさ」
 ブレザーの学生服を着た二人組みがこそこそと会話を交わす。
 毎日通いなれたとはいえ、実はここ、他人の敷地内である。
 住人が気づいてないとも思えないが勝手に通っている手前遠慮というものはある。
 まだ夕飯時だが騒音を立てることはないだろう。
「にしても、馴れたとはいえ薄気味悪いよなぁ」
「それを言うなよ」
 軽口をたたきつつ受け答えた少年の声もやや硬い。
 いくら口ではなんと言おうとも人間、闇には弱いものである。
 街灯がともり、いつでも明るい世界で育ってきた彼らにとってはなおさらのこと。
「あれ?」
 不意に発せられた言葉に少年は問い返す。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
 明らかに声音が変わっている。
 聞かなければいいのかもしれない。でも聞かずにはいられない。
「気になる言い方するなよ」
「いや本当にっ むしろ気のせいであったと信じたい今日この頃」
「何を……」
「あ」
 不意に少年は押し黙った。視線はまるか遠くを見つめたまま。
 口は空気を求める魚のようにぱくぱくと動き続け、かすかな明かりに照らされているその顔からは血の気が引いていた。

「うーん。いまいち怖くないねぇ」
 窓のふちに寄りかかったままの栗色の髪の少女の言葉に、話し手だった赤茶色の髪の少年が肩を落として隣に振る。
「んじゃ次、シオン」
 振られた少年は麦穂の色の金の髪。群青色の瞳を瞬かせ宙を見上げて考え込む。
 彼ら以外はこの教室に姿が無く、眼下にちらほらと登校してくる人影が見える。
 衣替えをしたばかりで青紫のブレザーは少々暑いが、それでも朝夕に気温は大分下がってきた。
 交通機関の都合上早く来ざるを得ない面々が暇つぶしに興じるのはいつもの事だった。
 ちなみに本日のお題は『怪談』である。
「そだな。じゃあ雪女とか」
「をを! それいい!」
 シオンのセリフに栗色の髪の少女は手を振り回して喜ぶ。
「だから暴れるな楸!」
 ここは三階な訳で、その窓から顔を出して会話すると言うのは如何なものか。
 窓の近くに大きな木が生えているからこそできる芸当だろうが、生えているからと言う理由でこんな事をされるのなら考え物かもしれない。
 もう一人の黒髪の少女も同じ臙脂色のセーラー服に身を包み、騒ぎはしないものの隣にいる。
 男子校の窓から顔を出す女子生徒。これ如何に。
「その話って怖いのか?」
 赤茶の髪の少年が身を乗り出してくるのに、残ったブロンドの少年が声をあげた。
「もうやめろよおおおおっ」
 海の緑の色の瞳に涙を浮かべて抗議する。
「なんでこんなことしてんだよおおぅ」
 その言葉に残された四人は顔を見合わせ。
「だってさぁ。暑いし」
「夏はもう終わってますが?」
 ブロンドの髪の主の冷たい突っ込みに、少女二人は顔を見合わせ。
「暦の上では秋とはいえこうも残暑が厳しすぎるとねぇ」
「怪談でもして気を紛らわすのが一番じゃないかと」
「するなぁぁぁあ!! 大体橘も山吹も学校違うじゃないか!」
 至極もっともな意見。まして男子校に女生徒が入り込んでいるのだ。
 ところが帰ってきた返事は。
「平気よぅ」
「ばれないうちに帰れば良いもの」
「至極あっさりとしたお答えドウモアリガトウ」
 いつものように漫才が繰り広げられ始めたところ、引き戸を開ける音が控えめに響いた。
「おはよう」
 挨拶に、一同は向き直る。
「あ。おはよー」
「はよー……ってどうしたヒース。その顔色」
 シオンの指摘どおりヒースの顔色はひどかった。
 陸上で鍛えられ、日に焼けた面影など見られないほど青白く見える。
 実際に一日やそこらで日焼けがどうにかなることなんて無いだろう。
 つまりは彼のまとう空気がそれだけ異常だと言う事。
「いや、なんでもない。なんでもないんだ。なんでもないったらないんだああ!!」
「ヒース君ご乱心~」
 ジト目で見やってシオンはポツリとこぼす。
「なんかあったな」
「当然でしょうね」
 言葉を返したのは黒髪の少女。
「でも。ま、いっか」
「君子危うきに近寄らずってね」
 八時の鐘が鳴り響く。
 少女達はそそくさと帰っていき、他の面々がヒースを問い詰めはしたものの結局彼は口を割らず、授業が始まった。

「どうかしたのかヒース?」
「カクタス……」
 何度大丈夫だといっても一向に気にしない彼に、いい加減げんなりしたヒースが返す。
 さっきから休み時間のたびにこの攻撃である。次の昼休憩にまで聞かれ続けたらたまったものじゃない。
「絶対変だって。いつものお前とはかなり違うぞ」
「わかってるさ。でもな」
 こうなったらカクタスはしつこい。
 どうやって追い払おうか? だが考え直して姿勢を正す。
「笑わないで聴いてくれる……いや、信じてくれそうなのはお前らくらいだな」
 態度が変わった相手に、カクタスもちょっとおとなしくなる。
 沈黙して、いい加減カクタスが何か言おうとしたところ。ヒースがぽつんとつぶやいた。
「みたんだ」
「見た? 何を?」
 簡潔に問い返すカクタスから目を逸らし、かすかに震える口調で言った。
「死神を」
「へぇへぇへぇ」
 明らかに馬鹿にした口調にヒースは椅子を蹴って立ち上がる。
「馬鹿にするなあああ!! 俺はホントに見たんだぞ! すっげえ怖かったんだぞ!?」
 エキサイトするヒースに対し、カクタスはいたって冷静そのもので。
「って言われてもなぁ。死神なんてものが実在するわけ」
「魔法なんてものを使う人間がそんなこと言うな!」
「んなこといわれてもさ」
「頼むから助けてくれよお!」
 いきなり放たれた言葉にカクタスは目を丸くする。
 死神を見た。ここまではまだいい。が、助けてとはいかなる意味か?
「助けるって。具体的にはどうやって?」
「本物だったら退治して」
「うをい」
「偽者だって言う証拠突き止めてくれよ!」
 こうして、ヒースとカクタスの立場はこのときより逆になった。

「却下」
 弁当を食べる手を止めて一刀の元に切り捨てたシオンにカクタスは反論を返す。
「なんでだよっ ヒースのやつれ具合を知らないわけないだろ!!」
「それはよーく知ってるけど出来ないことはあるんだよ」
 言って卵焼きを口へ放る。
 秋とはいえ日差しはまだ暖かい。グラウンドの芝生でのランチは恒例になって、相も変わらず学校が違うはずの少女二人も同席している。
 会話に興じる男子と違ってさっさと食事を済ませて読書や昼寝をしている二人どころか、シオンの使い魔の瑠璃でさえもこっくりこっくりと船をこいでいる。気持ちのいい午後。
「何でだよ。PAの権力を持ってすればたいていのことは調べれるだろ」
 ぶうたれるカクタスに、フォークをびっと突きつけ言い募る。
「だからこそ正式な捜査令状がないとだめなんだろーが。
 そんなこと設立理由を知ってればガキでも分かるぞ」
「うっ。いやそうなんだけどさ」
 途端に弱腰になり、自分の弁当をつつき始めるカクタス。
 追い討ちをかけるわけではないが、言っておかなければいけないことがあるとばかりにシオンは言葉を続ける。
「大きな力を持つからこそ、その使い道には慎重になってしかるべきだと俺は思うけどな」
「それに関しては言い返せないけど、でもヒースが」
 カクタスの言葉をデザートの梨に思いっきりフォークを刺すことで中断させて、低い声で問いただす。
「大体ヒースがそれ見たのってどこだ?」
「うっ」
 その反応にため息一つついて、シオンはそのまま梨を一口かじる。
「近道に通り抜けてた他人の家の庭先だろ。それをきっかけにして知ったって言ったらやっぱり不法侵入に問われることになるんだって」
「あああ正論が痛い」
「他人の家の敷地内に侵入して変なもの見たとか怪しいからって理由じゃ動けないんだよ」
「へーい」
 なおもぶつくさ言うカクタスにシオンはポツリと呟く。
「もっとも……公的な場所で何かあったなら話は別だけどな」
 そうすれば動けるという事を言っているのだが。
「もういないわよ」
 梅桃の言葉どおり、カクタスはすでにどこかに消えた後だった。
「……何でこの実行力が必要なときに出せないんだよ……」
「そーゆーもんでしょ」

「とりあえず送ってく」
 授業が終わってそう申し出たカクタスに、ヒースは泣いて感謝した。
 日が暮れた街中。この近辺は住宅街で人通りもこの時間から途絶えがちで、立っている建物も年季がいっていて極め付けに街灯も少ない。
 雰囲気は満点である。
「これがかわいい女の子とかならなぁ。守ってあげる。なーんて言えるんだけどなあ」
「悪かったな男で」
 ふと思いついたようにヒースがカクタスに問い掛ける。
「でもお前あの子達と同じ寮なんだろ? どっちか」
「やめてくれその話は聴きたくない」
 きっぱりはっきり言い切られてヒースは若干同情の混じった声で返す。
「二人ともシオン狙いか?」
「いや茶髪のほうはシオンのいとこだし。なんか彼氏付きっぽい。
 黒髪のは……そこはかとなく黒い」
「そっか……」
 何かを感じ取ったのかそれ以上は追求してこなかったが、カクタスにとってもそれはありがたいことなのであえて何も言わないでおく。
「今日も通るのか?」
「冗談」
 カクタスの問いに心底嫌そうな顔でヒースは返す。
「今日は別の道通るさ。ま、そうは言っても別の近道なんだけどな」
「おいおい」
 そんな軽口をたたきあいながら二人は帰り道を行く。
 日は、すでに沈みきっていた。