改めての誓い
空の色が濃い青からだんだん白いものが混じり、高くなっていき。照りつける日差しはいまだ暑いものの、吹きぬける風には気持ちの良い涼しさが混じる。
窓の外の景色を見やって楸はぽつんと呟く。
「長かったな」
準備のため、という理由で一人追い出された。
その日を祝ってくれるのはすごく嬉しいのだが。
つまりは暇だ。
こてんと机に上に頭を乗せて息を吐く。
ずっとずっと待っていた日。とうとうこの日がやってきた。
「十六歳の誕生日おめでとう!」
「ありがとー」
少し恥ずかしそうにえへへと笑って楸はローソクの火を吹き消す。
窓の外には満天の星空。
勤務が終わってからのささやかな誕生会は、やはり嬉しいものだった。
メンツは時間帯ゆえにいつものアルブムの面々。
場所は彼らの生活する寮の……一番広い部屋を割り当てられたシオンの所。
「じゃあ切り分けるぞ~」
シオンが包丁を取り出し、手製のケーキを切り分ける。
彼は自他ともに認める料理上手だ。
元々彼の実家はお手伝いさんがいるからそんな事をする理由は無かったのだが、思いっきり生地を叩いたりとか材料を切り刻んだりとか、ストレス発散に丁度いいのでよく作るようになり、上達して今に至る。
全員で四人だから四等分。とはいえきっちり四等分というのは難しいもので。
「多少大きさ違っても文句いうなよ?」
「言わないて」
「あのネおっきいのがいいな♪」
今日だけは……もとい今のこの瞬間だけはどこにでもいる普通の十代の少年少女の光景で、それにふさわしい会話が交わされる。
申し出れば食堂を借りる事も出来ただろうが、そうなると他の参加者も出てくる。
そうするとそれにかこつけて酒を飲むものが必ず出る。
ここに所属する未成年など彼らだけなのだから。
酔っ払いの相手も後始末もしたくないし、何より急な出動があっても困る。
……料理の準備も大変だし。
「飲み物はなにがいい?」
梅桃の問いかけに楸がはしゃいで答える。
今日の主役は彼女なので多少の注文は許されるだろう。
「紅茶! 砂糖入れてレモンも欲しいな♪」
四人で集まるときはいつもシオンの部屋。
よって勝手知ったる何とやら、で、梅桃はとっととキッチンに向かう。
「オレコーヒーかな。あ、ミルクいらないから砂糖二つくれ」
「俺も紅茶。ストレートで」
「はいはい」
食器を回して飲み物を持って。咳払い一つしてシオンが言う。
「では、楸の誕生日を祝して」
「仕事だよ」
いきなり響いた声に凍りつく。
戸口を見れば事務員用の制服をまとった青年の姿。
長い黒髪は結われて、その漆黒の瞳は楽しそうに細められている。
一方シオンたちはというと情けない表情で料理と槐とを見比べ。
「なんでっ」
「今からですか……」
「勤務時間外じゃないんですかっ!?」
口々にいう彼らに、槐はくっくっと肩を震わせて。
「嘘うそ。ちょっとからかっただけだよ」
あからさまにほっとする彼らに少し意地悪そうに言う。
「せめて僕にはお誘いがくるかと思ってたんだけどね?」
仲間はずれにされたとでも……?
疑問に思うがとりあえず食器一式と飲み物が追加されて、計五人でのパーティが始まった。
料理が半分ほどに減ったとき、おもむろに梅桃が小さな包みを差し出す。
「はいプレゼント」
「ありがと~。あ、リボンだ」
早速開けて喜びの声を上げる楸。
「しーちゃんは?」
「……料理だけじゃ不満かい」
恨みがましそうに言いながらも小さい紙袋を寄越す。
「文句言いつつ用意してくれてるからしーちゃんすき~。
あ。魔封石だ」
次に視線はカクタスと槐へと向かう。
「彼女以外にものあげる気はあまりないんだけど」
言葉と裏腹に笑顔のままで槐は言う。
「はい図書券。役に立つ本でも買いなさい」
「うっっ なかなかにそれらしいものをありがとうございます……
で、かーくんは? ちょっといいものくれる?」
きらきらと瞳を輝かせる楸に言葉に詰まるカクタス。
薄給の身で何を買えと?
ため息つきつつシオンが助け舟を出す。
「いいものはアスターにねだれよ」
「あーちゃんはもう昨日くれたも~ん。で?」
「……これ。CDだけど」
「うわあい!」
彼らにしてはごく普通に盛り上がっている誕生会。
後日談によると、ここの騒ぎは結構外に漏れていたようで苦情を言おうとしたものもいたらしいが、いつもと打って変わった微笑ましさにそれを諦めたと言う。
「十六かぁ……」
ベランダの手すりにもたれて楸が呟く。
ちょっと前に解散し、中ではあわただしく後片付けが行われている。
さっさと逃げた槐を呪う声と水の流れる音、食器の触れる音がかすかに聞こえる。
「これでようやく一人前」
少なくとも一族ではそういうことになっている。
楸はその名の通り秋生まれ。そしてシオンも。彼の誕生日までは後一ヶ月と少し。
そのときには休みを取って実家に帰らなければならないだろう。
彼の誕生日には一族に近しいものはすべて集められるはず。
なにせシオンは後継ぎだから。
旧家は何かと儀式が多くて困る。でもかえって都合いい。そしてそうなったら――
「バレないようにしないとね」
こっそりと呟く。口の端に笑みを浮かべて。
恩は返す。
それが楸が最初に誓った事。誰かにではなく神にでもなく、自分自身に誓った事。
何があろうと変わる事はない。
誰も知らない。楸のここまでの決意は。
少なくともまだ知らせる事は出来ない。まだどう出るか分からないから。
でも先のことはともかく。
「楽しかったなぁ」
「そりゃ良かった」
声は後ろから聞こえた。
「片付け終わったの?」
「まぁ人数いたからな」
肩をすくめてシオンは返す。
「あまりいると風邪引くぞ?」
「ん。もうちょっと」
「そか」
あいまいに笑って答える楸に短く返してシオンは室内へと戻る。
楸は基本的にのほほんとした口調で語尾を延ばして話すことが多い。
逆にそれがなければ何か考え事をしていることが多い。
シオンは気づいているのだが、本人は気づいているかどうか。
ほぅと哀しそうにため息ついて楸は思う。
こんな日がずっと続くといいのに。
ずっと故郷にいれば……いてくれればよかったのに。
なにもPAなんて危険な職につかなくても良かったのに。
ま、その方がやりがいがあるかな。恩返しの機会も多くなるし。
ずっと秘めていた思い。
「何があっても……何が起きても……」
そう呟く彼女は普段の能天気さとは打って変わって真剣で。
「必ず……」
おしまい
楸主人公のお話。ちょっぴりシリアスもどきでお送りします。
こんなに何の事件も無い話も珍しいなぁ。
普段のほほんとしててトラブルを撒き散らしっぱなしの楸ですけど、それだけじゃないんだよ~ってことを。