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魔力付与士のおしごと【前編】

 カラカラ。
 乾いた音を立てて玄関の引き戸が開けられる。
「グレンさーん」
 遠慮がちな呼びかけ。
 何処かおどおどした感じで少年は玄関の中へと入る。
 一方少女はといえば気にした風もなくずかずかと入り。
「グレンおじさーん? どうしたんだろ……」
 小首を傾げて廊下へと歩みを進める。
「おい橘っ」
「おじさーん、いないのー?」
 少年の咎める声を無視して少女はそのまま足を進める。
 と、部屋の中に足のようなものが見えた。
 視界を遮る暖簾(のれん)のせいでよく見えないが、多分本人だろう。
 近づき、声をかけようとした瞬間、楸は固まる。
「おじさん!?」
 老人が床に倒れていた。

 時間を少し前にさかのぼる。

 放課後、始終にやけっぱなしの顔で鼻歌を歌いながらカクタスは寮への帰り道を歩いていた。
「連休連休うれしいな~。土日もあるから五連休~♪ 早速明日は朝寝坊~♪」
「すな!! 仕事だ!!」
 突っ込みを入れられて哀しげな表情をする弟子にキッパリとシオンは言い放つ。
「朝九時に玄関ホール集合だからな」
「えーっ なんでだよ!! 休みくれよっ!!」
「俺にゆーなよ」
 自分こそ言いたい。
 PAに入ってからというもの研修やら勉強会やら雑用やらで毎日忙しい。
 労働基準法? なにそれ? そういわんばかりの仕事量である。
 ふつーに休みくらい欲しくなって当然だ。過労死したらどうしてくれる?
「学生は週休二日だろ!?」
「あのなカクタス? 俺たちは確かに学生だ。
 ケドな。それと同時にPA……魔法犯罪捜査団所属魔導士だろ?
 休みだからやめよーって犯罪者がいると思ってンのかあああああ!?」
 諭すような優しげな口調が、最後には怒鳴り声になる。
 カクタスの胸元をつかんで思いっきり揺さぶるのも忘れない。
 身長差からいうと見ててほほえましい――弟が兄に駄々をこねているような――光景ではあるのだが。
「マスターストップストップ!! カクタスさん死んじゃいますー!!」
 瑠璃の指摘どおり結構顔色が悪くなっていたので、しぶしぶシオンは手を放す。
「ぐげごげほげほげほっ」
「すみませんねカクタスさん。マスター今お疲れなんすよ」
 激しく咳き込むカクタスの肩にとまって瑠璃が小声で謝罪する。
「けほっ……て、なんでだよ?」
「そりゃあ……チームのポカの数々の報告書やらお詫び行脚やら」
「ごめんなさい」
 そういえば……カクタスは考える。
 チーム全体でのミスとはいえやはり責任はリーダーに行く。
 全員で怒られることも多いのだけれど、シオンはもっと怒られているのだろう。
「労働基準法よ、たすけてー」
 祈るような声でうめくと、後ろから明るい声がかかる。
「しーちゃん♪ 今帰り? 一緒に帰ろ?」
 軽やかなお誘いの言葉に、「出やがったな元凶!!」といわんばかりの殺気走った目で睨まれて楸は一歩ひく。
「あ……なんかコワイ」
「また何かしたの楸?」
 ある意味爆弾の登場に切羽詰って、しかし小声で瑠璃が言う。
「お願いです楸さん。今は何もしないでください」
 その瑠璃を無視して梅桃はまじまじとシオンの顔を眺める。
 いつも不機嫌な顔をしていることが多い彼だが、特に今日は機嫌が悪そうだ。
 もっと笑えばいいのに。そうしたら少しは疲れないんじゃないか? 楸みたいに。
 自分の無表情を棚に上げて梅桃は思う。
「もしかしてシオン。やつれた?」
「誰のせいかな~?」
「さ、さあぁ?」
「すみませんごめんなさい」
「言っとくけど私も始末書書いてるんだからね」
 三者三様の反応(予想できたが)にシオンは気持ちを切り替えるように息一つつき。
「まぁちょうどいいや。明日の仕事の説明しとくな。
 魔力付与士のグレン、アレン両氏から、PA納品の魔封石を受け取ること」
 きょとんとして楸が問う。
「それって仕事っていうよりお使い?」
「まーな」
 まぁそんなものかと納得する女子に対し、カクタスは別のことできょとんとしている。
「魔力付与士?」
「……とりあえず『魔封石造る人』とでもおぼえとけ」
 勉強しろと言う言葉を飲み込んでシオンはいう。
 投げやりな言い方になってしまったのは仕方ない。
「で、四人で動くのもなんだから」
「二組に分かれるのね?」
「ああ」
 梅桃に頷いてしっかり聞いとけよといわんばかりに楸を見る。
 たかがお使い。これくらいこなせなくてはPA……いや、高校生として恥ずかしい。
「方向的にも逆だし、無駄な時間は省きたいしな。
 俺がアレン氏。楸がグレン氏のとこで」
「なんでシオンと橘が分かれるんだよ」
 カクタスの言葉に楸がのほほんと答える。
「魔力付与士って人見知り激しいの~」
「魔封石って高いから狙われやすいのよね」
「そーいうこと」
 魔封石って高いんだ……
 三人の言葉にそう思うカクタス。
 ちなみに魔法の道具を扱う店でその値段を見て卒倒しかけるのは後日の話。
「幸いなことに俺らは昔じいちゃんと一緒に会ったことがあるから。
 で、どう分かれる?」
「「シオンがいい!!」」
 シオンの言葉が終わるか終わらぬかの内に梅桃とカクタス、二人がそろって声を上げる。
 一瞬の妙な沈黙。そして視線が火花を持って交わされる。
「弟子の面倒見るべきだよな!」
「女だけじゃなめられて狙われる可能性があるでしょ?
 余計な危険は避けるべきだわ」
 必死の形相で詰め寄るカクタスとは対照的に梅桃は一見冷静そうに意見を述べる。
 シオンは困ったような表情で。
「んー。確かに女二人っていうのは……」
 なんといっても高いものだし、一般人にその本当の価値はわからないだろうけれど……極端に大きい宝石だとか思われたらもっと危ないような気もするし。
 シオンの反応に梅桃は珍しく瞳を和ませてさらに言葉を重ねる。
「でしょ? それにカクタスも楸も身長あるから大丈夫よ」
「ンなこじつけをっ!!」
 非難が上がるが無視。
 梅桃は楸とは長い付き合いなだけに行動パターンは大体読める。
 とはいえ。こちらの予想以上のことをやられてフォローが大変なときも数多かった。
 進んで組もうなどとは間違っても思わない。
 一方カクタスはといえば。
 付き合いはPA入団からとそう長くないが、それだけの付き合いなのに楸には散々な目にあわされた。
 とにかく絶対に組みたくはない。
 シオンはずっと考え込んでいる。
 祈りすら込めて二人はシオンを見つめる。
 天国か地獄か。審判やいかに。
「よし……じゃあカクタス……」
 カクタスが一瞬喜色の笑みを浮かべ。
「武運を祈る」
 肩をぽんと叩かれての通告に、奈落へと落とされる。
「ああああああああ」
「あたしと一緒って罰ゲーム?」
 力なくうなるカクタスを見やっての楸の呟きは無視された。
「そして瑠璃。お前もついていけ」
「ええ!? ボクもっすか!?」
 ぼそっと言った主に使い魔も小声で返す。
 自分なんかが楸を止められるはずはない。
 そう言いつのろうとしたところ。
「この際いっとくが……お前だけが頼りだ」
 そういったシオンの顔は『最悪すぎて笑うしかない』といった感じだったので瑠璃は結局口を開くことが出来なかった。
「じゃあこまめに連絡入れるって事で」
 シオンのその言葉を最後にその日はこれ以上話をすることはなかった。

 そう、そんなノリで来た……のに。
 鍵のかかっていない扉。
 開け放たれたままの窓。
 倒れている老人。
 この状況は何ー!?
 『水曜サスペンス 魔力付与士殺人事件「奪われた魔封石」~新米PAに降りかかる数々の卑劣な罠 沈黙を保つ捜査団と協会の黒い謎~』
 そんなタイトルがぱっとひらめくのを頭を振って追いやって。
 お……落ち着けカクタス!!
 オレは何のためにここに来たんだ!? 仕事だろ!!
 しかし口から出る言葉は。
「こ……ここは誰わたしはどこー!?」
「ああっ現実逃避!!」
 ばっちり混乱しているカクタスの耳元で瑠璃は大声を上げる。
「そんなことしてないで! 呼吸と脈の確認でしょう!?」
「ででででででででだだだだだ」
 しかし動揺はなくならない。いやむしろひどくなった気がする。
 どうしようかと困惑したところ、小さな電子音。
「五分くらいで救急車来てくれるってー」
 携帯電話を片手に楸がカクタスの肩を叩いた。
「楸さんナイスっす!! 今日は珍しくまじめっすね!!」
「人が倒れてるのにふざけられないよー。流石にね」
 こういうことの常識はあるんすね。
 流石に失礼なので口に出すことは無かったが。

 少しずつ大きく、近くなってくるサイレン。
 それに合わせて大きくなる近所のざわめき。
「あ、来たみたい」
 楸の言葉に答えたのは玄関からの大きな声。
「何かあったんですかシリングさん」
 姿をあらわしたのは……
「あや? おまわりさん?」
 間違えて警察に電話したっけ?
 一瞬不安になるものの後ろから入ってきた救急隊員の姿を認めてほっとする。
「い……一体?」
 状況を見て絶句する警官。
 ここにこのままいると質問攻めにあう。
 そんなことしていたらグレンおじさんの容態が分からなくなる。
 なら、いざとなったら回復魔法が使える自分もそばにいたほうがいい。
 そこまで考えて、楸はまじめな顔と口調で警官に話し掛ける。
「倒れられてたんです。
 とりあえずあたしは付き添いますから後は瑠璃君に聞いてくださーい」
 一転して心配そうな表情を作って、さり気に一人と一羽に目配せして楸はあわただしく救急車へと乗り込んだ。
「ああっ 逃げたっす!!」
 正気に戻った瑠璃が叫んだときにはサイレンの音はもう消えていた。

「なるほど。玄関が開いていて中で倒れていた、と?」
 楸の予想通り、瑠璃は質問攻めに合っていた。
 とはいえ瑠璃は使い魔。世間一般(魔法犯罪以外)の事件では証人足り得ない。
「はい。ボクたちどこも触ってないんで指紋とかとってもらってもかまいませんっす」
「ふむ」
「あと、できればこの人何とかしてほしいっす」
「あわわわわわわわわわわ」
 この場に残る警官から見て怪しい人はますます取り乱すばかり。
 説得は諦めて警官は瑠璃に向き直る。
 正直、鳥と会話するなんてとか思いながら。
「で、君達は一体?」
「ボクは瑠璃。使い魔っす。それでこちらは……」
 言いかけたところで軽快なメロディが流れる。
 いぶかしむ警官には目もくれず(正確には目に入っていない)カクタスは携帯を取り出し通話のボタンを押す。
「も、もしもし?」
『とっとと連絡よこさんかぼけーっ!!』
 案の定怒り狂ったシオンの叫びが聞こえてきた。
 直撃したカクタスは耳を抑えたままうずくまっている。
 警官や瑠璃にまではっきり聞こえたのだから当然といえば当然だろう。
 瑠璃は落とされた携帯電話に近寄って呼びかける。
「マスターボクっすー。グレンさんが倒れられてました。
 楸さんは付き添って病院に、ボクらはおまわりさんと一緒にグレンさんの家にいるんすけどー。これからどうしましょ?」
 一息に言ってしまう。
 こうでもしないと電話越しに延々とお説教を食らうことになるから。
『……今から行くからおとなしく待ってろ。おとなしくなっっ』
 長い沈黙の後のシオンの声は泣き声に近かった。

「ったく。何でお前らは仕事こなせんのかな?」
 十数分後。シオンがようやく到着すると、警官の人数は増え弟子は騒ぎ出すし使い魔は泣きついてきた。
「うあーんますたー!!」
「だって人が倒れーっっ」
「やかましい」
 とりあえずうるさい弟子を黙らして、腕に止まった瑠璃に問い掛ける。
「状況は?」
「楸さんはまだ病院す。連絡はないっす。
 ところでマスター梅桃さんは?」
「先に荷物を本部に届けさせた」
 このうえアレンさんの魔封石までトラブルに巻き込まれてはたまらない。
 きょろきょろとあたりを見回しとりあえず情報収集。
「ココが現場か? カク! なんか気づいたことは?」
 大体のことは移動中に聞いたが、何か新しく見つかったことがあるかもしれない。
 そう考えてのことだったのだが。
「え? えー? えーー?」
 肝心のカクタスはうめくばかり。
 瑠璃がため息ついて口を出す。
「あー。なんか倒れられてる割にはうれしげ、というか恍惚とした顔でしたよ」
「うれしげに倒れてた? まさかまた」
 いぶかしげな表情を浮かべてシオンは家の中を移動する。
「マスター?」
「ちょっと君!!」
 警官が何か言ってくるが無視。
 ダイニングキッチンにたどり着き、隅に置かれていたゴミ箱の中身を物色する。
 と、案の定。
「やっぱりかぁ」
「現場に勝手にさわ」
 何かいいやる警官の眼前に見つけたものを突きつける。
 所々まだ汚れたスーパーの惣菜の容器。はがれかかったラベルに書かれているのは。
「……エビチリ?」
「そう」
 投げやりに言うシオンに瑠璃が困惑の表情で問う。
「エビチリがどうかしたんすか?」
「ああ。グレンじーさんは……えびが大好物なんだ」
「それで?」
 何を言い出すんだか。
 疑いの表情で先を進める警官に、何処か遠い目をして事件の犯人を告げる。
「えびアレルギーなんだがな」
「あれるぎい?」
「そう。我慢できずに食べて何度か病院に運ばれてた。
 『えびで死ぬなら本望』とかよく言ってたな」
 なんつー人騒がせな。
 全員の心の声が一致したところでおもむろに瑠璃が口を開く。
「じゃあ」
「まず事件性は無いんじゃないか?」
「それは警察の仕事だ。 君達は一体何者なんだ!?」
 納得しあう主従に警官が怒り気味に言う。
 確かにこれは警察の仕事だ。邪魔されれば面白くないだろう。
 名乗れば名乗ったでひと悶着ありそうだけれど、名乗らないわけにもいかないし。
「PA所属魔導師で名前はシオン・ロータス。
 グレン・シリング氏に捜査団納入用の魔封石を受け取りにきました。
 何なら団長に確認とっていただいて結構ですよ」
「ぴ……PA? 君が?」
 案の定疑いの目を向けられるのにシオンは肩をすくめて答える。
「……人材不足ですからね。うちは」
 一応事件は片付いたみたいだし、あとは石さえ貰えれば。
 後のメンドウ事は警官に任せてともあれ連絡をとったほうがいいだろう。
 病院内だと携帯電話じゃあ話せないだろうと判断して子供の拳くらいの水晶球を取り出して呪文を唱える。
 と水晶が淡い輝きを放ち、闇色へと染まる。
「もしもーし。楸今大丈夫か?」
『あ、しーちゃん?
 ナイスタイミング♪ グレンさん気がついたよ』
 声に答えて闇がはれ、楸の姿を映し出した。 
「そっか。話せるかな?」
『ん。……大丈夫っぽい』
 楸がずれると後ろに横たわったままの老人が映し出された。
 顔色はまだ悪いものの表情は明るい。
『やぁシオンか』
「おじさん久しぶりー。ダメだろエビ食べちゃ」
『すまんな。だがしかし一年も我慢したんだからちょっとくらい』
「だめだって。運悪かったら死ぬって」
 シオンの言葉に不服そうな表情を見せ、しかしほわんとした目になり。
『エビをたらふく食って死ねるなら本望じゃ』
「良くないって。孫が泣くぞ」
『……まぁよいわ。
 魔封石は出来とるぞ。居間のテーブルの上に水色の巾着に入れて置いとるから勝手に持っていけ』
「はいはい居間のテーブルの上の水色の巾着な。どうも。お大事に」
 会話の最後に再び短い呪文を唱えると水晶は再び一瞬闇色に染まり、光が消えた。
「じゃあ回収回収」
「おまわりさんも来てくれます?」
「あ。はい」
 巡査とPAでは位はかなり違う。自然と敬語が出てしまう。
 かって知ったる他人の家。なんなく居間へとたどり着き。
「あれ?」
 テーブルの上には何も置かれていなかった。
 ほかに居間があろうはずもない。
 かつて祖父とともにたずねたときには必ずここへ通されていたのだから。
「確かにそう聞いたのにな」
 呟きにカクタスも不思議そうに同意する。ようやく落ち着いたらしい。
「あ……」
「どした瑠璃?」
 瑠璃の視線の先を見やると、風に揺れるカーテン。
 その下にはきらきらと光るガラスのかけら。
 ひときわ強い風が吹きカーテンがあおられる。
「ドロボーだああああっっ」
 カクタスの悲鳴が響き渡った。