大切な雑用
今回は少し昔のお話……
いつもいつも、他にとっては楽な……彼らにかかると大変な仕事をもってくる。
通称『おつかい兄さん』こと、槐さんとの出会いの話である。
シオンたちがPAに入団して一ヶ月も経たない頃のこと……
今年度入団したばかりの新人たちは『臨時作業室』と張り紙された一室に集められ、それぞれに細かな仕事をこなしていた。
書類をめくる手を止めて、カクタスはテーブルに突っ伏す。
その動きにあわせてブロンドの髪がゆれる。
黙っていればかっこいい部類に入る……かも? と陰で言われていることを本人は知らない。
海の緑の瞳を細めて、結んだ口から吐息がもれる。
「ひ~ま~だ~」
思わずつぶやいた彼を、シオンがぎっと睨む。
少し長めの金の髪……すずめの尻尾のようなその部分が動きにあわせて揺れる。
カクタスのように鮮やかなものではなく、収穫を迎えた小麦の穂のような鈍い金。
群青色の大きな瞳が怒りの色に染まっている。
周りには他に作業をしている人が多々いるので、声のトーンは抑え目に。しかし同じテーブルについた三人にははっきり聞こえる程度の大きさで怒る。
「暇じゃねーよ!! この書類の山が見えんのか!?」
本人としては精一杯の低い声で毒づいたつもりなのだが、背は低い・童顔・声高いと三拍子そろっているので迫力はまったくない。
余談だがシオンは小学生の従弟にすでに身長を抜かれている。
「一向に減らないわね」
ため息をつくのは黒髪の少女。肩に届くくらいの髪が下を向くたびに視界を遮ってうるさいらしく、珍しくピンで留めてある。
焦茶の瞳が整理し終わったものと、未整理のものとを見比べ嘆息する。
テーブルの上には図鑑並の厚さを誇る書類がいくつも詰まれて、何とかバランスを保っている状況を見ればその気持ちもよく分かる。
過去の事件書類のファイリング。それが今彼らに与えられている仕事である。
義務教育こそ終了したものの未成年。派手な仕事などできようはずもない。
もっとも新人なのだから仕方ないが。
「指切っちゃったよー。痛い~」
「書類は汚すなよ」
栗色の髪の少女の珍しい切実な声にシオンはそっけなく返す。
その肩では彼の使い魔が脂汗を流し続けている。
使い魔にはテレパシーとはいかぬまでも『主人の感情がなんとなくわかっちゃう』という能力がある。故にストレスをため続けている彼がいつ爆発しないかと冷や汗ものなのだ。
無視されて悲しいのか、それでも音量は上げぬまま。
「外出たいーっ 犯人捕まえたいーっ」
駄々こねまくるカクタスに残り三人は冷たいまなざし。
下積みというものはどんなものでも大切なのに変わりない。
魔導士ならば誰でも一度はあこがれる……そう形容されるPAに、いくら人不足とはいえ子供が入団を許されたのだ。シオンたちをよく思わない人がいることくらい察してほしいものである。
「バカがいるー♪」
「入団してどのくらい経ってると思ってるのよ」
楸に馬鹿にされ、梅桃に諭され初めて計算して。
「……三週間? …………やっぱ無理?」
自分でも無茶言っている事がわかったか、息を吐いてテーブルに突っ伏す。
「当然よ」
「内勤も立派な仕事だろーが」
「でもさー。でもさ~」
改めてのシオンの言葉にも諦めきれていないのか、手元の書類をぴらぴらめくる。
「魔導士にもなれてない。おまけに杖すら持ってない。
どーしたって足手まといにしかならないのがいるのに外勤なんて絶っっ対ムリ♪」
明るい口調の楸の言葉に、一瞬にしてカクタスの動きが凍る。
「クリティカルね」
「大ダメージだな」
「えらいたのしそーだが……邪魔するよ」
突然沸いた声に心臓が跳ね上がる。
声の主は入り口のドアに微妙な笑みのまま立った。
年のころは五十代後半。痩せぎすの疲れた印象のある男性。
くせのないローズ・グレイの髪。髪と同じ色の眉を微妙に歪ませて、丸めがねの奥から浅葱色の鋭い瞳が品定めするようにこちらを見ている。
「だっ 団長!?」
誰かの叫んだとおり、彼こそがPAの団長。その後ろにはシオンたちのものと色違いの制服を着た護衛らしき男女が数名控えている。
「仕事熱心なようだな。感心感心」
「は……」
全員の視線が団長に集中する。
何かミスでもしでかしたか? それともただの視察だろうか?
さっきのやり取りはばっちり聞かれているだろう。
何せこのテーブルは一番で入り口に近い。
怒られるものとひやひやしていたら、団長は眼鏡のずれを直して一言。
「新人諸君の配置を発表する」
その言葉にざわりっと空気が変わる。
「名前を呼ばれたものから前に集合。
案内人が各チームのリーダーの元へ連れて行く。そこで詳しい説明を受けるように」
言って次々と名を挙げていく。
「以上の者はフラーウムに所属する」
やったーだのという声。希望通りの配置なのだろうか。
専門用語が飛び交っているせいで、カクタスはほとんど理解できていない。
シオンや梅桃もそういうものに詳しいわけではないのだが、彼のように露骨にわかりませんといった表情はしていない。最も残る一人は理解しようともしていないようだが。
いつのまにか部屋にはシオンたち四人を残して誰もいなくなった。
「梅桃・山吹」
「はい」
黒髪の少女が答える。すでにピンははずされ、髪も一応整えてある。
「楸・橘」
「はーい」
右手を上げて間延びした返事を返すのは栗色の髪の少女。
人差し指にわずかに赤い線がある。ケガをしたのは本当だったようだ。
「カクタス・バードック」
「はいっ」
緊張気味なカクタスの声が返ると団長は彼ら三人を見据え。
「以上三名はアルブム所属となる」
一同に起こる困惑。思わず顔を見合わせる。シオンはまだ呼ばれていない。
一人だけ配置が違う?
その可能性は考えなかったわけではない。PAが入団させたがっていたのは本来彼一人だったのだから。未成年が一人きりでは肩身が狭かろうということで、残り三人の入団が決まっただけのこと。
ちらと楸は傍らの従弟を見た。
確かに一人での入団ではなくなるのだろうが、所属が別ではあまり意味をなさないのではないか? これは計算違いだ。手をまわした意味は無かったのか?
「シオン・ロータス」
「はい!?」
シオンもやはり考え込んでいたらしい。返事が一拍遅れた。
「アルブムのリーダーとして彼ら三人を指揮するように」
言われている意味がわからなかった。
『アルブム』というのはチーム名だろう。
『指揮するように』。これはそのままの意味で。
「ええぇっ」
驚きの声を上げるシオンに団長はすました顔で。
「何を驚いている? 一般入団者ならともかく、スカウトを重ねに重ねて入団させた君を普通に扱うと思ったのかね?」
最後のほうは意地悪そうな顔になる。
彼自身もシオンにはかなり期待していた。
彼はいずれこの座に着くだろう。高名な彼の祖父のように。
高待遇は期待の裏返し。その分期待にこたえてくれなければ困る。
「詳しくは彼に聞くように」
かたわらの青年を示して固まったままの彼らを置いて団長は執務室へと戻っていく。
説明を任せられた青年はその背を見送り子供たちへと目をやって、やれやれといった感じで肩をすくめた。
「所属はイリスのレウコン。名前は葛槐。これからよろしく」
言って握手を求める。
年のころは二十代前半。犬の子のように黒い瞳。長い黒髪は後ろで一つにまとめて、髪に映える象牙の肌。名前から察するに桜月人だろうか。背は桜月人にしては高いが。
しょっぱなから専門用語か固有名詞かわからない言葉を連発されて困惑している彼らを見て取って、全員と握手を交わした後に、空いていた席につき説明をはじめる。
「PAには二つの部隊があるのは知ってるね。
君らが属する作戦部隊『ブロンテ』と俺が属する情報部隊『イリス』。
活動内容は言わなくてもわかるかな?」
実際に現場に行って捜査をするのが前者で、情報収集ならびに調査を行うのが後者。ここまではみな首を縦に振る。
「まぁ新人だしちゃんと説明するか。
『イリス』にも『ブロンテ』にも隊長の下に『バシス』と呼ばれる部隊があって、『バシス』は各チームをまとめている」
OK? というように目で問うてくる。カクタスがきょとんとしているのを見て取って、少し困った顔をして言い方を変える。
「そうだな『ブロンテ』で例をあげるなら、さっき呼ばれてた……スカビオサ君だっけ?
彼はチーム・オーカーに所属することになった。
オーカー、クローム、ミモザ……これらのチームを指揮するのが『バシス』であるチーム・フラーウム。いわば中間管理チームかな?
ちなみに『バシス』は『イリス』だとエリュトロン、クサントン、クローロン、キュアノス、レウコン、メランの六つ。『ブロンテ』だとルブルム、フラーウム、ウィリデ、カエルレウム、アルブム、アートルムの六つになる」
「質問です!」
さらりと言われた言葉にシオンが待ったをかける。
「あの、俺たちはアルブムのどこに所属なんですか?」
「アルブムだよ。君ら四人がチーム・アルブム。
あ、だーいじょうぶ。部下のチームは無いから。まだ」
『まだ』の部分を強調されて、くじけそうになりながら質問を続ける。
「なんで俺たち、いきなり中間管理なんか……」
あー、といった感じで槐は説明を続ける。
「アルブムもアートルムも、今まで名前だけだったから。
アルブムの正式な設立は今年からだよ。アートルムは来年くらいにはできるかな?
だからまだチームを率いることはないから大丈夫」
言って、にやっと笑う。
まるで悪魔の微笑だと思ったのはシオンの気のせいだろうか?
「ちなみに『バシス』チームのリーダーは隊長に次ぐ権限持ってるから。
うらやましいねぇ。出世街道じゃないか」
んないきなりなプレッシャー!!
視界がぐらっと歪んだような気がした。
いきなりそんな高待遇だと反発も激しいだろう。先を思うとため息がでる。
何も考えなかったわけじゃないけどさ。けどさ?
「レウコンはアルブム専用の情報部隊だけど……
君らと同じで出来立てだからまだ二人しかいないんだよね」
「その方は?」
そっちならもう少しまともな話をしてくれるかも。
そんな考えが読んだかのように槐は笑う。
「あいつは情報の調査、分析や確認が仕事だから君らと顔あわせることはまずないよ。
任務の伝達や諸注意は全部連絡役の俺がするから♪」
目だけはひどく冷たいままで。
シオンたちが沈黙したのに気を良くしてか、持っていたファイルを開く。
「んじゃまぁ。とりあえず仕事の話に行こうか」
いきなりですか。
内心そう思うもののシオンも梅桃も言葉には出さない。
カクタスは目を輝かせているし、楸は……彼女に何か期待するのは間違いだろうし。
「そういえば外行きたがってたよね?
じゃ、少し働いてもらおうかな」
グラウンドにはすでにいくつかのテントが所狭しと建っていた。
たくさんの人々。消防の音楽隊がにぎやかな曲を奏でている。しかし何より人々の好奇の視線がイタイ。
「槐さん……ここはどこでせう?」
「小学校」
うつろな声のシオンに槐はあっさり答える。
PAの制服はこういう場所では良く目立つ。
色は黒なので目立たないといえば目立たないのだが、そのデザインがクラシカルすぎて悪目立ちするのだ。マントが無い分ましかもしれないけれど。
「今日はバザーとかあるんだ。だからたっぷりPR頼むよ」
言って背中側を目で示す。
ひときわ大きなテント内には展示パネルが所狭しと並べられている。みなPAの活動内容を説明したもの。ご丁寧にアンケート用紙まで作ってある。
「ぴーあーる?」
「察しの悪い子だねぇ」
カクタスの問いかけに苦笑いをして。
「PAがなんでキミ達みたいな未成年の入団を認めてるのさ?」
嫌味交じりの口調で言う。
これがこの人の本来の口調なんだろうな。
シオンは直感的にそう思った。似たような人物が脳裏に浮かぶ。
「有能だか」
「深刻すぎる人手不足のためです」
カクタスのおめでたい口調を遮って梅桃が答える。
「その通り。この科学の世の中、魔導士のなり手少ないんだ。
だから未来の団員確保のためによろしく」
ひらひらと手を振り、軽く去られて。
アルブムの面々は互いの顔を見合わせ、深い深いため息をついた。
「展示か……」
「人……来るの?」
取り残されて呆然とつぶやくシオンに、やはり呆然と梅桃が問い掛ける。
彼女がこうも感情を表に出すのも珍しいのだが。
テント内を見渡す。展示物と受付用の机と椅子が一脚ずつ。アンケート記入用の筆記用具と用紙、それに回収箱。あとはチラシとPR用の冊子に風船。
少なくともあれは配り終えなければいけないだろう。
長い長い沈黙の後シオンは口を開く。自分にも言い聞かせるように。
「来てもらわなきゃなぁ。カク、風船配って来い」
「何故オレ」
「いーから行け」
しっしと手を振られてしぶしぶ歩き出すカクタスと対照的に、輝かんばかりの笑顔で楸が言う。
「あたしが行」
「行くな立つな座ってろ」
立ち上がりかける楸の肩を抑えて一息に言う。一瞬不満そうな顔はするものの楸もそれ以上抗議はしない。日が強いから日陰にいたほうが良いと判断したのかもしれない。
「マスター。よーしゃないっすね」
あきれた様子の使い魔に視線を向けて、シオンもため息ひとつついてテントを出る。
「俺も客寄せしてくる」
「え? しーちゃんそんな器用なマネできるの?」
無論そんなこと今までしたことない。言い方は悪いが楸の懸念は間違ってない。
「安心しろ。パンダがいる」
「……ボクのことっすかソレ?」
「子供……好きそうだモノねそーいうの」
やはり日なたに出る気は無い梅桃からチラシを受け取って、シオンは人ごみの中に消えた。
「はーい風船だよ~」
「わぁい♪」
風船を妙に楽しげに配るカクタスを横目で見つつシオンは思う。
遊び半分で覚えた事が役に立ったのはこれが初めてかもしれない。
「次はねー犬がいい♪」
「はいはい。ちょっと待ってな」
まず使うのは水の術。魔法で生み出した水を、借りてきたタライに入れる。
「マスターふぁいとっす」
「ファイトー!!」
子供たちの声援を受けて軽く笑って次に氷の術。先ほど生み出した水を凍らせる。
この時にちょっとしたアレンジを加えると水はシオンの意思どおりの形に凍る。
歓声が上がる。タライの中で先ほどまで水だったものは、リクエストどおり子犬の氷像に変わっていた。
「うわぁ!」
「すっげー!!」
その様子を見ていた子供たちがカクタスのローブを引っ張る。
「ねぇ兄ちゃんは? 兄ちゃんは何ができるの?」
無邪気なその問いに心はえぐられつつ、顔では笑ってカクタスは答える。
「兄ちゃんはまだ魔法使えないんだ」
「ちぇ。つまんないの」
「なーんだぁ」
子供が天使というのはいったい誰が言い出したことであろうか?
子供というものはひじょーに残酷である。
「ダメだよみんな!」
声に振り向いてみれば、珍しく厳しい顔をした楸の姿。
ああっ もしかして助けに来てくれた!?
カクタスの一縷の望みは次の瞬間粉々に砕かれることになる。
「見習いいじめちゃ!
かわりに、いーの見せたげる♪」
わぁいと歓声を上げる子供たちとは対象に、カクタスはいじけて地面に『の』の字を書き始める。
「れっつ花咲かじいさん!」
右手を上げて大きく宣言。
そのまま人差し指を指揮棒のように振って、リズムをつけて歌いだす。
「つーつじーに花ーをぉさーかせぇま」
そこでいったんきって、反応を確かめて。花壇のつつじを見やる。
まだつぼみは硬く、到底咲くとは思えない。
「しょ!」
合図と同時にいっせいに花が咲く。ほのかに広がる甘い花の香り。
あたりにたまたまいた人も何事かと騒ぎ出す。
「すっげー」
呆然としている子供たち。なんとなく居づらくなってカクタスはテントへと戻る。
「どうしたの?」
珍しく無口なカクタスに梅桃は不思議そうに問い掛ける。
何か起きたのだろうか? それとも。
「落ち込んでるの? 一人前に? 比べるだけムダよ」
言ったとたんカクタスは地面にひざをつく。
何か悪いこと言ったかな?
止めを刺した自覚もなしに梅桃は思う。
「山吹もかなりキツイよな」
力なく言うカクタスに当然だといわんばかりに返す。
「シオンも楸も天才だもの。これは変わりようの無い事実よ。変な劣等感抱くだけ無駄よ」
「悟ってんな」
淡々と言う梅桃を見上げてカクタスは意外そうに言う。
「伊達に幼馴染やってないから」
『天才』。
小さい頃から何度思い知らされたことだろう。
何度そのとばっちりを食っただろう。
そして、それが決して本人たちにとって良いばかりのものではないと知らされたろう。
「苦労も多いんだけどね」
独り言のように呟く。カクタスは聞いていたのかいないのか、遠い目をしている。
梅桃も簡単に吹っ切れたわけではない。
なんとなく物思いに浸っていると間近で羽音が聞こえた。
「梅桃さーん。カクタスさーん」
「どうしたの?」
シオンの使い魔はぱたぱたと飛んで差し出された梅桃の腕に止まる。
「マスターから連絡っす。
『このバザーに手配犯が紛れ込んでいる。発見次第確保するように』とのことです」
「手配犯?」
いきなりそんな大仕事……
瑠璃もその気持ちは分かるらしく苦笑いを浮かべ、羽を振ってみせる。
「スリの常習犯らしいっすよ」
鳥にしては表情豊かでとても人間らしい。製作者の腕を示すかのように。
「了解」
梅桃の返事を待って瑠璃は再び舞い上がる。
「じゃ、ボクは空から見てますから」
ややこしいことになったな。
そう心のうちで嘆く梅桃の後ろで、カクタスは拳をぎゅっと握り締めた。
「梅桃! どーだ?」
まとわりついてくる子供たちを何とか追い払ってテントに戻ってみれば、梅桃が一人暇そうに座っていた。
「お客は増えたわよ」
「そっか……」
一応PRはできているらしい。テントの影に入ってあらかじめ買って置いたペットボトルのキャップを開ける。のどが渇いてしょうがない。
一息ついたシオンに梅桃が世間話の口調で言う。
「随分へこんでたわよ」
「誰が?」
「自分は凡人だって」
弟子の姿を思い浮かべ、お茶を一口飲んで。
「……せっかちすぎだろ? ってか煽るなよ」
「……やっぱり?」
いたずらめかしていう幼馴染にあきれつつ悪態をつく。
「ったく。魔法学び始めて一年ちょいで抜かされたら、ソレこそ俺たちの立場無いっての」
「当然ね」
「本当にそう思ってるならあまりいじめんなよ」
即答する彼女に一応釘をさしておく。
才能とか言う以前に魔道を学んだ時間が……経験からしてかなりの差があるのだ。
あっさり抜かれてしまっては師匠としての立場が無い。
「持ちつ持たれつよ。
じゃ、私見回り行ってくるわ。あとよろしく」
珍しく自分から動くらしい。
あんまりにも暇だったのかな? などと思いつつ空いた席に腰掛ける。
「深追いはするなよ」
シオンの忠告に梅桃は軽く右手を振って答えてテントを出て行く。もともと小柄なその姿はあっというまに人に隠れて見えなくなった。
でも、とシオンは思う。
槐さんは何でこんな仕事任せたんだ?
「つーかーれーたー。人、多ー」
汗だくになって帰ってきたカクタスに差し入れされたクーラーから飲み物を手渡すと、一気に飲み干した。
「な。シオン」
「うん?」
何か言いたげな弟子に体ごと向き直る。
「何で……その……」
歯切れの悪い言葉に続きを察して。
「避けられてるのか、か?」
「子供は来てくれるんだけどさ」
分からない、という口調。シオンにはわかりすぎる内容。
「んー。まぁこの辺はそーゆーのが残ってるってことだよ」
「そーゆーの?」
「魔法使いに対する差別や偏見」
「なんで!?」
理不尽だと言わんばかりのカクタスに、シオンはあまり感情的にならないよう気をつけながら言葉を紡ぐ。
「五十年前の戦争があるイミ科学対魔法だったのは知ってるだろ?」
その頃のことを知ってる人が少なくなっても風化させちゃいけない事もある。
例え魔導士は悪い奴なんかいないと言ってみたところで、あの戦争では魔導士によってあらゆる破壊が撒き散らされたことは変わりようの無い事実。
実際にはその魔導士に対抗した魔導士のほうが数多いのだが。
悪いイメージって取り除くの大変だよな。
分かりきってはいることだけどため息をつかずにいられない。彼の家はそれに無関係ではいられない。
槐さんの狙いはこれだったんだろうな。
『世間知らずの子供たち』に世間の評価を肌で感じさせること。
「でもPAは」
「魔法を使う、だろ」
カクタスの反論を一言で封じる。
戦争に加担した方も、戦火を収めようとした方も。どちらも魔法を使う。
一般人にとっては差別の理由はそれで事足りる。
カクタスはそういうものにさらされることは無かったんだろうな。
漠然とそう思う。
「そーゆー考えの奴もいるってことだよ。この教え方は人が悪いと思うけどさ」
「槐さん?」
カクタスも同じ考えだったらしい。
口でいうだけじゃ分からないことも多い事は認めるが、やはり悪趣味だとはいえる。
それ以上は何も言わず彼らはPRに勤めた。
一応必死に探したものの、結局スリは人違いだったらしい。
本部に戻ってもそれについて問いただすことは無かった。
学ぶことはたくさんある。
魔導士の立場、PAの設立理由。そしてその置かれる状況も……
それからしばらく経ち、季節は初夏を迎えた。
緑のまぶしい、けれどけして不快ではない、むしろすごしやすい気候。
しかし彼らの発するものはうめき声。太陽への呪詛と怨嗟。
「うう」
堪えているが口から漏れる苦痛。体中が汗で濡れている。
それはそうだろう。
彼らが着ているのはいつもどおりのPAの制服。色は魔道を示す黒。
そしてさらに重そうな黒のマント。外でのPA正装である。
「つ……辛い…………」
「死ヌル」
故にすっごく暑い。
もうこれは我慢大会か? なんかの罰ゲームか?
いつもむやみやたらに元気な楸が一言も口を聞かない。
彼らがなぜにこんな格好をしているかというと。
ぽんぽんと花火が上がる。ようやく始まったようだ。
幅の広い道路を横断幕が飾る。そこには『第28回フロース・フェスティス』の文字。
『じゃあ今度はもっと目立つとこでPRしてみよ~』
そうのたまった本人は本部のテントで飲み物を手に談笑している。
やっぱりただの嫌がらせかもしれない。
笛が鳴る。パレードが始まる。
こうしてシオンたちと槐との人間関係はぎすぎすしていくことになる。
追記・パレード終了をまたずにカクタスは脱水症状で運ばれることになった。
おしまい
魔法使いの立場なんかがわかってもらえれば幸いです。