文化祭の狂詩曲
忘れられているかもしれないが、シオンたちは学生である。よってその生活のメインは学校であり、寮に帰宅すればPAの仕事というなかなかに忙しい日々を送っている。
そしてPAの仕事はトラブルが起きることが多い。
なので、学校内はほぼ唯一落ち着く場所なのだが、そう言うのもはえてして破られるものである。
「お仕事ですわよ」
三時間目の授業中。教室の窓に程近い木の枝の上から突然声がかかる。
一匹の黒猫。それが発した声に教室中が一瞬ざわめく。
「オニキス?」
シオンが嫌そうに呼びかける。なぜなら彼女は彼らの連絡役の使い魔だから。
「どうしたんだよ。こんなとこまで」
「ですから、仕事です」
オニキスが重ねて言うと、授業を行っていた教師はあっさりとペンを取り出す。
「じゃあロータスとバードックは早退、と」
「ええっ」
思わず上げた声に、教師は至ってのんびりと。
「PAの仕事だろう?
君達は学生ではなく、立派な社会人なんだからな」
「いや……学生でもあるんですけど」
カクタスの小さなつぶやきに賛同したい気もしたが、自分の立場上そうはいかない。
あきらめて彼の肩を叩く。
「いーから行くぞ。じゃあお先に失礼します」
「あう~」
シオンに急かされて、家路へと急ぐカクタスは。
でもちょっとラッキーだったかも。
などと思っていた。……今のうちは。
「や。おかーえり」
暢気に出迎えられてシオンはため息をつきたくなる。
PA本部の待合室。簡単な打ち合わせなどはいつもここで行われる。
梅桃と楸はすでに帰っていたらしく、連絡役と一緒にテーブルについていた。
「なんですか?」
「だから仕事だって」
席についての第一声に連絡役は何度も同じことを言わせて。といった顔で言う。
「で? どこの掃除をすれば?」
「それともどこかにお使いですか?」
カクタスと梅桃の言葉に苦笑を返し。
「確かにそう言う仕事今まで多かったけどね」
「じゃあ、まっとうな仕事! いぃやったああああ!!」
「うんうん。やる気はあるようだね。今回は潜入捜査をしてもらう」
カクタスの言葉にこれ幸いとばかりに話をすすめる。
いつもいつも仕事に辞令を出すのは団長ではない。
確かにその命令は団長が出すのだが、伝えるのは『連絡役』と呼ばれる事務員である。連絡役は各チームそれぞれ専任であり、彼、槐がシオンたちの担当であった。
年のころは二十代後半。黒目黒髪で、長い髪はリボンのような細いきれで束ねている。
「潜入捜査?」
「かっこいー!」
不安そうな梅桃の声と、ただのミーハーに成り果てたカクタスの声が重なる。
「俺達なんか送り込んで大丈夫ですか?」
「思いっきり不安だけど……君達しか無理なんだよね」
シオンの言葉に槐はあいまいな笑みを浮かべる。
「私立ティミデス学園って知ってるかい?」
「ゆーめーなおじょーさま学校だよね?」
「そう」
カクタス除く三人が『お嬢様』という単語を聞いて、遥か遠くにいるはずのシオンの姉の姿を思い出し、首を傾げたりしたのは秘密。
「でもそこって他校生の立ち入りに厳しくなかったです?」
「厳しいよ。でも明後日は文化祭だし、普段に比べればだいぶマシ」
「そのときに潜り込め、と?」
「そう。普通には流通していないような植物がみつかったっぽいんだ。
それの確認と、出来れば証拠として持ち帰ってもらいたい」
「ふーん」
任務自体はそれほど難しそうではない。荒事前提でもないし。
ただ、変な植物だと分かってて育てているのだとしたらこっそり持ち出すのは少し難しいかもしれないが。
まぁその辺のことは魔法を使えば大丈夫だが。
「ぽいっていうのは?」
「次の日には移動してたらしいからね。それに回りまわってうちにきた要請だから」
回りまわしたのか……やっぱりどこでもお役所というものは……などと思ってしまう。
自分達もその公務員なのだが。
「そうそう、証拠は写真でもいいよ。出来れば実物のがありがたいけど」
「うっわー燃える!!」
カクタスだけはやたら元気だ。
「じゃあこの、学校の制服で行けばいいんですか?」
「むしろそうでないと困るよ。
PAの制服着ていって、もし仮に本当に違法植物だったら隠されるし」
確かに相手に警戒心を与えたらやりづらい。
「やったー! 今回は真っ黒な服じゃないんだ」
「かーくんはいつも灰色じゃない♪」
「つっこまないでほしーなー」
楸とカクタスの漫才を無視して槐はシオンとカクタスにぽんと服を手渡す。
「で、君ら二人にはこれ」
「へ?」
それは梅桃や楸と同じ女子高の制服。
「いくら文化祭といえど男の立ち入りにはうるさくてねぇ」
「じょ……じょそう……?」
「じゃあ頼んだよ」
言いたいことだけいって、槐は去っていった。
そしてあっという間に時間はすぎて。
「かーくんいーい?」
部屋の前で楸が中に呼びかける。返事はない。
出かける時間は刻一刻と迫ってくる。
「てりゃあ!」
「ぎゃー!!」
返事を待たずにドアをあけると。そこにはすでに着替えたカクタスの姿。
「なんだもう着てるじゃない」
梅桃が呟き。
「あははっはははっははっはー」
楸が爆笑する。
「笑うなー!!」
それは無理というものだろう。
臙脂色のセーラー服に、ふわふわとしたスカート。
ごつい体躯のカクタスにはやはり似合わない。
「やっぱり、多少無理があるわね。ゴツイわ」
「うっうっ」
「ほーらはやくウィッグつけて♪」
嫌がるカクタスに有無を言わせずショートカットのウィッグをつける。
しかしやはり何かが違う。
あえていうならば、スポーツの特待生? といったところか。
「でも、女の子には見えないねー」
「……幻影の魔法かける?」
「くそう! オレばっかり笑って!! シオンはどこだ!? 笑ってやる!!」
そうわめくと、女性二人が指を指す。
シオンはすでにそこにいた。
「えー……と? シオン……さん……? だよな? ……その顔は……」
「そーだよ」
ぶっきらぼうに答えるが、すでに着替えは済ませてあり、かつらもつけている。
長い髪は楸に遊ばれたか、綺麗におさげにされている。
「違和感無いわね」
「かわいいけど美少女じゃないっていうのがふつーに女の子に見える理由だろうね」
「るせー。笑ってくれ……似合わないって言ってくれー」
声に力はない。
ただでさえ幼き日の悪夢が蘇ってしょうがないのだ。
盆や正月……親戚連中が集まるたびに、姉や年上のイトコ……早い話が楸の姉に散々着せ替え人形のように扱われてきたのだ。
「こーちゃんそっくり♪」
「ああ思ったさ! 自分でも思ってたさ! 思わず鏡殴りかけたさ!!」
姉のコスモスは三年前に『旅に出ます。お土産待っててね』というばかげた書置き残して今現在も行方不明中。怒りはたまったままだ。
「二人ともだけどさー。そんな喋り方じゃダメだよ。ばれちゃうよ」
「うっ」
一転しての楸の真面目な指摘にうなる。ばれてしまったら仕事は出来ない。
しかしこの上女言葉を使うのは……と困っているのが目に見えたので、梅桃が助け舟を出す。
「敬語はなせば? 一番怪しまれないし、ぼろも出にくいと思うけど」
「……そうする……さ。さっさと終わらせよー。さっさと」
「しーちゃん棒読み」
楸の突っ込みはあえて無視した。
「……どーしよーか……」
目的地について、深刻な顔で楸が言う。
「屋台ないよ」
「問題違うし」
思いっきり突っ込んでやりたいところだが、それをやると目立つ。
目立つとばれる可能性が高くなるし、何よりこんな格好で人目につきたくない。
「でも文化祭って……展示や文科系クラブの発表会がメインなのね」
あたりを見回し呟く梅桃。
「とりあえずさ。二手に分かれない?」
「四人でいても収穫なさそうだしな」
楸の提案にシオンもうなずく。
落ち着け落ち着け冷静に。
と自己暗示をかけているものの、やはりいつもと勝手が違う。
「じゃ、あたしとしーちゃんで情報くれた人のとこに行って」
「私とカクタスとで捜索ね」
楸の言葉を梅桃が受け継ぎ。
「じゃあ一時間後に合流ってことで」
シオンも言葉で解散となった。
こちらは探索組。
「なんか人多いなここ」
「『温室の植物差し上げます』か。気前良いわね」
今のところ。植えられているものはすべて普通のもの。
しかし温室もあるらしいし、後で行ってみないと。
と、視界の端でカクタスが妙にそわそわしている。
「どうしたの?」
「いや……トイレってどこかなーって」
トイレならばすぐ後ろにある。
「そこにあるじゃない?」
「いや……その」
トイレはある。しかし女子高だけあって女性用のものしかない。
意地悪だとは思ったが、とりあえず突っ込みをいれる。
「その姿で他にどこに行くの?」
「……」
情けないほどに涙目で見つめられて、梅桃は大きなため息をついた。
「すいませんこちらにアイリス・モレアさんて方はいらっしゃいますか?」
「私ですが……」
証言を聞きにきた二人。
職員室での問いかけでようやく返事があった。
「コスモス?」
「へ?」
一言目に予想もしなかったことを言われて思考が中断される。
相手もシオンをよくよく見た後頭を振る。
「……じゃないわね、ちっちゃいし。だれ?」
「PAの捜査員です」
「PAの?」
今度は疑いのまなざしで見られる。
それは仕方ないだろう。
どう見ても、彼女が教えている生徒達とシオンたちは同じくらいなのだから。
「あなたが見た不思議な植物のことでお話聞きに来ました」
「ああ。あれ」
ようやく合点がいったのか、すんなりと警戒を解く。
「早速お聞きしますが、こーちゃんのお知り合いですか?」
「違う」
いつもながらの楸の問いに、いつもと何か様子の違う突込みを返す。
やはりなんかおかしい。すべては女装なんかしているせいだ。
「こーちゃん? コスモスのこと? 学校の後輩の親友よ。何回か遊んだことあるわ。
もしかして知り合い?」
「イトコでーす」
「はとこです」
「しーちゃん……」
きっぱりはっきりとしたシオンの答えに珍しく楸が突っ込みをいれる。
「それよりもさっきのお話を」
「ああ。一、二ヶ月前だったかしら?
なんか気になったから世話してる子に『何の植物?』って聞いてみたら『さぁ』って」
「分からないものを育てるんですか……」
最も至極なシオンの考えにアイリスはこくこくうなずき。
「そう。そしたら『よかったら育ててみますか?』って聞かれたから、種はあるわよ」
「その種、いただいても?」
「ええ。これよ」
机から小さな袋を取り出し、シオンに手渡す。
中の種は少し大きめで黒い。
この種はあの植物のもの! と断言できるほどシオンは植物に詳しくないし、種だけではどうしようもない。
「でも何で不思議に思ったんです?」
「彼が植物に詳しくってね。種見せて、特徴をいったら『見たことない』っていうから」
しかしそれだけで普通届けるものか? と疑問に思わなくも無かったが、質問をする。
「この種どこから手に入れたんです?」
「風船についてたらしいわよ」
「風船?」
風船に種が入っているわけじゃないし。
「ってもしかして、イベントなんかでたまにやる『花の種をつけた風船』のことですか?」
風船の先に花の種やメッセージ――この風船を拾ったらこの種を育ててください――をつけて飛ばすのは昔流行っていた。
「そうらしいわ。だから、どこから飛んできたのかも分からないみたいね。
手紙もなかったっていってたし」
ここまで聞けばいいだろう。
「そうですか。ありがとうございました」
礼を述べて退室するシオンの背に声がかけられる。
「そうそう、今教育実習で来てる……コスモスの親友でもある後輩も多少はその植物見てるわよ」
「ありがとうございます」
戸を閉めて息をつく。
「じゃあ梅桃と合流……」
言いかけて、相手がいないのにようやく気づく。
「楸?」
話の途中で出て行ったのだろうか。
探すのも面倒だし、さきに合流を決め込んだ。
待ち合わせ場所でボーっとしていると、聞きなれた声が飛んできた。
「いたいた! 梅桃!」
振り向けば見慣れぬシオンの姿。
似合ってるとは口に出さず、いつもどおりの受け答えをする。
「なに?」
「とりあえずこれ」
預かった種を梅桃に手渡し、反応を覗う。
「例の変な植物の種。わかる?」
「これ? ん~」
梅桃はしばらく種をみていたが、突然黙り込む。
「……」
「どした?」
「わかんないか?」
口々に言われて唇がわずかに動く。
「……ラ」
「ら?」
「ラッパズイセンとか?」
あえてとぼけて見せたカクタスのほうにぎぎぃっと首を動かし、蒼白な顔で言う。
「マンドラゴラ」
「まっ」
「って何?」
瞬時に落ちた冷たい空気にカクタスは慌てて手をぶんぶか振る。
「うそうそ! さすがに知ってる!!」
ここでボケたり間違えたら何をされるか分かったものじゃない。
記憶を必死に探り、慎重に言葉を口にのせる。
「確か、根っこが人の形してて、引き抜いたら悲鳴あげて。
その悲鳴聞いたら死ぬんだよな?」
「そう」
まだ多少疑っているようなシオンと逆に、梅桃は本気で困惑している。
「なんでマンドラゴラがこんなところに? 栽培するのも難しいのに」
「なんでだろーなー」
その理由はシオンには良く分かっているが、応えない。答えたくない。
「やなこと思いついた」
頭を抑えてカクタスが言う。
「さっきのポスター」
「あ!」
言われて梅桃はすぐに分かったが、シオンはどうやら分からないようだ。
いつもなら一番に気づいているはずなのに。
「温室の植物を来場者に配るって」
その言葉にシオンの顔からも色が抜ける。
「それって最初から鉢植え?」
「もし花壇だったら」
「鉢に植え替え……」
最悪、この学校にいる何人に被害が出るか……
「温室! 温室探せ!!」
「おう! って橘は?」
「知らん! むしろいなくても良い!」
こんな事態での楸はとことん信用が無いようだ。
どうにかこうにか温室を見つけてみると。
「中止……?」
温室の入り口には植物の配布の中止を知らせる張り紙がしてあった。
「いや、良かったけど……」
「何で?」
「中止するよう校長から命令があったのよ」
シオンたちの言葉を聞きつけて、その場にいた教師が答えてくれる。
「へ?」
「PAの要請ってことでね?」
ふわふわとした茶色の髪。優しげな風貌。年のころは二十代前半といったところか。
彼女に、シオンも梅桃も見覚えがあった。
「あ」
先ほどアイリスが言った『コスモスの親友』とは彼女のことだったのだろう。
実際は親友ではなく、従姉なのだけれど。
「椿姉」
「久しぶり」
「どうしてここに?」
「教育実習よ」
そういえば椿はここの卒業生だったような気もする。
「それで……あのこは?」
椿はやさしく、そしてどこか怒りを抑える笑顔を見せた。
「あーあー。やっぱりあんまり楽しくないなー」
文化祭といえば屋台が出たり、もっと楽しいものだと思ってたのに。
一人でいてももっと楽しくない。仕事に戻った方が楽しそうだ。などと思っていると。
「ひーさーぎー!」
シオンの声がする。予想通り怒っているようだ。
「あ。しーちゃん」
「じゃない! 植物の配布中止させたんだって?」
これも予想通りの質問。
「うん。大々的に宣伝してたし、混ざってたらまずいかなと思って。
あやしーのがある以上。用心に越したことないでしょ?」
そういうと困ったように答えてくれる。やはり、楽しい。
「それについてはちゃんと確保できたしいいんだけど……つーか助かったし。
問題は、何ですぐに教えなかった?」
「だってツマンナイし」
そう答えると、思ったように落ち込んでくれる。
計算どおり。と内心楸はガッツポーズを作る。
「そーだよな。そーゆー奴だよな」
「でしょ?」
「本当。困った子ね」
予想外の声がした。
「え……」
思わず声が出る。この人はここにいないはずだ。
そう言い聞かせる。
「PAになって責任感ついたかと思ってたのに」
そっと振り向く。そこにいたのは、認めたくないが、予想した姿。
きつねの毛皮の色の柔らかな髪。ココア色の瞳。
顔は微笑を保っているが、その目は笑っていない。
「お……おねーちゃん……」
声が震える。彼女は楸が唯一頭の上がらない相手。
「半年振りね。楸。元気そうで何よりだわ」
「いやあのえとね。その」
にっこりとしかし有無を言わせぬプレッシャーに言い訳も浮かばない。
「積もる話もあるし。夜までに返せば良いわよね?」
「そりゃーもちろん」
頼みの綱のシオンもにこにこと微笑んだまま。
これが仕返しなわけ……
「じゃあ、行きましょうか」
「ごめんなさい~」
椿に引っ張られて楸が去っていく。
今回もまた変な事件だったな……
楸の恨みの言葉を聞き流しながら、シオンは今回の報告書のことを考えていた。
とある国のとあるホテル。真夜中の突然の着信。
「う~」
睡眠を妨害されたシーツのお化けは、もぞもぞと動いて枕もとの携帯を探す。
「今……何時だと思ってるのよぅ……」
文句をいいつつ、仕方なく明かりをつけてベットの上に座る。
寝癖のついた髪は刈り入れ時の小麦の穂の色。紫紺の瞳がぼうっと携帯の画面を見つめる。
「椿からか……」
懐かしい名前だ。前に会ったのは一年……二年前だったか……携帯を操作してメッセージを見る。
『元気してる? 面白いの撮ったから見てね♪』
「なんだろ?」
元々いたずら好きのイトコだ。眠気も少し飛んだ。
彼女はわくわくしながら添付ファイルを開いた。
追記・このネタでシオンが再会後散々からかわれたことは言うまでもない。
おしまい
100hitリクエスト作品! ありがとうございます。
しかしシオンの女装……「ナビガトリア」での「彼女」の一言からでしょうか。本編ではカクタスも付き合って女装させました。(っていうか、このリクした人後日判明・「わんこ」だった~っ)
おまけとして最後の最後に発言の主ご登場。知ってる方は「くす」と笑っていただければ幸いです。