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2番目の、ひと

【Step4 誤解と和解】 1.変わってない

 見張られてるような……いえ、間違いなく見張られてる状況から逃げようと、急いで家に帰りました。
「ただいま」
 疲れていますし、挨拶も元気はありません。それに、誰もいないのは分かっていますもん。
「遅かったな」
 だから、返ってきた返事にびっくりしました。
 僕はどれだけ疲れていたんでしょう? 明かりもついているし、夕食のいい香りだってしているのに気づかないなんて。
「え、兄さん? 今日早かった?」
「早く上がれる時くらいある」
「あ」
 それはそうですよね。手伝わないとと慌ててカバンを置こうとすると、兄さんに先に言われました。
「着替えて食器出してくれ」
「うん」
 そうですよね。ここで慌ててやることないですよね。
 とりあえず上着を脱ぐと、ポケットから何かが転がり落ちました。
 なんだろうと拾い上げてみると。
「あ」
 アロマキャンドルでした。ティルアから直接はもらってなかったと思ったけど、どうやら勝手に入れられていたと見てよさそうです。
「どうした?」
「ちょっと忘れちゃってたこと思い出しただけ。なんでもないよ」
 とりあえずキャンドルはテーブルの上に置いて、着替えて早く手伝います。

 兄さんと一緒に夕食をとるのは、実は珍しいことです。
 だから前に姉さんが戻ってきたとき、兄さん本当にがんばって帰ったみたいですよ。そんなこと一言も言わないけど。
 時々話をしつつご飯を食べた後、兄さんが唐突に口を開きました。
「蝋燭か?」
 視線の先にはさっき僕が置いたキャンドル。
「うん、アロマキャンドル。ティルアにもらったんだ」
 隠すことでもありませんから正直に返します。
 兄さんも多分珍しいものがあると思って聞いただけでしょうから。
 そう思った僕でしたが、どうやら予想は違っていたようです。
「つけてもいいか?」
「え? いいけど」
 僕の返事に兄さんはさっと席を立ちました。
 兄さんはタバコを吸わないから、うちにライターはないので、非常時用の持ち出しカバンにあるマッチを持ってくるのでしょうけど。
 行動は分かるのですけど、理由が分かりません。
 兄さんはこういったものを好きだと思わなかったんですが、興味あるのでしょうか?
 エチケットだからと香水はつけているみたいですけど、ほんのかすかに香るかな程度しかつけていませんし。身だしなみには気をつけているみたいですけど、おしゃれというのは違う気もします。
 姉さんなら興味を持っていてもおかしくないのですけどね。
 そういえば、姉さんはアロマキャンドル好きですか?
 もし好きなら、こっちのお店とかをティルアに聞いておきますけど。
 マッチと受け皿を持って兄さんが戻ってきました。
 しゅっと音をさせて小さな炎がともります。
 そうですよね、普通はこうやって点火するものです。なのにティルアときたら僕に魔法で点火させるんですから。
 小さなやさしい明かりは心が和みます。
 ほのかに香り始めたところで兄さんは吹き消しました。
 ふわっと一瞬香りが濃くなります。
「兄さん?」
 どうして消したのでしょうか?
 火をつけたのなら、普通は途中で消しません。香りを知りたいだけだったなら別に消してもいいのでしょうけど。
 兄さんはというと、とても難しそうな顔でキャンドルを見ています。
「ティルアが持っていたのか?」
「うん。ティルも別の子からもらったみたいだけど」
「そうか」
 やっぱり厳しい顔のままです。つまりこれは。
「なにか、問題あるの?」
 恐る恐る聞いてみても、兄さんははっきりとした返事をくれません。
 ただ真面目な顔で僕を見返してきました。
「アル、出所を探ってくれるか?」
 それはやっぱり、何か事件にかかわりがあるってことですよね?
 兄さんの手伝いができるのは嬉しいことです。それに、ティルアからもらったものが怪しいのならば、彼女だけじゃなく――サキも僕も、すでに巻き込まれている可能性だって。
「いいけど……期待しないでよ」
「助かる」
 ほっとしたように笑う兄さんに思ったのです。
 僕に頼る――頼らざるを得ないくらい行き詰っていたのかもしれない。
 それだけややこしい事件なのかもしれない、と。

 次の日、もしかしたら登校時間にティルアに会えるかなと思ったのですけど、残念ながら会えませんでした。
 珍しいことに、今日に限ってはお昼にも近寄ってこなかったんです。
 サキもそれには気づいたようで、珍しいねと言っていました。
 学校には来ているみたいですから、単純にタイミングが合わなかっただけなのでしょうけど……
「それでね、ごめん、しばらく先に帰ってて」
「え」
 唐突な言葉に視線を上げれば、聞いてなかったのといった表情で見返されました。
 危ない危ない。すっかり考え事してました。
「先に帰ってて……って?」
「あのね、仕事が入っちゃったのー。ここ最近なかったから油断してたー」
 最悪といった表情でサキはうな垂れます。
「あ……がんばってね」
 そうとしかいえません。だって、付き合うときの条件ですもんね。
 まあそれに、サキがいないなら……いや、いないからできることもあるわけです。

「え? あのキャンドル?」
「そう。誰からもらったのかなって」
 放課後、あまり苦もなくティルアを捕まえられたのは僥倖でした。
「サキが気に入ったみたいだからさ。もしまだあるんなら欲しいなって思って」
 もちろんウソです。でも、僕が急にアロマキャンドル欲しがるのもおかしい話ですし、兄さんの名前を出すともっとおかしいです。なので、一番おかしくないサキの名前を出したのですが。
「そうなの? タチアナそんなこと言ってなかったけど」
「多分、気に入ったと思うんだ。だからプレゼントにしたいなって」
「あーあーラブラブねぇ」
 呆れられてます。ええ、反論はしたいけれどできません。
 だってそう思わせておかないと話を聞けないのですから!
「でもごめん。あたしも友達からもらったから良く分からない」
「そっか……その人に言えば、もらえるかな?」
「どうかな。手に入りにくいって言ってたし」
「そっか」
 困りました。もう手詰まりです。
 兄さんには期待しないでといいましたけど、やっぱり少しは役に立ちたかったのです。
 僕が口を閉じたことで落ちる沈黙。
 ただ足だけを黙々と動かす――なんだか懐かしいです。
 ティルアとこうして二人で帰るのはとても久々です。前は、ティルアとヴィルがけんかをするたびにこうしていたものですが。
「ねぇアル。タチアナは?」
「サキは仕事なんだって、急いで帰って行ったよ」
「あのねアル。だからって二人で帰ることないでしょ? ……タチアナに悪いし。
 こっそり用意して喜ばせたいのも、まあいいけど。疑わせるようなこと……しないで」
 ああ。さっきまでの沈黙はそういったことで後ろめたさを感じていたんですね。
 でもティルアがそんな風に考えていたのは意外でした。
 前にサキが『気を使ってくれている』といったのはこういうことなんですね。
「そっか。じゃあ今度四人で遊ぼうよ。ヴィルも誘ってさ」
 自分勝手だなとは思います。
 二人に振り回されたくないと思っていたのに、いざそれがなくなると少し寂しく感じているのですから。
 でも、四人で遊ぶのなら、以前の形とはちょっと変わって良いかもしれません。
 そう思っていったのですが。
「ティル?」
 返事がないのを不審に思うと、ティルはとても思いつめた表情で小さくつぶやきました。
「ヴィルは元気かな」
 あれ? 僕、何かまずいことでも言ったのでしょうか?
 もしかしてまたけんかしてるとか?
「けんかはしてないよ。なんかね、避けられてるんだ」
 何時の間にそんなことになっていたんでしょう。
 というか、ヴィルは何でそんなことをしてるんでしょう?
「アルがいないと……こういうものかもしれないけど、寂しいよ」
「ティル……」
 変わってないんだな、と思いました。
 だって、けんかした時だって、最初はいつも怒っていて、でもだんだん仲直りできなかったらどうしようと泣いていたのですから。
 だから僕が言う言葉も同じ。
「大丈夫、ティルは何もしてないんだろ?」
 ぴたりとティルの動きが固まります。
 うん、やっぱり何か心当たりはあるんです。ほんっとうに変わってないです。
「――それについては謝りなね」
「わかってる」
 そして答えも同じもの。違うのは――
「じゃあ、遊ぶのは本当にしようね」
 それだけを言って、ヴィルのとこへ連れて行かない僕。
 前みたいに、そこまで世話を焼くときっとティルアは気にすると思うから。
 サキはどうか分からないけど……いい気はしないかな、と思うので。
 本当……ヴィルは何をやってるんでしょうね。