【Step1 おつきあい開始】 4.周りへの報告
結局そのまま授業へとなだれ込んでしまったので、サキには会えていません。仕方ないことですし、どうしようもないのですが。
せめて、昨日のことが夢ではなかったという証拠だけでも欲しいのですが。
午前の授業が終わり、お昼の時間です。
学食で会えればいいのですが、あの人数では探すのが大変かもしれません。
それに、サキが学食を使うかどうかすら分からないのですから。
「アーサー今からご飯?」
「そう学食に」
途中まで答えて気づきました。
あれ。いま僕、『アーサー』って呼ばれた?
「学食なんだ! 一緒してもいい?」
「サキ?」
「そうだよ?」
朝、あれだけ会いたかったサキがいました。
「学食でお弁当食べてても大丈夫かな」
「え? あ、大丈夫だと思うよ」
他で買った物を持ち込む人もいますし、食事をする場所なのですから。
というか、あっけなく会えたりするものなのですね。拍子ぬけてしまいました。
長くもない廊下を行くのにさして会話は必要なく、目的の学食へたどり着きました。
姉さんの行っていた高校はどうだったか知りませんが、ここでは入り口には本日のメニューが書き出されている黒板が置いてあり、そこからトレイを持って順番に並んで行くだけです。
メニューは日替わりで一種類だけ。トレイに順番に入れていってもらって会計して終わりなので、楽は楽です。
苦手なものや嫌いなものが出たときには、もう一種類くらいメニューがあってもいいのになとは思います。
早く来たのがよかったのか、学食内は比較的空いています。
サキは目立つのですぐに居場所は分かりました。窓際の光が入る席に座っています。
テーブルの上には彼女のものだろうランチボックスとミネラルウォーターのボトルが二つ。
あれ? 僕は持ってきてないし。もしかして、買ってきてくれた?
「サキこれ」
「わー、こっちではこういうのなんだ。小学校の給食みたい」
聞く前に、トレイの中身を見てなんだか楽しそうな感想言われました。
「飲み物」
「ああ、お水嫌だった? ご飯のときだから無難かなって思ったんだけど」
「ううん! じゃなくてその、ありがとう」
「どーいたしまして。おなかも空いたし、いただきまーす」
サキは僕に笑ってから、両手を合わせてランチボックスを開けます。
おごってもらうのは悪いからと思ったんですけど、これの場合、別の機会にお礼したほうがいいのでしょうか。
今日の帰り、あそこのクーヘン奢ろう。お土産にって渡せばいいですよね。
気に入ってくれるとうれしいです。
僕も食前の祈りを一応ささげてから、食事を始めます。
それでも視線が向いてしまうのはサキのランチボックスの中身です。
サンドウィッチとヴルストにレタスとミニトマト。
見た目もきれいで食欲をそそる感じです。
「サキが作ったの?」
ついつい興味がわいて聞いてみると、もぐもぐと咀嚼しながらも首は横に振られます。
ちょっとタイミング悪かったみたいですね。反省です。
「違うよ。居候先の人が作ってくれたの。あたしは詰めただけ。
……初日以来、キッチンになかなか入らせてくれないんだ」
ふっと視線をそらして苦笑しているあたり、何か心当たりでもあるのでしょうか。
国が違うから、キッチンが使いにくいとかそういうのもあるかもしれません。
「サキ、料理はできるんだよね」
「できるけど……われながら、人に食べさせるのはどうかなーと思う出来だから」
遠まわしに断られたのでしょうか。
彼女の手料理、というものに少し憧れていたのですが。
「アール!」
……聞きたくない声がしました。
「アルー」
聞こえません、僕には何も聞こえてません。
「アーサー?」
「何? サキ」
僕を不思議そうにサキは見ますが、何かを悟ったのかなんでもないと笑ってくれました。
話には聞いていましたが、桜月人の察しの良さってすごいですね。
このまま何もなく済んでくれればと思いますが。
「こら、返事しろアルトゥール!」
そばに来られてがっしりとつかまれては、何事も起きないわけがありません、よね。
「無視するとはいい度胸だな、おい」
「しかもタチアナ独り占めなんてずるいぞ!」
「痛いよヴィル」
にやにやとよろしくない笑みはやめたほうがいいよヴィル。ただでさえ人相悪いんだから。
「友達?」
サキの問いかけに、待っていましたといった感じでヴィルは笑います。
うんそうだよね。間違いなく待っていたよね。
「俺はヴィルヘルム・ノイマイスター。ヴィルでいい」
「同じクラスだから知ってるよね? ティルアでもティルでもいいよ」
「あー。橘、楸です」
「知ってるよ、タチアナ」
あ、サキ苦笑してる。
やっぱりちゃんと発音できないんだなって、僕も人の発音聞いてから思いました。
耳から聞こえる音と口から出る音が一致しないんですよね。不思議です。
「いつの間に仲良くなったんだ? 他のクラスの転校生と」
相変わらずヴィルは僕の頭をぐりぐりしてきます。もう少し続けるようなら、そろそろ反撃しようかと思いますが。
でも、案の定、聞かれるものなのですね。
「昨日から、だよ。付き合い始めたのは」
なる別普通を装って、さりげなく言ったつもりです。僕自身としては。
一番近くにいたヴィルは妙な声を出して固まって、ティルアもきょとんとしています。
「……そうなの?」
「そうだよー」
ティルアのどこか遠い声に答えるサキはとても楽しそうです。
こんなにうれしそうに笑われると、すごく照れます。
普段なら絶対にからかうだろうヴィルは何も言いません。びっくりしすぎたんでしょうか?
なんだかその後は妙に静かに食事が進んでしまって、休憩時間はあっという間に過ぎてしまいました。
もう少しサキと話したかったのですけど、また帰りにといわれたので良しとします。
それにしても、ヴィルとティルアの反応は少し予想外でした。
絶対にからかわれると思っていたのに。
でもきっと、今はびっくりしているだけで、すぐにまたからかわれるんでしょうね。
そう思うとため息が出ます。
……兄さんは、面白半分で聞いては来ないと思うのですけど。
参考までに、姉さんのときはどうだったのか聞きたいです。