【番外編】 始まりへの前奏曲
平日の昼というものはこれで意外に人通りが多い。
最もこの街はそこそこの観光都市であるせいもあるかもしれないが。
そんな街中を一組の男女が仲良く語らいながら歩いている。
女性の方はしきりにあちこちを指差しては男性に話し掛け、男性は熱心に聞き入っている。彼女が彼氏に地元を案内しているように見える。
最も、こうやって尾行している人間は二人とも異国人だということを知っているのだが。
「しかし……尾けるには楽だが、目立つな」
人ごみにまぎれ、時には電柱にさりげなく身を隠しつつフランネルは言う。
彼の言葉どおり二人は良く目立っていた。
男――アポロニウスの髪は燃えるような赤。
赤毛というのはこれで結構見かけないし、これほどの鮮やかな色となればもっと見かけづらい。
その証拠にすれ違う者達は必ずといっていいほどに注目する。
さっきもすれ違った一団が、「あれ染めてるのかな」だの、「綺麗に染まってていいなあ」などといっているのが聞こえた。
かといってコスモスが地味かといえばそうでもない。彼女も人目を引きやすい。
容姿が特に優れている訳ではないが、なんとなく目がいくのだ。
多分カリスマがあるということだろう。
うむうむそれでこそ王になるにふさわしいというものだ。
一人満足そうに頷くフランネルを周りの人間が変な顔で見ていたのはいうまでもない。
じっとコスモスを観察するフランネルの後方で、薄がため息をつく。
予想はしていたが、本当につけてくるとは……
「そりゃあ確かに王子はねちっこい性格してるとは思ったけど」
「ねちっこいどころか執念でしょ?」
「あそこまで行くといっそ天晴れですね」
突然入った茶々にも眉一つ動かさずに薄は答える。
そんな薄に茶々を入れた主――楸はうんうんと頷いて同意を示す。
「なんかこーやってみると、尾行してる人って間抜けだね」
「それは言っちゃ駄目ですよ。そういう私たちだって尾行してる人なんですから」
いつもはコスモスの近くで控えている薄だが、今回の目的は王子をどうにかする事である。ならばアポロニウスと二人きりにさせて思いっきり誤解してもらった方が得策。
とはいえ暴力に訴えてきた場合の対処は怠るつもりは無いが。
「でも尾行って案外気づかれないもんだねぇ」
「よく知ってる相手でも服装やらなんやらで印象違って、他人だと認識する事も多いですからね」
「なあるほどぉ」
普段は黒や紺など暗い色を好む薄も今日は明るい色の服装だし、楸だって深緑のカーディガンに白のブラウス、茶色のスカートと普段の彼女とは違ういでたちで、おまけに髪も下ろしている。
「すーちゃんも結構暇だよね。こーやって出刃亀してるんだからさ」
人のデートを覗き見って趣味悪いよ?
カーディガンと同色のベレー帽を被りなおしながら言う彼女に薄も皮肉で返す。
「楸様こそお暇ですねぇ。学校良いんですか?」
「暇じゃないよ~。ちゃんとした仕事だもん」
「仕事?」
「こーちゃん一応VIPじゃない? 団長からもくれぐれもよろしくって言われてたし」
なるほど。確かにあの団長はコスモスに頭が上がるまい。
とはいえ、それで何故派遣される捜査員が楸なのか。
「あ。失礼な事考えてない? あたしは『守る』ことにはむいてるんだよ。
それになんといってもしーちゃんの命令だし」
いくら命令とはいえ『盾』を派遣するかとか思いもするが……
薄は顔に出すことなく主たちの行く手を見守った。
「はいアレが停留所。バスが止まるとこね」
前方――交差点の一つ先にある停留所を指差しコスモスは言う。
「ここから『バス』に乗るんだな」
「そうそう」
頷くアポロニウスに、コスモスは本日何回目かのため息をそっと吐いた。
正直な話、『常識』を教えるのがどれだけ難しいか実感させられた。
彼女にとっては『当然の話』でもアポロニウスにとってはそうではないと言う事は分かりきっていたはずなのに。
思い起こせばまだ彼がイヤリングだった頃は本当に苦労した。
いきなりタイムスリップした訳ではなく、長年うつろう世の中を見てきただけあって説明は一からではないが、今まで見ていたからといってすぐに真似できるという訳ではない。
さっき自動販売機で飲み物を買うときもかなりおっかなびっくりだったし。
とはいえ、それ以上に気になるのが。
ちらと後ろを伺えば、目に入るのは忌まわしき筋肉王子&執事。そしてその向こうには自らの『剣』と従妹の姿。
うっとーしー。
たとえば千里眼でなかったらこの状況にも気づかなかったかもしれないが、気づいてしまった以上うっとうしい事この上ない。
「まくか?」
なんでもないことのようにポツリと漏らされた言葉に、思わずアポロニウスの顔を見る。
対する彼は前を向いたまま言い募る。
「つけられているんだろう。この人込みならそう苦労せずにまけるぞ」
「そう出来ればいいんだけどね」
怪訝そうに向けられる視線を感じつつもコスモスは沈黙を守る。
さすがに面と向かって『馬鹿王子を諦めさせるために利用してます』とは言えない。
さてどう言い繕うか。
考えていると、鮮やかな広告に彩られた大きな車体が横を通り過ぎて……
「って! ほらバス来たっ 急いで急いでっ」
「うわっ そんなに押すなっ」
アポロニウスを急かしつつコスモスは思う。
とりあえずごまかす事には成功した……かな。
バスに乗ることしばし、たどり着いたのは最近出来たという郊外型の大きなショッピングモール。
開店してから間が無いせいなのか、平日だというのにすごい人である。
「本当に……どこから出てくるんだこの人数は」
「そりゃアポロニウスが普通に生きてた時代とは人口違うし」
館内の案内用紙を手にとって眺めつつコスモスは答える。
「とりあえず服買って、必要品そろえてみよっか」
「ん~。婦人服は多いのに紳士ものとなると少ないなぁ……二階の奥のほうか」
いこっか。
そう軽く言ってそれきりコスモスの声は聞こえなくなる。しばらくして。
「かなり広いな。離されると厄介だ。行くぞ」
「王子。あまり急いでは見つかりますぞ」
主従の漫才が入り、そして何も聞こえなくなる。
「あーあ。建物入っちゃった」
残念そうに楸は言って集中を解く。
「建物の中じゃ風吹かないからこれ以上聞けないや。あーつまんなーい」
バスに乗ってる間を除いてずっと彼らの会話を盗聴していたが、これが面白いの何の。
あくまでもガイドに徹するコスモスと熱心な聞き手であるアポロニウスに対し、王子は勝手に想像を膨らませている。
「というか、風の精霊使ってまで盗聴しますか」
薄のもっともな言葉に楸はきょとんとして返す。
「なんで駄目なの? 王子がどれだけ誤解してるかを知るには一番だと思うけど?」
「私のこと言えないくらい趣味悪いですよ楸様」
「そいえばここって人気のカフェとか多いんだよねっ のどかわいたし、おごって?」
にっこりと笑う楸に薄もにっこりと返す。
「いいですよ。条件を飲んでくだされば」
「アポロニウス君とこーちゃんをくっつけるって?」
「いえ。それよりも先に王子のほうを何とかしないと」
先にということはいずれはやっぱり狙ってるのか。
こ―ちゃんも大変だぁと思いつつ、楸は頷いた。
こういうことをしているとふと我に返ることがある。
「私は何をやってるんだ?」
フランネルの口からその言葉が洩れたのは何度目だろうか。
そもそもなんでこんな真似までしてコスモスを追いかけているのか?
視線の先で彼女は楽しそうに赤毛の青年の服を選んでいる。
なんというか、何でこんなもの見せられなきゃならない?
いや、見せられている訳ではないが。
どこの国の言葉だろうか。フランネルのまったく知らない言葉だが、会話がわからずとも二人はとても楽しそうに見える。
王宮などで催されるパーティでは消して見せない笑顔。
大きな口をあけて笑う事ははしたないとされているのに。しかし今の表情を見ればこちらが彼女の本来の姿なのだと良く分かる。
ここに来るまで一つも問題が無かった事も気になる。
フランネルとて執事がいなければ分からない事だらけだというのに、彼女はそんなそぶりは一切見せない。そう思ってみてみれば、本当に公爵令嬢なのかと疑いたくなるような行動が目に付いてくる。
「コーラスに乗り換えるか」
「王子のお好きなようにどうぞ」
ふと口をついて出た言葉に、執事は投げやりにも聞こえる返事を返す。
「じい。少しは真面目に考えたらどうだ?」
「では恐れながら、コーラス姫は成人男性にあまり興味を持たれておられぬようですので苦労されるかと。とはいえコスモス姫も公爵令嬢と思えぬ態度が気にかかりますな」
じいの言葉に固まる王子。しかし執事は王子にかまわず言葉を続ける。
「ですからじいはずっと申し上げてきたのです。マイカイ様とご結婚なさればよろしいと」
「マイカイは従姉だぞ」
「従姉弟は結婚できます」
確かに執事の言うとおり、サルビアが成人するまでの間誰が王位に近いかとなれば、フランネルの母のパパメイヤンか従姉のマイカイのどちらかに絞られる。のだが。
「年上はなぁ……」
ぶつぶつ言いつつカモフラージュのために適当な服を手に取る。
というかさっきから店員の視線がいたいのは気のせいだろうか?
「王子。年齢などと瑣末な事をいっている場合ですか」
「しかし年というものはそれなりに重要だぞ」
執事の言葉に言い返し。ふと何かを思い立ったかのように呆けた顔で空を見る。
「そうか。年齢はたいしたことは無い、か」
「もちろんですとも」
ようやく分かってくれたかと言わんばかりの執事を。
「ならサルビアに求婚してみるか」
絶望が襲った。
「サルビアはまだ幼いし、刷り込むには丁度いいな」
一人納得したように頷くフランネルにかける言葉を、執事はもう持っていなかった。
「だとしたらこうしている暇は無いな! じい、パラミシアに帰るぞ!」
「……かしこまりました」
帰ったら暇をもらおうか、などと考えつつ執事は王子に従った。
「あれ。王子帰ってくよ?」
楸の言葉に視線をやれば、確かに出口に向かって何故か意気揚揚と言った感じで歩いていくのは間違いなくフランネル。
「どうしたんでしょうね」
注文したコーヒーをすすりつつ薄は首をかしげる。
「なんか知らないけど諦めたのかな? こーちゃんどれだけいちゃついたんだろ?」
不思議そうにしつつ楸もスプーンでトッピングのホイップクリームを口にして、ストローでコーヒーを飲む。
楸ご希望のカフェでのんびりと休憩しての二人は、無論フランネルたちの会話を聞いてはいない。護衛がそんなでいいのかとか突っ込みが来そうだが、彼らの座っている位置からはばっちりコスモスたちの様子は伺える。
「でもアポロニウス君いーなー。あたしもあーちゃんとショッピングしたい~」
羨ましそうな声音で、いつの間に取り出したのか手にした携帯電話のカメラで二人を撮影している。
「何をされているので?」
「ん? なんとなく~。はたから見てておもいっきりカップルだし~。
おねーちゃんとかに知らせたら楽しいかなって」
「それは奇遇ですねぇ。私もカメラ持ってますよ」
すちゃとデジカメを取り出すと楸は小さく感嘆の声をあげる。
どうやらこれだけで薄が何を企んでいるか、何を問い掛けるのかを察したようだ。
「すーちゃん。おぬしもワルよのぉ」
「いえいえいえ。楸様ほどでは」
くすくすと怪しく笑い始める二人から、他の客が少し離れたのはいうまでもない。
それから五日ほどがたった。
『どうかしたのか?』
病室に入ってくるなりカーテンを引き、あたりの様子を伺うコスモスにアポロニウスが問い掛けた。
『まさか何かに狙われたか?』
『狙われてるって言えばそうだけど』
困ったように呟いてコスモスは窓を……窓の外をじっと見る。
『なんか最近パパラッチが増えてるのよね』
『パパ?』
「薄何か心当たりない?」
困惑するアポロニウスをよそに問い掛けると、薄は肩をすくめて応えた。
「というか、まさにいまスクープなんじゃないんです?
公女が懸命に看護してる男性。そりゃパラミシアの新聞は取材に来るでしょう?」
「薄。あんた、あたしを売ったわね?」
「心外な。一体何のことで?」
にこりと絶対零度の微笑を浮かべて言うコスモスに、薄はしらばっくれる。
「パパラッチが何でパラミシアの新聞って分かるのよっ」
「公女の事を気にするといったらパラミシアに関わるものしかないでしょう?」
「だから新聞とは限らないのになんで新聞って断言するのっ」
「いやぁ。やっぱり公女ってこういうときには聡いんですねぇ」
「図星かあああああああっ」
コスモスの絶叫に、看護士が慌てて飛び込んできて大騒ぎになるのはしばし後の事。
アポロニウスの退院まで。あと八日。
おしまい
勝手に命名「曲シリーズ」。主役はもちろんフランネル。
何でこんなもの書き始めたかって言うと……これ元は4コママンガだったんですよ。
ただ本当に落書き感覚で書いてたんで、これのせるのは嫌だなぁ、でもネタもったいないなぁ。
結果こんな馬鹿話になりました。マンガの時とは一部変わりまくったところがありますが。
お約束のように柄の悪い連中に絡まれるとか。
これでもう次の話を書くにしてもこいつが絡んでくることは無いっ
さて二人の関係ですが……
「シオンより世話焼けるな~。まあいいか貸しとけば後々便利そうだし」byコスモスと
「いい加減に血が薄まっててもよさそうなのに。何でここの家は」byアポロニウスって感じでしょうか。
ちなみにこの舞台である限り、恋愛感情なしの方向で書く予定だったんですけどね……