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ナビガトリア

【番外編】 誓いの言の葉

「こーちゃーん!!」
 彼女はコスモスの姿を見た途端突進してきた。
 その彼女を慌てず騒がず我が主はひょいと避ける。
 結果、コスモスの急な動きについていけず、少女は向かいの家の塀に激突し、衝撃で後ろに倒れる。
 ほっとけば道路に頭をぶつけるだろう。
 そう判断して受け止める。
 小さなその体は腕一本で十分支えられた。
 その様子を見届けて、コスモスはなんでもなかったかのように語りかける。
「ひーちゃん久しぶり。元気だった?」
「ひさしぶり! 遊んで♪」
 満面の笑みで返す少女。
 ふわりとした栗色の髪をツインテールにして、衝撃でずり落ちた大きな麦藁帽子もよく似合っている。 服に泥汚れがついているのは多分土いじりをしていたせいだろう。
 琥珀色の大きな瞳がきらきらと期待に満ちてコスモスを見つめている。
 そんな彼女にコスモスはにこやかに答える。
 そう、あくまでもにこやかなよそ行きの笑顔で。
「今はダメ」
「えええええ~」
 心底残念そうな声を上げる少女。相変わらず背中を薄に支えられたままである。
 確かスノーベル当主の次女には娘は二人いたはず。
 ここまでの案内をしてくれたのが長女の椿様。と言う事はこの少女は次女の(ひさぎ)様か。
『うーむ。幼い。
 これでシオンと同い年とは……いや、あいつが大人びてるのか?』
 コスモスの『心の声』が聞こえてくる。どうやら自分の憶測は正しかったらしい。
 続けてにこやかな表情のままコスモスは薄を指差して言う。
「そっちのお兄ちゃんが遊んでくれるから♪」
「え?」
「え♪」
 異口同音。
 薄は突然振られた話に驚いて。楸は期待に目を輝かせて。
「それじゃ薄。しばらくお願い」
『ふぁいとっ』
 聞こえる声と聞こえない声。
 両方に命令されて、薄が文句を言うまもなくコスモスは家の中に消えた。

 視線を感じて目をやると、どんぐりまなこと評せるくらい大きな瞳が自分をジッと見上げていた。
 ちなみにいまだに体重のほとんどを薄の右手が支えていて少々辛いのだが。
「ススキ?」
「はい。薄・矢羽といいます。はじめまして楸様」
 さりげなく楸をちゃんと立たせてから薄は自己紹介をする。
『ススキ。すすき。……薄?』
 正直子供と話をするのは苦手だ。
 問答無用で周りの『声』が聞こえてくるこの力。
 陰謀渦巻く大人たちよりも、子供の容赦も何も無い一言はきつかったりする。
「薄って……あのススキ? 面白い名前~」
 言ってけたけた笑う。
 これは許容範囲。今までにも名前でからかわれた事は多々あった。
 腹が立たないといえば嘘になるが、いちいち相手するのも面倒くさい。
「すーちゃんはこーちゃんの『剣』なんだよね?」
 先ほどとは違った声音。
『聞いちゃっていいのかな。答えてくれるかな』
 この少女は主の従姉妹。ならば『剣』の事を知っていても不思議は無い。
 一応怖がられないように笑顔で答える。
「そうですよ」
 明らかにほっとした様子が見て取れて、さらに質問される。
「どーして『剣』になったの?」
 何で聞かれなきゃいけないんだとは思ったものの、一応公女に「遊べ」と命じられた以上せめて少しの間は相手をしないといけないだろう。
 どうして『剣』になったのか。
 複雑なようでいてその答えは結構単純。
 薄の家は元々その手の裏家業をしていたから。
 こんなでも裏では名の知れた流派に所属していて、そこは別の意味でも有名だった。
 気に入らなければ相手がどんな大物でも依頼は簡単に蹴る。
 元々スノーベルとは多少の交流があり、あまりに多い孫の誘拐(未遂含む)に頭を悩ませた当主が、『自分の身を守れるようになるまでのボディーガード』を探していたのが事の発端。
 厳しいといわれる審査にコスモスは受かった。
 そう言っても実際に彼女が審査を受けに行った訳ではなく、彼らが勝手に審査を行ったわけで。誘拐犯かと警戒したコスモスにケガを負わされたのも一人二人の話ではないのだが。そういった経緯があり、彼女が本格的に『剣』を探す段階になったときに上から打診が来た。
 これが始まり。
 しかしこんな裏事情は知らないほうが身のため。適当な言葉でごまかす。
「まああれで、仕えるには良い人ですから」
 すると楸は子供っぽく頬を膨らませる。
「ちがーうよぉ」
「何が違うんです?」
「どうして『剣』になったの? ってきいてるのっ」
 どうやら聞きたかったのは『護衛』という意味の『剣』では無く。
「どうして『剣』を選んだか、と?」
「そお」
 こっくりと頷く楸。
 『剣』と『盾』。それはスノーベル本家の人間を守る双璧。
「あたしだったら『剣』はヤだもん」
 膨れながらも瞳だけはどこか淋しそうな色を宿して楸は言う。
 心の声は聞こえてこない。思うままに言葉を紡いでいるのだろう。
「私にはそちらの方が向いてますからねぇ」
 苦笑して言うのに、楸は視線をそらしてぽつりと言う。
「『剣』は主の……敵を切ることで、主を守る存在」
「良くご存知ですね」
 ほめられて口元だけの笑みを浮かべて、麦わら帽子を被りなおし、スコップを手にとり花壇へと戻る。その後をついていく薄に、確認の問いかけではなく言う。
「そして、自決のための刃」
 さくりと土をすくって続ける。
「でしょ?」
 心の声は聞こえない。年のことは考えずに慎重に問う。
「……それは『ラムス』なら誰もが知っていることですか?」
「んーん。自分で調べたよ」
 転がったままの球根やら花の種やらを手にとって、こちらには背を向けたまま言う。
「たまにいたんだよね? 自分の持つ力に振り回されて、暴走しちゃった人。
 平時はその人を守るために。でも……力で我を失ってしまったなら、その人を切るための『剣』」
 スノーベルは強い魔力を持つ。とはいえ『強い力』は諸刃の剣。
 主を殺める。そういった例も何件かあったという。
 『剣』になる前にその事は聞かされたし、覚悟も迫られた。
「こーちゃんとは仲良いんだよね? なのに、どーして『剣』になったの?」
 コスモスと初めて出会ったのは父の仕事でこの国に引っ越してきて、桜月人学校に通い始めてからの事。
 貴族令嬢がこんなところに通っているなんて思わなかったし彼女もあんな感じだから、本当にただのクラスメートして出会った。
 仲の良い友達というのは周りの認識だっただろうし、他のクラスメートよりも打ち解けていたのは確か。事情を聞いて驚かなかったといえばうそになるが、より良い就職先であることには間違いなかった。
 それに上から打診が来たとはいえ、薄を選んだのは他でもないコスモス。
「それだけ信用があるって事ですかね」
 苦笑して続ける。
「もちろん、そんなことがないように願っていますが」
 その答えに安心したのか、ようやく楸がこちらを向く。
「そっか。そだよね」
「楸様は何故こんな事を?」
「ちょっと聞いてみたかっただけ~。……あたしはしーちゃんの『盾』になるから」
「もう決定事項なんですか?」
 一人前と認定される十六の年に決まる護衛は、従兄妹の中から決まる事が多いとは聞いているが。
「んーん。あたしが決めてるだけ。でも絶対になるよ何をしても」
 言葉がちょっと不穏だった気がするが気にせず流す。
「どうして楸様は公子の『盾』になるんです?」
「恩返し」
 きっぱりはっきりとにこやかに言う。そうして再び土いじりに没頭する。
「あたしね。ちっちゃい頃に木の上から落ちちゃって、そりゃあもう『すぷらったー』って感じになったのね。しーちゃんが治してくれなかったら、あたし今生きてないもん」
 この年で小さいころといえば幼稚園前後だろうか?
 その頃から普通に魔法が使えてたとは……恐るべき公子。
「だから受けた恩は必ず返す。
 しーちゃんにもらった命だから、しーちゃんのために出来るだけの事はするの」
「臣下の鏡ですねぇ」
 皮肉っぽく聞こえただろう。それでも楸はほんわかと笑う。
「もちろん全部が全部それだけじゃないけどね~」
 種を埋めて軽く土をかぶせて仕上げてから、立ち上がる。
「『盾』になりたいから、すーちゃんがどんな風に『剣』になったのか聞いてみたかったんだ」
 真剣な相手には申し訳ないが、ちょっといじわるしてみたくなった。
「でも楸様? 『盾』になるんだったら大変ですよ。勉強しっかりされてますか?」
 案の定楸は苦い顔をする。
「勉強は多分頑張るもん。それにあたしは結構便利なんだよ? 意外に強いもん」
「はあそうですか」
 特に気にせず散らかった道具を片付ける。そろそろ家に戻っても良いだろう。
 その態度が気に入らなかったのか、楸は頬を膨らませる。
「じゃあすーちゃん見ててよ?」
 言うなり、耳元で風が激しく踊った。

 その後。局地的な竜巻が起こった橘邸の前で倒れ伏している薄と、姉と母に説教を食らって泣きじゃくる楸の姿が見られたという。
 その頃コスモスが夢の中だったのは言うまでもあるまい。

 おしまい

本編第二話2~3の間。コスモスが眠っている時の楸と薄の会話です。
楸のネタバレをこちらでやっていいものか、とか思いもしましたが。彼女が素直に話をする相手となると限られてしまうので、お相手は薄と相成りました。
この話を読んでいればPAの「その頃の彼ら」(ナビガトリア第八話の3~4の舞台裏)でそこまで驚かれるような事はないかと。

主を守るべく「剣」となるか「盾」となるか。
それぞれの立場でどう感じているか、感じ取っていただければ幸いです。